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8-3

 その瞬間、ユートとユーナは全てを思い出した。


 自分たちの誕生から、シャーロットとの出会い。楽しかったこと、苦しかったことの何もかもと……二人がこの地に堕ちたその経緯。失われていた記憶の全てを思い出したのだ。


 記憶が戻った感動に喜ぶこともなく、ユートは力無く膝をついた。冷たい地面に両手をつく。熱くなった目元から、落ちた涙が音を立てて手元を濡らした。


 湧き上がるのは達成感でも、取り戻したことによる安堵でもない。あの時にも強く感じた、現在に繋がる己の罪への後悔だった。悔しさが押し寄せるように湧いてきて、嗚咽(おえつ)をあげる。


「オレが、飛び出していかなければ……シャロは……!」


 ユートが息を詰まらせて涙ながらに吐き出した。ユーナはかける言葉が見つからず、唇を強く噛み締めてそれを見ていることしかできない。そのうちにも、ユートの負の感情はその身体の中を渦巻いた。


「オレのせい……オレのせいでこんなことに」


 叫ぶように泣くユートに、ユーナはしゃがんで背を撫でる。


 そんなことないと否定するのは彼を傷つけるだけ。自分はどうすればいいのか、ユーナは頭を必死に回して考えた。


 考えて、考えて、ひとつの言葉を思い出す。ハッとしたようにユーナは息を吸い直すと、ユートの肩を持って無理やり顔を上げさせた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったユートの顔を、ユーナは平手打ちする。


「……後悔が何になるの?」


「うぇ……?」


 ユーナらしさの欠片もない行動に、ユートは涙も止まってひたすら間抜けた声を出した。そんなユートに構うことなく、彼女は真剣な顔で続ける。


「後悔したところで今は変わらないの。どうにかしたいなら、泣くのなんて早くやめて、考えて、動かなきゃダメ!」


 普段のか細く柔らかな声とは全く違う、力の入ったユーナの声に、ユートは声も出なくなる。しかし、確実にその熱が胸に響いてくる。


「ユートはあの時よりもずっと強くなったの。自分のせいだなんて言わないで。そんなこと言う前に、姉様を助けることだけ考えなさい!」


 ユーナの鬼気迫る説得に、ユートは身体を起こして背筋を伸ばす。そして、いつもの元気が溢れる声を、息を大きく吸って用意して……


「はい!!」


 そう返事をした。そして、ニコッと歯を見せて笑うと、ユーナも穏やかな表情になる。


 心の準備はこれで完了した。あとは、謎を解き明かし、助ける方法を模索する必要がある。


「あの石は、悪魔の魔法による記憶の封印だった……ってことだよね。祠は……その浄化の機能があったとか?」


「ユーナ、頭いいね。じゃあシャロも祠に連れて行けば、記憶が戻るかも!」


 ユーナの考察にブンブンと首を縦に振りながら、ユートが感心して提案した。それに、ユーナは静かに首を横に振る。


「祠に連れて行くだけでは足りないよ。思い出して。姉様と最初に再会したのはどこ?」


「……祠の中だ……えー! なんでなんで?!」


 二人は違和感の壁に当たると、唸りながら悩んでしまった。答えを出すには知識が足りない。悪魔の魔法に関しても、巡ってきた祠やこの遺跡に対しても。


「そもそもこの遺跡……もしかして、天界にあった遺跡と同じ?」


「そういえば、見たことあるね。ユーナが見つけたんだっけ」


 あの時もシャーロットに連れ戻されたと、二人は懐かしみながら記憶を探った。天界にもある遺跡……繋がりがあるのは確かである。


「そういえば、天界への出入口にと無人の孤島に建造物を設け、旅の憩いの場として大陸に複製物を建てた……と、歴史書で読んだ覚えが」


「さすがユーナ! 勉強しててくれてありがとう!」


「ユートはしなさすぎなの」


 ユーナが思い出したのは、アンの王族として叩き込まれた勉学によるものだった。古い書籍にスケッチと共に、この地に天使のための施設を建てたという記述だ。そして、二人は遺跡の中心にある台座を見る。


「……ここが、天界への入口」


「天界に戻れば、何か得られるかもしれない。お父様やお母様なら……」


「迎えにも来てくれなかったけどね」


 ユートはそう言いながらぷっくと頬を膨らませた。ユーナは以前よりも余裕がありそうなその様子に、吹き出すように笑う。それにユートが怒ってから、二人は心を決めたように目を合わせ、取るべき行動のために立ち上がった。



「というわけで、天界に行ってみようと思うんだ!」


「遂に来たのか、この時が……どうするよサナぁ! 二人が帰っちまうよ!」


 ユートとユーナはコウを連れて浜辺まで戻ると、一頻(ひとしき)り説明と考察を述べる。その末に、決断を共有した。


 コウはショックと言わんばかりに嘆き、サナの腕を掴んでその身を揺らす。サナはうるさいとコウの頭へ平手打ちした。


「話を聞いていても、俺たちには解決策が出せそうにねぇからな。天界に戻るのは妥当だろう。気をつけて行って来いよ」


「ハルキさん! まだ送り出さないでくれよ!」


 あっさりとした様子のハルキにコウがツッコミを入れると、ユートとユーナは少し躊躇いを見せてから、口を開く。


「その……記憶を取り戻す旅はここで終わりです。この先は、私たちの個人的な戦いになると思われます。サナちゃんとコウはもう……」


 関係ない、と言おうとしたユーナを、彼女の顔の前に手を突き出してサナが制止した。


「待ってる。二人のこと」


 サナは真っ直ぐ二人を見て、そう言い放つ。その発言に戸惑った二人に、サナは真剣な顔を綻ばせ、優しく笑ってみせた。


「あたしさ、みんなのおかげで楽しいよ。最近はさ」


 サナは胸に手を当てながら、ここまでの道のりとそれ以前の人生に思いを馳せる。


 自分のやっていることに常に自問し、仕方がないのだと世界を灰色に塗って誤魔化してきた。それがここ最近の景色は色鮮やかに染まっている。


 ユートの破天荒な言動に、ユーナの癒されるような笑顔。不器用ながらも寄り添ってくれたコウ……三人と過ごす賑やかな日々が、サナの灰色に染まった心に色を付けたのだ。


「あたしはまだみんなとの冒険を続けたいの。だから二人の帰りを待って、最後まで着いていく。協力させてよ」


「もう関係ない、なんて言わせねえよ? ヒメさん、ユート。ここまで来たらさ、最後まで面倒見させろよ!」


 親指を立てて突き出すコウに、ユートとユーナは目を見開く。そして、力強く頷いた。また助けて欲しいと、背を向けて手を振る。そうして再び森の影に入っていく二人を見届けてから、コウとサナは息を吐いた。


「……よく言ったな、お前ら。ほれ、ここで待つわけにはいかねぇから帰るぞ」


「えっ、そしたらあの二人どうするんだよ」


「そりゃ、飛んででも来るだろ」


「ハルキさん、ここに来てテキトーなのやめてくれる?」


 二人に責め立てられるのも、ハルキは気にせず笑い飛ばす。船に乗るよう急かすと、砂浜から船を押し出し大陸へと向かうのだった。


 遺跡に戻った二人は台座を目の前にし、立ち止まる。


「戻ると言っても……どうやれば?」


 ユーナの疑問にユートはようやく現実に気がついたのか、ハッとしたような顔で固まった。


 いつもの案内代わりの情報が今回は無い。しかし、二人はここに来たのは初めてで、使い方も習ってはいなかった。


 涙が溢れそうな別れの挨拶を交わしたのに、これでは格好がつかない。


 ユートは先程からさんざん頭を回したツケなのか、固まった顔のまま台座を力強く、叩いた。


「開けぇ!」


「強引だよユート!!」


 ユートの突飛な行動に思わず叫んでしまうユーナだったが、その一撃で台座が光を放つ。そして、一筋の光が遺跡の天窓を突き抜けた。それはまるで、天界への道である。


「……正解だったみたいだね」


「まるでユートのための設計……」


 あまりに予想がつかない展開に二人が呆けていると、二人の身体から光の粒子が出てきた。何事かと慌てふためくと、その粒子がどんどん増えていく。


「わ、わ、わー! 消えちゃうよユーナ!」


「こ、これで天界に戻れるってこと? ちょっと怖いです!」


 二人は恐怖のあまり手を取り合い、互いにしがみつくと、光が一気に強くなった。それが収まった頃に遺跡は静寂に包まれる。二人は見る影もなく、天界へと飛び立った。



「──様、ユート様、お目覚めください!」


 眩しい光に目を瞑っていたユートは、いつの間にか気絶していたようだ。優しく揺すり起こすその声に、唸りながら目を開けると、懐かしい空気が体内を満たした。


「ユート様、お帰りなさいませ」


「……ルネ? わぁあ!! ルネだ!」


 ユートはその姿を見るなり飛び起きる。その起床を躱し切れず、ルネと呼ばれた女性はユートの頭突きをくらった。真っ白な騎士制服と夜空のような黒髪が震える。


「いたた……お元気そうで何よりです、ユート様」


「……久しぶり……? ん、なんか見覚えがある」


「全ての記憶を思い出されているのであれば、私に見覚えもあるでしょう……? 私もあの頃より歳はとりましたけど」


「たしかに大人っぽくなったね。って、いや、そういう事じゃなくて……まあいいや!」


 ユートはぶつけた額が赤くなっているのも構わずに、そのまま飛び起きて周りをキョロキョロと見回した。何事かとルネと呼ばれた騎士が問うと、ユーナの姿を探していると返す。


「ユーナ様はお先に王城へ向かわれています」


「なんで置いていくのー!」


「ユート様がいつまでも寝ていらして、呆れて歩いて行かれたんですよ。って、走らないでユート様!」


 起きないユートに痺れを切らして、拗ねた様子で王城に向かったユーナを想像した。ユートは冷や汗が背を伝うのを感じて、後を追うために走り出す。


 ルネは元気が有り余る彼の様子に安堵した。それと同時に、騎士として護衛のため、彼に追いつこうと必死に駆け出す。


 彼らが走り抜けていくのは白い世界。建物も人の服も白と金で統一された純白清廉(じゅんぱくせいれん)な景色が広がった。


 それが、“天界”という場所。ユートとユーナの生まれ育った故郷だった。

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