10話-1 戦闘開始
遥か高くまで広がる青い空の下。コルアン王国の中心都市の一つであるクラティクトには、白亜の砦と呼ばれるコルアン王国第一地区兵士団拠点が聳え立つ。
兵士たちの憩いの場であり、この地区の守りの要とも言えるこの場所。兵士たちの木剣を打ち付け合う音と掛け声が毎日のように響いている。
そんな砦の一室。大きなテーブルを部屋の中央に置いて、それを囲うように兵士たちが集まり話し合う会議室で、コウは欠伸をした。
「そこぉ! 作戦会議中に眠気とは何たることか!」
「はいッ! すみませんハルキさん!」
「ハルキに似てきたね、コウ。ハルキもよくおっきなあくびしてるよ」
「言うなルト、示しがつかんだろ」
コルアン王国第一地区兵士団の幹部が集まっている部屋には、似つかわしくない緊張感の無さだった。
その中でユーナがトンとテーブルを叩くと、騒いでいた男たちがびくりと肩を跳ねさせる。
「……ご静粛になさってください」
「失礼いたしましたユーナ様」
「相変わらず切り替えがすげ……ごめんなヒメさん。えと、悪魔たちの住処にどう攻め込むかって話だよな」
ユートとユーナが天界から戻ったことで、シャーロット救出への一歩が踏み出せるようになった。しかし、敵はシャーロットと共にいた悪魔だけには留まらない。
「天界からの情報で奴らの根城が判明した。問題は敵の数だ。ルト、調査書を出せ」
「はいどうぞ。悪魔たちもすごいよね、地下に建物があるみたいで、中に百体は居る」
テーブルに出された紙面上には、悪魔たちの潜む地下の城と、推定されている数や目的などが書かれていた。
ユートはそれを手に取り上から下へと目線を動かす。そして、記載されている内容に首を傾げた。
「偵察している……?」
「そうだ。具体的に何を探っているのかは知らんが、集まっているのは戦闘向きの奴らじゃねぇ」
「私たちの記憶が戻ることを妨げたいようでした……探っていたのも私たちや祠のことかも知れません」
ユーナの考察にハルキはさすがと一言褒めると、改めて皆に耳を傾けるよう促すように手を叩く。その場にいた全員が彼に顔を向けた。
「ユートとユーナ様が記憶を取り戻し、天界へと戻ったことも気付いているだろう。というのも、この一ヶ月で目撃情報が増えた」
「ほっといても、戦うことになるってことっすか?」
「確実にな。だが、先手は取らせねぇ」
コウが恐ろしいと自分の身体を抱くようにして震える。しかし、ハルキはニヤリと片側の口角を上げて、自分の部下たちに目配せをした。
「ユートとユーナ様、そして愉快な仲間の二人がシャーロットの救出を目指す傍らで、俺たちは鬱陶しい他の悪魔を殲滅する」
ハルキはそう言うと、ユートの前に右手を差し出した。
「協力しようぜ、冒険者諸君」
「えっ! かのコルアン王国兵士団が、手伝ってくださるんですか……!?」
元々四人でどうにかしようと考えていた冒険者たち。しかし、なんという幸いなのか、大陸一と言われている武力の一片が、後ろ盾を務めると名乗り出たのだ。四人は思わず歓喜の拍手をする。
満足そうな顔でそれを受けるハルキを、他の幹部たちはやれやれと頭を抱えてみていた。
「団長が命じれば第一地区の全兵士が動く……が、実際はそこまで人員は割けない。期待させない方が良いかと」
「ツレねぇなぁカストル。お前だって、手伝いたくてうずうずしているくせに。だが、人員を大規模に出すことはできねぇのは確か」
ハルキは払うように手をはためかせると、真面目な声で冒険者たちに向かって言う。しかし、その表情にはまだ余裕が残っていた。
「百は無理だが、ここにいる幹部の……ミキとダイニィは非戦闘員だから留守番で。俺とルト、カストルに加えておまけで三十人は出す」
「ハルキにルト、カストル……三人だけでもすっごく助かる! やったね、みんな!」
留守番と言われ拗ねているミキとダイニィをよそに、ユートは顔を紅潮させてキラキラとした瞳で仲間たちにその感動を伝えた。
皆も訓練を経てその実力を知っている。心強さに安堵を見せた。しかし、サナは少し心配そうな顔をする。
「数的には不利……相手は悪魔だよ。大丈夫なの?」
「流石だ。戦場というものをよく知っている、サナ嬢は」
「はいはい、光栄だよカストルさん……身内のために半端な人数出して、戦死者が出たらどう落とし前つけるの? 団長さんは」
サナの冷静な言葉に部屋の温度が下がったように静まった。しかし、ハルキはなおも笑顔である。そして、人差し指を立てると、リズムを刻むように左右へ動かした。煽られているようで、不快に思ったサナは口元に力が入った。
「舐めてもらっちゃ困るぜ嬢ちゃん。相手の戦闘能力を分析した上で、余裕のある人員配置だ。ま、それはそん時に見りゃわかる」
「……ねぇ、本当にこの人は大丈夫なの?」
「あの、サナちゃん。私に免じて、ハルキ様を信じてください」
なかなか折れないサナにユーナは困ったように宥める。
そうして、作戦はさらに詳しく練られて、来る戦いの時に備えることになった。
ユートたち四人は久しぶりに共に過ごす夜で、会話がいつもよりも弾ませる。場所は兵士団拠点内の寮の一室で狭い空間だったが、ランプを囲んでそれぞれが一ヶ月で貯めた話を解き放っていた。
「そう言えば、サナちゃんなんでハルキ様に食い下がっていたんですか?」
「俺も思ったわ。サナにしてはしつこかったな」
和気あいあいとした中で話題は先程の会議での出来事に変わる。真意を問われたサナはバツが悪そうに黙ると、大したことじゃないんだけどと返答を始めた。
それはユートとユーナが天界に戻る前、島の遺跡に向かった三人の背中を見送ったサナとハルキの会話の事だった。
「あの人に話をしたの。あたし真剣だったのに、笑い飛ばされたんだ。その時はあの人なりの励ましかと思ったけど……今更頭に来てる」
「何を話したんだよ」
コウがさらに深堀るとサナは言いづらそうに頬を掻く。しかし、腹を括ったのか一息吐き出すと、ぼそりと小さい声で明かした。
「誰かを助ける時、手を差し伸べることを気楽にやるのは失礼なのかって……簡単にやっていいのかって聞いたの」
「ふぅん、ハルキはなんて?」
「そんなこと考えたこともない。お前は繊細すぎる。そんなの好きにやれって……だから今回の協力も、なんも考えていないのかと」
サナの話に三人はポカンと呆けると、口元を抑えて震え出す。サナは瞬時に、全員から笑われていることに気づいた。身体が一気に熱くなり、特に顔にそれが集まっていくのを感じる。
「なんで笑うの! 真面目な話でしょ?!」
「いや……だって、ハルキさんの言う通りだなって……繊細、だよな、サナって……ぷふっ」
「コウ、あんたいつか必ず殺す」
笑い混じりにハルキを肯定するコウを、サナはこれまでにない殺気で睨みつけ、拳が軋むほど手を握った。しかし、ユーナまでもが笑っていると、自分がおかしいのかとサナはさらに顔を熱くする。
「サナちゃんはすごく優しいです。常に相手を思っているから、そういう心配が出るんですよ」
「買い被りすぎ……」
「オレ、サナのそういう所もかっこよくて好き!」
「テキトーに褒めないでよ、ばかユート」
怒られたと悲しい顔をするユートだったが、コウは終始、サナの反応を楽しそうに眺めていた。
しかし、和やかな雰囲気はユートの突然の思い出しによって壊されることになる。
「そういえば、二人に伝えておかないといけないことがあるんだ。すっかり忘れてた!」
そんな間抜けた語り口で始まったのはユートとユーナが修得した光の魔法の“弱点”だった。戦闘を共にする予定であるコウとサナはその事実に、開いた口が塞がらなくなる。
「魔力の消費が激しくて……」
「二分しか使えないし、一度きり……!?」
コウとサナはようやく動かした口で二人の発言を繰り返した。ユートとユーナは気まずそうに、身体を強ばらせて俯く。
「が、頑張って練習したんだけど……」
「本来、魔法は長い時間をかけて鍛錬しなければならなくて……今回は光魔法の修得が精一杯で、その余裕はなかったのです……」
「いや、それはいいの。なんで忘れてた?! さっきの会議で皆に共有すべきじゃね?!」
コウが激昂しながら糾弾するも、二人はコウとサナが知っていればいいと笑いながら言った。しかし、ハナから天使の強力な力を借りての戦闘ができると思っていた二人は、顔からみるみる血の気が引いていく。
「じゃ、じゃあ……ここぞと言う時まではユートとユーナはセーブした戦いで……」
「それまでは俺たちが悪魔と戦うってこと? いや無理だろ、ハルキさんに頼んで、今からでも人員引いてくる」
「それは無理だよ。兵士団はシャーロットとそのお付の悪魔以外を引き受けるんでしょ? 十分に手一杯。覚悟決めなよコウ」
立ち上がって扉に向かうコウをサナが引き止めた。明日自分は死ぬんだとコウは叫んでいる。ユートはさすがに申し訳なくなった。
「上手くいけば、最初にシャロ一人だけに会えるかも。そしたらいきなり光の魔法を発動させて大丈夫だし、すぐに目的達成だよ」
「囚われの姫を一人にするバカが悪魔にいるならいいだろうな! もういい! 伊達にこの一ヶ月鍛えてねえから頑張るよ俺もぉ!」
ユートなりの懸命な慰めにコウは気が落ち着いたのか、はたまたもう諦めたのか。改めて覚悟を声に出すと、もう寝ると布団の支度をした。
罪悪感に萎んでしまった双子の頭に、サナは手を乗せる。
「あんなこと言っても、やる時はやるやつなのはもうわかってるでしょ。大丈夫だよ、二人とも。明日はあたしたちに任せて」
「サナちゃん……ありがとう」
「サナは本当にかっこいいよぉ」
「こら、泣くのはシャーロットを助けてから。あたしたちも寝よう」
サナの思いやりに涙が込み上げてくる二人だったが、言われた通り泣くのはまだ早い。目元を強く擦ると、三人も寝ることにした。




