6:キルパク許すまじ
「ははははッ! 刮目せよ、これが我が真の力! 『絶影・飛竜の舞』!!」
水没し、ネオン看板がバグって乱反射する新宿・歌舞伎町エリア。
異次元と現実を隔てる境界『BORDERLINE』にそびえ立つ新たな脅威の前に、一人の若きダイバーが躍り出ていた。
十九歳の新人、桐生蓮である。
彼の眼前にそびえるのは、巨大な歌舞伎役者とネオン管、さらにパチンコ台が融合したような極彩色の神骸『歌舞伎夜叉』。
「おおおおッ! 来るなら来い、世界の命運はこの俺が背負う!」
桐生は無駄にアクションを大きくし、光の斬撃エフェクトを乱発しながらボスの周囲を飛び回る。
その結果、ボスのヘイトを表す真っ赤なターゲットラインは、文字通りすべて桐生に集中していた。
パチンコ玉のような無数のホーミング弾幕と、極太のネオンレーザーが桐生めがけて降り注ぐ。
「くっ……なんという弾幕! だが、師匠の教えを胸に、俺は倒れん!」
アニメの主人公さながらのテンションで、ギリギリの回避を繰り返す桐生。
そこへ、白銀の甲冑を纏ったエリート隊員・夏目勇太が駆けつけた。
「馬鹿な、新人が一人でボスのターゲットを全部抱えているだと!? あいつはどこだ!! 君の『弟子』が危ないぞ!」
夏目が焦燥に駆られながら周囲を見渡すと、戦場の中心から遠く離れた薄暗い路地裏に、その姿はあった。
倒れた自動販売機とビルの隙間――敵の攻撃判定が絶対に届かない『安置(安全地帯)ポリゴン』である。
黒瀬小春はそこにスライディングの姿勢のままスッポリと挟まり、一歩も動いていなかった。
彼女は初期武装【V-ARC】の銃口だけを隙間から出し、最も威力が低くエフェクトも出ない通常攻撃を、ボスの足の小指の判定に向かって無表情で連打している。
ペチッ、ペチッ、という乾いた音が一定のリズムで響く。
さらに驚くべきことに、彼女の視界の空中には、仮想ブラウザのウィンドウがデカデカと開かれていた。
「あ、この新作VRハード、いまタイムセールやってる。でも送料かかるのか……」
「き、貴様あああああッ!!」
夏目の怒号が歌舞伎町に響き渡った。
「神聖なる戦場で、命を懸けたダイブ中にネットショッピングだと!? 君はダイバーの誇りをなんだと思っている!」
「うるさいなぁ。これは財前対策の『エコなハメ技』なの」
小春は視線をブラウザに向けたまま、ペチペチと銃を撃ち続ける。
「あのバカ弟子が勝手に無駄なエフェクト出してヘイト稼いでくれるから、私はノーダメ・低負荷で延々と殴れるの。サーバーにも電気代にも優しい、究極の内職ゲーミング。これで経理の財前に報酬を減額される理由もないでしょ」
「だからといって、片手間で世界を救う奴があるか!」
「大げさね。世界より私の時給の方が大事なの。ほら、私の『歩く五十万円』がんばれー」
小春は完全に作業ゲーをこなす顔で、ネットサーフィンを続けながらボスのHPをミリ単位で削っていった。
やがて、数万発の「ペチペチ撃ち」によって、ボスのHPバーが残りわずか1ミリにまで減少した。
「よし、終わった。特殊個体討伐で百万、桐生の生存ボーナスで五十万……満額もらい――」
小春がトドメの一撃を放とうと、ブラウザを閉じてV-ARCを構え直した、その瞬間。
ピタッ。世界が、完全に静止した。
「……え?」
宙を舞う瓦礫も、桐生が放った斬撃エフェクトも、空中の水しぶきも、すべてが空中で停止している。
小春の視界の端で、ネットワークの通信遅延を示す『Ping値』が異常な速度で跳ね上がり、限界値の【9999ms】で固定された。
「なにこれ……超絶ラグ? いや、サーバーが落ちた?」
違う。
フリーズした空間の上空、ノイズが走る紫色の空に、一人の『シルエット』が浮かび上がった。
年齢も性別も不詳。
ただ、そのアバターの周囲だけが、ゲームのテクスチャを物理的に引き剥がすように歪んでいる。
特務機関に属さない野良のダイバー。
あるいは、悪意あるハッカー『V』。
Vが空中で指を鳴らす。
その瞬間、小春たちが削りに削った神骸のHPが、一切の攻撃モーションもなしに『ゼロ』になった。
『――警告:外部からの不正なデータ干渉を検知』
システムアラートがけたたましく鳴り響く。
ボスの巨体がポリゴンの破片となって弾け飛び、そこから現れた光り輝くレアドロップ(概念データ)が、そのままVの掌の中へと吸い込まれ、空間ごと完全に消去されてしまった。
『警告:対象の撃破判定が「不明なユーザー」に奪取されました。正規テスターへの報酬は0円となります』
「…………は?」
小春の動きが、現実の処理落ちのように完全に停止した。
「バカな……! いまのは、バグやシステムの穴なんかじゃない!」
静止した世界の中で、夏目だけが戦慄に震え、冷や汗を流していた。
彼は小春のバグ利用に対しては「騎士道に反する」と怒っていた。
しかし、目の前で起きた現象は次元が違う。
「世界の理そのものを、外部ツールで強制的に書き換えている……純粋な『犯罪』だ……!」
ルールの中で屁理屈をこねて遊ぶ小春とは決定的に違う、ルールそのものを破壊する本物のイレギュラー。 世界の危機を揺るがす事態に、夏目が息を呑んだ、その横で。
『生存本能:金銭的脅威を検知。攻撃性が致死レベルの九百九十九%に到達』
「あ、あんた……」
小春の目から、光が完全に消え失せていた。
漆黒の殺意が、彼女の全身からオーラのように立ち上る。
彼女にとって、世界の理がハッキングされたことなどどうでもいい。
重要なのは、自分が三十分かけて内職感覚で削ったボスの報酬――『百万円』が、たった今、目の前で横取り(キルパク)されたという絶対的な事実だ。
「ちょっと! あんたのチートのせいで空間が重くなって、私の時給が発生する労働環境がラグくなったでしょ!!」
小春は、空中に浮かぶシルエットに向かって、心底からの激怒を込めて絶叫した。
「ただでさえ手取り三万五千円にされてキレてんのに……私の百万円キルパクするなんて、万死に値する営業妨害よ! ぶっ殺して全額回収してやるからそこ直れえええええええ!!」
王道の騎士と、ルールを壊すチーター、そして……ボーナスを奪われて最悪の狂戦士と化したクソゲーマー。
水没した新宿で、新たな三つ巴の戦端が開かれようとしていた。




