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10-3

 四人はアズヴェルの様子に戸惑い、サナは構わず拳銃を向けようとするが、ユートが勢いよく片手を挙げた。


「オレはユート! ユート・アン・カルシアノ……天界のアン王国第一王子だよ!」


「な、名乗るんかい! ……俺はコウ・ブリジット・ハフマールだ!」


「ゆ、ユーナ・アン・カルシアノです! ユートに同じく、アン王国の王女です……!」


「……サナ・ユグリス・マイメット……覚えなくていいよ。どうせ死ぬからね、あんたは」


 アズヴェルの落ち着いた様子と対比するかのように、慌ただしい名乗りを披露した四人。それを微笑ましいと、もしくは馬鹿にするようにアズヴェルは笑う。そして、抜き出した剣を天に向けた。


「この闘いに敬意を。言っておくけど、俺はここまでの偵察班とは違って戦闘部隊の一員だ。舐めてかからないでね」


 すぐに終わってしまうのはつまらないからと、アズヴェルは不敵(ふてき)な笑みを見せる。確かに笑っているのだが、その赤い瞳には鋭い光が差し込んでいた。四人は背筋を伝う汗に身を震わせる。


「へ、へぇ……楽しくなりそうじゃん?」


「恐いなら恐いって言っていいよ。あたし一応、前衛もつけるし」


「要らんわ!! みんなビビってるからちょっと空気軽くしようとしただけっ!」


 震えたまま強気な言葉を選んだコウに、サナは容赦なく優しいツッコミを入れた。二人の茶番にアズヴェルは高笑いする。その声だけでも身体がひりつくほどの威圧だ。


「前はあんな感じじゃなかったよね……シャロが寝てるから?」


「皆様、警戒してください……!」


 ユートとユーナが武器を構え直すと、コウとサナも真剣な顔になった。それが開始の合図と見たアズヴェルも、剣を真っ直ぐ四人に向ける。


 どちらが仕掛けてもおかしくない、長い睨み合いの時間を経て……先に動いたのはコウだった。


 低く構えた姿勢から初動も見せずにアズヴェルに近づく。四人を俯瞰(ふかん)していたアズヴェルの死角になる所から、回って斬りかかった。


 しかし、さすがの人間を超越(ちょうえつ)した動体視力で、アズヴェルはその斬撃を瞬時に受け止める。そして、視線をコウへと動かした瞬間、その頭を銃弾が掠めた。


「すごい連携だな、びっくりした」


「そりゃどうも。サナぁ! このまま畳み掛けるぞ!」


「ッ……だめ! コウ下がって!」


 見事に息のあった連続した攻撃を披露したコウとサナ。しかし、サナは“外すはずがない攻撃”をした。確かに、敵にも予測はついたかもしれない。しかし、避けられることも読んで三発、的確な位置を狙ったのだ。そのサナに分かって、コウには分からないことが今ある。


 サナの焦りが混ざる声に疑問を覚えながらも、コウは目の前の敵から目を離すことなく次の攻撃を繰り出した。その瞬間、コウの顎先まで剣の先が伸びてくる。


 それが届く寸前で身体が大きく傾いた。腹の辺りに響いた少し鈍い痛みに視界が揺れたコウは、アズヴェルとの間にユートがいたことにようやく気付く。


「ユート、お前は──」


「そんなこと言ってられない! こいつ相手に一人で前に出ちゃダメだッ!」


 アズヴェルと競り合うユートは振り絞るような声でコウに提言した。剣は大きく揺れ動いている。


「……ユートが、力負けしてる……?」


「だから言ったでしょ。舐めないでって」


 アズヴェルは苦しげなユートとは全く違って涼しい顔でそういうと、ユートを押し飛ばした。後ろにいたコウは、飛んできたユートの身体を受け止める。


 しかし、その大きな隙を見逃すはずのない悪魔は、間髪(かんはつ)を入れずに二人を斬り伏せた。


 暗い地面に音を立てて血が飛ぶ。二人はその衝撃と痛みで意識が明滅した。


「ユート、コウ! ……生命神様、お力を貸してください……!」


 崩れるように座り込む二人を見て、ユーナは即座にロッドを掲げる。呼び掛けに応じるように、負傷した二人を光が包み、受けた傷はまるで嘘だったかのように消えた。


 ユートは痛みが無くなるとすぐに立ち上がり、アズヴェルに剣先を向け直す。だが、相手の視線は既に別の場所に向いていた。


「回復魔法……そうか、君が生きていたのはそれのせいか。厄介だな」


「ッ!? サナ! ユーナを守って!」


 アズヴェルの小さな呟きにユートが指示を飛ばすも、既にアズヴェルはユーナに迫っていた。人間では再現できないであろう速さに、サナの目は追いつかない。


「ユーナぁ!」


「まずは君からだ…………?!」


 ユートはユーナへその手を伸ばした。それも間に合わずに、振り上げられた剣はユーナに真っ直ぐ振り下ろされる。


 しかし、ユーナは一切(おく)する様子を見せなかった。それどころか、アズヴェルを睨みつける眼光には揺らぎのひとつも見せない。


 それに気づいたアズヴェルが一歩下がると、先程まで彼がいた場所に光が落ちた。直後に轟音(ごうおん)が響く。


「守られてばかりではありません! 雷の精霊(サンドラ)様!」


 ユーナがロッドを振り抜くと、次々と落雷が視界を焦がした。閃光は龍のようにアズヴェルを捉えて(はし)る。


 それが致命傷を与えることはなかったが、アズヴェルとユーナとの間に大きな距離ができた。


「やるねぇ。そこで動けなくなってる子より、ずっと強い」


「コウ、なんで立ち上がらないの?」


 アズヴェルの視線の先にいるコウを、サナは見つめて眉を顰めた。コウは先程から座り込んだまま、立ち上がれていない。それを見て、ユーナが唇を噛み締めた。


「私は傷を治し、痛みを取り除くことはできます。しかし、事実は(くつがえ)すことができません。先程の攻撃、確実に致命傷でしたから……」


 ユーナはそう言うと、悔しそうに歯噛みする。


 彼女が治療してきた過去にもあったことだ。痛みや傷、出血も無くなるが……それらを乗り越える時間を与えられないことで、慣れることもできない。それが人によっては、恐怖の克服を妨害することにもなってしまう。


 助かったとはいえ、命が尽き果てるほどの攻撃を受ければ、そのショックは楽なものではない。座り込んだまま固まっているコウはまさにその状態で、遠目から見ても肩で不規則な呼吸をしているのが分かった。


 そんなコウをユートが庇うように立つ。


「コウ、ちょっと休んでいて。アズヴェルはオレが相手になるから」


「っ、でも、ユート……!」


 言葉を絞り出そうと顔を上げたコウだったが、既にユートはアズヴェルとの戦闘に入っていた。剣と剣がぶつかり合う音が、身体を揺すり動かす。


「さっきよりも動きがいいじゃないか、ようやく本気?」


「後ろに、守らなきゃいけない仲間がいるから……ね!」


 ユートが大きく()ぎ払いながらアズヴェルの挑発に言い返した。それを受けてアズヴェルは(いや)らしい含み笑いで反応する。


 コウは染み入るようなその言葉に震えが落ち着いた。自分は守れなかったのに、それでも仲間だと助けてくれるユートがそこにはいる。ハルキに散々言われたことを思い出しながら、握り締めた拳にさらに力を入れた。


 アズヴェルはユートの攻撃に少し押され気味になると、何故(なぜ)か歯を見せて笑った。まさに嘲笑(ちょうしょう)の顔である。


「仲間、ねぇ。君がそんなものを作っている間に、シャーロットがどんな目に遭っていたか分かっているのかな?」


 突然投げかけられた話題に、ユートは手を(ゆる)めることはなくとも、確かに興味を示した。まるで釣り針の餌に食らいつく魚の気配を感じたかのように、アズヴェルはしめたと話を続ける。


「あの子、目が赤いのはなんでだと思う? 天使はみんな、君みたいに青い瞳なのに」


 何かを含む言い口に、ユートは嫌な予感がした。動揺すれば相手の手の内と分かっていても、剣を握る力が過剰に入る。


 コウも会話は聞こえないながらも、二人の様子がおかしいことに気付いた。ユートが自分の術中に、片足を入れたこととアズヴェルは短く笑う。


「染められたんだよ、悪魔の魔力に。どうやって? 接触だよ。触るだけでもいいんだけど、もっと効率的なやり方があって……」


 アズヴェルの顔は、まさに悪魔という呼び名が相応しいものになっていた。卑劣(ひれつ)なその表情に、ユートは最悪な想像が湧き出す。剣は先を大きく震わせた。


「いやぁ、可哀想だよね。弱い所を容赦なく(なぶ)られて、溺れさせられたんだ。苦痛に恐怖、屈辱と……望んでもいない快ら──」


「黙れえッ!!」


 興奮した様子のアズヴェルがすべて話す前に、ユートは()っていた剣を振りほどき、怒りのままに振り回す。想像以上の攻撃にアズヴェルは体勢を崩すも、作戦が実ったことに満足げな顔をした。


 ユートの鬼気迫る気配に、コウは身体の痺れまで覚える。しかし、そのままにはしておけなかった。


「っ、馬鹿が、怒り任せじゃ……」


 まだ震える脚を叩き、コウは立ち上がる。落としたサーベルを握ると、先程受けた攻撃の重みが帰ってくるようだった。


 手は大きく震える。力が入らない。白い刃には、泣きそうな自分の顔が映った。だが、逃げることは許されない。


「──ユートたちを頼んだ」


 彼を立ち上がらせるのはハルキから貰った言葉だった。そこで自分が、誓いを立てたことを思い出す。


「俺は、ハルキさんに……教えてもらったんだ」


 体力の消耗など少しも頭に残っていないユートを見て、コウは拳に力を入れた。そこには、託されたものが強く宿る。


「仲間を守るための、剣を……!」


 緑玉の瞳に光が戻り、コウは強く地面を踏み締めた。


 敵の動きも見ていないがむしゃらなユートに、アズヴェルは余裕の表情を見せる。ユートの攻撃は激しくも、隙だらけだった。


 潮時だと言わんばかりに、アズヴェルはユートの(ふところ)に剣先を向ける。ユートはすでに防御も忘れて、相手の思うままに攻撃を受けた。


 そんな未来を、コウが切り裂く。ユートしか眼中に入れていなかったアズヴェルの肩口には、赤い線が入った。アズヴェルの顔が、初めて僅かに歪む。


「くっ……ははっ! もう動けないのかと思ったよ、人間」


「あ? 舐めてんなよ、俺の名前はコウだ」


 二人の間に入るコウだったが、ユートの瞳はまだ怒りで満ちていた。今にも、魔法でも何でも使って、アズヴェルを殺そうとする殺意。それがコウの背中を刺す。


「ユート! 乗せられてんじゃねえよ!」


 その殺気を跳ね返すような気迫を込めた声で、コウはユートの名を呼んだ。ユートはハッと顔を上げ、その顔を見る。


「踊らされるな! シャーロットを助けなきゃいけねえんだろ? ここで本気出して何になる!」


 真っ直ぐに輝く緑玉に、恐ろしい自分の顔が映ってようやくユートは目が覚めた。ここで体力も魔力も消費してはいけない。目的はアズヴェルの殺害ではないのだ。


 ユートが目を覚ましたことを確認すると、コウは敵を見据えてユートを振り返ることは無くなった。


「っても、情けねえとこ見せたのは俺か。もう大丈夫だユート。仲間なら……」


 ユートが再び剣を構えたところでコウは告げる。その背中はもう少しも震えていない。むしろ、憧れであるハルキによく似た、逞しい背中だった。


「仲間なら、信じてくれ」


「……うん! オレは後ろで、万が一に備えるだけにするよ」


 ユートの返事を背に受け、コウの身体にはさらに力が湧くようだ。アズヴェルは肩の傷が治ったことを確認すると、舌なめずりしてコウの顔を見た。


「まだまだ楽しませてくれるってことね」


「あんたが楽しめるかは、分からねえけどな」


 遠くで見守っていたサナもライフルを取り出して戦況を見る。ユーナは待ち受けるその時に向け、ロッドを握り締めた。


 戦いの火蓋はまだ開いたばかり。悪魔のアズヴェルとの最終決戦、そしてシャーロットを救うのはこれからだ。

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