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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
地方出張とハッカー組織『V』の暗躍
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28/37

28:相殺の経理とつくばの監査官

 白く輝くリザルト画面に、誰もが勝利を確信した。


 画面の中央で、デジタルカウンターが高速で回転し、今回の『初回限定インセンティブ』の支給額が、景気よく跳ね上がっていく。


 一万円、十万円、百万円、そして遂に、春日部で上限をかけられたはずの特別報酬と同額の「一千万円」に到達した。


 小春は札束の幻影を抱きしめるように両手を突き出し、眼球の裏まで円マーク(¥)に染め上げていた。


「ふふ、フハハハハ……ッ! 見たことかクソ運営! これぞゲーマーとしての正当な二重取り(横領)よ! 私の通帳はこれで完全勝利――」


 小春が勝利の雄叫びを上げ、リザルトの数字を見つめた、まさにその刹那。

 ピキィィィン、と冷酷な電子音が響き、リザルト画面全体にドス黒い文字列が上書きされた。


『――警告。第二センター経理システムによる、他拠点割り込み処理(監査ハッキング)を検知。規約第十三条に基づき、支給額の精査を開始します――』


「……は?」


 小春の笑顔がピタリと凍りつく。

 カウンターの数字が、今度は信じられないほどの猛スピードで逆回転を始めた。


 一千万円あった支給額が、ゴリゴリと音を立てて削られていく。


 一千万円、五百万円、百万円――そして、無慈悲にも『¥0』を記録して完全に停止した。代わりに、画面には真っ赤な細則テキストがポップアップしてくる。


『精査完了:当該テスターの規約違反(意図的オーバーフロー)により、第二センターに生じた機材損耗および液体窒素費用、総額一千二百万円。今回の鹿島報酬(一千万円)をその補填金として全額相殺(ネッティング)します。不足分の二百万円は、次回のシフトより順次天引き――』


「全額……相殺……!?」


 あまりの仕打ちに、小春の口から魂が抜け落ちた。


 バグを突いて現地の経理から毟り取ったはずの手当が、春日部の経理チーフである財前の、恐るべき遠隔監査プログラムによって一瞬で回収(キルパク)されたのだ。


「あ、あいつ……ッ! 人の労働対価を、過去の損害金とかいう謎のイカサマ名目で相殺するなんて、チーターよりえげつない搾取じゃないのよぉぉぉ!!」


 一円も手に入らなかったどころか、二百万円の「借金(サビ残予約)」まで背負わされた小春は、セーブデータを消された小学生のように、床のタイルを爪が剥がれんばかりに掻きむしりながら絶叫した。


 ◇◆◇


 プシュゥゥゥ……ッ!!


 強制ログアウトの減圧音と共に、ハッチが跳ね上がる。  

 カプセルから這い出た小春は、口から泡を吹き飛ばしながら、自作デバイスの画面を親の仇のように床へガンガンと叩きつけていた。


「私の金!! 私の初回限定ボーナス!! 財前玲華ぁぁぁ、労基! 絶対に労基の前にアキバの自作デバイスで爆破パケット送りつけてやるわよぉぉ!!」


「おい小春、暴れるな! お前のせいで空中で『Tポーズ』のまま固まっていた現地の特攻隊長が、今ようやく再起動して泣きながらログアウトしていったところなんだぞ! 少しは申し訳ないと思え!」


 夏目が、未だにカプセルの中で大上段に大太刀を構えたマヌケなポーズのまま「通信中」のノイズを放っていた特攻隊長の残骸を指差しながら、必死に叫ぶ。


 シオンも「師匠、さすがにこれ以上暴れると、本当に警察のAIセキュリティが来ますぅ……」と泥のようになった顔でジャージの裾を引っ張っていた。


 しかし、一千万円の消滅に我を忘れた小春の耳には、仲間の制止など届かない。

 彼女が私服のパーカーに着替え、そのまま春日部へ殴り込みに行こうと出口へ突進した、その時だった。


 自動ドアが、重々しいシステム音と共に外側からロックされ、完全に遮断された。


「な、何よ!? 今度は閉め出し!? 退勤させない気!?」


 小春がドアをガンガンと蹴りつける。


 次の瞬間、壁に設置された最新型のホログラムプロジェクターが一斉に起動し、冷徹な青い光が部屋の中央へ集束していった。


 光の中に現れたのは、鹿島のオカルト仕様とは対極にある、ガチガチのビジネススーツに身を包んだ一人の男の立体映像だった。


 その胸元には、第二センターや第三センターのエンブレムではない、内閣府直属の最高権限を示すゴールドのバッジが輝いている。


『――そこまでにしてもらいましょう、春日部のテスター』


 男の声は、まるで冷酷なスーパーコンピュータの音声読み上げ機能のように、一切の抑揚を排除して響き渡った。


「だ、誰よあんた……。私の金の邪魔をする奴は、内閣総理大臣だろうがバグの隙間に挟んでハメ殺すわよ」


『私は第一センター(つくば)の統括監査官。および、特務次元保安局・本庁のシステム最適化チーフです』


 男は眼鏡のブリッジを冷徹に押し上げると、手元の透過タブレットのログを冷たくスクロールした。


『今回の鹿島拠点における戦闘データを、つくばのスーパーコンピュータで完全解析させていただきました。黒瀬テスター、あなたの行った行為は、純粋なデバッグでも戦闘行為でもない。物理演算の仕様の隙間を意図的に突いた、システムへの不当な「不正アクセス」および、業務妨害にあたります』


「はあ!? 何言ってるのよ。こっちは仕様(ルール)の範囲内で、一番効率の良い立ち回り(ハメ技)を選択しただけなんですけど!?」


 小春が正面から監査官を睨みつける。


 だが、つくばの理論派エリートは、そのドライな抗議を一微塵も受け付けなかった。


『物理演算を無視し、位置同期のズレ(フリーズ)を利用してボスの思考ルーチンを固定する。それは「ゲーム」であれば仕様の穴かもしれませんが、この現実と地続きの境界線においては、単なる例外エラーの悪用です。あなたの存在そのものが、我が局のシステム最適化を阻害する最大の「バグ」に他ならない』


 男の背後に、つくば拠点が誇る膨大な演算能力によって構築された、一切のグリッチを許さない真っ白な『論理コード』の防壁がホログラムで展開される。


『よって、本庁の権限に基づき、あなたの身元保証書のロック解除の手続きを一時保留とします。同時に、あなたのその常軌を逸した異常な挙動(バグ悪用)が、真にシステムに必要なものかどうか――私が直接、現場で「監査」させていただく』


 手取り一千万を奪われた挙句、借金二百万を背負わされたフリーターと、最強の論理を振りかざす国家エリート。


 絶対に分かり合えない両者の、血みどろの「残業代請求バトル」の火蓋が切って落とされた――。


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