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────記憶再生。事件の記憶────
その日のアン王国はいつも通り光に満ちていた。王城を取り囲むように、天使たちの営みが並び立ち、祭りの活気に溢れている。
アン王国は建国記念日として、天界にある他の国々や民と盛り上げ、催しを行っていた。王城はその中心として、人々が行き交う場と変わっている。
そんな一室でその国の王子と王女である双子──ユートとユーナが溜息をついて休んでいた。
「つかれちゃったぁ、ユーナは大丈夫?」
「わたしもつかれた……お祭り、楽しいのかな」
次期アンの長である二人は、各国の重役たちと顔を合わせ挨拶を交わす。人々が遊戯や食事で楽しむ祭りとは縁遠く、それだけで一日が終わる予定だった。
しかし、まだ齢七つ程の彼らには、それは退屈以外の何物でもなく、こっそりと逃げ出してしまったのだ。
改めて、二人だけの空間に息を吐くと、天界に満ちる光を寄せ集めたように輝く金髪が揺れる。ユートが何して遊ぼうかと声をかけようとしたところで、扉が勢いよく開け放たれた。
「やっぱりここにいた! ユート王子、ユーナ王女! 戻りますよ」
「なんだぁ、シャロか。びっくりさせないでよ」
扉から入ってきたのは敬語が似合わない少女である。シャロという愛称で呼ばれた二人の近衛騎士──シャーロットは、銀髪の長い髪を逆立たせた。ユートの呑気な言葉に激昂している。
「何考えているのですか! 本日は建国記念日という国にとって大切な祭典の日ですよ、主役でしょう?! あなた達!」
「ふふ、シャーロット姉様の話し方変だね! お洋服はとってもかっこういいのに」
ユーナがシャーロットの言葉を指摘すると、シャーロットは真っ白な肌を赤く染めた。
「もう、からかわないで。とにかくね、ダメだよこんなことしたら。また王様に怒られるでしょ?」
「でも、つまらないんだもん。シャロだって、さっきこっそりあくびしてたでしょ?」
「つまらないものなんだよ。国のお祭りなんて」
シャーロットもまだ十三歳だ。大人たちのはっきりしないやり取りには嫌気がさしていた。しかし、双子よりは大人な考え方で、この状況を受け入れられるようになっている。
しかし、本人が受け入れられても、目の前の受け入れるべき二人を説得できる力は無かった。それでも戻るようにと言うと、双子は揃って俯いてしまう。
「……みんなのお祭りは楽しそうだよ、姉様……?」
「みんなって……あぁ、民のこと」
そういうと、シャーロットは部屋に入り、窓から城下町を見下ろした。
そこにはこの国には珍しい色とりどりの屋根が並んでいて、人々の笑顔が覗き見える。思わず、つられて笑うほどの満面の笑みばかりだ。
確かに、これは羨ましい。まだ幼い二人が抜け出したくなるのもわかってしまう。
「……わかった。怒られるのは私にするから、ちょっと下に降りよう」
観念したシャーロットが二人に手を差し伸べると、二人の顔は光を放つように明るくなった。勢いよく立ち上がると、シャーロットの手を握り強く引っ張る。先程までの落胆とは大違いの元気さに、シャーロットは口を開けて笑った。
衛兵や門兵に見つからないよう、三人は慎重に街へと降りる。その先には、見たこともない景色が広がっていた。
食べたことない食事と、それを持って道行く者に声をかける天使たち。道の中心で踊る天使と歌う天使。普段は静かな街だが、この日見せた色は輝くようだった。
双子は思わず走り出す。シャーロットは慌てて追いかけ、そのまま祭りの空気に取り込まれた。
三人は王城で出る見ためばかりの腹が満たされない食事とは大きく違った庶民の食事を食べ、踊り歌う。
民はまだ子どもである王族の双子の顔を見たことがないからか、騎士の制服を着たシャーロットも催しの一つと認識された。おかげで、王族として扱われることもない。
そんな初めての体験に双子の興奮は止まらなかった。ユートは楽しそうに舞うシャーロットの手を握ると、遠くを指差す。
「シャロ! 次はあっちを見ようよ! 剣が置いてあったんだ!」
「シャーロット姉様! わたくしもあちらを! 本がたくさん並んでいたの!」
「わかったわかった。はぐれないようにだけして」
そうやって、三人は長閑に祭りを駆け回った。
祭りという祝い事の日。
災厄が訪れることなど誰も考えていない平和な日。
しかし、それは誰かに保証されたものではなく、確実性のあるものでもなかった。
そんな隙が、事件を招いたのかもしれない。
突如、天界が暗雲に包まれた。
初めてのことだった。
……光の国であるアンに、暗闇が纏ったのは。
起こるはずのない異常に賑わっていた街は静寂をつくり、じきに何が起きたのかと天使たちはざわつき始める。
シャーロットは危険だと城に戻ろうとするも、二人を連れたまま溢れかえった天使たちを掻き分けていくのは困難であった。
戸惑っていると、後方の一角から天使たちの叫び声が響く。
「わいのわいのやってるねぇ、天使ども」
声がした方を振り向くと、一番に目に付いたのは赤い血。男の天使が来訪者に捕らえられ、傷付けられ、血を流していた。纏う純白の衣服は、赤く染まっていく。
来訪者は見た事のない姿をしていた。赤黒い髪に、黒い服。そして、いまも地面を塗らしている血のように、真っ赤な瞳を細める。
見たことない姿ではあったが、天使であれば皆が知っていた特徴であった。
「……悪魔……!?」
古い古い歴史。世界がまだ一つだけだった時の話だ。
三つに分かれた世界で天界に住む天使と、魔界に住む悪魔という相容れぬ存在。天界で邂逅するはずのない宿敵。それが天使たちにとっての悪魔だった。
「侵入するのに手間取ったぜ。結構な人数連れてきたのに、三人しか辿り着けなかった」
痛みに顔を歪める天使を投げ捨て、悪魔たちは不敵な笑みを浮かべながら武器を構える。目的は分からなかった。どうやってここに入ったのかも分からない。はっきりしているのは、危険な敵が目の前にいることだけだ。
シャーロットは判断に悩んだ。二人を連れて逃げるか、騎士として民を守るために戦うか。腰に携えた剣を握って、唇を噛む。
その時、ユートがシャーロットの手を抜けて駆けて行った。その先は、先程言っていた剣が置いてある店である。
「おじさん! これかりるよ!」
「な、危ないからやめなさい君!」
店主の制止も届かず、ユートは手頃な剣を手にして悪魔の前へと走り出した。シャーロットはその無鉄砲な行動を読み、止めに入ろうとするも、ユーナまで駆け出して手に負えない。
シャーロットの制止も間に合わず、ユートは悪魔の前へ立ち塞がった。
「でていけ悪魔! みんなを傷つけるのは、ぼくがゆるさない!」
「なんだこのガキ」
ユートは果敢に声を上げる。しかし、行く手を阻んだユートへ一切の躊躇いもなく、悪魔の一人が蹴りを入れた。それはユートの側頭部に容赦なく入り、身体の小さい彼は簡単に飛ばされてしまう。首が折れる音がした。
「ユートッ!!」
あまりにも残酷な光景に、シャーロットは悲鳴をあげる。転がったユートに駆けつけようとすると、先に辿り着いたユーナが魔法を使った。
淡い光がユーナの手から出てユートを包み込むように広がる。それを、その場にいた誰もが黙って見ていた。幻想的な状況にシャーロットだけは焦りを見せる。
「っけほ! いったた、ありがとうユーナ」
「へぇ……ほぼ即死だったはずの怪我が治りやがった。そんな魔法を使えるのは……ッと、さっきからなんだ。ガキばっか来やがって」
悪魔が二人の正体を言い当てる前に、シャーロットは斬り掛かった。洗練された剣筋に悪魔は予想外だと表情を険しくする。
二人の正体を明かされるわけにはいかない。強引にも黙らせようと、シャーロットは足を踏み込んだ。しかし、相手は三人。シャーロット一人では分が悪い。
「シャーロット! 今ぼくが助け──」
「逃げなさい二人とも!! 他のみんなも早く!!」
孤軍奮闘しながらも双子や他の天使を庇うシャーロットだった。しかし、シャーロットを助けたい双子はその場に留まり、それどころか周りの天使も動こうとしない。戦うシャーロットを見て、ざわつき始めた。
「銀の天使の言うことなんて……」
「でも危ないのは間違いない、任せて逃げよう」
「銀の天使なんだから、悪魔くらい倒せるわよ」
「あんな子供に任せていいのか? 手を貸した方が……」
微かに聞こえるのはシャーロットの容姿に対する声だ。
銀髪の天使は、金髪の天使とは別種として、一部では差別されていた。それが状況を悪化させている。シャーロットは歯を食いしばって敵に集中した。
しかし、シャーロットの脇が空いたところで蹴り飛ばされ、双子の元へと転がされる。その途端、自分たちへの危害を恐れたのか、天使たちはようやく逃げていった。それを二人の悪魔が追いかけ、悲鳴が街をこだまする。
「姉様! いま治しま──」
「下がってなさい、ユーナ!」
「いやぁ、元気な天使だ。そこの二人、王族か何かだろ。いい人質だ」
吟味するような目で、双子へと悪魔は手を伸ばす。反射的に目を瞑った二人の前に、シャーロットが立ち上がった。
その青い眼差しには、覚悟の光が宿る。双子もシャーロットの身を案じて、隣に並び立った。そんな三人を悪魔は笑いながら見下ろす。
その体躯は三人の目にとても大きく見えた。存在が脅威そのものである。双子は足が震えてしまった。
「……さっきの蹴りで骨が折れたはずだ。戦えねぇやつは大人しく殺されろ」
「もう戦う気は無い。でも、殺される気もないわ。取引に応じなさい、悪魔」
そんな中、悪魔の目を真っ直ぐに見て、臆する様子のないシャーロットが言う。悪魔は取引という言葉とその強い意志が宿った青空の瞳に、興味が湧いたと声を出して笑った。
「なんだ、言ってみろよ銀の天使」
「私の全てをあげるから、この二人には一切危害を加えないで」
「シャロ、なに言ってるの! ダメだよ!」
「うるせぇぞガキ、黙ってろ」
戦いを諦め、救援要請も間に合わない。そんな中でシャーロットが言い出した取引の条件というのは、自己犠牲による双子の守護だった。
止めようと声を荒らげたユートだったが、悪魔の気迫に押されて声が出なくなる。代わりに悔しさが溢れてきた。
ユーナは何もできないこと、シャーロットが奪われるかもしれない恐怖で泣き出してしまう。
「お前にどれだけの価値がある? 王族よりも俺たちにメリットがあるのか」
「銀の天使は身体が丈夫にできてるの。この身体、好きに遊んでもらっても耐えられるわ」
強気に言う彼女であったが、その声は震えていた。それでも、相手を睨みつける眼の力を抜くことはない。むしろ、余裕を装って笑って見せた。
「それに、近衛騎士なの。国に認められた貴重な一人よ。人質にも十分に使えるわ」
「ほう、まあいいだろう。取引に乗ってやる」
シャーロットの言葉に悪魔は笑う。そうして、悪魔はシャーロットの首を締め上げた。苦しそうに悶えるシャーロットだったが、抵抗することもなければ弱々しい声を出すこともない。眼光は一切鈍らなかった。
悪魔は強い心を見せた彼女に嫌な笑みを浮かべる。
「……まあ、それでも足りないから、王子と王女には堕ちてもらう」
「ッ!? はなしが、ちが……」
「直接、危害を加えるわけじゃねぇよ? 危機に落ちるかどうかは……こいつらの運次第だ」
悪魔は最後まで気高く立ち向かったシャーロットを踏みにじるように、双子に手をかざした。逃げるための足は震えていて、二人は動けない。シャーロットも既に、手も足も出せなかった。
「じゃ、おやすみ。死ぬか生きるかは、てめぇらの神のみぞ知るってな」
そうして、悪魔が小さく詠唱すると、ユートとユーナの身体から虹色の光が放たれる。かと思えば、身体から何かが飛び出した。途端に、二人は意識が混濁し、視界にモヤがかかる。
沈みゆく意識の中で、微かに見えたのは何色もの色を持つ石が二つ。
その石が二人の膝元に落ちた瞬間に、二人を支えていた地面が消える感覚がした。そして、味わったこともない浮遊感と悪魔の高笑いが最後に聞こえ……二人はそのまま眠りに落ちる。
────再生終了。復元完了。────




