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幕間1話-1 空白の五年間

「独りぼっちだったわけではないんだよ?」


 火が絶えないように、焚き火を弄りながらユートは言いました。青空のような瞳の周りは少し赤く腫れています。


「お世話になった人がいるって言っていたものね」


「そう、ルトがオレを拾ってくれたの」


 歯を見せて笑いながら語るその名前は、ユートにとって希望そのものだったのでしょう。やっと明るい笑顔が見れました。


「拾ってくれたルトと一緒に暮らしてたのがミキって人でね、ルトと違って厳しさはあったけど……優しい人だった」


 ユートは続けて、ルト様とミキ様……そして、その二人のご息女であるミト様のことも話してくれます。


 ルト様はどこかぼうっとしていらして、放っておけないところがあるけど頼りになるだとか。ミキ様はしっかりしてるけど、大胆なところもあって心配になることもあったとか。


 どのお話も聞いているだけで楽しくなってくる日常でした。よくよく彼らの名前を聞いたことがあります。


 しかし、お会いしたことは何度とあったでしょうか。昨夜、ユートから話を聞いた時から思い出そうとしていますが、お顔よりもお名前とエピソードが鮮明です。


「ルトはテナートにも行ったことがあると思うよ、会ったことあるんだよね?」


「私はあまり鮮明な記憶が無いけど……カイルはルト様と面識があるかもしれませんね。ルト様のことを口にしていたことがあったよ」


 テナートとコルアンは友好国です。特に、テナートには不足する国の防衛力の強化を、コルアンに協力してもらう関係性です。


 私の近衛騎士(このえきし)であったカイルはその証拠……彼は元々コルアン王国兵士団の訓練兵だったのです。


 訓練兵として鍛錬に勤しんでいた中で、ルト様に声をかけられたことがあると言っていました。そのまま誠実さと能力を認められ、テナートに派遣された兵士の一陣に加えてもらったとも。


「そっか。もしかしたらカイルはオレの兄弟子なのかも。そういえば、テナートによく行っていたのは、ハルキだったかな」


「ハルキ……様……?」


 ユートがぽつんと零したその名前に、燃える焚き火に向けていた意識を吸い寄せられます。


 それは聞き馴染みのある名前でした。口に出せば、安心感すらあります。それは最初に私へ手を差し伸べた騎士に次いで、私を支えてくれた存在を示しました。


「ユート、ハルキ様とも面識があるの!?」


「え、面識があるも何も……ルトの家によく来ていたよ。ご飯作ってくれた。やっぱりユーナも知り合いなんだ?」


 知り合い……なんて言葉では済ませたくありません。私がテナートの姫巫女として迎えられた頃……つまり、五年前から世話になってきた殿方(とのがた)です。


 私はその豊かな稲穂のような金の髪と、暖かい海のような輝きを持つ翡翠(ひすい)の瞳を思い起こしました──



 それは記憶を失ったばかりの、古い記憶。テナートの騎士に手を引かれ、王城へと匿われてしばらく経ってからのことでした。


 当時、私の未明の正体に王城は戸惑い、同時期に目撃が多くなった魔物のこともあって、私の扱いに困っている様子でした。


 魔物が頻繁に出るようになったのは、あの子に原因があるのでは……という言葉を耳にしたこともありました。


 周りの不安に巻き込まれるように、幼い私は毎晩思いを巡らせては枕を濡らし、泣き疲れて眠る日々。


 ただ味方が欲しい。私を知る人が欲しい。大丈夫だと、もう一度言って欲しい。そう思っていました。


 そんな時に、ハルキ様に出会ったのです。


「お初にお目にかかります。コルアン王国から参りました──」


 丁寧な口上と、低くても澄んだ綺麗な声でハルキと呼んでくださいと、彼は名乗りました。床に座り込む私に視線を合わせて、ニコリと微笑むお顔はとても美しく、思考が止まるほどだったのをよく覚えています。


 教えていただいた名前を大事に繰り返して、そのお顔を焼き付けるほどに見ました。彼の頭には、金色の髪の毛。鏡の前で以外、見たことの無いもの。それを確認すると、思わず私は尋ねます。


「わたしを、ごぞんじですか……?」


 見た目に共通点があったというだけで、私は知り合いなのではないかと思ってしまったのです。


 孤独を強く感じさせる理由である“いつも隣にいたはずの誰か”が、目の前の人だったら。そんな希望を抱きました。


 しかし、ハルキ様は目を大きく開いて固まってしまいます。その反応で希望が打ち砕かれた事が、当時の私でもよく分かりました。目の辺りが熱くなっていくのを感じて、必死に溢れ出てきそうなものを我慢します。


 それを見て何かに気がついたのか、ハルキ様は瞬きを三度なさると、考え込むように俯きました。


「……申し訳ありません。ご期待に添える答えをお返しできませんが……」


 そう前置きをしてから、言葉を選ぶように少し間を開けて、ハルキ様は続きを話してくださいました。


「本日はユーナ様にお会いすることを目的としていましたので、存じておりました。しかし、いま初めてお会いします」


 申し訳ありませんと、もう一度頭を下げて謝るハルキ様は、唇を強く結んで黙ってしまいます。


 私は我慢していた涙が頬を伝うのを感じました。でも、不思議と寂しさや絶望感、不安やその苦痛による涙とは違います。


「やさしいひと……」


 口から無意識に零れたのはそのような感想。ハルキ様は私の孤独感や不安を()み取って、悲しい感情を顔に出してくださるような、優しい方だったのです。幼い私にもそれが分かってしまいました。


 今は、そこまで繊細な方がその立場であることまで(かんが)みると、心中の辛さまで想像できてしまいます。


 泣き出してしまった私に困ったような顔で笑いながら、そのようなことは無いと、ハルキ様はやんわり否定なさいました。


「優しい者ならもっと上手く嘘をつきます」


「……? うそつきはわるいことです」


 嘘をつくのが優しさ……なんて、私は思いません。当時のハルキ様は、私に最良の返答を誠実にしてくださったのです。当然のことだと、その時の私も胸を張って言ったのですが、ハルキ様は私の理屈に声を上げて笑いました。


 崩れる美しいお顔はどこか幼さを感じさせて、目の前にしているのが真っ当な人間なのだと実感したのは、今も印象に残っています。


 嘘もつかない。冷静を貫くこともない御方で、見ていて落ち着く気配が強くありました。


「失礼、ユーナ様の前で下品でしたね」


「ばかにしないでくださいな」


「馬鹿になどしていません」


 ハルキ様が美しい顔を崩した笑顔から一転して、キリッとまた綺麗な顔でそう仰るので、私もなんだか面白くて笑ってしまいました。


 テナートに来てから、笑ったのはそれが初めてです。

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