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脳心儀  作者: 八島秦
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第三十四話 枯木に秘められた謀、印訣の奥義

 序文


 玄の局は幾重にも重なり、表と裏が相生する。

 香港・龍隠山荘の外は殺気に覆われ、守霊司の大軍が迫り徐福を討ち取ろうとする。人々が目にするのは表向きの包囲狩りだけだが、枯れ木に魂が隠れ、裏の駒は既に置かれている。真の計略は正面の殺し合いにはない。


 千里離れた雲南では、龍印に宿命を打ち破る道が眠っている。千年の時を経て、徐福による神魂の奪舎を唯一阻む印と訣の秘術が、塵に埋もれた真の姿を現す。


 表と裏、二つの地で風雲が同時に動き、新たな混沌の局が静かに幕を開ける。

 香港・九龍塘。

 繁華街の奥に、低調で重々しい一戸建ての邸宅が佇む。ここは守霊司の香港駐留本部である。


 街中の喧騒とはまるで異なり、敷地全体の霊気は澱み、草木も微動だにせず、玄門の大宗に特有な冷厳な戒律に包まれている。百神幕が本部精鋭を率いて香港に駐留して以来、この繁華に隠れた邸宅は本土玄界勢力の指揮中枢となった。


 二階の機密指令庁には、青白い照明が室内全体に降り注ぐ。

 複数の探り役が昼夜交代で勤務し、香港全域の霊力ポイントを厳しく監視している。濃い灰色の武具を身に着けた精鋭が庁内へ急ぎ足で踏み込み、片膝をつき、慌てながらも落ち着いた声で報告する。


「大当家!前方の探りより報告が入りました。徐福が腹心を伴い半山の豪邸を離れ、車のルートは明確、目的地は大浪湾・龍隠山荘です!」


 上座には百神幕が山のように座している。

 黒い衣装が引き立つ颯爽とした体つき、数十年に渡り華南の霊脈を統べてきた威圧的な気品が隠れようもなく滲み出る。徐福は神器・脳心儀を手中に収め、二千年の輪廻秘辛を背負うため、ずっと守霊司の心臓の患いだった。今や相手は殺陣が張り巡らされた山頂の禁域を自ら離れ、防備の薄い郊外の山荘へ単身向かう。これは千載一遇の伏撃の好機である。


 彼は一瞬状況を見極め、龍隠山荘には防護禁制が張られていないことを知る。この機会を逃せば、今後包囲し討ち取るのは極めて困難になる。


 百神幕の視線が冷え切り、即座に軍令を下す。

「直ちにトップクラスの精鋭二十名を集結せよ!三分以内に武装を整え、私に従い遠征せよ!」

「彼が拠点から離れ防備が手薄な隙に、山荘へ直撃し、不意を突け!」


 一声の命令を受け、本部全体が一気に高速で動き出す。

 守霊司の門下生は皆、煞を鎮め霊を制する術に精通しており、二十名と数は少ないが一人で百人に匹敵する精鋭ばかりだ。鎧の軋む音、整った足取り、濃い玄力が敷地全体を覆う。


 時間は一分一秒も狂わず、全員準備完了する。

 最上階のヘリポートには、三機の軍用黒ヘリコプターのローターが激しく回転し、空気の流れが大荒れになる。百神幕が真っ先に搭乗し、部隊は順次座席に着き、鉄翼が低空の雲霧を突き破り、大浪湾へ全速で飛ぶ。


 香港の山脈や海路を熟知しているため、部隊は都市の監視を避け山林を低空で進み、わずか五分で目的地に到着する。


 龍隠山荘の外には古木が天まで届き、密林が幾重にも重なり、伏撃に絶好の場所となっている。ヘリコプターは裏山の荒れた林に音もなく停止し、ドアが開く。百神幕は部下を率いて身軽に着地し、体内に秘めた殺気を全て封じ込める。


 部隊は速やかに四方に散り、隙のない包囲網を張り巡らす。全員木陰の影に身を隠し、息を殺して勢いを溜め、徐福が山荘の敷地内に踏み入った瞬間、雷霆のような突撃を発動する準備を整える。


 この時、守霊司の全員の目には、この一局の勝ちは既に自らの掌中にあると映っていた。

 龍隠山荘・内院の静かな一室。

 木の窓は半分開けられ、山風が葉の隙間を抜けて院内に清涼を運ぶが、室内に潜む冷気だけは払えない。


 中庭の机の上に、朽ちた銀杏の木が横たわっている。

 これは月化娘が桂林の古寺から持ち運んだ品物で、木の本体の奥には離志遠の残った神魂・霊識が宿っている。数ヶ月の間、彼は全ての霊気を抑え枯れ木の中に潜伏し、山荘内外の雲変を冷ややかに眺めてきた。


 百神幕の一団が山林に潜伏した刹那、枯れ木の奥に一筋の幽かな意識が突如開く。

 外に溢れ出す膨大な霊力を感知し、離志遠の心底に冷たい笑みが過ぎる。


「二強が争う、まさに自ら届けられた絶好の好機だ。」


 隣にいる月化娘には霊力感知の力がない。微細な声が漂ってくるのを聞き、思わず横を向き眉をひそめ、茫然とした表情を浮かべる。


 離志遠は心中の計略を速やかに抑え、口調は穏やかで淡々と、鋭さを一切見せない。

「問う必要はない。少し手伝ってほしいことがある。」


「この銀杏の枯れ木を、本堂真ん中の机の上に安置せよ。置き終わったら部屋に戻って休め。外でどんな動きがあろうとも、外に出てはならない。」


 月化娘は頷き、枯れ木を両手で優しく抱える。木の本体に指が触れた瞬間、得体の知れない寒気が全身を走る。彼女は山風が冷たいだけだと思い、深く考えず、曲がりくねった回廊を抜け、枯れ木を大広間の一番目立つ真ん中に安定させる。その後一人部屋に戻り静かに待機する。


 山の外の密林には殺気が潜み、山の内の大広間には枯れ木が陣を抑える。

 多勢が絡み合う一局は既に静かに張り巡らされ、局に踏み入る者の登場を待っている。

 香港の山林に天羅地網が張られる一方、数千里離れた雲南では、宿命に抗う修練の物語が幕を開ける。


 市街の閑静なホテルの一室。部屋は街中の車や人の喧騒を完全に遮断している。

 秦陌と一登大師はここで一時身を休め、休養が済み次第郊外の深山古寺へ向かう予定だ。市街の俗な雑気は龍脈の巡りを乱すため、体内の逆龍印を磨くには、古寺の澄んだ霊気こそ適している。


 師弟二人は地面に座り、一登大師は目を閉じ精神を統一、指から細やかな霊力を引き出し、ゆっくりと秦陌の経脈奥深くに浸透させ、印記の波動を詳しく探る。


 しばらくして、彼は目を開け、確信に満ちた表情で語り出す。


「阿陌、君の体内の逆龍印は全て九重の境に分かれている。先日秦皇の残魂に近づき、祖龍の龍気に洗われたことで、既に六階を突破した。今の君の気息は六階の頂点に留まり、七階へ至る難関に立っている。」


 彼は続けて対応する秘術を述べる。

「逆龍印に対応する心法は『逆龍訣』と名付けられ、全て五重の段階に分かれている。この心法は敷居が極めて高く、印記が六階に達していない者が無理に修練すれば、必ず気脈が逆行し神魂が損壊する。だが今の君はちょうど修練の門限に達している。」


「印と訣を共に修練すれば、逆龍印の覚醒を大幅に加速できるだけでなく、君の神魂本源を堅固に封じることができる。両者が完全に融合した時、君は祖龍が龍脈に残した意識を呼び覚ますことが可能になる。その時、徐福が二千年に渡る魂の転移・奪舎の手段を持っていたとしても、君の神魂を蝕み龍脈を奪うことは到底叶わない。」


 秦陌の瞳にたちまち光が宿り、急いで出発を願う。

「師父、今すぐ古寺へ向かいましょう!一刻も遅れたくありません。」


 一登大師はゆっくりと首を振る。

「焦るな。『逆龍訣』は天地の陰陽気の流れに従うため、亥時から丑時まで、天地の陰気が最も濃く万物が静まる時間帯のみ、古寺で静かに修練できる。時刻を逃せば陰陽が乱れ、どれだけ座禅を組んでも無駄な虚功になる。」


 秦陌は規則を心に深く刻み、ますます固い決意を宿す。この心法を修め神魂を守り、徐福が張った千年の宿命の鎖を断ち切らねばならない。


 部屋は静けさに包まれ、師弟は目を閉じ息を調え、夜の訪れを待つ。

 二人は全く気づいていない——遠く群山の間に、荒々しく暴虐な凶気が山を越え風を切り、ホテルの方へ猛烈に迫っている。この煞気は海外の玄界勢力にも本土の門派にも属さず、濃厚で凶暴、正体は謎に包まれている。


 本章ラストの伏線

 香港・龍隠山荘の外では、百神幕が万全の包囲網を張り巡らせ、全局を手中に収め徐福を討ち取れると思い込んでいる。

 彼は、大広間に安置された一本の枯れ木の下に、第三者が漁夫の利を得る計略が隠れていることに気づかない。


 千里離れた雲南では、秦陌はついに逆龍訣を知り、魂の奪舎を阻む唯一の突破口を手に入れた。


 だが世の中は順風満帆にはいかない。

 夜が訪れる前、修練が始まる前に、正体不明の太古の凶煞が既に城下に迫っている。


 突如現れたこの横暴な邪気の正体は何者なのか?

 秦陌は無事古寺に辿り着き、間に合うように印訣の修行を始められるのか?

 また、龍隠山荘に張られた裏の計略は、徐福が門を踏み入れた瞬間、どれほど衝撃的な逆転を引き起こすのか?


 二つの地が同時に絶望の局に閉じ込められる。

 この山海を巻き込む玄界の嵐は、この瞬間から——誰一人として傍観者ではいられない。


 第三十四話 了

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