11-2
記憶は取り戻した。悪魔たちからの侵蝕も浄化することができた。悪魔は倒したのだ。助けられたはずなのに、帰ろうとしないのは何故。
ユートは息をするのも忘れて、その真意に頭を回す。戸惑っているユートを見て、シャーロットは再び口を開いた。
「だって、私は人質。私があいつらの手に落ちていれば、あなたたちに危害は与えられない……そういう取引だから」
シャーロットが話すのは五年前のことだ。自分を捧げたことの引き換えに、双子への不干渉を約束させた。
故に、自分が自由になってしまえば、また攻め込んでくるかもしれない。双子に危害が及ぶかもしれない。それを防ぐには、ここに留まる他ないという考えだった。
しかし、ユートはそんなことかと吐き捨てると、シャーロットに手を差し伸べた。
「……ダメよ、一緒には帰れない」
「大丈夫。シャロに守られなきゃいけない、あの頃とはもう違うよ」
ユートは穏やかに伝える。今の自分は強くなったと。
「これからはオレがシャロを守る。オレがみんなを……国を守るよ」
シャーロットは差し伸べられた手のひらを見た。それは五年前に彼女が握っていた小さな手とは全くの別物になっている。
幾つものマメができており、硬く分厚くなった手はシャーロットの手と同じくらいの大きさになっていた。逞しく、勇ましい手だ。
シャーロットはユートの放った言葉に瞬きをすると、気付かぬ間に溜まっていた涙がその手に零れ落ちる。
「ずっと、助けて欲しかった……」
「待たせてごめんね。もう大丈夫」
そう言いながらシャーロットの手を握るユートの力は、あの頃よりも強く、あの頃よりも堪らなく優しい。シャーロットはそれらに声を上げて泣いた。
眩しい太陽の光が祝福のように五人へと降り注ぐ。
全ては決着がついた。悪魔の偵察隊の根城は制圧され、囚われていた天使であるシャーロットは救い出されたのだ。全てが終わりへと駒を進める。
そう、四人の冒険の旅も。
「いやぁ、長かったな……これで全部終わりか」
最初に切り出したのはコウだった。兵士団の拠点に戻り、共に治療を受けたサナと歩きながら言ったことだ。
待っていたユートたち三人は、その言葉に目を丸くした。しかし、それが示す意味を理解すると、ユートとユーナは俯く。
「そうだね。これで終わりだよ」
ようやくコウの言葉を飲み込んだユートは答えた。そこにはいつも通りの明るい声と笑顔が乗せられていたが、眼差しは少しの緩みもなく真剣だ。
そのユートを見て息を吸ったサナは、迷いながらも声を出した。それも、いつもの調子だ。
「これから、あんたたちはどうするの?」
サナの問いかけはその場にいた全員に対するものだった。各々が視線を交わらせて、発言権の譲り合いをする。その中で、はいと手を挙げたのはコウだった。
「俺はコルアンに残って、訓練兵としてコルアン王国兵士団に入団するぜ!」
「入団するぜって、そんなに簡単にできるものなの?」
「いい質問だユート。それがなんと、ハルキさんが訓練兵入りの切符を用意してくれた! 試験や面接で問題がなければ、入れるぜ」
そう言いながら、コウは勝利のポーズをして見せる。ユートは顔を明るくして拍手する。隣のユーナはまるで、子どもを見守る親のような笑顔を浮かべていた。
「夢が叶うんですね。おめでとう、コウ!」
「ありがとヒメさん、俺頑張るぜ」
「……二人は?」
サナはコウの幸せそうな報告に微笑みながら、話題を移した。促された二人は困った顔をする。
「……えと、サナは?」
「あたしから聞いてるのに……あたしは旅を続けるよ」
聞き返されてしまったサナは素直に答えた。旅を続ける……その言葉に二人は驚きを見せる。サナはその反応に少し照れると、心持ちを語った。
「色んな景色や人に出会えるのって面白いと思ったの」
「そういうの面倒くさがるタイプだと思ってたわ」
「うん、前はね……でも、あんたたちと旅をしたおかげで変われたんだ」
サナは三人の顔を順に見る。三人が見返したその表情はとても爽やかで吹っ切れた様子の明るいものだった。
サナはその後に、少し俯いて口を僅かに動かす。少し顔が赤かった。何かと思って皆が顔を覗き込むと、サナは勢いよく顔を上げる。
「冒険者ギルドに登録して、困っている人を助けながら大陸を……いや、海の向こうも行きたいと思ってる……の!」
サナの恥ずかしそうな決意表明に三人は僅かに固まるも、笑顔で肯定した。
「海の向こう……なんて行けるもんかも知らねえけど、サナならやれそうだな」
「サナちゃん、きっと大丈夫! 頑張ってね」
「うん……ほら、あたしたちはもう次の道を決めてるよ」
サナは落ち着きを取り戻すと、再び二人に促す。それは、自分たちはもう大丈夫だ。終わりの先に次があると、二人にしっかりと伝えたことを意味する。
その言葉で、ユートとユーナは冒険が終わることを改めて理解した。なおも押し黙っていた二人だが、コウとサナの展望を聞いたからには、口を開かなければならない。
「……私は、私たちは……」
先に声を出したのはユーナだった。しかし、上手く言葉が紡ぎ出せずに、声は口の中に留まる。コウとサナはそれを静かに見守るだけだったが、ユートは彼女の肩に手を置いて、前に出た。
「オレたちは天界に帰る。そして、天界のアン王国で、やるべきことをやるよ」
その声は酷く穏やかなもので、それがより一層、寂しさを掻き立てる。ユーナは覚悟の決まったその言葉に、小さな溜息を漏らした。
「天界……って、遠いよな」
「遠いね。すごく」
ユートに確認するコウは、先程とは全く違った弱々しい様子だ。
この世界で、距離というものはどうしようもない。それを埋める方法はないのだ。それが、とあるものを確定させてしまう。
しかし、四人はそれを言葉にできない。再び重い空気に黙ってしまう一同だったが、それまで静かに聞くだけだったシャーロットが手を挙げた。
それもとびきりの笑顔で。
「落ち込みすぎよ、あなたたち。別れというものは人生において何度もある。そして、その分だけ、出会いもあるの。楽しいことじゃない」
「……でも」
「それに、縁があれば別れても何度も出会う! 絆があれば、それが縁を強くするわ!」
シャーロットは鼓舞するように言い放つ。それは絵空事のようで確証がないが、夢や希望があった。
四人の絆は冒険を共にする中でどんどん強くなったと、四人が確信しているからだ。それ故に、シャーロットの言葉に胸が踊った。
「……そうですね。例え違う空の元で過ごすことになっても、共に見た夜空を忘れることはありません」
ユーナがその場に揃う顔を、丁寧に目に焼き付けながら言う。ユーナの言葉に希望はさらに燃えるが、それでも離れない寂しさが表情に残っていた。
長い年月の中で、もしまた会うことができなければ、この数ヶ月の出来事は霧のように消えてしまうかもしれない。そんな不安が全員にあった。
皆が気が晴れない様子で言葉を詰まらせる中、ユートが励ましたい一心で口を開く。
「もし忘れても、一緒に過ごした事実は変わらない……それがまた出会うための繋がりになってくれるよ!」
ユートの口から飛び出した言葉に、聞いた四人は顔が固まった。開いた口と目が塞がらない。ユートは変わった沈黙の空気に首を傾げた。
「……ユートにしては、なんというか……」
硬直から抜け出したコウが、語尾を濁らせ指摘する。ユートが傾けた首をさらに倒すと、シャーロットが耐えきれずに吹き出した。突然笑われてユートはぐるぐると目を回す。
「いや、笑うのは失礼だけど……ふっ、ごめん。ユートの言葉にしてはロマンチック」
「失礼って言いながら笑わないでよサナ! オレそんなに変なこと言ったかなぁ?!」
「ユートからそんな考えが出てくるとは思わなかったよ、ふふふっ」
「ユーナまで笑うじゃん! って、みんな笑うじゃん!! なんでよー!」
ユートが手足をバタつかせながら不満を体現すると、笑い声はさらに大きくなった。腹立たしさを覚えていたユートも、皆のはちきれんばかりの笑顔につられて顔が緩む。
重苦しい空気はすっかりと弾けて消えていた。ひとしきり笑って、息切れも落ち着いてくると、コウが笑顔で皆に語りかける。
「天界って手紙とか届くかなぁ」
「大陸間でも難しいよ、ばかコウ」
「そもそも、コウって手紙書くの?」
意外だという指摘にコウは照れてみせた。慣れてはいないが、何かしらの方法で連絡を取りたいという気持ちがあるのだ。コウの心の内を聞き届け、三人は頷いた。
「もしかしたら、偵察がてら降りる時はあると思います。そんな時に、祠は休憩地点です」
「じゃあ、祠に置いておけば届くかもしれねえんだな!」
「はい! お返事もコルアンの祠に置きますね」
ユーナの思いつきにコウは両腕を上げて喜んだ。傷に悪いとサナが制するも、サナの表情も嬉しそうである。
「サナにも手紙書くからな」
「あたし旅人なんだけど、どうやって送るんだか」
「ど、どうにかするぜ」
まるで解決方法を思いついていない様子のコウに、サナは苦笑する。きっとやり取りできると、他の三人が励ました。
そんな時間を過ごしていると、出立の時間があっという間に迫る。




