第7話 「田中さんが、いなくなった」
松田さんが亡くなったのは、五月の半ばの夜明け前だった。
午前四時二十三分。
モニターのアラームを聞いて病室に走ったとき、もう間に合わないと分かった。
こういう場合の「分かり方」は、七年で身についてしまった。
意識レベル、呼吸のパターン、顔の色。
数値を見るより先に、身体がそれを知る。
木本先生に連絡して、彼が来るまでの数分間、私は松田さんのそばにいた。
穏やかな顔だった。
眠っているように見えた。
もしかしたら、眠ったまま逝けたのかもしれない。
それが良いことなのかどうか、七年経っても私には判断できない。
ただ「穏やかな顔だ」と思った。それだけだった。
木本先生が来て、死亡確認をした。
聴診器を当てて、瞳孔を確認して、時刻を記録した。
動きは静かで、迷いがなかった。
その手順に感情は乗っていなかった。
乗っていない、というのが正確な表現かどうか分からないけれど、私にはそう見えた。
「四時二十五分、確認します」
声は平坦だった。
その後、松田さんの娘さんへの連絡をとった。
娘さんは車で一時間ほどのところに住んでいて、病院に着いたのは六時前だった。
私がナースステーションで迎えて、病室に案内した。
木本先生は廊下で待っていた。
娘さんは私を見て「ありがとうございました」と言った。
それから木本先生を見て、また「ありがとうございました」と言った。
目が赤かった。
来る途中で泣いてきたのだと思った。
病室に入って、松田さんの顔を見た瞬間に、また泣いた。
私はそばにいた。
何も言わなかった。
言える言葉がなかったわけじゃない。
「穏やかな顔で逝かれました」でも「ご苦労様でした」でも、何かは言えた。
でも今日は、その言葉を出す前に止まった。
ただそこにいた。
それしかできなかった。
木本先生が入ってきた。
娘さんに向かって、丁寧な声で話した。
「この度は、お悔やみ申し上げます。最後は苦しまれませんでした。穏やかな状態でした」
娘さんが頷いた。
泣きながら頷いた。
「ご不明な点があれば、何でもお聞きください」
「……ありがとうございます」
「お時間をかけてください」
木本先生が病室を出た。
私も少し後に続いた。
廊下で、彼は別の患者のカルテを確認し始めていた。
松田さんの死亡確認をしてから、三分も経っていなかった。
私は何も言えなかった。
言う言葉がなかったわけじゃない。
でも止まった。
夜勤明けのコーヒー。
今日は、長かった。
木本先生はいつものようにベンチに缶コーヒーを二本持って座っていた。
私が来ると片方を差し出した。
私は受け取った。
座った。
何も言えなかった。
松田さんのことを言いたかった。
でも何を言えばいいのか分からなかった。
「今日はつらかったです」と言うのは正確だったが、それを言ったところで何かが変わるとも思えなかった。
「松田さんのこと、覚えていますか」と聞きたかったが、その答えを聞くのが怖かった。
木本先生は前を向いてコーヒーを飲んでいた。
いつも通りだった。
今日も何かが起きたように見えなかった。
娘さんが泣いていたときも、松田さんの顔を見ていたときも、彼の表情は変わらなかった。
「お気持ちを察します」という言葉を使った。
その言葉が正確かどうか、今でも考えている。
松田さんは三ヶ月いた。
私は名前を覚えている。
毎夜の見回りで「ご苦労様です」と言っていたことも、眠れなくて怖いと言っていた夜のことも。
木本先生がその夜に十分間ただ椅子に座っていたことも。
この人は、何を覚えているのだろう。
聞けなかった。
聞けないままコーヒーを飲もうとして、飲めなかった。
缶の温度だけが手のひらに伝わった。
冷めてきていた。
木本先生がコーヒーを飲み終えた。立ち上がる気配があった。
私はまだ何も言えなかった。
「お疲れ様でした」
彼は言って、いつものように去っていった。
私は缶を持ったまま、しばらくそこにいた。
飲めなかったコーヒーが、ぬるくなった。
翌日、日勤で病棟に来ると、十二床の扉が開いていた。
通りかかって、中を見た。
ベッドに新しいシーツが張られていた。
枕も取り替えられていた。
昨日まで松田さんがいた場所が、何事もなかったように整えられていた。
私は少しの間、そこで立ち止まった。
昼前、廊下を歩いていると、木本先生が十二床の前を通っていくのが見えた。
彼は止まらなかった。
扉に目を向けた様子もなかった。
新しいシーツのベッドの前を、普通に通り過ぎていった。
ただそれだけのことだった。
でも私はそれを見ていて、喉の奥に何かが詰まる感覚がした。
怒り、というには弱かった。
悲しみ、というには輪郭がなかった。
ただ、引っかかった。
この人は、何も感じないのか。
それとも。
その「それとも」の先を、私はまだ持っていなかった。




