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脳心儀  作者: 八島秦
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第二十一話 血盟遠征、怪しき流言、匿名メールの呼びかけ

 前置き


 乱世は一日にして成らず。あらゆる嵐の始まりは、静かな同盟、秘められた呼び声、そして各地を彷徨う不穏な暗き流れに他ならない。太古の血の誓いが再びこの世に降り立ち、正体不明の知らせが運命を揺さぶる時、四方の盤目は密かに覆される。


 砂嵐が千里に広がり、エジプト砂漠に点在する無数の古遺跡を飲み込んでいく。数千年にわたる血と神秘がこの地に沈殿し、風に侵食された古神殿たちが夕闇の奥に佇み、果てしなく伸びる影が静寂な大地を覆っていた。


 これまでエジプトに勢力を張る四大古派は、思想、権力、そして太古の遺物の帰属をめぐり千年にわたって争い、互いに牽制し合い、真に心を一つにすることはなかった。だが極東の地に潜む嵐の気配が顕れ、千年の時を経て失われた神器の行方が浮かび上がると、復活した古き魂の力と運命の脅威を前に、あらゆる紛争、積もった遺恨、対立関係は跡形もなく消え去った。


 この避けられぬ遠征のため、四大派は千年の仇を水に流し、生死を共にする同盟を結んだ。東方へと赴き、自らの文明に属する至高の遺物を奪い返すことを誓ったのだ。


 遠征艦隊が出航する前夜、砂漠全体は死のような静寂に包まれた。四大派の長たちはナイル川源流に佇む隠れた古殿に集い、この地に隠棲し、両眼を失い、太古の儀式を正統に受け継いだ最後の神官を招き、百年以上途絶えていた血盟の誓いを立てる儀式を執り行った。


 真夜中に月は姿を消し、淡く青白い月光だけが分厚い神殿の天井の亀裂から降り注ぎ、冷たい大理石の祭壇を照らし出す。厳かで陰気な祭場の輪郭が浮かび上がった。


 老いた盲目の神官は虚ろな瞳をしており、枯れ木のような皺だらけの両手を震わせ、太古から伝わる黒陶の祭器を捧げた。器の中にはナイル川の深淵から汲まれた千年の聖水が満たされ、澄んで波立つこともなく、古き霊を鎮め、俗世の穢れを洗い流す力を宿している。神官はゆっくりと祭壇の中央へ進み、体格の逞しい真っ黒な儀式用の雄牛の首筋に聖水を注いだ。


 清らかな聖水が分厚い獣の皮の皺を伝い落ち、家畜としての俗な気配を一つひとつ洗い流し、儀式に荘厳な意味を与えていく。雄牛は微動だにせず、全身に死のような冷気をまとい、自らの運命を知っているかのようだった。


 それと同時に、渇いた唇を開いた盲目の神官の喉から、重く、しわがれ、不気味な太古の呪文が溢れ出した。この言葉は既にこの世から絶え、誰もその意味を解することができない。古く物悲しい響きは、砂の下に埋もれた死者の囁きのように広がり、広大な神殿に響き渡り、人々の骨髄に染み込んだ。


 呪文が最高潮に達した瞬間、冷たい刃の光が閃き、肉を裂いた。


 熱く濃い赤い鮮血が一気に噴き出し、雄牛の首筋から溢れて祭壇一面を染め上げる。四大派の長たちは険しい面持ちで、最も古く神聖な儀式の作法に従い、高き頭を垂れ、細かい砂粒と強大な呪力が混ざった熱い血を一気に飲み干した。


 血が喉を通り、熱く焼けつくような感触の後、冷たく圧倒的な太古の力が瞬く間に全身を駆け巡った。四人の瞳に妖しく不吉な紅い光が一瞬宿り、すぐに消え去った。


 ここに千年の争いは完全に終わりを告げた。

 四大勢力は血を契り、魂を誓い、喜びも危難も共にする生死同盟を結んだ。この時から彼らは栄光を分かち合い、危険を共に受け入れ、生と死を共にする。全ての視線と信念は遥か東の香港に向けられ、二心を抱く者は一人もいない。


 儀式が終わり、夜明けが近づいた。


 紅海の港には厳粛な旗が掲げられ、武装仕様に改装された大型貨物船が海面に静かに停泊している。分厚く巨大な船体には、エジプト古文明の復興にかける野望が込められていた。四派の精鋭たちは厳しい選考を経て船に乗り込み、古武術と秘術を身につけ、殺気を抑えた姿で整然と列を成した。


 数千人が甲板に佇み、微動だにせず、幾多の時を経た彫像のように黙って東方を見つめる。冷たい海風が吹きつけ、太古の砂漠の朽ちた臭いを運び、人々の衣を翻し、この国を跨ぐ遠征の幕を開けた。


 重く低い汽笛が鳴り響き、巨大な船団はゆっくりと港を離れ、青い海面を切り裂き、千里離れた香港へと全速で進んでいく。


 文明を超えた嵐が、ここに本格的に始動した。


 ――


 時空を超え、景色は山海を渡り、日本の路地裏に佇む静かな民宿へと移る。


 藤原一也は富士山の禁断の地で運命の束縛を味わい、一族が千年にわたって奴隷となった痛ましい過去を目の当たりにした後、心身ともに極限まで疲弊していた。彼は丸二日二晩、眠り続けた。


 安らかな眠りではなく、果てしなく奇怪な悪夢に閉じ込められていたのだ。夢の中には藤原一族の千年にわたる悲しい運命が繰り返し映し出される。代々他人の駒となり、永遠に運命の檻に閉じ込められ、自らの意思を持てない屈辱の記憶。そして夢の最後には、徐福の深淵のように冷めきった瞳が必ず現れ、その視線を受けるたびに魂が戦慄した。


 朝の淡い冷たい光が木製の窓枠から差し込み、床に降り注いだ時、悪夢に囚われていた藤原一也はようやく目を覚ました。


 勢いよく目を開けると、額には細かい汗が浮かび、胸は激しく上下し、悪夢の余韻が長く残った。しばらく放心した後、ベッドから立ち上がり、狭い浴室へと黙って向かう。お湯を使わず、冷たい蛇口をひねり、身に染みる冷水を何度も全身に浴びせた。悪夢の暗い気配を洗い流し、千年にわたって離れることのない運命の臭いを払い落とそうとしていた。


 身支度を整え、彼は一人で民宿を出た。


 早朝の街は冷涼で静か、通行人も少なく、淡い朝靄が空気に漂っている。藤原一也は落ち着いた足取りで街角のコンビニへ向かい、サンドイッチ三つとホットコーヒー二杯を購入し、緑に囲まれた静かな公園へ足を運んだ。


 木漏れ日が濃く、通行人の目につかない隅に座り、孤独な朝食を摂る。荒い麻布で何重にも包まれ、無限の殺気と妖力を封じた妖刀『百爪』は、ずっと膝元に寄り添い、一刻も離れることがない。彼にとって唯一の伴侶であり、同時に最も重い枷でもあった。


 サンドイッチを食べ終え、ホットコーヒーを飲み干すと、体内の冷たさと疲れは幾分和らいだ。


 藤原一也はスマートフォンを取り出す。画面が点灯した瞬間、未読の匿名メールが唐突に表示され、彼の視線を完全に奪った。


 このメールは極めて不気味で、背景は深い墨のように真っ暗で、文字は普通の黒ではなく、くすんで妖しい暗紅色をしている。淡く斑入りの筆跡は、乾ききった鮮血で書かれたかのようで、言いようのない陰気さを漂わせていた。


 本文は極端に簡素で、挨拶も署名も余計な説明も一切なく、冷たい一行の言葉だけが記されていた。


「徐福の支配を完全に脱したいなら、十一月三十日までに香港へ赴け。」


 わずかな言葉ながら、一文字一文字が重くのしかかる。


 画面の文字を見つめた藤原一也の瞳は激しく収縮し、雷に打たれたかのように身動き一つ取れなくなった。木の葉の隙間から冷たい風が吹き抜けるが、全身が凍りつき、四肢まで冷たい静寂に包まれた。


 無数の疑問が津波のように次々と脳裏に押し寄せた。


 日本の奥深い民宿に身を隠し、藤原一族が張り巡らせた見張り、監視網、防衛体制は幾重にも重なり、警備は極めて厳重だ。この匿名メールは、どうやって全ての防御をすり抜け、正確に自分の元に届いたのか。


 差出人は一体誰なのか。

 徐福に対抗する隠れた勢力で、自分を引き入れ、解放の活路を与えようとしているのか。

 それとも敵が仕掛けた致命的な餌で、自由への希望を匂わせ、自分を罠に誘い込もうとしているのか。


 さらに身の毛がよだつのは、これが徐福自身が仕掛けた盤目である可能性だ。彼のためだけに用意された、甘く致命的な「誘い込み」なのではないか。


 数々の陰謀と可能性が頭の中で渦を巻き、激しくぶつかり合う。スマートフォンを握る指は力を込め、関節は白くなり、わずかに震えていた。


 この瞬間、公園の澄んだ鳥のさえずり、遠く街の車の音、風が木の葉を揺らす音——外界のあらゆる音が見えない壁に遮られ、この世は完全な静寂に包まれた。広大な天地の中で、激しく不安に躍る自分の鼓動と、妖しく誘い、危険に満ちた血色の文字だけが残った。


 ――


 同じ頃、中国広西チワン族自治区・永福県。


 秦陌たち四人は、徐福が各地に張り巡らせた目と内通者を避けるため、繁華な大通りを離れ、人里離れた道を昼夜問わず車で走らせていた。山深くに隠れ、俗世を離れて修行する桂林一登寺を目指し、手がかりを探し、一時的に難を逃れようとしていた。


 長時間の運転で体は疲れ切っており、永福県の町を通りかかったところで、ここで休憩することにした。彼らは道端に佇む質素で、多くの客でにぎわう大衆食堂に入り、人目につかない隅の席に座り、料理を注文して待っていた。


 店内は人の声でにぎやかで、湯気が立ち、市井のにおいに満ちている。だがこの騒がしい空間の中で、隣の席に座る二人の客の会話が、雑音を突き抜けて一語一句鮮明に秦陌の耳に届いた。


「聞いたか?海外で大きな動きがあったんだ。エジプトの四大隠れた派閥がついに手を結んだらしい。」


「本当か?何千年も争い続けてきた連中が、どうして急に和解したんだ?」


「知らないが、精鋭部隊を船いっぱいに乗せて東へ向かっている。目的地は香港だと聞いた。失われた千年の古代神器を奪い返すためだって。」


「まさか、伝説の話が本当に現実になるとは……」


 何気ない世間話だったが、秦陌は衝撃を受けた。


 箸を持つ手が宙で止まり、心の中に大きな波紋が広がり、驚きを隠せなかった。


 エジプト四派の同盟、越洋して香港への遠征、古代神器の奪還——これは極秘で、最高レベルの国家を跨ぐ情報だ。一般の民衆はおろか、国内の隠れた門派や修行勢力でさえ、すぐに内情を知ることはできない。これほど軍事機密に値する情報が、辺鄙な町の普通の食堂で、世間話として語られているなど異常だ。


 この拡散スピードと範囲は、常識を完全に超えていた。


 秦陌は驚きを抑え、表情を変えずにゆっくりと視線を上げ、隣で話す二人の客を密かに観察した。


 その瞬間、底から冷たい寒気が一気に頭頂まで駆け上がった。


 二人は普通の客に見え、顔立ちも服装も質素だが、瞳は極めて不自然で、生気のない虚ろな目をしている。会話する表情は硬く、同じ話題を繰り返し、口調も平坦で生気がない。自らの意思で話しているのではなく、外力によって記憶を植え付けられ、台本通りに演じる人形のようだった。


 彼はすぐに店の外へ目を向けた。


 電柱の上に、真っ黒なカラスが静かに佇んでいる。全身の羽は墨のように黒く、瞳は妖しい鮮やかな赤色をしていた。冷たい鳥の瞳は瞬きもせず、四人の座席をじっと見つめ、目に見えない監視者として店内の一挙一動をうかがっていた。


 一瞬にして、全ての疑問と不穏な点がつながった。


 これは単なる情報漏洩ではない。

 大地全体に広がる、音もない超常的な情報拡散だ。


 全ての勢力を超越した未知の巨大な隠し勢力が、裏で全局を操っている。エジプトの遠征という極秘情報を、奇妙な手段で民衆の記憶に植え付け、情報を急速に拡散させ、世の中のあらゆる勢力の視線を引き寄せている。


 その目的はただ一つ。


 香港を、あらゆる流れが集まり、群雄が入り乱れ、誰もが傍観できない嵐の渦に変えることだ。


 暗い暗流は既に世の中に広がり、中国、日本、エジプトの三国を巻き込む乱世の嵐が、全人類を覆いつつあった。


【章末の伏線】

 エジプトの血盟遠征が迫り、匿名メールは解放の希望か、それとも罠か。不穏な流言が大地を覆う。

 三方の勢力が香港へと向かい、裏に潜む謎の仕掛け人が壮大な盤目を巡らせている。


 十一月三十日の期限がカウントダウンを開始した。この臨海の街は風雨にさらされる危うい楼閣となり、前代未聞の大乱局が、今まさに爆発しようとしている。


 第二十一話 了

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