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脳心儀  作者: 八島秦
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第二十話 富士山死闘、太古凶魂封印、四同盟遠征

 前置き


 千年の宿命に縛られ、太古の凶魂が主を蝕む。

 世のあらゆる盤面は、乾坤を覆す秘宝一つに懸かっている。


 千年の隷属の運命に囚われ、死を賭して脱却を志す者。

 山頂の孤邸に身を置き、神魂の劫難を一人で背負う者。

 海を越えて軍を興し、万世の栄光を奪い取ろうとする者。


 風雲は香港に集まり、三つの暗流が平穏を砕き、乱世の幕がゆっくりと上がる。


 山風は刃の如く富士山奥地の禁域を吹き抜け、枯れた岩と木々を揺らす。三日三晩の死闘で、この千年の禁地は泥と血にまみれた澱地へと変わり果てた。熱を帯びた泥に砕けた甲冑の破片と乾いた血痕が浸り、鉄の生臭さと武者が力尽きた冷たい気配が濃く空に漂い、山林全体を重く覆う。


 血山舎最強の武者・富堅清一は、両刃の怪刀「両面狂気」を両手に固く握り締める。刀身は汚れた血で濡れ、刃に細かい欠けが幾筋も入り、崩壊寸前の自らの脈動と重なる。


 三日の死闘で彼は血山舎の殺道を極限まで研ぎ澄ました。一撃一撃は相打ちをも辞さぬ死の意志であり、一歩一歩が地獄の殺気に満ちている。だが、妖刀百爪を持つ藤原一也との闘いは、単なる武術の勝負では最初からなかった。宿命との凄絶な足掻き、千年の枷を断ち切るための決死の戦いなのだ。


 夕暮れの雲が空を塞ぎ、白っぽい光が地上を照らす。最後の一撃が風を切って飛来する。

 藤原一也の体は幽霊のように素早く躍動し、淡い妖霧に身を包む。妖刀百爪は音もなく抜かれ、蠱のように細やかな刀筋は目に見えぬ鋭さを秘め、雄大な気配など一切なく、ただ骨まで染みる冷たさだけを残す。


 チッ——

 刃が肌を切る音が静寂の山林を裂いた。富堅清一の頬を浅い傷が横切る。見た目は浅く軽微な傷に過ぎないのに、刃に宿る妖毒が赤蟻の如く肉の奥へ潜り込み、経絡を蝕み、激しい灼熱痛が瞬く間に全身を襲う。


 鉄の意志で三日間耐え抜いた富堅も地に転がり、顔を押さえ抑えきれぬ絶叫を上げる。気脈は乱れ、力は完全に尽き果てた。


 数歩先に佇む藤原一也も体がふらつき、傷だらけで力が枯渇し、止めの一撃を振るう余力すら残っていない。震える両手を見下ろす瞳に勝利の歓喜はなく、千年の鬱屈と微かな解放だけが宿る。


 誰も知らぬ。この富士山の死闘は名声のためではない。彼、藤原一也の一生をかけた反逆なのだ。


 藤原一族は千年、徐福の日本における駒・隷属として生きてきた。先祖の掟は血に刻まれ、宿命が魂を縛る。代々扶桑の大地を奔走し、香港石澳の山頂に建つ超豪邸に隠棲する徐福のため、太古の霸王残魂を宿せる肉体を探し続けてきた。代々奴隷同然、徐福の思うままに操られ、自主の権利などない。この魂に刻まれた鎖が、藤原一族を千年束縛し続ける。


 幼い頃からこの定められた運命を忌み嫌った藤原一也は、長らく忍び、殺法を磨き、妖力を秘かに養い、破局の機を窺った。富堅清一との死闘は生死の境で己の限界を引き出し、抑圧された気脈の枷を壊すため。妖刀百爪は暗部に隠した最後の切り札であり、無数の邪気を集めたこの刀こそ、千年の囚われを断つ鍵となる。


 敵を討ち損ねたものの、宿命の鎖は一部砕けた。藤原一也は刀を鞘に収め、濃い霧の森へ背を向ける。孤高な背中だが、一歩一歩の足取りは確かだ。


 妖力と武術だけでは徐福との血の縁を完全に絶つには至らない。運命を覆す唯一の手段、太古の秘宝・脳心儀を手に入れること。いずれ香港へ渡り秘宝を奪い、千年の牢獄から逃れる。日本の伏線はこれより香港の大盤へと繋がる。


 ――


 千里離れた香港、石澳山頂。海を臨み山一帯を独占する隠れた超豪邸が、徐福の隠棲地である。


 徐福は奥室に座り、淡い瑠璃色の太古禁制の気に身を包まれている。これは脳心儀と古魂の残滓が融合した彼だけの霊気であり、深空のように冷たく深みを帯びる。


 二千年の布陣を練り上げた彼にも、前代未聞の危機が訪れた。元朗古墳より目覚めて以来、体内に宿る太古霸王残魂は日増しに狂暴化し、神魂を蝕み本源を削り取る。放置すれば自らの魂が飲み込まれ、長年の計画が水泡に帰す。


 窮余の策として脳心儀に秘められた太古禁制を起動し、己の神魂を媒介に秘宝の古き掟を錠として、暴走する凶魂を一時的に秘宝の芯へ封じ込めた。室内に濃い青の古紋が地面に浮かび明暗を繰り返し、凶悪な気は一時収まる。


 表面は穏やかだが、危機は迫っている。徐福は目を閉じ、疲労と憂慮、そして揺るがぬ謀略を顔に宿す。


 この封印は、肉体が太古の洪荒と命を賭けた闘いに過ぎない。脳心儀を檻としても、天地を裂きかねない猛獣を、自らの脆弱な経絡の奥に閉じ込めているだけなのだ。


 禁制には時限が定められ、囚われた凶魂は従順にならず力を蓄え続け、限界を迎えれば封印を砕き飛び出す。その時こそ終焉の劫が訪れる。

 二千年の心血を無駄にはできない。目を開けた瞬間、瞳に冷たい光が走る。今後は専心して法を練り、凶魂を恒久的に制御する術を探り、香港の盤面を守り続けねばならない。


 ――


 時を同じく、万里の砂漠・エジプト奥地。舌狩り教団の総本山、薄暗い神殿が門を開き、不吉な気配が聖域を覆う。千年ぶりに四大勢力の首脳会議が開かれ、アモンの火、ドゥアト門守、砂蝕同盟、舌狩り教団の長が一堂に集う。四つの強大な気迫が四方を囲み、沈黙の裏に激しい思惑が渦巻く。


 太古秘宝・脳心儀が故郷を離れて以来、エジプトの古勢力は衰え続け、災厄に見舞われ道統が断絶し、神力が枯れた。すべての没落の原因は秘宝の流出にある。栄光を取り戻し太古の力を掌握する唯一の道は、脳心儀を奪還すること。これが四派全員の執念であり、生き残る希望だ。


 会議の終了と共に遠征令が下る。四同盟は千年秘蔵の精鋭死士、古魂奥術の修練者を総動員し、香港へ進軍を決定する。これは単なる略奪遠征ではなく、古代文明が時空を越えた暴力的な帰還だ。数千年の積み重ねた力が砂塵を裂き、東方の摩天都市へ無言の殺気を放つ。


 香港を目標に秘宝奪還を誓い、敗北は許されない。だが表向きは団結しても各派は腹に一物を抱え、秘宝の莫大な力を独り占めし覇を極めたいと企む。一枚岩の同盟は、内紛の種を宿している。


 風雲は定まり、三つの伏線が絡み合う。富士山の反逆、石澳山頂徐福の封魂危機、エジプトからの遠征軍。脳心儀を巡る乱世の盤面が本格的に開幕する。四方の勢力が香港へ集まる中、大浪湾に佇む龍隠山荘では一つの冷めた視線が、海越しに天下の兵戈を見つめていた。


【本章の伏線・懸念】


 千年の鎖を断とうとする妖刀の反叛者。

 体内に太古凶魂を宿し、時限付き封印に苦しむ千年の謀主。

 分裂の火種を抱え香港へ迫るエジプト四同盟の大軍。


 三大勢力が香港へ殺到し、盤面は崩壊の瀬戸際、嵐が間もなく吹き荒れる。


 第二十話 了

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