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幕間1-2

 小さく笑う私を見て安心したように微笑んだハルキ様でしたが、すぐに真剣な顔に戻りました。真っ直ぐにこちらを向いた翡翠の瞳には、私の呆けた顔が写ります。深く息を吸うと、ハルキ様は大事に言葉を紡ぎました。


「私は貴女(あなた)の過去を深くは知りません。しかし、それを理由に貴女を遠ざけ、傷つけ、孤独にさせることも致しません」


 それは宣誓(せんせい)でした。私の空白の五年間の支えの一つとなった誓いです。


「今テナートは不安定です。しかしそれは貴女の責任ではありません。むしろ、貴女は守られるべき存在。それを皆に伝えるべく来ました」


 私が欲していた「私のせいではない」という言葉を、ハルキ様は与えてくださいました。それが私にとってどれだけ助けになることか。彼も分かってくれていたのだと思います。


「これからテナートの武力を整え、テナート共和国の全てで貴女を守ることができるよう、私とコルアン王国が尽力(じんりょく)致します。だから……」


 ハルキ様は(まく)し立てるように言うと、一呼吸おいてから私の目を再び見ました。


「だから、もう大丈夫ですよ。泣くことなんてありません」


 皆が貴女の味方だと、優しい声で伝えてくれたのです。私が欲していた言葉の全てを、重く丁寧にくださったのです。安心したらもっと視界が歪んで私は声を上げて泣きました。


「わたくし、こわかったのです……! わたくしがだれかもわからなくて、みんなにめいわくかけてるだけだって」


 私の泣き言をハルキ様は黙って聞いてくださいました。一度開けたらもう塞がらないほどに、私の心の内は溢れ出ます。


「だれもむかえにきてくれなくて、このまますてられたらどうしようって」


 夜な夜な抱えていた不安を吐き出して、声が枯れても泣くことは止められませんでした。喉が引き()って声が出せなくなっても、最後まで私は吐き出します。


「さみしかった、ずっと……ひとりぼっち」


「きっと、もう寂しくありません。皆がいます。甘えても許されますから、もう我慢しないでください」


 必死に涙を耐えていたのが分かっていたように、誰かに言って欲しいことを口にしてくださいます。


 その甘えてもいいという言葉に、私は手を伸ばしました。


「て……にぎってください」


 その時、ハルキ様は突き出された手を見て、ぴしっと固まってしまわれました。


 甘えてもいいと言われたので、誰かの熱を感じさせて欲しいという想ったのです。だから私はそう動いたのですが……心の底から安心したいからって、あまりいい要求ではなかったと成長した今では思います。


「………………失礼します」


 ハルキ様は長いこと悩まれたあと、汚れ一つない白の手袋を外して、私の手にご自身の手を重ねました。齢七つほどの私の手は簡単に包み込まれて、手首から先はほとんど隠れてしまいます。


 そして、痛いほど強くはなく、しかして離さないと言いたげに伝わってくる人の温もり。そこで深く息を吐いて、私は泣き止むことができたのです。


「おちつきました」


「それは良かった。光栄です」


 抱きしめて欲しいとは、流石に初対面の男性に言えるわけもなく、その後に与えていただけた侍女に抱きしめて貰えましたが。言ってみたら案外やってくださりそうなのがハルキ様でした。


 私が落ち着いたのを見ると、脱いだ手袋を握る拳が固くなったのが見えます。


「……辛かったでしょう。しかし、貴女が失ったものは、貴女が望めば必ず戻ります」


 そういうと、ハルキ様は握っていた私の手を握り直し、手の甲に口付けをして去ってしまわれました。


 この時に、ハルキ様は今までテナートを導いてきたと言われる『神の啓示』を持って来ていたのです。そして、テナートの者たちを焚き付け、テナートは国をもって私も守ってくださいました。


 当然ながら、いきなり武力が高まった訳ではなく、その後もハルキ様やコルアンの兵士の方々が自ら赴いて、ハルキ様も時には前線に立たれることもありました。苦節はありましたが、五年が経った今のテナートは自衛力が強くなり、私も魔法が使えるようになったので、国としての力を培うことができたのです。


 ハルキ様は私とテナートの恩人であり、尊敬する方です。最初に声をかけてくれた騎士のおかげで城に迎え入れられ、ハルキ様のおかげで安全に過ごすことができました。


 ハルキ様とはしばらくお会いできていませんが、今の私を見て何を思われるのでしょうか。想定通り、だったりするのかもしれません。


「ハルキ様とも仲睦(なかむつ)まじいなんて……ユートは凄い方々に助けてもらったんだね」


 思い出したことを胸に留めながら、私はユートに言いました。しかし、ユートはなんの事だか分からないと言いたげな、怪訝(けげん)そうな顔をします。


「えー? ハルキは確かに実力は凄い人だったけど、ガサツだし声大きいし、すぐ怒鳴るからなぁ……」


「……はい?」


 ユートの語るハルキ様の像は私の記憶とは大きくかけ離れたものでした。私は思わず動揺します。


 なんだか……なんだかお腹の奥で熱いものも感じました。ユートに対してこのような思いが湧いてくるなんて……


「あの高貴で丁寧で、優しいお声と穏やかな笑顔が素敵な騎士も顔負けの煌びやかな方に、なんて言い方を……」


「えぇ?? きら……? キラキラしてたのなんて髪の毛くらいで、それだと別人だよ」


 あんなに珍しいお名前と役職と経歴と実績の方が二人といてたまりますか! ふざけている様子のユートに、私は分かりやすく頬を膨らませてみせます。ユートは怯んだ様子で目を逸らしました。


「コルアン王国に赴いた時にはハルキ様に会いに行きましょう。私が証明してみせます」


「は、ハルキに会いたいとは思うけど、ユーナの言ってる人とは別人だよ」


 ユートはまだへらりと笑って見せます。全く、この子は見ない間に意地っ張りになってしまいましたね。お心の強いハルキ様のご飯を食べたからでしょうか。


 これからの旅路に楽しみが増えました。きっと、ユートが自分から頭を下げてしまうような事実をお見せしましょう。

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