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9-3

 ユートとユーナの背を見送ってから長い月日が経ち、サナは窓の外から空を眺めて過ごす時間が増えた。


 コウが声をかけても、気付かないのか全く反応を示さない。殺し屋だった彼女を思うと、それは隙が大きいという前代未聞の異常事態だった。


「──サナ、呼んでるんだよ」


「え、あぁ。ごめん」


「簡単に謝るなんてらしくねえな」


 そう言いながら、コウは持ってきた食事を差し出し、隣に座る。


 一ヶ月間、双子の帰りを待ちながら、来る戦いに向けて二人は支度を続けていた。しかしここ数日、サナが稽古に身が入らないと言い出し、ルトの家で一人過ごしている。


 本当に二人が戻ってくるのか、不安なのだろう。コウはその気持ちを汲んでいた。しかし、放っておくわけにもいかない。


「なあ、そんな風に過ごしていたら気が滅入っちまうだろ。散歩でも行かね?」


「……散歩、ね。行こう」


「これまたらしくないな……じゃあ準備してくれ。俺は下で待ってるわ」


 提案には乗っても意識は上の空なサナを見て、コウはそっと扉を閉めた。


「さな、どお? げんきなった?」


 階段を降りたコウを、この家の住人であるミトが待ち受ける。丸い蒼玉石の瞳には、力無く笑うコウの顔が映った。


「うぅん、ちょっと厳しいな。どうすれば元気出してくれるかね」


 コウが目線を幼い背丈に合わせてから言うと、ミトは唸るように考える。そして、コウに向かって両腕を広げて見せた。


「みとはね、ぎゅーってするの、げんきでる!」


「俺が抱きしめたら殺されちまうよ」


「ええ? だめ?」


 無邪気な声色でコウに聞き返すミトに、コウは少し黙ってから、突然吹き出す。何を笑われたのか分からないミトは拗ねたようで、小さな手でコウの頭を叩いた。


「いでっ、ごめんって。変な想像したら笑っちまったの」


 コウがミトの提案に、ふと想像したのは大人しく抱き締められるサナの姿だ。今の落ち込み具合だと、有り得るイメージで思わず笑いが溢れた。ミトはそれに首を傾げると、再び頭を抱えて元気の出し方を考え始める。


「あとねぇ、みと、すきなひといっしょだとげんきでる!」


「……やっぱそうだよな。ユートにヒメさん、いつになったら帰ってくるんだ」


 コウは外に繋がる扉を眺めると、それが開いて二人が顔を出す様を頭に描いた。それも、想像に容易いのだが、実際に現実になる確証は無い。


 故郷に戻ったからと、もうここに帰ってこないかもしれなかった。そんな薄情な二人では無いが、何かが起きればありえないことではない。


 シャーロットは救えないと言われてしまって、もう諦めてしまったのかも。それより、天界に向かうまでに事故があって、もうこの世界のどこにもいないとか……コウはそんな数多の可能性を考えてしまう。


 くだらない思考だと頭を振るも、捨てきれない自分がいるのは知っていた。


「何してるの。行くんでしょ、散歩」


「お、おう……早いな。よし、ミトは留守番よろしく」


 サナの登場に背筋が伸ばすコウは振り返り、無表情な彼女の心情をしばらく見る。それを心配そうに見上げるミトの頭を、軽く撫でながら立ち上がった。いってらっしゃあいと、気の抜けた返事をするミトは小さな手を細やかに振る。


 山を降りて、街に出た二人は一通り売店を回った。コウは目に付いたものがある度に足を止めたが、これといった会話はない。すれ違う人々の笑い声を聴きながら、ひたすらに時間の流れに身を任せた。


 しばらく歩いていると、サナは立ち止まってしまう。


「……どした?」


「疲れたしお腹空いた。あんたああいうの好きでしょ? 入ろう」


 そう言ってサナが指差したのは、スパイスチキンと書かれた看板だった。コウはその提案に思わず口を開けたまま固まる。


「……なに、あほコウ」


「や、なんでサナは俺の好きな物を知ってるんだろうなぁって」


「……別に、見ていれば分かる」


 コウはサナの前で好物である辛いものなど、食べたことがあっただろうかと思考を巡らせた。その様子に嫌気が差したのか、サナはコウの手首を掴むと、店に引き込む。


「……じゃ、俺はこのプレートで。サナは?」


「……紅茶を一杯」


「いや飯食えよ。このサンドイッチと紅茶で」


 昼も過ぎた頃だったからか、店の中は空いていて静かだった。


 店の主は注文を聞くと、そそくさと厨房に持ち帰る。しんとした店の中で、暇を持て余したコウが息を吐く音だけ響いた。


「……あの、心配だよな。二人のこと」


 手頃な話題が用意できず、コウはとりあえず口を開く。しかし不発だったのか、サナは答えずに机の角を見つめていた。コウはその様子に、慎重に言葉を選ぶ。


 根拠の無い励ましは嬉しくないだろう。しかし、喝を入れてやるにはサナは弱っている。心無しか、指が少し細くなった。先程のことも思うと、何かを口に入れても、飲み込むまで辿り着けないことがしばしばあるようだ。


 そんな状態のサナに、なんて言ってやればいいのだろうか。


「そういや、前にもあったな。こんなこと」


「……ん?」


 コウは自分の意図しない言葉が口から落ちた。それに紫石英(しせきえい)の瞳をサナが向ける。


 意図しなかったとは言え、サナが興味を示してしまったからには話をした方がいいだろう。そう思い至ったコウは、ほんの少し前のような、しかしずっと遠い過去のようなその日を思い出して語った。


「ユートとヒメさんに会って、二人が天使だってことを知った時のこと。あの時も、何を言ってやればいいか、すっげえ考えたなって」


「……あんたにしては繊細。いや、そういうやつだねコウは」


 サナは目線を落として話すコウに素直な印象を伝える。コウは見透かされたようなその態度に苦笑いしてみせた。なんだか、気恥しさが顔を熱くする。


「で、その時どうしたの?」


「聞いてどうするんだか。素直に思ったことを言ったよ……んなことはどうでもいいって」


「は? 最低」


 正直に話したコウに、サナから酷評(こくひょう)を突きつけられた。コウはしゅんと項垂れる。


 しかし、その時も今も、彼に求められているものは変わらない。


「……サナ、二人は戻ってくるか分からない。帰ってくるとは言われたけどさ……確実なものではないとは思うんだ、俺も」


 コウは自分がこの一ヶ月で考えていることをはっきりと言った。サナはその言葉に口元を固く締める。しかし、コウが言いたいことはまだ半分にも満たなかった。


「でも、それって関係ねえよ。サナはあの時、二人に言ったよな? 待ってるって。まだ冒険したいって」


「……言った」


「じゃあ、ちゃんと待たなきゃ駄目だろ。二人がどうするかなんて関係ねえの。お前が決めたことを貫けよ」


 そう言うと、コウはちょうど運ばれてきたサンドイッチをサナの前に突き出す。サナはその言葉で、虚ろだった紫石英の瞳に僅かな光を戻した。


「待ってるって言ったのに、飯も食えずに元気も出ねえなんて言ってみろ。無責任だぞ。二人が悲しむ」


 コウは責めるような言葉を選び取ったが、その声色は穏やかだ。サナはそんな不器用な話し方に、口角を上げた。


「説教下手だね。ハルキさんの真似?」


「ちげーし。俺の本音だよ」


 鼻で笑うサナにコウは照れながら睨む。恥ずかしさを掻き消すように、テーブルに置かれたチキンに噛み付いた。しかし、チキンはまだ熱く、口から零してしまう。


 宙を回ったチキンは机上で暴れた。その拍子に水まで倒す。コップから暴れ出た水はテーブル一面を濡らした。


「うっわ! ごめんごめん! もぉう、締まらねえな俺」


「……ふ、ふふふっ、ほんと、締まらないよね」


 慌てて頭に巻いていたバンダナを手に、テーブルを拭くコウにサナは笑う。抑えが効かないのか、身体を揺らしながら声を上げていた。久しぶりに見た笑う顔に、コウは思わず手が止まる。


「なに? 早く拭いてよ」


「おう……サナ、お前は笑ってた方がいいぞ」


「……そういうあんたは、ダサいバンダナなんて無い方がいいよ」


 緑玉の瞳を丸くして見つめるコウの額に、サナは人差し指を当てた。コウは濡れたバンダナに目を落とすと、事態に飛び出してきた店員に、捨ててくれとそれを渡す。


 その瞬間、コウは随分と頭が軽くなった気がした。サナも自分の頬に触れると、口角を落とさないようにと、眠った表情筋を緩り起こす。


 食事を終え、二人はコルアン兵士団拠点へと足を向けた。前よりも背中を伸ばし、前を見据えているサナと、バンダナを失くして胸を張るコウが並ぶ。


「腹が満たされると動きたくなるよなぁ、ハルキさん今日は忙しいかもしれねえけど」


「ハルキさんにフラれたら、あたしが相手してあげるよ」


「……そっちのが厳しそ」


「手加減してあげる」


 歩きながら軽口を言い合う二人は、拠点の門の前で立ち止まった。そこで待っていたものに、二人は目を見開く。


 そこには見慣れたはずなのに、他の世界から隔絶した二つの光が見えた。空から降り注ぐ太陽の光のような金色が風に揺れている。その輝くような二つの背中は、コウとサナを同時に振り返った。


「コウ! サナ! ちょうどいいところに!」


「お待たせいたしました! ユートとユーナ、ただいま戻りましたよ」


 両手を目一杯伸ばして振るユートと、(しと)やかに手をヒラヒラと揺らすユーナがそこには立つ。服装は見間違えるほどに美しいものを着飾っているが、何も変わりはない二人。


 コウとサナはその影に、思わず走り出した。そしてそのままの勢いで抱きつく。力の制御もできないほど、頭は再会の喜びでいっぱいになった。


「おっせえんだよお!! 心配しただろぉが!」


「無事でよかった。また会えて嬉しいよ……!」


 ユートとユーナには二人の顔が見えないながらも僅かに震える声に、ユートとユーナは優しくその背中に腕を回した。


「ただいま、待っていてくれてありがとう」


「私もまた会えて嬉しいよ。サナちゃん、コウ」


 四人の冒険者は、再び集い、また冒険を共にすることを改めて誓う。別れる前よりもずっと強く、成長と変化を迎えて。


 しかし、戦いはまだ始まってもいない。双子の取り戻すための冒険はようやくクライマックスなのだ。


 遥か昔のかけがえのない日常を取り戻すため、彼らは立ち向かう。



 ──────────────


 神々の繕う物語 第一章


 勇者と姫は自分探しの旅に出た



 新たな一歩 完


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いつもご高覧いただき誠にありがとうございます。

物語もついに終盤。最終決戦が待つだけになりました。

ここまでユートとユーナ、コウ、サナの4人の冒険を見守ってくださり、本当にありがとうございます。

いつか死んでしまう前に、中学生の時から愛してきた物語を形に残したいという一心で、この物語を書き始めたのがもう一年以上前ですが……誰かの手元にそれが届いているということ、未だに感動しています。

さぁ、取り戻す物語もあと少し。ぜひ最後まで4人を見守ってあげてください!

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