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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
日給五万の裏バイトと、第0層RTA
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25:ブラック出張命令と青春十八きっぷ

「お願いですから大至急、身元保証の書類をくださいっ、財前チーフ!!」


 春日部・特務次元保安局の第二センター長室。

 自動ドアが左右に開くや否や、小春はスライディング土下座でもしかねない勢いでデスクに飛びついた。


 新宿のカフェで猫山に全額奢らせた大恥に加え、彼女からなけなしの交通費を借金してまで駆けつけてきた惨めさ。


 何より、一千五百五十万円超えの資産が一瞬にして電子の藻屑と化した絶望。


 血走った目で懇願する底辺ゲーマー対し、デスクの奥に座る財前は、優雅に脚を組み替えながら、恐ろしくも愉悦に満ちた笑みを深く刻み込んでいた。


「あら、黒瀬さん。休日にアポなしで長官室に乗り込んでくるなんて、随分と非常識な御方ですね。身元保証書ですか? ええ、用意してあげますよ。ですが、その前にまずは現状を認識していただきます」


「……へ?」


 財前の隣から、分厚いファイルを抱えたスーツ姿の男が一歩前に出た。


 法務・コンプライアンス部のエリート局員だった。彼は氷のように冷たい視線で小春を見下ろした。


「あなたが前回もぎ取った一千万円の特別報酬。あれが第二センターの『デバッグ予算』を完全に枯渇させたことは理解していますか?」


「え、私のせいなの? そっちの資金繰りの問題でしょ?」


「いいえ、あなたのエゴのせいです」


 法務部員のド正論が、小春の額をピシャリと叩いた。


「あなたの異常なバグプレイによるサーバーの過負荷、その冷却にかかる液体窒素費用と機材の損耗。さらに一千万の特損が出たことで、我々は『次期アップデートの開発費用』はおろか、夏目隊員らをはじめとする『正規雇用者たちの今月の残業代』すら削るハメになったんですよ。あなたの強欲が、どれだけの裏方エンジニアや同僚の首を絞めたか、身に染みて気づくことです」


「う、ぐ……ッ」


 大人からの正論タコ殴りに、さすがの小春も言葉に詰まった。

 彼女がむしり取った金は、魔法のように湧いてきたのではなく、会社の運営資金そのものだったのだ。


「よって、今後のあなたとの『業務委託契約』を改定します。次回から、いかなるイレギュラーな討伐を行おうとも、インセンティブの算定は『弊社の規定する上限額まで』とします。これは民法上の契約の自由に基づく適法な合意です。そして、これが今回の契約書(出張命令書)です」


 財前がデスクに冷酷な音を立てて叩きつけたのは、数枚の書類だった。

 そこには、目を疑うような最悪の労働条件が羅列されていた。


「……出張先は茨城県の鹿島・第三センター? 出張手当ゼロ、危険手当ゼロ、インセンティブは上限設定により実質八割カット!? ちょっと、ふざけないでよ! こんなの完全な奴隷契約じゃないの! 労基に訴えるわよ!!」


 上限付きのブラック条件に小春が怒髪天を突いて叫ぶ。

 しかし、財前は眼鏡の奥の瞳を冷徹に輝かせると、ふっと鼻で笑った。


「訴えられるものならどうぞ。ですが、忘れないでください。あなたは雇用関係のない、完全歩合制の『業務委託』でしょう? シフト時間外の拘束力がない代わりに、労働基準法もあなたには一切適用されません。嫌ならどうぞ、サインを拒否してそのままアパートに帰り、一生口座が凍結されたまま、税務署の調査に震えて惨めに暮らしなさい」


「うっ、ぐあああ……ッ!!」


 小春の胸に、自分がドヤ顔で言い放ったセリフが、特大のブーメランとなって突き刺さった。完全なる自業自得。


 家賃の引き落とし日も、税金の悪魔も刻一刻と迫っている。

 背に腹は代えられない小春は、血の涙を流しながら、震える手でブラック契約書に署名した。  


 だが、サインを終えた瞬間、彼女は目をギラギラとした汚い円マーク(¥)に変えて勢いよく立ち上がった。


(分かったわよ、行ってやろうじゃないの! 春日部の経理が上限付きでそこまでケチなら、出張先のシステムバグを徹底的に突き倒して、鹿島の経理から直接インセンティブを二重取り(横領)してやるわ! 管轄サーバーが違うなら、新規アカウント扱いで初回限定ログインボーナスとかが出るはずよ!!)


「……どこまでも浅ましく強欲なイレギュラーですね。せいぜい現地の地獄を味わってきなさい」


 財前が冷たく言い放ち、小春は長官室を追い出された。


 ◇◆◇


 ガタゴトと、ひどく安っぽい金属の軋み音が、旧式のボックス席の車内に虚しく響き渡っていた。


 窓の外に広がるのは、都会の喧騒から遠く離れたのどかな茨城の田園風景だ。

 小春たちが乗せられているのは、特務機関の誇る超高速ヘリでもなければ、新幹線の特等席でもない。


 財前が「旅費予算の枯渇」を理由に支給した、鈍行列車にしか乗れない最安のデジタル乗車券――通称『青春十八きっぷ』に相当する、各駅停車の切符だった。


「おい、小春……!! なぜ鹿島への緊急応援任務に向かう俺たちまで、こんな超鈍行列車に揺られなきゃいけないんだ!?」


 向かいの席に座る夏目が、固い座席のせいでバキバキになった腰を押さえながら、額に青筋を立ててキレ散らかした。

 その横では、シオンが半泣きでお尻をさすっている。


「そうですぅ……! もう三時間も各駅停車に乗ってますよ!? お尻が物理的に限界を迎えて、腰も……!」


「俺にとっては……ッ、この座席の不快な振動すらも、下半身の体幹を極限まで鍛え上げる過酷な修行の一環……ッ!」


 桐生だけが一人で窓の外を睨みながら無駄に感動していたが、夏目の怒りは収まらない。


「そもそも、第二センターの旅費予算が完全に底をついたのは、お前が前回の任務で一千万円も毟り取ったからだろうが! お前の強欲のせいで、なぜ俺たちまでこんな連帯責任の拷問を受けなきゃいけないんだ!」


「うるさいわね、夏目さん。旅費が出ないなら、現地調達するしかないって言ってるでしょ。いい? 私たちは今から、鹿島拠点のコンプライアンスの穴を突くのよ。二重取りよ、二重取り!!」


「答えになってないぞこの馬鹿! そもそも俺たちがなんで――」


 全く反省していない小春の強欲な独白を聞きながら、夏目は深い絶望と共に、本日三錠目となる胃薬を口に放り込んで噛み砕いた。


 ◇◆◇


 鈍行列車に揺られること数時間、四人がようやくたどり着いたのは、茨城県・鹿島神宮の深い地下深くに建造された、特務次元保安局・第三センター『要石駐屯地』だった。


 重厚な自動ドアを抜けて施設内へと足を踏み入れた瞬間、小春たちは強烈なカルチャーショックに襲われ、その場に硬直することになった。


「な……何だ、この空間は……!? これが、同じ特務機関の防衛拠点だというのか!?」


 夏目が驚愕の声を上げるのも無理はなかった。


 近未来的でシステム化されていた春日部の第二センターとは異なり、この鹿島の施設は、一言で表すなら「オカルト全振り」の異様な光景に支配されていた。  


 天井からは、直径一メートルはあろうかという巨大な注連縄がぶら下がり、最新鋭の量子サーバーブレードの筐体には、気味が悪いほど大量の御札がベタベタと隙間なく貼り付けられている。


 あちこちに不気味な鳥居が立ち並び、オペレーターのデスクの横には、線香の煙が立ち込める本格的な祈祷室まで併設されていた。  


 そして現在、そのサイバーオカルト空間は、小春が第0層のRTAで流したバグパケットの飛び火によって、完全に機能不全(パンク寸前)の惨状を呈していた。


「おい! 東側の論理障壁が損壊しているぞ! 神骸のエラーログが逆流してきている!!」


「慌てるな! 『オンマニペドメフム』! 気合を入れろ!! 精神力で根性のコマンド入力を走らせるんだ!!」


 視界に入ってきたのは、白装束や修験者の格好をした現地のデバッカーたちが、数珠を巻いた手で仮想(ホログラム)キーボードを叩き、滝のような汗を流しながら「気合」と「祈祷」で電子のお札をスパム送信している、非効率極まりない精神論のブラック職場だった。二〇四五年の日本とは思えない光景である。


「なにこの非科学的な職場……。祈ってバグが直るなら、プログラマーもデバッカーもこの世に必要ないわよ」


 小春が死んだ魚の目で完全に呆れ果てて呟いた、その時だった。


「――フン。春日部の生ぬるい環境で甘やかされた連中が、我が鹿島の神聖な要石駐屯地に何の用だ?」


 重々しい足音と共に、四人の前に一人の男が立ち塞がった。  


 修験者の装束を身にまとい、背中には大太刀を背負った、見るからに暑苦しい体躯の男。彼こそが、この第三センターのトップダイバーであり、現地のテスターたちを率いる『特攻隊長』だった。  


 特攻隊長は、小春たちのヨレヨレのジャージや私服姿を不愉快そうに一瞥すると、鼻で笑って大太刀の柄を掴んだ。


「本庁からの応援など不要と言ったはずだ! 我々鹿島の防衛ダイバーは、己の肉体と、不屈の精神力、そして神聖なる祈祷の力によって神骸の怪異を祓う! バグだのシステムエラーだのと理屈をこねる、お前たちのような軟弱な連中の手など借りん! さっさと春日部へ引き返すがいい!」


 初対面から全力で叩きつけられた、ここまでデジタルが進化したこの時代で、まるで前世紀の遺物のようなガチガチの根性論。


 小春はブレードを構える気すら失せたような目で男を見つめると、ボソリと容赦のない本音を吐き出した。


「出たよ、根性論ゲーマー……。一番効率が悪くて、マルチプレイで絶対に一緒にマッチングしたくないタイプね」


 そもそも根性論ゲーマーという単語や人物が実在するのかは置いておくとしよう。

 しかし、次の瞬間、小春の口角がククク……と邪悪に吊り上がった。


「いいわ。そこまで言うなら見せてあげる。さあ、私のクソゲーマー(完璧な)理論で、現地の非効率な常識を全部物理的にハメ殺して(バグらせて)あげるわよ!!」


 最新のバグ悪用至上主義対古き良き精神論。  

 出張先のインセンティブを二重取りするための、最悪な戦いの幕が上がろうとしていた――。

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