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2話-1 蘇る記憶

 不安そうに身を縮める彼を見て、私の胸も(しば)り付けられるように痛みました。


 彼はこの空白の年月をどう過ごしていたのでしょうか。何を思って過ごしていたのでしょうか。


 その真意に思いを()せる度に、胸の痛みは強くなっていきました。


 震える手を握って、私は彼の身体を抱きしめます。


 大丈夫。もう、離さないよ。


 ユートを独りにはさせません。私はずっと傍にいます。


 もう二度と、私たちを分かつものは許しません。



 ──────────────────


 神々の繕う物語 第一章


 勇者と姫は自分探しの旅に出た



 第二話 蘇る記憶


 ──────────────────



 煌びやかな玉座の間で、(わたくし)は国王陛下と二人の時間をいただきました。先程、ユート様は私を旅に(とも)ってくださると了承してくださいました。


 しかし、私はまだ受け入れる準備が整っていません。そんな私を見て何かお察しになったのか、陛下はこのような時間を作ってくださったのです。


「国王陛下……」


「ユーナ様、なぜそのような顔をなさるのです。これはわかっていたことであり、喜ぶべきことですよ」


「ですが、私は……」


 陛下はいつものように、低く穏やかなお声で私に笑いかけました。しかし、私は視界が薄く歪むのを感じます。


 私は不安なのです。私が居なくなったあとのテナートも、私の旅路も。何より、五年もの間、私を実の娘のように育ててくださった陛下と別れるのが辛いのです。


「ユーナ様」


 陛下は私の手を握ると、また目を細めました。


「我々は既に多くの助けを貴女から与えられました。次は貴女が貴女自身のために動くべき時です」


 陛下の手は暖かくて、緊張が緩んでしまいます。涙が(こら)えきれなくなります。


「それに、コルアン王国の支援もあります」


 陛下はそう言うと、今度は真っ直ぐに私の目を見ました。美しい紅柱石(こうちゅうせき)の瞳に映る私の顔は情けないものでした。


「テナートは安寧(あんねい)ですよ。我が愛しの姫巫女よ」


 だから、心配させないようにと、私も笑ってみせます。陛下、私も愛しています。この地に降り立って、貴方に出逢(であ)えたことを、私は(たっと)きものとして絶対に忘れません。


 そんな不安の中で歩み出した旅。その始まりがまさかこんなことになるとは、このユーナは思いませんでしたけど……


 目の前には私の顔にそっくりな少年。金の勇者と称され、私と同じで記憶がありません。啓示に(もと)づいて、私たちは自分たちの記憶を取り戻す旅に出ることを決めました。


 私と少年はそんな関係でした。先程までは。


 しかし、互いに御守りのように持っていた石、それをかざし合ったところで石が突然光り出しました。


 その光が見せたのは幻覚。私たちの記憶の映像でした。その映像が示したのは、私たちが双子だった事実です。


 少しの頭痛と、激しい胸の鼓動を感じ、次々と蘇る幼き頃の彼の記憶に目眩(めまい)がしました。そして、涙が溢れてきます。


「ユーナ……ユーナぁあ!!」


 同じく顔を涙で濡らしたユートが飛びついてきて、私はしっかりと受け止めました。ああ、こんなに、大きくなって……(たくま)しくなってしまって……!


 思い出すユートの姿はまだ(よわい)七つの幼子(おさなご)なのに。私たち、一緒に育っていくはずだったのに。見ない間にこんなに立派になってしまったのですね。


「ユート……こんな事を言うのは流石(さすが)に嘘になりますが、それでも会いたかったです。(わたし)、きっと、ユートにずっと会いたかった」


 記憶を無くしていたのだから、会いたいと思うはずがありません。それでも、心細い夜がありました。侍女(じじょ)が私の眠る時まで傍にいてくださっても、心の空虚感(くうきょかん)が無くならなくて眠れない夜がありました。


 その穴の正体が、ユートだったのです。


「オレも会いたかったよ! ユーナに会いたかった! もう絶対に離さないから、オレたちはずっと一緒だから……!」


 (しばら)くそうして抱きしめ合って、ただただ泣きました。神様、今はお許しくださいませ。しっかりと啓示に従って、私たちは歩んで参ります。しかし、今は時間をください。五年間、ずっと埋まらなかった心の闇を、満たす時間が欲しいのです。


「……っ、いつまでも泣いていられないね。とにかく、無事で良かったよユーナ」


「うん、ユートも壮健(そうけん)で何よりです」


 二人で一緒に立ち上がって、同時に深呼吸をする。そして、同時に笑い出しました。


「ユーナ、目も鼻も真っ赤になってるよ」


「ユートもだよ。顔がくしゃくしゃになってる」


 五年間の空白なんて関係ないほど、再会したユートが愛おしい。私はこの旅を始める時に湧き出していた不安が、一気に冷めていくのを感じました。なんだ、一緒に行くのがユートなら、私は何も怖がらなくていいではないですか。


「えっと、さっきの記憶の中……というか、記憶の後かな。次に行く場所を教えられたよね」


「不思議なことがあるのですね……」


 先程、幻覚を見たあとに言葉が直接、脳裏に刻まれるような感覚を覚えました。そういう魔法でしょうか。神々の力なのでしょうか。よく分かりませんが、従う以外にやることは無いのが事実です。


「エルマリアっていう街の外れに、(ほこら)があるから行けって言われた気がするんだけど、合ってる?」


 私の頭に流れてきた言葉と同じことをユートが言い放って、改めてその奇異(きい)な現象に驚かされました。


 エルマリアと言えば、テナートの中部に位置する都市です。歴史的な建造物が多く、その一つとして祠が管理されている可能性があります。


 祠の見た目も先程流れ込んできました。そうであれば、エルマリアに真っ直ぐ向かえば問題ないはずです。


「ユート、テナートなら私に任せて!」


 私は頷いてから、ユートの手を引いて歩みを始めます。


「早速、私を伴った甲斐(かい)があったよ、ユート! たった五年だけど、これでもこの国の姫だから土地勘はあるの」


「うわーん! 頼りになるよオレの妹!」


 そうして、二人で並んで歩き始めました。そういえば、こうして私がユートの手を引くのは、記憶の中でも数える程しかなかった気がします。いつも手を引くのはユートなので、なんだかお姉ちゃんになった気分です。


 お姉ちゃん……そういえば、私たちには他に、きょうだいはいないのでしょうか? なんだか、二人だけだとまだ違和感を感じます。



 私の道案内の末、無事エルマリアに辿り着きました。


 いえ、嘘をつきました。実は無事とは言い(がた)いです。


 森の中で蛇に襲われそうになったり、魔物に対峙したり、崖が崩れて落ちそうになったり……散々でした。


 旅って、冒険って、こんなに大変なのですね……!


「ごめんねユーナ、守りきれなくて」


「何を言ってるの! 崖から私が落ちそうになった時、ユートがいなかったら私は死んでいたんだよ?」


 ユートも身体の疲労と心労で疲れ切っています。旅に出ることなんて随分前からわかっていたのだから、もう少し学んでおくべきでした。ユートの責任ではないのです。


 どちらにせよ、二人とも疲労困憊(ひろうこんぱい)であることには変わりありません。今日は食事をとったら宿でも借りて、明日の朝に祠へ向かうことにします。


「はぁ、癒されるぅ〜」


 ユートは借りた部屋のベッドに身を投げ出すと、そのように声と共に身体から力を抜き出しました。きっと、本当に疲れているのだと思います。私も大人しく荷物を置き、ベッドに腰を掛けました。二人でこうして眠りにつくのも、久しぶりです。


 深夜、ユートが身じろいだのを感じて目を覚ましました。疲れている時こそ、眠りが浅くなってしまいます。


「ねぇ、ユーナ。起きてる?」


 ユートは私に向かって身を返すと、そう声をかけてきました。返事をすると、少し話をしようと私を誘います。


「そういえば、ユートはこの五年間をどこで過ごしていたの?」


「コルアン王国だよ。兵士に保護してもらって、その人の家に置いて貰ってた」


 なんと、耳馴染みのある言葉でした。コルアン王国と言えば、テナート共和国の一番の友好国です。しかも、その兵士様となれば私も何度か会ったことがあります。


「オレを拾ってくれた人、ルトっていうんだけどね。凄くいい人だったよ」


 そう言うユートの声は、一気に明るいものになりました。ルトという名前は聞いたことがあります。優秀な兵士であると記憶しています。


「優しいというか、お馬鹿なだけなのかもしれないけどさ。何者かも分からないオレに手を差し伸べてくれたんだ」


 笑いながら話を続けるユートはすごく幸せそうでした。この五年間、何も不自由がなかったことに私は安心します。


 ユートも、お世話になった人たちと離れ難いと感じていたのでしょうか。この五年間の出来事を話している途中から、少し表情が曇り始めました。


「ユーナのこと、紹介したいな。会ったことあるなら要らないかもしれないけど、皆良い人だったよ」


 ユートの笑顔は涙を堪えているようにも見えます。まるで、もう会えないかもしれないという恐怖を、見ないふりしようとしている様子でした。


 私が今まで思っていたより、ユートにはこの旅に不安があるのかもしれません。確かに、軽い気持ちで始めてもいい旅ではありませんでした。死んでしまうことも有り得る道を今日、歩んだばかりです。


 ユートはその覚悟を一人で決めて、私たちが再会したあの道を歩んでいたのでしょうか。


「きっと、紹介して。私も改めて挨拶がしたいから」


 だから、私はその不安を(ぬぐ)うように、微笑みながら展望を語ります。


 もう会えないなんてことはありません。ユートは私がいる限り、死ぬことはありませんから。


 そう言いながら私が手を伸ばすと、ユートも同じように手を重ねてくれました。ぎゅっと、その指先を握りしめ、思いを伝えます。


 ユートがようやく安心したように眠ったのを見て、私も(まぶた)を閉じました。

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