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11話-1 さようならは言わないで

 重く金属をぶつけ合う音が、広い洞窟の中で木霊(こだま)する。あまりにも速く、激しいその音に、頭痛すら覚えるようだ。


 暗い中、輝く刃はその苛烈(かれつ)さに火花を散らした。両者の呼吸が短く荒れる。銃弾がアズヴェルの頭を掠めれば、舌打ちが響いた。


「長くなったね、そろそろ疲れたよ」


 一度大きく一歩退()くと、アズヴェルは長く息を吐き出して、汗ひとつない平気そうな顔をする。額の血は既に止まったようで、拭えば跡形もなくその線は消えた。


 対して、乱れた息がなかなか戻らないコウは、浅い呼吸を繰り返しながら流れてくる汗を乱暴に拭う。


「お互い、いまいち決め手に欠けるってとこかな。厄介なのは彼女だよ。遠距離からなんて卑怯(ひきょう)だ」


「そりゃ、そういう立ち位置だからな」


「君は最前線で頑張ってるのにね、天使ちゃんたちも幕の後ろに下がっちゃっているし」


 アズヴェルは嫌そうな顔をしながら、少し離れたところでこちらを見る三人を順々に睨んだ。そんな彼に、コウが二本のサーベルの刃を鳴らして注意を引き戻す。


「俺はまだまだやれるぜ? 退屈かよ」


「うーん、まあね……そうだ!」


 コウの挑発を軽く流したアズヴェルは、なにか(ひらめ)いたと手槌(てづち)を叩いた。


 何か仕掛けてくる合図に、コウは警戒を高める。既に体力は限界に近い彼にとって、戦いがさらに複雑化し、伸ばされるようなことは勘弁して欲しいものだ。


 しかし、そんな願いを悪魔が聞き入れる訳はない。アズヴェルは大きく息を吸うと、四人に向かって尋ねた。


「君たち、悪魔の魔法って見たことある?」


 問いかけた直後、小さく詠唱したかと思えば、アズヴェルの背に翼が現れた。


 否、翼と言うにはあまりにも似つかわしくない見た目だ。赤黒い結晶が(いびつ)に寄せ集まり、翼の模しただけの刺々しい贋物(がんぶつ)がそこには広げられている。それは血液の塊なのか、結晶の中で赤黒いそれは緩やかに(うごめ)いていた。


 見たことの無い姿に、四人は目を引かれる。しかし、その視線は飛んできた刃に塞がれた。


「いっ、ぐ……ッ!」


「ッ! ……ちっ、避けられなかった……!」


 寄り集まった結晶が弾けるように、しかし狙いをしっかりと定めて四人に発射されたのだ。


 近くにいたコウは勿論、距離を保っていたサナすら避けることができず被弾する。


「コウ! あんた大丈夫?!」


「ッや、めっちゃいてえ……」


 肩と腹部、そして脚を突き刺す(とげ)のような刃にコウは顔を歪めた。真っ先に彼の身を案じたサナも銃の引き金を引く手に被弾している。


 すんでのところで避けられたユートとユーナが二人に駆け寄ろうと身体を前に出すも、更なる結晶の雨に行く手を阻まれた。


「治そうとしないでね、天使ちゃん。悪魔の魔法ってのは、君たちが思ってるよりも厄介なんだよ?」


 アズヴェルのその一言で、ユーナは二人が人質にとられたことを察する。


 悪魔の魔法──闇魔法とも呼ばれるそれについて、天界のアンには僅かながら調査資料があった。なんでも、己の魔力を混ぜた物を操ることができるのだと言う。


 例えば、自身の血液に魔力を込めれば、自在に血液で形を作れるのだ。それを敵の体内に侵入させ、中から身体を食い破って見せた個体も居たと、資料には記述があった。


 今、コウとサナの身体の中には、アズヴェルの血液の結晶が叩き込まれてしまっている。アズヴェルが本当にそれをやるかは不確かだが、可能性は生じていた。


「ユーナ、もう決めるしかないよ」


「うん……時間は二分。二分で、できる?」


 仲間を戦闘から弾き出された双子は、顔を合わせて覚悟を決める。


 ユーナが問いかけたのはアズヴェルを退けることだけでは無い。光魔法で成し遂げたいのはシャーロットの奪還(だっかん)なのだ。


 限られた時間でそれら全てができるのか、ユーナはつい尋ねてしまった。しかし、ユートの瞳に揺らぎはない。


「できるよ。いや、やってみせる」


「……さすが、ユートだね。私の自慢のお兄ちゃん」


 二人は少しの気後れも、躊躇いも捨て去って、二人が舞台に上がるのを待つアズヴェルを見据えた。


 何を見せてくれるのか、期待で胸がいっぱいなアズヴェルは、姿勢を低くして二人の攻撃に構える。


 二人は瞼を閉じて、深呼吸をした。ユートは持っていた剣を地面に落とし、その芯のある金属の音が合図となって、ユーナは意識を己の身体にのみ向ける。


 体内に巡る魔力を、身体の中心から手先、そしてロッドへと伝えるイメージをした。


「光よ。光よ。(つど)いて形を()せ……!」


 今までにない集中。命を懸けあった戦いの最中だからか、ユーナはこれまでとは違う確かな感覚を得た。呼びかけただけで力が湧いてくるようだ。


(なんじ)は無形にして無限。誰にも囚われず、何処とも行ける。しかして我が為に集え、我に従え──」


 言葉を連ねる度に光が集う。しかし、この空間には僅かな灯火の光しかないはずだった。光魔法を使うには足りない。


 それでも、まるでユーナ自身から光が生み出されているかのように、光は沸きあがる。その異様な状況にアズヴェルはついに笑顔を捨てた。


「我が為に武器となれ。万物を貫く剣となれ。さあ、出てよ! 光の剣(グラディウス リッチ)……!」


 ユーナが詠唱を終え、ロッドを高く掲げると、彼女に纏うように集った光は寄り集まり、ユートの手元へと飛んでいく。


 眩しく互いに互いを照らす光たちは固く結束し、一際弾けるように輝くと、大きな剣へと形を成した。


 一切の影もない両刃の光の剣。それがユートの手に握られると、その輝きをさらに高めた。


「……これは、(すさ)まじい……」


 つい、魅入られたアズヴェルが呟く。コウとサナも痛みも忘れて、その光景に釘付けになった。


 ユートが身に纏う白い衣装も、その光を反射して煌めく。


 そこに居たのは、紛れもない天使。


 神に近づいた存在だ。


 もう彼らを欠けていると言う者はいないだろう。


 彼らを出来損ないと罵る者はいないはずだ。


 そんな有無を言わせぬ威厳(いげん)がその姿にはあった。


 ユートは手に握る感触を確かめるように、拳を握り直すと、目を開く。光を放つような青空の瞳は真っ直ぐに、アズヴェルと──その先に眠るシャーロットを映した。


 そして、腰を低くして、視線の先で描いた自分の動きをなぞるように、地を蹴る。


 たった一歩。


 アズヴェルへと迫るには、たったの一歩だった。


 突如として目の前に迫った天使に、悪魔は(ひる)()()る。


 戦闘において、後退は敗者のやることだ。


 誰から教わった理屈だったか、ユートの頭の中にはその言葉がふと浮かび上がった。


 アズヴェルの身体に、一線の光が射し込む。胴を一刀両断され、アズヴェルは声もあげずに地に伏した。


 あまりにも呆気のない終わり。アズヴェルが大きく油断していた訳でもない。気を引く何かがあった訳でもない。ユートがまるで“光そのもの”になったかのような速さで、全てを終わらせてしまったのだ。


 仲間、そして家族の命がかかっているという緊迫感からなのか。ユーナだけではなく、ユート共々が光魔法の境地へと足を踏み入れたことによる結果だった。コウとサナはおろかユーナまでもが、まだユートが居た場所の残像しか目に刻めていない。


 その場で唯一全てを把握できているユートは、敵を倒したまま止まることなく、シャーロットの元へと駆けた。


 横たわる彼女の元に着き、足を止めるとユートの身体に痛みが走る。本来ならその身体で耐えられるような負荷ではなかった。彼の心臓が弾けそうなほど脈を打っている。しかし、気絶しようものなら折角の魔法が終わってしまうのだ。


 ユートは歯を食いしばると、光の剣を強く握る。その先をシャーロットに向け、深呼吸をした。


 ただ光を刺せば浄化できるわけではない。手に握っている光を自分の魔力に乗せ、彼女の記憶を縛る石と侵された身体に流し込まなければならないのだ。


 ユートはその想像をする。それは魔法の使用において彼が苦手としたこと。しかし、不思議と容易(たやす)く成せる確信がある。


「戻ってきて、シャロ……!」


 ユートは真っ直ぐに、シャーロットの胸へ光を突き刺した。形が崩れた光が注ぎ込まれ、溢れた分が辺りを眩いほどに照らす。


 まるで太陽を見上げた時のように、それを見守る三人の網膜(もうまく)は真っ白に染まった。


 成功したか否かは、その焼き付いた白が(やわ)らいできた頃にわかる。


 ユートは握り締めていた光が手元から無くなると、大きく息を吐いた。そして、暴れる肺に咳き込む。膝から崩れ落ちるように、横たわったシャーロットに近づいた。


 整わない呼吸に白む視界の中で、その寝姿を見逃すことはないようにと必死に目を凝らす。血は出ていないから、光が剣としての役目を捨てられたのは確実だった。


 あとは肝心の浄化だったが……シャーロットの首元に転がった石の破片が、砂のように散っていくのが見える。


「っ、シャロ……シャーロット……!」


 振り絞った声でその名前を呼んだ。それに応じるように、シャーロットの瞼がピクリと僅かに動く。


 そして、ゆっくりと開かれた瞳は青空を写し込んだような綺麗な色が覗き見せた。ユートは身体の痛みなど忘れ、喜びの涙を浮かべる。


「シャロ! オレだよ、ユートだよ! ねぇ、オレのことわかる……?」


「……ユー、ト……?」


 ユートの恐る恐るとした問いかけに、まだ意識が混濁(こんだく)している様子のシャーロットは確かに答えた。彼の名前を繰り返すと、それが雪を溶かす陽光の熱のように、彼女を揺すり起こす。


 シャーロットはパチッと目を開くと、勢いよく上体を起こした。


「ユート! 嘘、こんなに大きくなって……」


「……みんなそれ言うんだね、みんなより背低いけどね」


 先程まで眠っていたとは思えないハキハキとした様子に、ユートはようやく気が抜ける。シャーロットは少し待ってと言うと、深く考え込むように黙った。状況を飲み込んでいるようだ。


「私、悪魔に連れて行かれて……記憶も封じられて、それがもう五年も前……ユートやユーナに、酷いこともした」


「操られていたんだ。仕方ないよ」


 混乱しているシャーロットを支えるように、ユートは彼女を許した。そして、安心したように笑う。


「助けられてよかった。シャロ、天界に……アンに帰ろう。みんな心配してる」


 ユートの言葉にシャーロットは顔を上げ、目を見開いた。その言葉を噛み締めるように唇を結ぶと、視線を再び落としてしまう。ユートがどうしたのかと覗き込むと、シャーロットは小さく呟いた。


「それは、できない」


「……え?」


 シャーロットの低い声で発された予想外の言葉に、ユートは呆気にとられる。

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