13:アイテム増殖バグ 他
巨大な大太刀が、江戸の空を覆うバグった歯車の隙間から振り下ろされる。
ガガガガ、と物理演算の悲鳴を上げながら、鎧武者と絡繰り人形が混ざり合った神骸『からくり武者』が猛攻を仕掛けていた。
「くっ……やはり真正面からの斬り合いでは分が悪い! 攻撃範囲が広すぎるぞ!」
夏目が白銀の甲冑を軋ませ、セオリー通りの正統派な剣術で応戦するが、風圧だけで周囲の瓦屋根が吹き飛ぶ。
「はははは! 我が剣技の真髄、受けてみよ! 『爆裂・紅蓮鳳凰斬』!!」
そこへ桐生が無駄に派手な光のエフェクトを乱発しながら突撃し、ボスのヘイト(敵対心)を完璧に一手に引き受ける。
「師匠! 敵のヘイトライン、がっちりホールドしました! 今です!」
「ナイスエイム……! 反転重力がないなら、私の弾道計算は狂いません!」
後方からはシオンがプロゲーマー特有の異常な精密射撃を放ち、さらにボスの注意を小春から逸らしていた。
二人の弟子(という名の極上囮セット)が完璧に機能する中、当の小春は戦場の片隅で、ガクガクと小刻みに震えている『江戸の茶屋の看板』の前にしゃがみ込んでいた。
ペチッ、ペチッ。 無表情のまま、初期武装【V-ARC】の銃身で看板のテクスチャを小突く。
「……よし、やっぱりね。あのプランナー、焦ってパッチ当てたせいで、オブジェクトの接地判定のフラグを完全に壊しちゃってるわ」
小春の瞳に、クソゲーマー特有の冷徹な光が灯った。
運営――もとい、バランス調整班の鵜飼エミリーは、小春の『Tポーズ滑り』を封じるため、大至急で「特定のモーションキャンセルを利用した不正な慣性移動」を修正するパッチを当ててきた。
地面との接地判定を厳格にすることで、滑る挙動を物理的に止めたのだ。
だが、それこそが《《クソゲー開発陣》》の致命的な限界だった。
突貫工事で仕様の穴を無理やり塞いだ結果、プログラムはスパゲッティのように絡まり合い、「空中にいる間は接地判定がリセットされ、無限にジャンプの初速が上乗せされ続ける」という、信じられない連鎖バグを引き起こしていたのである。
「ほら、お出ましよ」
桐生を叩き伏せたからくり武者が、次のターゲットとして小春をロックオンし、巨大な大太刀を真上から振り下ろした。
まともに喰らえば即死。だが、小春は一歩も動かない。
「ハッッッ!!」
刀身が脳天を叩き割る寸前、小春は『前転回避』を入力。
仕様上のわずか0.2秒の無敵フレームで大太刀の攻撃判定を完全にすり抜けると、そのまま上空へ向かって跳躍した。
ここからが、エミリーの結晶に対する、クソゲーマーからの容赦ないお返しだった。
バシッ、バシッ、バシバシバシバシバシッ!!!
「な、何だあの動きは!? 空を……歩いているのか!?」
夏目が驚愕の声を上げて見上げる。
小春のアバターは、空中の見えない足場を蹴り上げるようにして、カクカクとした不自然な挙動のまま、二段、三段、十段、五十段と、重力を無視してどこまでも垂直に上空へ登っていく。
「違う! あれは空中ジャンプのフラグが、接地するまで無限に重複実行されるバグだ!」
現実世界の管制室では、デバッグ班の車谷がモニターに噛みつくようにして叫んでいた。
「エミリー! お前、接地判定の初期化関数を空中判定のループの外側に書きやがったな!?」
「はああああああん!? なんで空中で無限にジャンプしてんのよぉぉぉ!!」
プランナー班チーフの鵜飼エミリーが、ボサボサの髪をさらにかきむしり、自分のノートパソコンをデスクに叩きつける。
「Tポーズを止めるために地面の摩擦係数を弄ったら、なんで空中フラグがバグるのよ! 意味わかんない! あいつ殺す! 絶対に修正して殺してやるぅぅぅ!!」
「サーバーの負荷値が空中連続演算で危険域に達しています! 基盤が、基盤がまた熱を持ち始めました!」
インフラ班の御手洗が、泣きそうな顔でエラーログの奔流を抑えようとキーボードを連打していた。
◇◆◇
そんな開発陣の阿鼻叫喚など、上空の安全地帯に到達した小春には関係のないことだった。
地上を見下ろせば、からくり武者が届かない上空を見上げて大太刀を虚しく振り回している。
「さてと。ここから一方的に殴るわけだけど……。普通にV-ARCでペチペチ撃ってたんじゃ、時給換算のコスパが悪いわね。何しろ今回は時給3倍の特別契約なんだから、サクッと終わらせて残業代も毟りとらないと」
小春は、真下で呆然と空を見上げている中学生の弟子を見下ろし、大声で指示を飛ばした。
「シオンちゃん! 月謝十万円分の特別授業よ! あんたのインベントリに入ってる『標準支給の手榴弾』を、私に向かって正確に、一フレームのズレもなく同時に二個投げなさい!」
「馬鹿な! 一フレーム……六十分の一秒のズレもなく投擲するなど、人間に可能なわけがないだろう!」
夏目が絶叫するが、シオンは涙目を鋭く見開いて言い返した。
「FPSの定点空爆なら常識です! やってみます!」
普通なら不可能な無茶振り。だが、相手はFPSの世界ランカーだ。
シオンは涙目を鋭く見開くと、プロゲーマー特有の、人間離れした超人的なエイムとタイミングで、上空の小春めがけて二発の手榴弾を同時に投擲した。
寸分違わぬ速度、完璧に同一の軌道。
二つの手榴弾が小春の胸元に到達した瞬間、小春は視界のインターフェースでアイテムの『取得コマンド』をスパム入力した。
アイテムIDが完全に重複した状態で、一フレーム内に二個のアイテム取得処理が重なる。
結果――クソゲーの定番『アイテム無限増殖バグ』が牙を剥いた。
ピピピピピピピピピピピピッ!!!
「よし、アイテム欄のカウンタがバグってカンストしたわ」
小春のインベントリの中で、手榴弾の所持数が『999(固定)』に変色する。
「それじゃあ……時給五百五十万分の働き、見せてあげるわ!!」
小春は上空から、増殖した手榴弾を文字通りの「弾幕スパム」として真下へ向けて連射し始めた。
シュババババババババババッ!!!
「なっ……、なんだあの数は!? 爆撃機か!?」
夏目が盾を掲げて後退しながら、空から降り注ぐ手榴弾の豪雨に目を剥いた。
江戸の町並みに、数千発の高周波爆発が絶え間なく炸裂する。
からくり武者の頭上で、凄まじい爆炎とエフェクトの過負荷が発生し、空間全体のフレームレートが一桁にまで低下した。
処理落ちによるラグの嵐の中、神骸のHPバーが一瞬で消し飛んでいく。
ボスは反撃の余地すら与えられず、ポリゴンの裏側から文字通り消滅した。
「……。もう何も言わん。エミリーさんが泡を吹いて倒れていることだろう」
煙が立ち込める川越エリアで、夏目が遠い目をしながら呟いた。
「す、凄い……。手榴弾の判定を同期ズレさせてカンスト……。あれが、師匠の古流武術の神髄……!」
「いやFPSのグリッチだし、ポーションサーフィンの応用ですけど! ダサお兄さんは黙っててください!」
桐生とシオンが早くも小春の足元へ駆け寄り、バチバチと火花を散らす。
小春はフゥと息を吐き、増殖した手榴弾の残骸をインベントリに仕舞いながら、ボスのレアドロップが転がっているはずの地面へと視線を落とした。
だが、そこには何もなかった。
「……あれ? ドロップアイテムは?」
小春が首を傾げた、その瞬間。
空間を構築する巨大な歯車の影から、バチバチと引き裂かれるような紫色のノイズが走り、一人のシルエットが浮かび上がった。
『相変わらず、薄汚いバグまみれの動きをするな。強欲なイレギュラー』
年齢も性別も不詳の合成音声。
外部ツールで世界の理を改ざんする最悪のチーター――『V』だった。
Vの掌の中には、たった今ポップしたはずの、川越エリアのレアドロップデータが、不正なアクセスコードによって吸い込まれていくところだった。
「あんた……、また私の時給をキルパクしに来たわけ?? 毎回毎回来るけど、なに?? ひまなの?? 引きこもり??」
小春の目から、一瞬で光が消え失せた。
『――警告。生存本能:金銭的脅威を検知。攻撃性が致死レベルの999%に到達』
小春の脳内にシステムアラートが響き渡る。
汚濁のような漆黒の強欲が、彼女の全身からオーラとなって立ち上り、アバターの周囲のテクスチャが怒りで歪み始める。
『このエリアの基底データは私がもらう。お前たちの無駄な労働はすべて、私のパッチの肥やしだ』
「死ね。絶対に許さない」
小春は【V-ARC】をガシャコンと高周波ブレードに変形させ、地獄の底から響くような声で吼えた。
「私の快適な労働環境を二度も荒らした罪、そのアバターを物理的に消去して、全額賠償金として毟り取ってやるわよ、時給泥棒おおおおお!!」
パッチによる修正(運営の罠)、そして再び現れた宿敵のチーター。
最悪のフリーランスの、絶対に負けられない「残業代」の刃が、Vの喉元めがけて振り下ろされようとしていた。




