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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
日給五万の裏バイトと、第0層RTA
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18/36

18:世界の危機はインセンティブとともに

 春日部の地下深く、特務次元保安局・第二センターの緊急ブリーフィング室。

 

 数時間前に秋葉原のど真ん中で発生した、現実世界への未曾有のバグ侵食パニックを受け、室内は文字通りの非常事態に陥っていた。


 壁一面に巡らされた量子ホログラムディスプレイには、明滅する無数の生体脳波グラフと、血のように赤いエラーログが超高速で流れ落ちている。


 室中を満たすのは、サーバーの超並列演算プロセッサが放つ微かな駆動音と、緊迫したオペレーターたちの端末入力音だ。


 現実世界の崩壊を食い止めるための最先端テクノロジーが詰め込まれたその空間に、強制召集されたテスターたちが集められていた。


 普段であれば「休日出勤とかありえないんですけど」と省エネ主義全開で文句を垂れるはずの小春は、この日に限って全く異なる異様な気迫を放っていた。


 パイプ椅子から身を乗り出し、机を叩かんばかりの勢いで前のめりになっている。その目は完全に血走り、漆黒の強欲のオーラが立ち上っていた。


「いいからさっさと緊急メンテナンスを開始しなさいよ! サーバーを落としてこの世界を修理するのよ! 私の命より大事な五百五十万円の口座残高が、電子クズのゴミデータにエラー落ちする前にね!」


「お、お前……。急にどうしたんだ!?」


 隣に座る夏目が、小春のあまりの剣幕に圧倒され、引き気味に尋ねた。

 いつになく戦闘意欲に満ち溢れている小春の姿に、エリート隊員としての常識が追いつかない。


「《《夏目さん》》、何言ってんのよ! アキバの地面が市松模様になってビルが消えかけてたのよ!? あれが進行してもしも日本のインフラサーバーが完全にクラッシュしてみなさいよ! 私の銀行のデータが物理的に消滅して、せっかくもぎ取った臨時ボーナスが使う前にゼロになっちゃうじゃないのよ! 食いたいもんも欲しいもんもたくさんあんのよ!? そんなの万死に値する機会損失だわ!!」


「いや、何に心配してるんだこの馬鹿!!」


 夏目が頭を抱えて、胃痛を堪えるように絶叫した。

 折角の美男子が残念である。

 壇上に立つ経理チーフの財前も、眼鏡の奥の目を限界まで細め、青筋を立てて小春を睨みつけている。


「《《黒瀬テスター》》、席に着きなさい。あなたの個人的な懐事情など知ったことではありません。……ですが、事態が致命的な局面にあるのは間違いありません」


 財前が手元の高精度ホログラフィック端末を操作すると、中央のプロジェクションテーブルに、関東全域の地下にうねる巨大な情報エネルギーのうねりが、精緻な3Dグラフィックで投影された。


「先ほどのアキバでの次元断層は、他拠点の正規隊員たちが仮想空間側から命懸けでエラーコードを相殺したことで、辛うじて収束しました。ですが、現在の防衛境界線は限界を迎えています」


 重々しいシリアスな説明。そこへ、夏目が神妙な顔をして、テスターたちへ向けて語りかけた。


「……みんな、アキバで見た通り、このVR空間の異常は、現実の崩壊と完全に直結しているんだ。実は、最近川越周辺で多発していた局地的な直下型地震が、突如としてピタリと止まった。それは、ここにいる小春があの『からくり武者』をハメ殺して……いや、討伐したおかげなんだ。神骸という怪異の存在そのものが、現実世界における大地震の元凶だったんだよ。奴らが向こうの空間で暴れる振動が、次元の壁を突き抜けてこちらの世界を揺らしているんだ」


 夏目の言葉は、この最先端異次元防衛プロジェクトの最もダークで、最も重大な真実だった。


 本来なら一般のテスターたちが恐怖で凍りつくような開示だ。


 しかし、その壮大なダークファンタジーの真実を突きつけられた瞬間、小春はポンと小気味よく手を叩き、すべてを理解した顔で深く納得した。


「あー、なるほどね! 点と点が繋がったわ!」


「分かってくれたか、小春!」


 夏目の瞳に、ようやく話が通じたという期待の光が宿る。


 だが、小春の口から飛び出したのは、夏目の期待を奈落の底へと叩き落とす、天才的かつ最悪なクソゲーマー理論の屁理屈だった。


「そりゃそうでしょ! あの『からくり武者』、無駄に巨大な歯車オブジェクトを何千個も同時に物理演算で回してたじゃない! あんな馬鹿みたいな描画と物理処理を走らせるから、この春日部の地下にある特務機関のスーパーコンピューターが処理落ちして、冷却ファンが限界超えてガタガタガタガタ震えてたのよ! そのマシンの物理的な振動が地下の基盤から伝わって、地上で『局地的な直下型地震』になってたわけね! つまりゲームの重さによるマシンのハードウェア的物理振動! どれだけ設備ボロいのよクソ運営!!」


「なぜ君は、世界の危機よりも『運営の物理的な設備不良』の方を100%信じるんだよ!!」


 夏目が本日二度目の絶叫をブリーフィング室に響かせた。


「神骸の呪いでも何でもない、ただの冷却ファンのガタつきで日本が揺れるか! どんな巨大なファンなんだそれは!!」


「いや、だって日本の最先端の研究所とか大手企業が絡んでるのに、あんなお粗末な突貫パッチ当てるような開発陣よ? 空冷のファンが安物でネジが緩んでるって言われた方がよっぽど説得力あるわよ。大丈夫? 予算削る場所間違えてない?」


 ジロリと経理の財前を睨みつける小春。


 財前はついに手元のペンをへし折りそうなほど指を震わせ、隣のセンター長、岸泉は「うう、胃が……」と胸ポケットから出した新しい胃薬をボリボリと虚しく噛み砕いていた。


「黒瀬くん……。君のその、開発会社への異常な不信感は一旦置いておきたまえ……」


 岸泉が涙目で小春をなだめ、気を取り直すように正面の巨大スクリーンを指し示した。


 スクリーンには、相模湾の深海方向から関東の地下へ向かって、おびただしい数の真っ赤な例外エラーログが逆流してきている様子が、流麗な光のラインで視覚化されていた。


「現在、システム全体が暴走しかけている根本的な原因は、大元の基幹サーバー……相模トラフ方面に位置する最深部からの、過剰なエラーパケットの逆流だ。これに対処するため、開発チームが大至急で『緊急メンテナンス用大型パッチ』を適用した新エリアを構築した」


 財前が冷酷な表情のまま、タブレットをタップして通達を書き換える。


「新エリアの防衛、およびバグデータの制圧。これが今回の強制発注任務です。極めて広大で、かつ論理崩壊の激しい新マップとなりますが、今回のアップデートマップの防衛に成功した者には、特別ボーナスとしてインセンティブを支給します」


 インセンティブという単語が財前の口から出た瞬間、小春の耳がピクンと跳ね上がった。


「いくら?」


「……満額で、追加手当一千万円です」


 財前はまるで猛毒を飲み込むかのように顔を歪め、手元のタブレットの端がミシミシと軋むほど強く握りしめていた。


 一千万。


 その響きを耳にした瞬間、小春の瞳の濁りが一気に深まり、目の奥にドロドロとした純度百%の強欲の円マーク(¥)が金色に鮮やかに蘇った。


「要するに、銀行のサーバーをこれ以上バグらせないための、深夜の緊急システムメンテナンスね。いいでしょう、私の五百五十万の口座残高の防衛、プラス追加の一千万の労働対価。きっちりもぎ取らせてもらうわ」


 小春はジャージのポケットから、アキバで買い集めたジャンクパーツを無理やり結合させた、非正規の自作スマホ型端末をカチリと起動させた。


 運営の監視プログラムを完全にすり抜け、限界を超えたバグの先行入力を可能にする、彼女専用の違法ダイブ環境の準備は万端だった。


「よし、行くわよ金ヅル(シオン)! 極上デコイ(桐生)!」


「はいっ、師匠! もやし生活から脱出するため、一千万円の特別授業、命懸けでついていきます!」


 シオンが涙を拭い、プロゲーマーの鋭い目で小春の背中を追う。


「フッ、やはり師匠だ。世界の命運を懸けた最終アップデートを前に、その漆黒の覇気……! 俺の武術の血が滾るぜ!」


 桐生がいつものように中二病ポーズを決め、小春の後に続いた。

 

 一見すると、世界の崩壊を止めるために最も危険な最前線へと赴く、最高に熱いヒーローたちの出撃。


 だが、その中身は、一千万の残業代に目が眩んだ最悪の守銭奴と、借金まみれの中学生、そして重度の中二病による、あまりにも美しくない利害関係の塊だった。

 

 案外、後世に語られる英雄なんてものはこういうものなのかもしれない。

 そして、それを美しく湾曲させ美談に……。なんてことも。


「……動機が底辺すぎて目も当てられんが、あの異常な空間をねじ伏せられるのは、あの馬鹿だけなのが一番の絶望だな……」


 夏目は、激しい胃痛を堪えながら、自らの愛剣を背負ってダイブカプセルへと歩き出した。


「全ダイバー、カプセルへ入れ! 大型パッチの適用を開始する! 川越、アキバを遥かに凌駕するクソ仕様の戦場へ――」


 夏目の悲壮な叫びと共に、小春は不敵な下種顔のまま、棺桶のような最新鋭カプセルの中へと自ら飛び込んでいった。

 

(どんなにガバガバな超大型クソパッチだろうと、私の給料の邪魔をする奴は、全員仕様の穴でハメ殺してやるわよ)

 

 最悪のフリーランス・デバッカーを乗せたシステムが、轟音と共に相模トラフの深淵へとダイブを開始した直後。


 突如としてカプセル内の全ホログラムモニターが血のような真紅に染まり、『未知の最深部(第0層)への強制アクセス』を告げる最悪の致命的エラー音が鳴り響き――

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