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Tポーズの女神様   作者: 水色蛍
日給五万の裏バイトと、第0層RTA
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16/36

16:先祖返りの秋葉原

 天地が真っピンクの市松模様へと反転した川越エリアで、無限に増殖する『巨大こけし』と『鉄球』の山が、物理演算の限界を超えて空間そのものを圧殺し始めていた。


 底なしの漆黒の深淵へと崩れ落ちていく石畳。

 完全にゲームのデータ領域が破綻した絶望的な光景の中で、エリート隊員の夏目が絶叫する。


「小春!  桐生! シオン! 残骸を蹴って上方の浮島へ跳べ!!  処理落ちでグラフィックの同期がズレる前に脱出するんだ!」


「無理です、夏目先輩! 当たり判定が大きすぎて跳躍ルートが塞がれてますっ!」


 シオンが涙目で愛銃を抱え、崩壊する江戸の町並みの残骸にしがみつく。

 桐生もまた、スタイリッシュなポーズを維持したまま、じわじわと奈落へと滑り落ちていた。


 だが、その修羅場の最中、インベントリに五百五十万円相当のレアドロップデータをばっちり格納した小春だけは、驚くほど冷静に、死んだ魚の目で迫り来る巨大こけしのテクスチャを睨みつけていた。


「ハァ……。あの寝不足プランナー、焦ってオブジェクトの消去コードを書き忘れた上に、グラフィックの読み込み制限までガバガバにしてるわね。画面がめちゃくちゃ重い。でも、グラフィックがこれだけバグってめり込み合ってるってことは、つまり――」


 小春は駆け出した。避難ルートを探すのではなく、あえて最も激しくガクガクと震え、増殖を繰り返している『巨大こけしと鉄球の結合部』に向かって。


「おい、何を考えているんだ君は!?  そっちは一番データ崩壊が激しい危険地帯だぞ!」


 夏目の制止を無視し、小春はこけしの木目のテクスチャと、鉄球の黒いポリゴンの不自然な隙間へとスライディングで自らめり込んでいった。


 オブジェクト同士が重なり合い、押し出す物理演算がループしている不正な座標。

 そこにアバターを挟み込んだ瞬間、小春は視界のインターフェースで『しゃがみ』と『ジャンプ』を、驚異的な速度で交互にスパム連打し始めた。


 ピピピピピピピピピピピピピビキィィィィンッ!!!


 システム側が、小春のアバターの正しい位置を計算しきれず、完全に処理がスタックした。


 次の瞬間、壁にめり込んだ小春の座標が強制リセットをかけられ、物理エンジンの反発力によって、まるでパチンコ玉のように遥か上空へと超高速で『座標ワープ(位置エラー)』した。


「ふはっ、やっぱりね! 突貫パッチのめり込み判定を逆に利用した『壁抜け)』成功! ほら、あんたたちも早くここの隙間に挟まりなさい!」


「そんな物理法則を無視した奇怪な脱出方法があるかぁぁぁ!!」


 夏目が代弁者として悲鳴を上げるが、背に腹は代えられない。

 小春の指示通り、桐生とシオン、そして夏目が次々とバグの隙間に身体をねじ込み、カクカクとした奇怪な超高速ワープで崩壊空間の最上層へと弾き飛ばされていく。


 全員が安全装置の強制アクセスログに触れた瞬間、視界は強烈な白光に包まれ、世界のすべてが強制シャットダウンされた。


 ◇◆◇


 プシュゥゥゥ……、と不気味な地下施設にカプセルのハッチが開く音が響く。


 現実世界の第二センターに帰還した小春を待っていたのは、世界を救った英雄への称賛ではなく、冷徹な大人たちによる、さながらブラック企業の対策室のようなお説教だった。


「シフト外の無断出勤など前代未聞です! しかも回収したウイルスデータを人質に一千万円を要求するなんて、恐喝罪で立件されてもおかしくないんですよ!」


 薄暗い面談室で、財前が手元のタブレットを親の仇のように叩きながら怒号を浴びせる。

 センター長の岸泉も、胸ポケットから出した胃薬をボリボリと音を立てて噛み砕きながら、涙目で小春を睨んでいた。


「そうだぞ、黒瀬くん! 君が暴れたせいで川越エリアは市松模様の消滅一歩手前だ!!」


(なにをVRゲームで大げさな……)


 しかし、その横からデバッグ班の車谷が「まぁまぁ!」と鼻息を荒くして身を乗り出してきた。


「財前チーフ、岸泉所長。彼女の挙動は確かに最悪ですが、悪質チーター『V』の撃退と、神骸の完全デバッグという実績は事実です! あのウイルスデータは我が班の特別研究費で相殺します!」


 車谷の強烈な後押しにより、財前は最大級の深いため息をつき、しぶしぶタブレットの振り込み承認ボタンをタップした。


 前回の未払い分二百万、今回のベース報酬とウイルス回収費三百万、さらに車谷が提示した特注デバイスの支給を断って「その分を現金で上乗せして」と小春が強欲に要求した五十万。


 トータル『五百五十万円』の臨時ボーナスが、ついに確定した瞬間だった。


「うむ。そういうわけだから、黒瀬くん」


 岸泉が新しい胃薬に手を伸ばしながら、疲弊しきった声で告げる。


「今回の空間崩壊とエミリー君の突貫パッチのせいで、システム全体の大規模な総点検を行うことになった。したがって、君たちのシフトは一度すべて白紙(凍結)とする。再度作り直すから、次の連絡があるまで自宅待機……つまり、休みだ」


「え、それってつまり、働かなくても怒られない有給的な引きこもり期間ってことですか?  最高じゃん」


 小春はすっかり反省の「は」の字すら忘れた下種な笑顔を浮かべ、そそくさと面談室を後にした。もういっその事、払うものを払って、このイカれたプレイヤーを帰らせたいのが本音だったろう。


 ◇◆◇


 ピコンッ。


 数日後。埼玉・越谷の安アパートの万年床の上で、小春のスマホが心地よい通知音を鳴らした。

 画面を開くと、銀行アプリの口座残高が『5,501,420円』という、しがないフリーターにとっては国家予算レベルの数字を表示している。


「ふふ、ふふふふ……。本当に振り込まれてる。神バイトすぎるわね……」


 一瞬にして大金持ちになった小春は、この「白紙の休日」を最大限に満喫するため、ある場所へと繰り出すことにした。


 西暦二〇四五年、秋葉原。


 数年前から激増している『震源地不明の局地的な地震』の煽りを受け、この街の景色はかつてとは一変していた。


 度重なる震災によってビルの半数は半壊し、応急処置の耐震鉄骨が剥き出しのまま張り巡らされている。


 その結果、二〇一〇年代から一世を風靡していたメイドカフェやポップカルチャーといった華やかなサブカル文化は完全にすたれ、街は再び「先祖返り」を果たしていた。


 怪しいVR構成品パーツや、量子チップ、ジャンクの基盤がズラリと露店に並ぶ、超近代的なサイバー電気街。それこそが、現在のアキバの姿だった。


「やっぱり、パーツは現物を見て買わないとね」


 小春が秋葉原の薄暗いジャンク通りを歩いているのは、ただの無駄遣いではない。


 彼女は車谷から提示された特注デバイスを断り、わざわざ現金を毟り取って、自作のダイブパーツを買い集めていた。


 理由は単純。

 運営(特務機関)支給のデバイスなんか使ったら、プレイログを詳細に監視されたり、勝手に通信制限(帯域絞り)をかけられたりするに決まっている。


 自分で組んだ『完全プライベートな非正規ダイブ環境(自作PC)』じゃなきゃ、思う存分システムの仕様の穴を悪用できない。どこまでも運営を信用していないクソゲーマーの知恵だった。


「よし、ルーターと対侵食シールド基盤は確保。あとは……」


 両手に電子パーツの入った重い袋を下げ、小春はホクホク顔でジャンク通りを直進する。


 五百五十万円という大金を手にしているにもかかわらず、彼女の豪遊は実に生活感が溢れていて小さかった。


 お昼ご飯にはマクドナルドへ寄り、いつもなら絶対に我慢する「ポテトをLサイズにして、ナゲットも追加」という贅沢を敢行。


 さらに駅前のスーパーで、一パック二百円の高級卵と、普段なら見向きもしない高めのカフェオレを購入したのだ。


「あぁ……。金持ちって最高。ポテトがいくらでも食べられるわ……」


 パーツの袋と、高級卵の入ったスーパーの袋を両手に下げ、天国のような休日に浸っていた、まさにその時だった。


「――見つけましたよ、師匠」


 背後から、冷徹で、聞き覚えのある硬質な声が響いた。


 小春が驚いて振り返ると、そこにはアキバの雑踏の中、中学生の制服をピシッと着こなした星野シオンが、鋭いプロゲーマーの眼光で立ちはだかっていた。


「えっ、シオンちゃん!?  なんでここに……っていうか、私の居場所なんで分かったのよ」


 引く小春に対し、シオンは自分のスマホの画面を突きつけながら、変なところでプロの技術を無駄遣いした特定方法を誇らしげに語り始めた。


「師匠から教えられた『月謝の振込先口座(越谷の支店)』のコードと、ゲーマーのネットワーク……アキバのパーツショップの在庫照会履歴を照らし合わせて、ミリ秒単位のアクセスログから現在地を特定しました。FPSのウォールハックに比べたらイージーです!」


「いやいやいや、そんなわけ……。キモ……。ストーカーの才能がありすぎるでしょ、このガキんちょ……!」


「フッ、やはり師匠の『強欲《汚い大人》の気配』は隠せませんね」


 さらに、隣のビルの物陰から、無駄にスタイリッシュな私服を着た桐生までポーズを決めて飛び出してきた。


「おい、なんで桐生くんまでいるのよ!  私の静かで涼しい休日が……!」


「弟子たるもの、師匠の行動は把握しておくものです」


「なになに、完全に二人ともストーカーだよね!? 警察駆けこんじゃおうかな……」


「んな!!」


 そんな頭を抱える小春の前に、シオンは一歩踏み出し、その涙目をじわじわと潤わせながら小春の手元のスーパーの袋を凝視した。


「親の借金のせいで……、私は昨日からもやし炒めしか食べてないのに……。師匠、その袋に入っているの、高級卵ですか……ッ!?」


「え、あ、うん。特売じゃなくて、一番高い棚のやつだけど」


「ううっ……、弟子がもやしで飢えに苦しんでいるというのに、なんてえげつない豪遊を……!」


 シオンが不憫な涙を流して震える。

 その姿は完全に被害者そのものだったが、目の前の最悪な師匠の脳内は、瞬時に別の「集金システム」の稼働へと切り替わっていた。


 小春はすっかり下種な笑顔を顔いっぱいに広げると、スーパーの袋をガサリと鳴らし、シオンの目の前に手を差し出した。


「そうよ。お金持ちだからね。……あ、シオンちゃん。そういえば今月の月謝十万円、今日ここで手渡しでもいいからね?」

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