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脳心儀  作者: 八島秦
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第五話 白月臨世、月化が局面を打ち破る

【引言】

 闇の傀儡が地を埋め、奪魂の術が山海を蝕む絶望の刻。二千年の守護の誓いが今、雨夜に目覚める。龍血が咆哮し、白月が臨世し、歪められた宿命の盤に、唯一の光明が刃を翻し、長き対立の均衡がついに崩れ落ちる。


 石澳の夜は、優しき者のものでは決してない。


 龍隠山荘は、凝固したかのような死の静寂に包まれていた。この静けさは穏やかではなく、古い蓄音機の針が詰まった時の鋭い擦れる音のようで、人の鼓膜を刺して痛ませる。


 山間の地気は李先生が持ち込んだ邪穢によって完全に黒く染まり、刺すような寒気が大理石の床を伝って広がる。まるで無数の見えない毒蛇が人の足首を舐め回しているかのように。普段は陽光の下で繊細に育つ植栽たちも、青みがかった邪気に侵され唐突に枯れて萎縮し、枝葉は瞬く間に水分を失い漆黒のカスとなり、砕けて灰になる。助けを求める枯れる音さえ雨垂れの中に消え去った。


「傀儡」と呼ばれるものたちが、四方八方の影からゆっくりと迫り寄ってくる。


 彼らは生前最後に身に着けていた服をまとっている――安価な宅配員の制服だったり、セントラルの金融街で着るような凛々しいスーツだったり――だが今、服の下にはもう人の体温は残っていない。皮下には青い脈が蠢き、見えない糸で無理やり吊るされているかのようだ。


 それは脳心儀の悪業だ。生きた人間を、痛覚さえ奪われた安っぽい兵器へと生きたまま錬成したのだ。


 彼らは砕けたタイルの上を踏み、枯れ木が折れるような鈍い音を立てる。一歩一歩が人の心臓の奥に突き刺さる。


 秦陌はホールの黄花梨の柱にもたれ、手のひらの痛みはもう生理的限界を超えていた。


 逆龍の紋様は焼けた真っ赤なコークスのように、彼の肉に焼きついている。その灼熱は理不尽に骨髄へと染み込み、まるで体内に無理やり道を切り開こうとする。二千年眠り続けた魂が咆哮し、かつて天下を席巻し長城を血脈に刻み込んだ意志が、徐福の腐敗した千年の古い気配を感じ取り、最も凶暴な怒鳴り声を上げているのだ。


 秦陌は自身の血管が轟音を立てるのを聞き、視界は惨澹として病的な赤に染まった。ホール天井のクリスタルシャンデリアが震え、屈折する一筋一筋の光がメスのように、彼の胸を切り開き帝王の残魂が宿る心臓を取り出そうとしているように見えた。


「阿陌、気を張れ」


 秦正霆の背中は闇の中で少し丸まっているが、数十年海に浸食された岩礁のように硬い。迫り来る青い亡霊たちを見つめ、その声は山の岩の割れ目の底から響いてくるかのように低い。


「自分が何者か忘れなければ、この体は永遠にお前のものだ。嬴氏の血は、雑魚に穢されるほど脆くはない」


 廊下の突き当たり、李先生は墨のような濃い影の奥に佇んでいた。


 埃一つない彼のスーツは、明滅する稲妻の光の下で歪んで見える。手の中の青みがかった光は、孵化しようとする毒蛊のようで、人を誘うが致命的な波動を放っている。


「二千年は人間には長すぎるが、神にとってはただの一瞬の呼吸に過ぎない」李先生の声は墓地を渡る煙のようにか細い。「徐氏は言っていた。この街は騒がしすぎ、腐敗した欲望に満ちている、と。彼はお前の手を借り、この島に新たな掟を定め直そうとしている」


 最も近い傀儡が、黒ずみ青いカビが生えた指で秦陌の喉元を突こうとした瞬間――


 時間が、その一秒で完全に崩壊した。


 狂ったように窓を叩いていた暴雨は神に一時停止されたかのように、無数の透き通った雨粒が空中に浮かび、ホール内の絶望的で冷徹な光を反射している。石澳の山全体の風音、遠く大浪湾の波の音、豪邸の用心棒たちの恐怖の呼吸音さえ、瞬く間に跡形もなく消え去った。


 続いて、白昼の温度など微塵も感じさせない、透明に近い惨白い月光が、天地を開く巨剣のように山荘の上に重く垂れ込んだ鉛のような黒雲を真っ二つに切り裂いた。


 その月光は優しく降り注ぐのではなく、万鈞の勢いで秦陌親子の周囲に激しく叩きつけられ、汚れた生臭い冷たい邪気を瞬時に浄化する。狂暴に蠢いていた傀儡たちは、この銀色の月の光に触れると体内の青い脈が激しく痙攣し、古いラジオのノイズのような耳障りな鳴き声を上げ、そのまま硬直して時間に捨てられた蝋人形のようになる。


 これはこの世紀、いやこの次元に属さない光景だ。


 銀色の一つの影が、空中に浮かぶ雨粒を踏み、月を渡って現れた。


 彼女は真っ白な絹のロングドレスを身にまとい、裾は凝固した空気の中でゆっくりとなびいている。よく見れば、そこには銀糸で秦代の古拙で複雑な月紋が刺繍されていた。黒い髪は白玉の簪でまとめられ、その顔は清らかで絶世だが、幾多の王朝の移り変わりと生と死の輪廻を見透かしたような距離感を帯びている。


 その気配は、摩天楼に遮られた古き香港の裏路地で、濃霧の日に稀に見られる守護神の伝説によく似ている。


 彼女は白月化教当代の執事、月化娘である。


「始皇帝が刻印を刻んだ時、密旨が後世に伝わり、我が白氏の一族が執り行うこととなった」


 月化娘が口を開く。その声は深井の氷水のように冷たく、静寂のホールに幾重もの波紋を広げる。


「月を印とし、龍魂を守る。徐福、お前は二千年の間に姿を何度も変えてきたが、魂に宿る腐敗した臭いは、今でも吐き気を催させる」


 彼女はゆっくりと右手を上げ、氷のように透明で冷たい月光を放つ長刃が虚空からゆっくりと具現化する。それは「月化空骨」。刃こそないが、この世のすべての欲望と邪気に対する天敵だ。


「殺せ!誰であろうと、邪魔者は死ね!」


 李先生の顔が初めて激しく歪む。血脈の天敵からの威圧を感じ取ったのだ。


 数十体の傀儡が人ならぬ叫び声を上げ、静寂から一気に爆発し、白い影へと狂ったように襲いかかる。


 月化娘の姿は流光のように、獰猛な黒い影たちの間を駆け抜け、無駄な動きは一切ない。「月化空骨」が振り下ろされるたび、優雅な弧を描く銀色の光が走り、脳心儀に操られ寄生虫のような青い脈を正確に切り裂く。


 予想された血しぶきは上がらず、邪気が消える時の焦げ臭さと、月光の神聖に近い清らかな冷たさだけが残る。


 秦陌の脳内には、千年の時を超えた花火が弾け飛んだ。


 咸陽宮の外で大雪に覆われた荒涼たる葬儀、後世に暴君と呼ばれた男が、いかに孤独に魂を金色の枢軸に刻み込んだか、白月汐が遺命を受け取った時、青レンガに映った冷たい月影。


「これはお前の罪ではない、お前の運命だ」


 遥かで荘厳な意志が、彼の耳元で囁くように聞こえた。


 戦いはわずか数分で終結した。傀儡たちは糸の切れた人形のように、再び激しく降り始めた雨の泥濘に横たわり、生気のない肉体へと戻る。


 李先生は月化娘を睨みつけ、その瞳には悪意と狂気があふれている。


「これは序章に過ぎない」


 彼は冷笑し、体が次第に透明になり青みがかった靄となって、強風の中に消え去る。


「徐氏は完全に目を覚ました……お前たちは一瞬を守れても、この島の陥落を守りきれはしない。秦陌、我々は終点でお前を待っている」


 邪気が晴れると、月化娘は長刃を収め、乱れた雨垂れとホールの明かりを隔て、秦陌に向かって静かに一礼する。


「白月化教、月化娘。護衛が遅れました」


 その声は細やかだが、歳月を貫く重みを帯びている。秦正霆はその白い影を見て、皺の多い頬に老涙がそっと伝う。これは幾多の世代をまたぎ、人の希望を打ち砕きかねない長きにわたる見守りだった。


 窓の外では雨脚が再び強まり、鈍い雷が石澳の海面を転がり、不安な太鼓の音のように響く。


 秦陌は手のひらの次第に落ち着きつつも深い鼓動を残す龍紋を見つめ、運命の重圧に息が詰まりそうになる。煌びやかな香港の裏側、ネオンと豪邸の陰には、二千年腐敗しながらも生々しく戦慄させる古き夢が潜んでいたのだ。


 石澳の冷たい月が再び雲を突き破り、銀色の影を山荘の廃墟に映す。


 彼らは皆、ゲームが始まったばかりだと知っている。


 そしてこの島は、もう安らかに眠れる港湾ではなくなったのだ。


 だが誰も気づかぬ谷底の暗き海蝕洞に、太古の石棺が雨に濡れて静かに開きかけていた。


 朽ちた布を押しのけ、徐福の真の肉体が長い眠りから瞼を開け、青い邪眼が月夜の山荘をじっと見つめる。


 彼の唇が微かに動き、二千年の渇望と狂気が混ざった囁きが、潮風に乗って山頂へと漂い上がる。


「白月が出て、龍が覚醒した……

 完璧な舞台が整った。次は――本番だ。」


 第五話 了

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