第三十話 遠洋の機密報が異国を震撼させ、古き魂が枷を解き帝都へ同行、雄が香港に上陸し暗い流れが複雑に絡み合う
【前書き】
千里の彼方から驚天の秘聞が届き、遠洋の大陸が震撼する。
古寺の千年の枷が断たれ、同じ血脈の者が手を取り龍脈の聖地へ赴く。
中土の雄が香港の街に踏み入り、官場の裏で結ばれた陰謀の真相が次々と暴かれる。
天地の碁盤は層を重ねて広がり、凡俗の朝廷、海外の異域、陰陽玄門、いずれも独り安らぐことは叶わない。
大洋の彼方、米国秘密情報本部の深部指令室。
広大な空間には各種精密監視機器、遠距離通信設備が敷き詰められ、モニターは冷白い光を煌めかせる。数十名の研究員、情報スパイが世界各所から届く密線の報告に没頭し、室内には厳粛で抑圧的な空気が漂っていた。
香港駐留の米側スパイは数日に渡り潜伏して探り、危険を冒して断片的な手がかりを集め、ついに完全な情報をまとめ上げた。専用暗号回線を通じて大洋を越え、最速で本国本部へ送信する。当初、全員の関心は行方不明となった二人の工作員にのみ向けられ、単なる地域間連絡途絶の調査案件と見なしていた。
解読完了した巻物が指令長の机に届けられる。彼は一枚ずつ頁をめくり、指先が次第に強く握り締まる。その後書類を操作台に静かに置き、機械の低い唸り声を貫く低く抑えた声を響かせた。
「諸君、手の業務を一時中断せよ。極東から届いた機密報を熟読せよ」
数名の研究責任者、極東担当官が次々と集まり、室内の細やかな会話は次第に途絶え、機械の稼働音だけが反響する。首席科学者は「脳心儀」の三文字に視線を留め、信じがたい重たい口調で語る。
「神魂を移し替え、霊魂を交換する器物。現代の物理学、生物学の定められた体系を完全に超越しており、この百年の研究で積み上げた理論の大半が覆されかねない」
極東戦略担当官は巻末の記載を指し、眉間に重い憂いを宿す。
「二千年も生き延びた徐福が、自ら暁光教を築き、香港全土に張り巡らされた勢力網を編み上げている」
指令長は胸の前で両腕を組み、抑えきれない渇望と計略が瞳に渦巻く。
「エジプト四盟が香港各地で兵を挙げて混乱を引き起こし、街中に抑える者が存在しない。加えて神魂を操れる古代の至宝が存在する以上、香港を手放すわけにはいかない」
彼は一瞬黙り、断じて譲れない決断を声に乗せる。
「直ちに上層部非公開会議を招集し、極東の配置を全面的に再策定せよ。今日より香港を我々の極東における最重要偵察・布陣目標に定める」
舞台は桂林深山の一登古寺へ移る。
山間に晴れることなく漂う霞が周囲を包み、中庭中央には二千年の時を経た枯れた古銀杏が聳え立つ。この木は離志遠の残魂を閉じ込める牢獄であり、一登大師の残魂を束縛し一歩も離れられなくする天地の枷でもあり、幹は山の地脈、太古の封印と一体化して久しい。
二千年の間、一登大師の残魂、鎮煞の本源、封印の契約は枝幹と根に深く根ざし、天地の法則に縛られていた。この地の束縛を脱するには、二千年山脈を守り続けた根源の力を手放さねばならない。
秦陌は銀杏の古木の下に立ち、空に漂う先祖の幻影を仰ぎ、少し身を屈め、憂慮と切なる願いを秘めた穏やかな声を上げる。
「祖師、香港の混乱は完全に制御不能となり、各地の雄が相次いで局面に踏み入り、徐福の勢力は複雑に張り巡らされています。まもなく帝都へ北上し逆龍印を修練せねばならず、前途には危険が尽きません」
幻影は静かに浮かび、即座に返事をしない。秦陌は再びゆっくりと口を開き、一抹の切なさを滲ませる。
「祖師はこの山に二千年一人で閉じ込められてきました。私はあなたが封印に縛られ、この狭い古寺に一生閉じこもるのを忍びません。もし同行していただければ、前途の守護となる一方、あなたも千年の束縛から解き放たれます」
一登大師は長く沈黙し、霞の中から滄桑に満ちた儚い声がゆっくりと届く。
「去りたい心が無いわけではない。二千年封印を守るのは、私の逃れられぬ責務だ。だが今や銀杏の封印は緩み、離志遠の残念な念は海を越えて漏れ出し、私一人では四方に渦巻く混乱を抑えきれなくなった」
「秦氏の血脈はお前一人だけとなった。私が山林を死守し続け、お前一人で世の危険な局面に放り出すのでは、歴代の先祖に顔向けができない」幻影の気勢が定まり、言葉に強い決意が宿る。「今日、枷と印を解く古儀式を執り行い、お前と共に帝都へ赴く」
言い終わると、神魂を大きく消耗する複雑な千年の解枷儀式が始まる。
一登大師は木の幹に張り付いた二千年の残魂、鎮煞の気配、地脈との繋がりを徐々に引き剥がす。山全体が微かに震え、銀杏の枝幹は寸々と縮み、色は枯れ淡くなっていく。自身の神魂本源のすべてを一本の主幹に凝縮し終えた後、秦陌は古法に従い短刀を手に取る。
「祖師、この二千年あなたを縛り続けた木の枷を、私が斬り切ります」
「構わず斬れ。二千年の天地の束縛が、今日一撃で断ち切られる」
鋭い刃が振り下ろされ、木の幹は地面に墜落する。千年に渡る天地の封印、土地の禁制は完全に崩壊し、一登大師の幻影に纏わりついた重い束縛がすべて払拭され、気配は軽やかに漂う。二人は古寺に留まらず、北上の準備を進め、前途に待ち受ける数多の波乱に共に立ち向かい、世を覆う大混乱に直面する。
同じ頃、香港九龍塘の半山、木々に隠れた巨大な独立豪邸。
邸宅は広大な敷地を持ち、高塀に囲まれ、庭には希少な花木が植えられ、隠れるには絶好の場所で、守霊司が中枢幹部用に確保した臨時駐留拠点だ。
重々しい雰囲気の高級車が山道をゆっくりと門前まで進む。門番の衛兵は車の紋章を見ると、即座に四十五度深く礼をし、厚みのある電動門を開け、車の入城を恭しく迎える。
中庭の石畳の両側には、濃い色の闘装を身に着けた守霊司の門下生二三十名が整列し、気配を内に抑え一言も交わさず、厳粛で息の詰まるような空気が漂う。
車が階段下に停まり、ドアがゆっくり開く。守霊司当代大当家が降り立ち、玄色の長袍が山風になびく。周囲に近付き難い殺気を纏い、両脇の門下生を一瞥もせず、まっすぐ階段を上り本ホールへ入る。
ホールの灯りは柔らかく、中土玄門正界の権力を握る高官が長らく待機していた。大当家が入室するとすぐ礼を述べ、二人は部屋の隅の静かな区画へ移り、会話が漏れないよう意図的に声を潜める。
高官が先に口を開き、重たい口調で告げる。
「大当家、香港に到着したばかりだと思うので、徐福が世俗官場に張った暗線を事実に基づき報告いたします」
大当家はソファにもたれ、両眼を細め、淡いながら威圧を秘めた声を放つ。
「遠慮なく話せ」
「徐福は数十年香港の世俗勢力を経営し、警察組織の上層部大半が密かに彼に帰順し、執法機関内に仕掛けられた爪牙となっています」高官は一瞬黙り、続けて述べる。「今後守霊司が市内で行動する際、いつでも上層部から邪魔をされ、行方を漏らされる恐れがあるため、決して軽視してはなりません」
大当家は肘掛けを軽く叩き、語調に冷徹さが増す。
「執法組織さえ買収されているとは。徐福の野望は事前の推測をはるかに超えている」
「更に厄介な事があります」高官は眉を顰める。「最近市内の玄門同士の衝突が頻発し、一般の警官五名が不審な死を遂げ、死体検分からも手がかりは一切見つかっていません。当局は街の安定を保つため、表向きに制服警官を派遣し治安維持に当たらせつつ、裏ではフライングタイガー隊の隊員を巡回部隊に紛れ込ませ、街中のあらゆる玄門の異変を常時監視し、突発的な混乱に備えています」
「凡俗の官場と玄門の暗い流れが完全に絡み合った」大当家の瞳に陰鬱な計略が渦巻く。「香港という碁盤は複雑に入り組んでいる。今後の行動は一層慎重に、気配を抑えねばならない」
高官は静かにため息をつき、儚い声を漂わせる。
「四方から各勢力が集まり、街全体を覆う嵐は既に勢いを蓄えて待機している」
章まとめ
遠洋の異国が古代の至宝に渇望し、古寺で千年の枷が断たれ先祖が秦陌と共に帝都へ北上、中土の玄門の雄が香港に到着し官場の暗い裏側を見通す。三つの勢力が同時に重要な一手を踏み出し、天地を覆う混乱には収束させる余地がなくなった。
本章の伏線
米国情報本部は香港に関する三つの驚天の情報を手中に収めている。異族による混乱、魂を入れ替える神器・脳心儀、二千年生き続ける徐福の存在。西方の情報・科学体系は全面的に震撼し、香港は海外強権が最重要視し偵察・布陣する対象となった。
秦陌一行四名が一登大師の解枷儀式を手伝い、神魂本源を宿した銀杏の幹を斬り、二千年の土地の束縛を打ち破る。五人は共に、帝都へ旅立つ準備を整える。
守霊司大当家が自ら九龍塘の拠点に赴き、正界高官より香港警察上層部の大半が徐福に従属すること、警官五名の不審死、フライングタイガー隊が一般巡回に紛れている内幕を聞かされる。凡俗官場と玄門勢力が深く絡み合い、各方の勢力争いは一層白熱し、四海を巻き込む更なる嵐が各地で静かに醸成されている。
第三十話 了




