第十九話 四勢同盟が秘宝を狙い、佳人は行方をくらまし、香港で闘火が上がる
【前書き】
天地に秘められた跡がその鋭き牙を現し、五大陸の波濤が連鎖して騒ぎ立つ。
ある者はひっそりと旅立ち、一通の手紙だけで盤面の謎を残し;ある者は山を離れ旅に出、隠世の名僧を訪ねて運命の難題を解き;ある者は刃を交え、華やぐ街の裏で陰と陽の死闘を巻き起こす。
眼前の争いは単なる土地の奪い合いにあらず、乱世という大碁の最初の一手に過ぎない。
――
砂塵千里に広がるエジプト、アバイドスの地中深くに眠る千年神壇。古魂奥術の冷たい呪気が柱や梁に漂い、虚から呼び寄せられた太古の亡霊たちは次第に空へ散りゆき、一晩中煌めいた漆黒の呪紋も光を収めていく。ただ祭壇の真ん中に、消えることない気脈の軌跡が石に刻まれ、秘宝の居場所を鮮やかに示していた。
教団の寿命を削り、太古の掟を破ってまで手に入れた天を窺う機縁。長き年月、あらゆる探知術をすり抜けてきた脳心儀の居所がついに暴かれた。故郷エジプトにも、中土の霊山や深海の幽淵にも無く、重洋を隔てた香港の地にその気配が定着している。
知らされた瞬間、空には太古の砂粒が擦れ合うかの音が響き渡り、万年眠り続けた神壇はまるで目を覚ました洪荒の巨獣と化し、鋭き牙を遥か東方の摩天楼へ向ける。獣舌者教団の首領は陣の中心に佇み、顔の大半を陰に隠し、瞳には千年の復興への執念を宿す。秘宝探しのため禁忌の術を行使した甲斐あり、目的地が定まった今、砂漠の障壁を越え秘符を飛ばし、エジプト各地に残る三大太古勢力に同盟を申し入れる。
一つ目はアモンの火、太古太陽の火脈を司り、浄火で世の邪煞を焼き払う力を持つ。
二つ目はドゥアトの門守、陰陽二界の境を守り、生死の境界を操る古き権威を握る。
三つ目は蝕砂の盟、千年砂漠に潜み砂で痕跡を埋め世の秘事を封じる、最も謎に包まれた集団だ。
古来それぞれの領地を守り干渉し合わなかった四勢だが、脳心儀こそエジプトの栄華を取り戻す唯一の鍵。復興への思いが長年の確執を超え、獣舌者を筆頭に攻守同盟が締結された。重洋を渡り香港へ進軍、脳心儀を奪取し秘宝の太古の力で分裂した古勢をまとめ、かつて万国が朝貢した盛況を再現する。アジアとアフリカを跨ぐ秘宝争奪の嵐が、砂漠の地底で密かに芽生える。
――
同じ頃、広西の深山には濃い霧が昼夜ただよい、俗世の波乱を遮断している。数日の閉関修行を経て秦陌は残雲訣の道基を体内に確固たるものとし、逃亡で溜まった雑多な邪気はすべて洗い流され、少年の焦りが消え残命逆道の境地へ踏み入った。穏やかな山の日々だったが、ある朝唐突に崩れ去る。
秦陌が目を覚ますと、身辺に月化娘の姿は無い。石の卓に折り畳まれた一通の手紙が置かれ、柔らかく儚い筆跡には一行だけ、行き先も帰還日も理由も記されぬ一文が残る。
「至急の用事ができたため、一時別れる。」
来る時も去る時も跡無し、彼女は秦陌の山での修行を見届けるためだけに現れ、縁が尽きると別の重大な秘事へ赴いた。秦陌は紙面をなぞり崖辺に長く佇み、一抹の物寂しさを覚えつつも乱世の身の不自由を悟り、無理に引き止めようとはしない。
この地での修行の縁は終わったと悟り、秦陌・秦正霆・紀慕雲・紀慕雪の四人は簡素な荷物をまとめ山を後にし、桂林一登寺へ向かう。紀慕雲は師匠である隠世の高僧・離隠大師を訪ねるため、秦陌の不吉な逆命の定め、残雲訣の修行の壁、広がりつつある天下の乱局、数多の謎をこの高僧に解き明かしてもらおうと考えている。四人の姿は遠方の林に消え、新たな因縁と劫難へ歩み出す。
――
千里離れた香港、近代的な高層ビルと古びた路地が入り混じる華やかな街の裏側には、陰煞の暗流が渦巻いている。徐福は体内の太古覇王残魂に日夜魂を蝕まれ、神魂を引き裂かれる痛みから逃れられず、自ら陣を取り仕切ることが叶わなくなった。崩れゆく王座のように、都市の暗闇を操る糸は神魂の震えと共に次々と切れ落ち、長年育て上げた控魂使徒は束縛を失い、従順な駒から制御不能な猛獣へ変貌した。
長年鬱積した確執から、香港に根付く二大隠勢はもう妥協の余地を失った。一方は代々この地を守り元朗万人古墳の陰煞を封じ、街の陰陽均衡を保つ守霊師。もう一方は徐福が千年を費やし養い上げた、魂を操る邪術を武器とする冷徹な控魂使徒。
細い裏路地、ビルの陰、地底古墳の隙間、至る所で全面戦が始まる。霊術と控魂の邪気が激しく衝突し、鎮煞の法器が邪悪な魂呪とぶつかり合う。守霊師は街を守る使命から一歩も引かず、使徒は命令通り容赦なく攻め立てる。街中の人々は日常を過ごすだけで、足元で都市の命運を左右する死闘が繰り広げられていることを知らず、乱世の火種はこの東方の大都市の裏で点火された。
【結末の伏線】
エジプト四勢は同盟を結び遠征し、万里の道を香港の秘宝へ向け進む。
深山の佳人は手紙を残し姿を消し、その行方は裏の大碁と繋がる。
中土の四人は師を訪ね道を問い、高人の導きで運命の謎を解こうとする。
香港の街で陰と陽の勢力が激突し、暗闘が乱世最初の戦火となる。
盤上の誰もがそれぞれの思惑を抱くが、誰一人気づいていない。徐福の体内に身を隠し万年の眠りから目覚めた太古覇王残魂は、最初から全局を冷徹に見下ろし、この世界を揺るがす脳心儀争奪戦のすべてが、この幕後の凶魂の計略通りに進んでいるのだ。
第十九話 了




