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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
日給五万の裏バイトと、第0層RTA
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20/36

20:RTAで世界を救え

「プシュゥゥゥ……ッ!!」


 豪烈な排気音と共に、第二センターのカプセルルームに設置された四基のハッチが勢いよく跳ね上がった。


 カプセルの内部から噴き出す冷却用の白い蒸気が、薄暗い部屋を瞬く間に満たしていく。アバターの致死的破損、およびシステムのエマージェンシー機能が同時作動したことによる強制切断(ログアウト)だった。


「ガハッ、ゴホッ……!! う、あ、頭が、割れる……ッ!」


 最初にカプセルから這い出て床に倒れ込んだのは、夏目だった。

 安全フラグを強引に解除された上、アンチウイルス弾を内部から暴発させられたリアルデスペナルティの負荷は凄まじく、エリートの面影など塵一つ残っていない。

 激しいVR酔いによる吐き気と脳震盪に襲われ、床に血反吐をぶちまけながら四つん這いで激しく悶絶している。


「うう、うあぁぁぁんっ!! 視界が、まだピンクのまま……! バグってますぅ!! 耳鳴りが止まらないよぉ……ッ!」


 隣のカプセルからは、シオンが頭を抱えて幼児のように大号泣しながら転がり出てきた。世界ランカーも、システムを内側から爆破されるという狂気の離れ業(デスルーラ)の衝撃には耐えきれず、完全にパニック状態で涙と鼻水に塗れている。


 桐生にいたっては、カプセルの中で白目を剥き、奇怪なポーズで固まったままピクピクと身体を痙攣させて気絶していた。


 医療班がストレッチャーを押し込んでドタバタと騒ぎ立てる中、小春だけは平然とした顔でカプセルから起き上がり、ジャージの袖で口元のよだれを拭っていた。


「ふぅ……。やっぱり最新のハイスペックサーバーでのデスルーラは、ロード時間が長すぎるわよクソゲー。アキバのジャンクパーツでパケット遅延のクッションを挟んでおかなかったら、危うく脳のニューロンが数個焼き切れて、自宅のアパートの郵便番号を忘れるところだったわ」


 小春はよろつくこともなく床に立つと、何よりも先にポケットからひび割れたスマホを取り出した。

 素早い先行入力で銀行アプリを起動し、口座の残高を確認する。画面に表示された数字は、寸分の狂いもなく『五百五十万一千四百二十円』のままだった。


「よし、まだ無事ね……。銀行のデータサーバーがエラー落ちして消滅する前に、なんとか逃げ帰るのが間に合って本当に良かったわ」


 己の貯金が無事であることに仏のような邪悪な安堵の笑みを浮かべていると、部屋の防音ドアが物理的に叩き割られんばかりの勢いで乱開された。


 なだれ込んできたのは、顔面を蒼白に引きつらせた岸泉と、怒髪天を突きすぎて眼鏡が半分ズレ落ちている財前、そしてインフラ班の御手洗たちだった。

 彼らの目は、怒りというよりも、生還するはずのない亡霊を見たかのような深い絶望と戦慄に染まっている。


「な、なぜだ……!? なぜ君たちがここにいる!? あの空間は完全にロックされ、外部からのログアウト処理はすべて弾かれていたはずだぞ!?」


 岸泉が胸ポケットから新しい胃薬のボトルを取り出し、ボリボリと狂ったように噛み砕きながら叫んだ。彼らは、小春たち四人を最深部(第0層)の防波堤として置き去りにし、現実世界のシステムを数十年維持するための生贄(時間稼ぎのパッチ)にするつもりだったのだ。


「ちょっと、そこのクソ運営陣。都合のいいこと言ってんじゃないわよ」


 小春はアキバのパーツまみれの違法スマホ型端末を財前の鼻先に突きつけ、地獄の底から響くようなドスの利いた声で詰め寄った。


「盗み聞きさせてもらったわよ。私らを安い時給で生贄にするつもりだったわね? 悪いけど、労働基準法を無視したサービス残業なんて断固拒否よ! こっちは退勤する権利を行使しただけなんですけど!?」


「な……ッ! あの秘匿通信を盗み聞きしていたのですか!?」


 財前が息を呑み、絶句して一歩後退した。


 小春の組んだ非正規のダイブ環境が、特務機関の最高機密である生贄計画のログを完全に傍受していたという事実に、大人たちの顔から血の気が完全に引いていく。


「でも、まぁいいわ。責めるのは後回しにしてあげる。約束通りの大金は払ってくれたし……。それより問題なのは、あの未実装エリアのクソボスの存在よ。あんなバグの塊を放置しておいたら、遠からず日本のインフラサーバーが物理的にクラッシュするわ」


 小春の瞳の奥で、ドロドロとした汚濁のような強欲の炎が、かつてないほどの激しさで燃え上がった。


「サーバーが落ちたら、私の大事な五百五十万の残高が消える。それに、さっき財前チーフが提示した『大型アップデート防衛手当の一千万円』。これも踏み倒されることになるじゃない! そんな損害を出すくらいなら……、私が今からあの最深部のクソボスをバグの穴でハメ殺して、このクソゲーを『強制クリア』してやるわよ!!」


 己の給料と預金通帳を守るため。

 命より金。世界の命運よりも自分の物欲。

 とことん小春は自己中心的で、しかしスイッチが入れば止められない。


 故に誰の指示も受けない、クソ運営に対する最悪の反逆の宣言だった。

 財前たちがその強欲すぎる気迫に圧倒されて言葉を失った、その瞬間。


「お帰り、新人ちゃん。見事なデスルーラだったね。仕様の穴をあそこまで綺麗に突くなんて、やっぱり君は最高の素質があるよ」


 パチパチと乾いた拍手と共に、部屋の隅から一人の小柄な女性隊員が姿を現した。猫山愛だ。その手にはキャンディの棒が握られており、モニターの赤いログを見つめながら、不敵な笑みを浮かべている。


 ずっと前線から離れていた彼女だったが、その目は完全に「ゲーマー」のそれに変わっていた。


「猫山先輩……!? どうしてここに……」


 ストレッチャーの上でようやく息を吹き返した夏目が、掠れた声で呟く。

 猫山はキャンディをガリリと噛み砕くと、小春の前に立ってタブレットの画面を提示した。そこには、第0層の基底コードを解析した、歪な3D構造マップが映し出されていた。


「裏でね、君たちの異常なログをずっと追いかけてたんだよ。元死にゲーRTA走者として、あんな美しいバグの乱舞を見せられてじっとしていられるわけないじゃない? それで分かったんだけど……、あの未実装の最終ダンジョン、真っ当に攻略するのは時間的に百%無理」


「でしょうね。オブジェクトの配置フラグすら壊れてたし」


 小春が同意するように深く頷く。猫山はその瞳をギラリと輝かせ、悪魔のような提案を口にした。


「だったら……『RTA(リアルタイムアタック)』でしょ? 正規のフラグを全部すっ飛ばして、壁抜けでラスボスの座標まで最短ルートで直行する。そして、意図的なバッファオーバーフローを発生させて、ボスごとサーバーを一時的に強制ダウンさせるの。システムが再起動する数分の間に、エラーログを物理的に全消去する。これが、このクソゲーを最速で終わらせる唯一の禁じ手(ハメ技)」


「……最高にエコで時給効率の良いハメ技ね。気に入ったわ」


 小春と猫山、二人の異常なトッププレイヤーが、最悪の共鳴を果たして不敵な下種顔を見合わせる。


(この二人が組むと、神骸よりタチが悪いぞ……!)


 激しい胃痛と共に、夏目が内心で絶望のツッコミを入れた直後だった。


「ま、待ちなさい!! そんなゲームの根幹を破壊するようなバグ技でコアを刺激したら、現実世界がどうなるか……!!」


 財前が必死に叫んで止めようとするが、小春はそれを完全に無視した。

 床に転がっている夏目の胸ぐらを掴んで強引に引き起こし、号泣しているシオンの頭を叩いて無理やり立たせる。気絶している桐生の頬を往復ビンタで叩き起こした。


「はっ!? 師匠の愛の活殺自在……! これが古流の蘇生術か!」


 状況を全く理解していない寝言を吐く桐生を無視し、小春は最悪のオーダーを読み上げる。


「夏目さんは盾(壁役)。桐生くんはヘイトを集める極上デコイ。シオンちゃんは一フレームの狂いもない精密射撃。猫山先輩は現実からのRTAナビ。……最悪で最強のパーティ結成ね」


「正気か君たちは……ッ! 脳が本当に死ぬぞ!」


 夏目が青ざめながらも、その手はすでに愛剣の柄へと伸びていた。

 文句を言いながらも、小春のバグ技がなければあの深淵から誰も生還できなかったことを、彼は誰よりも理解しているのだ。


「さあ、時給一千万のRTA(残業)を始めるわよ。運営の想定したシナリオ(仕様)なんて全部バグらせて、三十分でエンディング(退勤)を迎えてやるわ!」


「ちょっと師匠……。まだ目も頭も痛いんですけど……」


「だめ!! 立って!! 三十分死ぬ気で我慢しなさい!!」


 小春は自作の違法デバイスをカチリとカプセルに接続し、不敵な笑みを浮かべて再びハッチの中へと飛び込んだ。


 日本の命運と、自分たちの残業代。そのすべてを賭けた、第0層への『最終ダイブ』のカウントダウンが始まった瞬間、センター全体の電力が激しく明滅し、空間が大きく歪み始めて――。

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