10-2
日が昇って、一番高くに太陽が上がった正午。ルトは茂みから頭を出して、様子を伺っていた。
見えているのは山小屋である。木こりのものかと思うほど、自然に馴染んでいる小屋だった。しかし、それが悪魔たちの住処の入口であることは、彼らの腰に携えられた禍々しい武器でわかる。
「ルト、番は」
「三人。油断し切ってるよ」
「よし、総員集合。最終確認だ」
ハルキの号令でその場に集まっていた兵士と冒険者四人が耳を傾けた。
作戦は以下の通り。兵士団のうちルトが率いる主力班が先陣を切って、敵の拠点に切り込む。そこで空いた穴から各班が侵入し、随所で悪魔を足止めし、冒険者組をシャーロットのいる場所まで辿り着かせる寸法であった。
「シャーロットの位置次第では、あたしたちが挟み撃ちに合う可能性もある作戦……やっぱ賭けだね」
「敵の正確な配置が分かればもっと楽なんだが、情報が少ない今はこれが最善だろう。お前たちの実力を信じて、しらみ潰し作戦だ」
改めて言われた作戦の危うさにサナが不安を表に出すも、ハルキは大丈夫だと言い切る。しかし、軽薄な表情は見せなくなった。命を預かる立場として、彼も真剣である。
「手が空いた班から順に最深部まで攻めるから、ユートたちのフォローはできる。だが無茶はするな」
ハルキは人差し指を立てると、声を低くした。この作戦の核はその所要時間である。
「相手に増援を呼ばれたら終わりだ。悪魔の戦闘部隊相手だと、俺たちでも手に負えなくなる……判断の速さが肝だ」
「さっさと制圧して、さっさとシャーロットを取り返して、さっさとお暇する……俺はこういうの得意だぜ」
昨夜の自信なさげな嘆きとは打って変わり、コウは誇らしげに胸を張って見せた。皆がそれに頷き、ハルキが構える。
静かな作戦開始の合図がされた。その瞬間、ルトが音もなく飛び出し、目にも止まらぬ早さで門番の三人を斬り伏せる。短い悲鳴が木々を揺らすも、止まった時の中で行われたかの如く、速く美しい剣技であった。
ルトは身体を翻し、地に足をつけると、手招きして班員を中に入れさせる。冒険者たちはその一連の流れに唖然としていた。
「……班って、なんだったっけハルキさん。復習したいぜ」
「ルト様お独りでも制圧できそうです……」
「まあ、ルトは悪魔殺しって呼ばれているバケモンだからな。ほれ、ぼーっとするな。俺たちも続くぞ」
ハルキに急かされ、冒険者たちも悪魔の住処に侵入を果たす。
彼らが入ったその場所を例えるなら、蟻の巣。短い廊下に二つや三つ部屋があり、すぐに階段を降りたかと思えば同じようなフロアが何層か続いた。
しかし、入っただけでは全体の複雑さは分からない。その中で、ハルキは入った瞬間に周りを見渡し、瞼を閉じると耳を澄ませた。
「階層は五つ、各階に最大でも四つの部屋……最深に広い空間があるな」
「……は? なんでわかるの、この人」
「ハルキもバケモノだよね……オレは二人のバケモノに育てられたんだね……」
ユートが僅かな憂いを見せているのも気にせず、ハルキとその他の兵士たちは静かに入っていく。その間、二人ずつで部屋に入り、少しの物音と悲鳴を響かせた。悲鳴はどれも隙をつかれた悪魔のものらしい。
順調な制圧がそこで繰り広げられていた。冒険者たちが共にした訓練だけでは分からなかった、兵士たちの仕事の速さに気を取られる。
「そういえば、カストルさんは何処にいるの?」
「外で待機している。万が一、増援でも呼ばれたら俺たちが追い詰められるからな」
「不測の事態にも対応済みって訳か……すげえな」
しかし、そこまで事が上手く進むほど、悪魔というものは簡単な相手ではなかった。
抜けていた気を呼び戻すかのように、三階層に入ったところで甲高い音が響く。どこか焦燥感が掻き立てられる音に、コウは小さく声を上げた。
「チッ、警報鳴らされたか。冒険者組、このまま走り抜けろ! 殿はサナがつけ。コウ、お前は先頭だ。躊躇うなよ!」
「「おう!」」
ハルキが走りながら振り返り、そう指示を残すと四人に道を譲る。四人はそれを振り返らずに返事をして足を速めた。背後では敵の侵入に気づいた悪魔たちが兵士たちと衝突する。
「今まで出会った悪魔で多分七割……次の階層、潰していかないとだね」
「へっ、警報が鳴ったんだ。相手さんから飛び出してくるから楽ちん楽ちん」
「どんどん倒していこー!」
「私たちはセーブだよ、ユート!」
階段を駆け下りる中、そんな陽気な会話を交わした。しかし、四人とも緊張で顔が引き攣っている。
兵士たちの援護は得られるが、いつどこから現れてくるか分からない敵に自分たちで対処しなければいけない。初めての悪魔の軍勢との戦いは、心構えだけで容易くなるものではないのだ。
コウは武器を回して持ち直し、真っ先に階下へと踏み入った。
着地した彼に即座に斬撃が降り注ぐ。サナがすぐさま拳銃を構えるも、その斬撃は既に跳ね返されていた。
コウはサーベルで弧を描き、目の前の敵を切り込む。そのあまりのコウの素速さに、後からついていた三人は目を丸くした。
「おい、ぼけっとするな! 前から来るやつらは俺が片付けるから、サナは追っ手を気にしてくれ!」
まるで、指揮官が隊員たちの士気をあげるように、コウは拳を突き上げると、声高に言い放つ。そして、前へと走り出した。
低い姿勢で減速の余地もないその走りには、一切の躊躇いがない。
「やるじゃん……フォローする! ユートとユーナはコウに続いて」
サナは小さく笑うと、まだ動きが止まっている双子の背を叩いた。
コウの頭の中はハルキから教わった言葉ばかりだ。コウが取りこぼしたら後ろに被害が出る。その緊張感でサーベルを握る手には汗が滲んだ。
しかし、それ以上に止める気のないその動きは、皆を守りたいという想いと、戦いが引き出す高揚感によるもの。
「はっ、なんかすっげえ調子良いわ!」
コウは身体が熱くなっていくのを感じながら、目の前の敵を斬り進む。その顔は緊張で強ばったものでも、苦しげなものでもない。頬を赤らめ、笑っていた。
コウは武器を構え迫ってくる悪魔に足元から切り込んだかと思えば、跳躍し背後に回る。重力なんてものが彼には作用していないかのように、壁に足を掛けては悪魔の頭から旋撃を回し落とした。
「悪魔は軽い怪我じゃすぐ治るらしい、致命傷を与え続けろよサナ!」
「わかってるよ、そんなこと!」
コウの舞うような剣技に見蕩れる暇はない。サナはコウが捌ききれない悪魔たちの頭を拳銃で正確に三度撃ち抜くと、背後で悶えている者にも容赦なく弾丸を送った。間で守られるユートとユーナは武器を持て余している。
「あの悪魔相手に、圧倒してる……」
「この一ヶ月で、二人はもっと強くなったのですね……私たちも負けられないよ、ユート!」
ユーナがロッドを握って見せると、ユートは強く頷いた。コウが切り開いた先には階段が見える。ハルキが言うには、その下はここまでとは違う広い空間が広がる場所。
シャーロットにはまだ会っていない。そこにいるかは定かではないが、双子はそこにいるという確信があった。理屈で説明できない直感や繋がりを、階下に覚えているのだ。
「……よし、上から降りてこない限り、この階はもう悪魔もいないだろ」
「訓練場とかなのかな、この下……ユートもユーナも、一旦息整えてから進もう」
敵を掃討した二人がそのフロアを探索してから言う。コウは血塗れだが、少し息が上がっているだけで無傷だった。サナも拳銃に弾丸を込め、得物を確認している。準備は皆、万全に仕上がっていた。
「……二人とも、ありがとうございます」
「まだ感謝は早いって。そうだ、作戦を確認しよう。あのお付の悪魔もここまで見てないと思うから、奴がいたら俺たちが足止めする」
「うん。そして隙があればシャーロットに、ユーナとオレが光の魔法を使うよ」
四人は円を描くように身を寄せあう。そして、最後の作戦会議をした。
光の魔法は一度きり。ここで失敗すれば、シャーロットは助けられない。ユートとユーナには再び緊張が湧き上がっていた。固く口を結ぶ二人に、コウとサナはその背中を叩く。
「もし失敗したら、すぐに退散しよう」
「生きてりゃ何度でも立ち向かえるぜ、な?」
二人の笑顔の励ましに、双子は思わず涙が込み上げてきた。ここまで来るにも二人には苦労をかけたというのに、また挑めばいいと言ってくれるその逞しさ。ユートとユーナにとってそれがどれだけ頼りになるか。
背中を押されて気持ちが固まった双子は、目元を軽く擦ると潤んだ視線を合わせて頷く。
「……二人とも、この後が本番だ」
「最後まで……よろしくお願いします!」
二人の決意が籠った言葉に、コウとサナは短く肯定の返事をすると、階段に足を向けた。
四人の足音が暗闇に響く。やはり今までとは違って、音がよく響く大きな空間がそこにはあるらしい。先頭を行くコウは慎重に暗闇を進んだ。
「炎魔法で照らそうか」
ユートがそういうと、手のひらを上に向け短く詠唱をする。すると、淡い灯りが辺りを照らした。サナはそれに目を細めて振り返る。
「消耗するんじゃないの?」
「炎魔法なら大丈夫! 光魔法と一緒に鍛えたから、前より楽なんだ。それに、明かりがあるとなんだか元気出るよね」
「うん、安心するね」
ユートの手元から放たれる柔らかい光で、ユーナは長く息を吐いた。皆、待ち受けるものに対して恐れもなく、落ち着いている。
そうしてペースを落とすことなく、階段の最後に辿り着くと、大きな両開きの扉があった。
「……いかにも、って感じだな?」
「開けよう。重いだろうからコウ、一緒にいい?」
「おうよ」
ユートが扉に手を当てると、コウも手を掛ける。二人で息を合わせて押し出すと、扉は地を擦る音を響かせながら、その先の景色を垣間見させた。
無骨な洞窟をそのままにしたような広い部屋、明かりは壁に点々と置かれた松明の淡い光のみ。そんな空間の中央に、横たわる銀髪が見える。そして、それを見下ろすように立っている見覚えのある男。
「やあ。やっぱり君たちか、天使ちゃん」
「シャロ、どうして眠って……」
「いやさぁ、ここのところ消耗したから、ね。今は眠ってもらっているんだよ」
悪魔は呆れたと肩を竦め、四人に身体を向けた。四人は咄嗟に武器を構えて、警戒態勢になる。
「まだまともに名乗り合いもしたことないんだ。まだ戦うには早いでしょ。俺はアズヴェル……アズヴェル・リグド・ゴルゴゼーラ」
そう名乗るとアズヴェルは華麗にお辞儀して見せた。その姿は荒々しい悪魔の印象とはかけ離れている。




