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幕間4話-1 白亜の砦の住人

 そよぐ風が窓から吹き込んできた。木々の葉は揺れて、カサカサと音を立てている。


 四人で歩いてきた道はどこもこんな感じだったなんて、あたしは思い出していた。


 ユートとユーナが天界に戻ってから、三週間になる。ユートたちと過ごした旅路とほとんど変わらない時間なのに、その三週間はずっと長く感じた。


 いつか帰ってくるユートとユーナに恥ずかしくないよう、コルアンの兵士団拠点に通って、銃の名手であるカストルさんに鍛えてもらう。そんな毎日を過ごしてきた。


 でも、最近はその“いつか”が本当に来るのか、怖くなる。


 勿論、ユートもユーナも、大切な人を諦めるような考えの持ち主じゃない。だからきっと、目的のために帰ってくるはずなんだ。あたしはそう信じている。


 それでも、もしかしたら、天界に帰るまでに何か問題があったんじゃないか。家族に止められて、もうここには戻れなくなったんじゃないか。


 そんなことを無駄に長い時間のせいで、ぐるぐると考えさせられた。鍛錬をしていても、覗いたスコープが歪むような感覚さえ覚える。


「サナぁ、いるか?」


 あたしがとぐろを巻く思考に息を吐くと、扉の向こうから声が響いた。もうすっかり聞き慣れたコウの声だ。きっと、一緒に鍛錬に行こうって、いつもの誘いだろう。無下(むげ)にするとそれはそれで面倒なことになるから、あたしは扉を開けに行った。


「そろそろ鍛錬いくって誘いでしょ?」


「ん、いやぁ。今日はハルキさんの手伝いしなきゃいけなくて、サナも助けてくれねえかなって」


 視線を宙に彷徨(さまよ)わせながら、コウは少し気まずそうに答える。想像もしてなかった回答に、あたしは首を傾げた。


 ハルキさんの頼みって、あんたが頼まれたことにあたしを巻き込まないで欲しいんだけど。まあ、生憎(あいにく)断る理由もない。


「何をさせられるのか知らないけど、どうせ拠点に行くんだし、いいよ。面倒事なら断るかもしれないけど」


「おう! じゃ、行こうぜ」


 コウはあからさまに喜んで見せて、腰を弾ませながら階段に向かって行った。なに、相当に面倒なことが待ってるわけ? あたしはちょっと後悔を覚える。


 でも、嬉しそうにするコウを今更裏切るのも(しゃく)だから、黙ってその背を追いかけた。


「よぉ、来たか小悪党二人組。人助けの時間だぜ、早速ルトのところに行ってこい」


 コウに連れられて兵士団拠点の団長執務室に入ると、せかせかと書類を片付けていたハルキさんにそう言われる。まあ、目に見えて忙しいのがわかった。いつも計画的に仕事を進めている人が、珍しいものだね。


「何をさせられるのか、聞いてもいい?」


「簡単に言えば拠点の整備だ。内勤部隊の仕事で、決まった日までに遂行事項を済ませにゃならんのだが」


 あたしが内容を聞くと、ハルキさんはちらっとこっちを見て答えてくれた。その声はどこかバツが悪そうに小さくなる。そんな姿を見るのはコウも初めてみたいで、目元に皺を寄せていた。


「その進捗(しんちょく)が悪い。それで、他の部隊も総出で手伝ってるわけ。鍛錬していられねぇから、お前らも手伝え」


「ふぅん、意外とおざなりなんだなぁ。そういうの、しっかり管理してそうなのに」


「いやぁ、前まではしっかりしてる内勤部隊長のお陰で、こんなことにはならなかったんだが……ま、そんなことはいいから早く行け」


 そう言うハルキさんは一瞬だけ、仄暗い顔を見せる。今はいない内勤部隊長……何があったのかは知らないけど、明るい話じゃなさそうだった。


 あたしがそれに言及しようとすると、その隙を与えないようにハルキさんはあたしたちを手で払う。ちょっと、頼む立場としては相応(ふさわ)しくないんじゃない?


 なんて突っ込む暇もなく、コウに腕を引っ張られた。ほんと、あんたってハルキさん相手には忠犬よね。


「お、来た。ここでは武器の管理、手伝ってもらうよ。ダイニィ、布巾と手袋」


「あいあーい! じゃ、これ付けてねぇ……手切っちゃわないように。二人には武器庫の中で武器を磨いて欲しいの。あ、持ち出し厳禁ね!」


 ハルキさんに言われた場所に着くと、ルトさんの他にダイニィさんがいた。


 ダイニィさんはあたしたちの手に革の手袋をはめると、仕事内容を教えてくれる。武器磨きか、それならいつもやってるから苦じゃない。コウはと言うと、嫌そうな顔をしていた。


「コウ、中はお宝だらけだよ。楽しいから」


 げんなりとするコウを、ルトさんが励ますように言う。コウはそれには素直に目を輝かせて、手をはくはくと動かした。


 いや、あんた盗むんじゃないでしょうね。なんて、あたしが言う前に、ダイニィさんが睨みを効かせた。さすが、コルアンの兵士だこと。


「コウくーん、一本たりとも盗まないでよ!? 即! 即逮捕!! だからね!」


「盗まねえですよ! そんな馬鹿なことしたら、ハルキさんに殺されちまう」


 コウは自分の身体を抱いて震えて見せた。確かに、逮捕なんて生ぬるい結末にはならないだろうね。あのハルキさんだもん。


 一悶着(ひともんちゃく)終えて、あたしたちは武器庫に入った。


 そこは言われた通り、武器の宝箱。あたしは伝説だとか、(いわ)く付きとかは知らないけど、名工の武器が揃っているのは分かった。


 こういう武器収集も、兵士団の仕事なんだっけ。コウはと言うと、苦しげに唇を噛み締めている。


「……あたしが止めてあげるから」


「くっ、血には抗えねえ! ホントに止めてくれよな!? ユートたちが帰ってきて、俺が捕まりましたとか、笑えねえ!」


 どうやら、宝の山を目の前にして、盗賊としての血が騒ぐみたいだった。重大な任務を与えられちゃったな。ま、コウを気絶させるくらいは難なくできる。


「ほえー、これって最初に悪魔を討伐したって噂の剣だ」


 黙々と剣や斧を磨いていると、コウが感嘆の声を混じえて呟いた。見た目だけだと、装飾が無駄に凝った普通の剣だ。あたしには見ただけじゃ、そんなエピソード分からない。


「ここの兎の意匠(いしょう)が特徴なんだ。突然現れた悪魔に対して弱かった人間が、一矢報いるんだ……って意味を込めて、兎にしたんだと」


「詳しいんだね」


「そりゃあ、世の中の価値あるものには目を光らせてるぜ? ってのは建前で、好きなんだ。この剣の使い手の物語がさ」


 そう語るコウの目は、さっきまでとは違う輝きを含んでいた。まるで子どもが、英雄譚に目を輝かせるのと同じだ。そこには純粋な憧れしかない。あたしには無い光だね。


「二人とも、お疲れ様。あとはおれたちだけでもできるから、次に行って」


「次はミキとカストルのところだよー! 体力仕事だから、ガンバってねぇ」


 コウの話に聞き入っていると、ルトさんの声で意識が引き戻された。どうやら、一個目の手伝いは完了したらしい。コウは少しだけ物足りなさそうに唇を尖らせた。


「まだ武器触っていたいなら、あたしだけ行こうか?」


「や、ブレーキがいなくなるの怖いし、体力仕事なら俺がいた方がいいっしょ」


 あたしが気を利かせると、コウは首を振って立ち上がる。体力ならあたしも自信あるけど、妙なところで強がりをするんだよね、コウって。まあ、本人がいいって言うなら、あたしもついて行くだけだった。


「コウくん、サナさん。よく来てくれました! さ、ここではお掃除ですよ」


 三角巾にエプロンを着けたミキさんが、(ほうき)を振る動きをしながらあたしたちに言う。この人、主婦らしい格好すると流石に様になるな。


 そして、その隣で黙々と窓を磨くあたしの師……カストルさんは、とことん似合わない。コウもそれがおかしかったのか、肩を震わせている。とりあえず小突いておこう。一応弟子として、師の威厳(いげん)を守らないとね。


「はい、じゃあ二人はモップがけ。ひとまずこの廊下をぐるーっと!」


「えっ、この長え廊下を二人で?!」


 ミキさんが指差した方を見ると、どこまでも続いているようにまで見える真白な廊下が目に刺さった。これは、本当に体力仕事だ。


「コウ、よろしく」


「逃がさねえよ!? そうだ、競走しようぜサナ! どっちが速く端まで行けるか、モップかけながら!」


「おっ、いいですね! 本来廊下は走らないでと怒るところですけど、今回限り転ばなければよしとします。じゃ、よーいドーン!!」


 コウのガキみたいな提案に、ミキさんがちゃっかり乗ってしまった。そして始まった競走に、あたしたちは急いでモップを絞って走り出す。


 別に、こんな勝負に負けたって構わないよ。でも、あとからコウにとやかく言われる隙は与えたくない。


 あたしが僅差で勝利を収めた頃、ミキさんがあたしたちにタオルを渡してくれた。そういえば、額から落ちた汗まで拭く羽目になっている。


 やっぱり乗るんじゃなかったな、こんなくだらない勝負。前のあたしなら、こんなのやらなかったのに……楽しいからいいけど。


「元気ですねぇ。でも、ちょっと休憩しましょうか」


「っす……じゃ、一旦バケツの水捨ててモップも洗うか、サナ」


「うん、そうだね」


 コウに頷いて、あたしは足元に置いてあったバケツの取ってを握り持った。その瞬間、横から伸びてきた手にバケツを掠め取られる。見上げると、コウがモップを差し出してきた。


「こっちの方が持ちやすいだろ? 銃みたいに細長いし、そんなに重くない」


「……あんたねぇ、あたしだってバケツの一つや二つくらいは簡単に持てるよ」


 舐められたような気分でコウを睨むと、コウはニッカリ笑ってバケツを持って行ってしまう。あたしは倒れかかったモップを拾うのに必死になって、それ以上は突っ込めなかった。本当に、変なところで強がる。


「ふふ、女の子に重たいのは持たせたくないんでしょうね」


「あたしが普段背負ってる相棒、すっごく重いんだけど?」


「まあまあ、甘えてあげるのも大事ですよ」


 ミキさんはそう言うと、口に手を当てて小さく笑った。甘えてあげる……か。確かに、気をよくしてやるのもたまにはいい。


 しかしながら、あの顔には下心を感じ取れなかった。何考えているのか分からない……いや、何も考えていなかったかも。


 掃除道具を洗い終えて、ミキさんの言う通り少し休んだ。

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