2話-2
窓辺から差し込んで来る日差しで意識が引き出され、私は目を覚まします。視線を動かすと、両の腕と口を大きく開いて眠っているユートの姿が目に映りました。
一人きりではない朝なんて、いつぶりでしょうか。これからはずっと、こんな朝を迎えられるのでしょう。そう考えていると、胸のあたりが温かくなるのを感じます。
「祠って、これなのかな」
朝支度を済ませ、街の人々に聞き込みをしながら歩いていると、ユートがその建物を指し示しました。
古めかしくも丈夫そうで、シンプルなようで独特な装飾が目立つ建物。祠という名称が適切であると感じる外観です。
実際、昨日の思い出した記憶の中で、脳裏に描き出されたものと類似しています。
「思っていたより大きいね……えと、入る?」
「うん……離れないでついて来てね、ユーナ」
伸ばされたユートの手。指先は少し震えてしまいました。祠の入り口の先は真っ暗な闇で、先に何があるのか、私たちには見ることができないのです。
しかし、ユートの手に触れた瞬間、伝わってきた熱に、きっと大丈夫だと。なぜかそう思えました。一寸先で闇に溶け入っていくユートに不安が戻りそうになりつつも、強く握られた手から前に踏み出す力を得ます。
しんとした祠の中を進み、二人の足音が重なっていることだけを耳で確かめて歩みを続けます。しかし、すぐにその暗闇の恐怖は晴れました。
その暗闇は影だったのです。長い廊下を進んでいると、強い光が視界いっぱいに広がりました。暖かな光。力がみなぎってくるかのような白い光が私たちを包むのです。
「す、ごい……!」
眩しいと、目を細めていたユートが頬を赤らめてからそう呟きました。そこは光で満ちた大きな部屋。丸いドームのような形をしており、天井は手を伸ばしても届かない程に高い。そこに、幾重にも重なった円がシャンデリアのように下がってきていて、光を放っています。
そして部屋の中央には、その光を溜め込んでいるかのような水晶玉が見えました。
「あれが記憶を蘇らせる道具……?」
「触ってみよう。危ないかもしれないからユーナは下がっていて」
ユートが片腕を伸ばして私を庇うようにしてから、その水晶玉へと近づきます。ユートったら、心配性なのですね。私はその腕を掴むようにして彼を引き止めました。
驚いた顔で振り返るユートに口を尖らせて見せます。分かりやすくしないと、ユートは気づいてくれないのです。
「一人で立ち向かおうとしないで。守られてばかりの私じゃありません」
確かにユートは逞しく育ちましたが、私もこの五年間で何もなかったわけではないのです。ちゃんと強くなっているんです。それを分かってくれたのか、ユートは息を長く吐くと、私に身体を向けます。
「ごめん。一緒に行こう」
「うん!」
本当にここで記憶を取り戻せるかは分かりません。もし取り戻せたとしても、それがいいことなのか分かりません。分からないことは怖い。それは、私がこの地に立ったその日に思い知らされました。
でも、怖くても一緒なら大丈夫。そうやって支え合っていたのが、私たちですから。
水晶玉は透明とも、色があるとも言える不思議な様相でした。二人で覗き込むと、薄らその姿が反射されてそっくりな顔が並びます。今一度、ユートに顔を向けると正面から目が合いました。そして、同時に黙って頷いて、同時にその水晶玉へと手を伸ばします。
途端に、水晶玉が溜め込んでいた光が外へと放たれ、私たちを包み込みました。
────記憶再生。家族の記憶────
暖かな木と古い紙や羊皮紙の匂いが立ち込める部屋で、紙を撫でるペン先の音が静かに響く。耳にかけていた髪の毛がひと束、頬をくすぐった時、ふと忘れかけていた呼吸を繰り返した。
少女は視界を遮るその髪の毛を、小さな指で耳元へと帰す。そしてまた、目の前の教本と学びの記録が記された紙に向かった。そんな時に扉が三度、一定のリズムで叩かれる。
「入ってもいいかな」
「お父様! どうぞお入りください」
少女はその声の主を迎えに扉へと駆けて行って、両の手でドアノブを引き回した。
「ありがとう、ユーナ。尋ねたいのだが、ここにユートが来なかったかい?」
扉を開いて少女が目にした彼の顔は、普段の温厚さを残せど、いくらかの不安と後悔が滲んだ顔をしていた。少女にはその真意が読み取りきれず、普段と異なることを指摘する。すると、彼は素直に話し始めた。
「先程、ユートに厳しいことを言ってしまったのだ。謝りたいのだが、どこを探しても姿が見えない」
「この時間なら……剣の練習をしていると思います」
少女は人さし指で訓練場の方角を示し、答えを示す。しかし、彼女の回答は的を射ていなかったようで、男は困ったような顔をした。
「いなかったのだよ。ユーナのところにならと思ったのだが……やはりあのようなこと、言うべきではなかったな」
「何をおっしゃったのですか」
目を伏せる彼に対し、少女は素直な疑問を投げかける。それに目を丸くした父親は少し間を置いてから、座って話そうと部屋の中に促した。
「叱ってしまったのだ。剣に明け暮れていないで、もう少し勉学に励むようにと」
「まあ」
少女は口元に小さな手を当てて、短く声を上げた。それはよく彼女の母がやる仕草だ。父親はそれに少し笑いを零すと、また表情を暗くする。
「ユーナを見習えと、余計なことも言ってしまった」
彼は気まずそうに自身の手元に視線を落とすと、指を微かに動かしていた。落ち着かない気持ちがその指先に現れている。
「ユートは頑張っている。それは私にも分かっていた。魔法の才が無いならばと、剣で人々を守ろうとしているのだと……」
「じゃあ、どうして?」
なぜそんなことを言ってしまったのか、少女はまた、躊躇うことも無く疑問を投げかけた。
「……その道はあの子が進むべき道では無いからだ。しかし、冷静になって考えると、それを強制するのもおかしな話だと思った」
足元に下げていた彼の視線は、少女に向いた。二人の視線がしっかりと交わる。
「なぜなら、ユートが苦手とするものはユーナが補える。そして、ユーナが苦手とするものはユートが補えるだろう」
父親は少女の頭をすっかり包むほど大きな手で、優しく髪を撫でる。
「困った時は助け合えばいい、それがお前たち双子なのだ」
「……私がユートを、助ける……?」
少女はその言葉に高揚を覚えた。いつも守ってくれる兄の力に、自分もなれる。自分も助けることができるのだと、夢に思っていたことだった。
「そうだ。助けてあげて欲しい」
暖かな手の感覚が、その言葉と共に頭に残り続ける。
─────再生終了。復元完了。────
頭の中に流し込まれた光景が記憶として定着したのを感じると、一体を包んでいた光も弱まっていきました。私は暖かな記憶を胸に刻むと、ユートの方を見やります。
私はそこで、目を見開いて固まってしまいました。彼は、酷く震えていたのです。その青空のような瞳は、夜空と見間違うほどに暗く曇っていました。
「ユート……?」
「……出ようか」
私が手を伸ばしたのを振り払うかのように、彼は背を向けて出口に向かいます。私は慌ててその早い足取りを追いました。一体、何を見たのか。
「ユート! どうしたの……?」
私が見たものは両親の記憶、そのほとんどは暖かな思い出でした。思い出せてよかった、忘れていたことが悔やまれる。そんな想いが込み上げてきます。
しかし、私の声掛けにも応じない様子を見るに、ユートは同じ想いでは無いということでしょう。




