7-3
訓練を終えてから二日後、四人の目の前には、あの日に背を向けた祠がある。
「じゃあ、行ってくるね!」
「彼らにまた会ってしまったら、すぐにここへ逃げてきます」
双子がコウとサナに言うと、二人は笑いながら拳を向けた。
「逃げてるうちに転ぶなよ? ここまで出てきてくれれば、俺たちもどうにかするからな」
「コウじゃないんだから、それは大丈夫でしょ。ユーナ、無理しちゃダメだからね」
力強く送り出された双子は、影が伸びる祠へと足を踏み入れる。警戒しながら進むが、既に前回とは空気が違った。少し進めば奥から溢れんばかりの光が見える。
「これで、祠は四つめだね。ユーナ、緊張してる?」
「うん……もう少しで、記憶が全て戻る……嬉しいことなのかな。それで終わりじゃない気がしてドキドキする」
ユーナが心情を打ち明けると、ユートはその小さく震えている手を握った。顔を合わせる二人は力強く頷くと、記憶を取り戻すための儀式を始める。二人が持つ石から放たれる光が、祠の中を隙間なく埋め尽くした。
────記憶再生。友人の記憶────
「ユート、ユーナ! どこに行ってたの? すっごく探したんだから」
色鮮やかな花畑で金色の頭を持つ双子が花冠を作って遊んでいると、彼らの後ろから走ってくる影がある。それは銀髪を風に遊ばせ、二人の近くで立ち止まった。
「シャーロット! ユーナのこと見つけたよ!」
「そうなら戻って来てよ! 二人とも居なくなったら私が大変なんだから」
双子よりも背が高い少女は、まだ幼さのある表情で怒ってみせる。しかし、双子は腰に手を当てて、仁王立ちする彼女を笑った。
「もう、笑い事じゃないの! 二人の近衛騎士である私が怒られるんだよ?」
「ごめんねシャーロット姉様。お冠あげるから、しゃがんでください」
金髪の少女が手招きすると、銀髪の少女は頬を膨らませながら黙って応じる。白銀の頭の上に、色とりどりの冠が輝いた。
「シャーロットは騎士よりも、お姫様の方が似合いそう」
金髪の少年が見惚れた様子で小さく言うと、銀髪の少女の真っ白な肌が仄かに赤く染っていく。
「……じゃあ、こんなところで遊んでないで、私よりも強くなって見せなさいよ」
「うん! ユーナもシャーロットも、ぼくが守るよ」
拳を掲げる金髪の少年に、ふと笑う少女たち。幼き彼らは揃って、青空のようにどこまでも澄んだ瞳を細めた。
ささやかな幸せを祝福するかのように、花々は風に踊る。
────再生終了。復元完了。────
記憶の再生が終わると、双子は何も言えずに沈黙を作った。
記憶の中で見た銀髪の少女は、以前この祠で出会った女の悪魔と酷似した見た目だったのだ。いつも傍にいた、もう一人の家族とも言える存在。王子と王女である二人に与えられた、近衛騎士という名のかけがえのない友人。
それが、女の悪魔というありえない存在の正体だった。
「シャロ……そうだ、オレに剣を教えてくれた人。オレたちと一緒に育った家族だ」
「ずっと、誰かが足りていないと思っていたの。ユートと同じくらい一緒にいたシャーロット姉様……対峙しても思い出せないなんて」
その時、二人の中に数々の疑問が湧く。何故、家族のように育ったはずのシャーロットが悪魔を名乗って攻撃をしてきたのか。
そもそも、ここまで強固に記憶を封じられているその力は何なのか。まだ知りたいことが溢れる中で、確かに得たものが二人にはあった。
「ねぇユーナ、シャロと話ができないかな?」
「……次に会う時、試さなきゃいけないね」
二人は彼女に立ち向かうことを決心する。言葉を交わせば、何か分かるかもしれない。そう希望を抱いて、再会の場所であった祠を後にした。しかし、決心が確固たるものにならないまま、その瞬間は訪れる。
双子が祠の口から出ると、剣が交わる音が鼓膜を射抜いた。何が起きているのか確かめるよりも前に、手が武器を強く握る。
「人間にしてはよくやるね!」
「あんたに褒められたって嬉しかねえの! って、ユートにヒメさん! 待ってたぜ……早く助けてぇ!」
そこには、あの時に出会った二人組の悪魔と戦うコウとサナの姿があった。コウはまだ殺り合えているが、得意の遠距離狙撃を封じられているサナは女の悪魔──シャーロットに苦戦を強いられていた。
ユートとユーナは示し合わせるまでもなく、すぐに二人を助けるために動く。
「雷の精霊様、貴女の雷で切り裂いてください!」
「うわっ、すごい威力だね天使ちゃん」
コウに組み付く悪魔へと、目にも止まらない速さで雷電が駆け抜けた。しかし、悪魔は軽い足取りでそれを避ける。ユーナはそれを逃さないよう、立て続けにロッドを振り、魔法を操った。そして、その間を縫うように、コウが悪魔へと切り込む。
一方、サナとシャーロットの間に踏み入ったユートは、シャーロットを薙ぎ払った。
「あんたもやるねユート、この距離ならいける……殺るよ」
「待ってサナ、あの人は撃たないで!」
間合いを見て拳銃を構えたサナの手をユートが抑えると、次の一蹴りでシャーロットを追う。彼女もすぐに体勢を直し、飛び込んできたユートを迎えた。両者の剣が交わり、小さく火花が舞い散る。
「話があるんだ、シャーロット! オレのこと分からない?!」
「あぁ? この前いとも簡単に死にかけた天使だっけ? 忘れかけてたところだよ!」
競り合っていた剣をシャーロットが押し払い、二人はまた距離ができた。シャーロットはやはり、ユートを認識できていない。
ユートは思わず胸が苦しくなった。大切な家族に忘れられてしまった感覚で、剣が一気に重くなる。
そんなことなど気にもせず、シャーロットはユートに斬り掛かった。ユートは何とか防ぐも、反撃の手は躊躇われる。
「オレは思い出したよ、シャーロットのこと! オレに剣を教えてくれた……オレが落ち込んだ時には、力強く慰めてくれた……!」
ユートが震える声で思い出を訴えると、シャーロットは嫌悪を顔に出した。自分が知らない自分の話をされ、気分が悪いと唾を吐く。
「うるさいんだよ! 黙って戦うか今すぐ死ね!」
「……くッ!」
怒りに任せて、攻撃の手を速めたシャーロットにユートは圧倒された。防御の構えも間に合わなくなり、剣が投げ出されてしまう。
鳴り響く重い金属が落ちる音、伸びる剣先はユートの鼻先にまで迫った。時が進むのが遅くなり、息が止まる。
その刹那、森中に響く発砲音と硬い何かがぶつかり合う不快な音が死を遠ざけた。
「な、サナ!?」
「頭はちゃんと外したんだから、許してよね!」
ユートの背後に回り込んでいたサナがシャーロットの胸を撃ち抜く。シャーロットは動きを止めるも、血が地面を濡らすことは無かった。
代わりに、胸元には見覚えのある輝きが覗く。それは、ユートとユーナが持つ石と同じ色を反射させた。ユートはその輝きに、眉を顰める。
「……まさか、シャロも……」
ユートがその存在を指差すと、シャーロットは慌てて胸を抑え、石を隠した。その顔には先程までの狂気的な笑顔が抜けて、冷や汗が流れる。
異常に気づいたコウたちも視線を寄せると、男の悪魔が声を荒らげた。
「退くぞシャロ! ったく、ヘマしやがって……」
「わかってる……ッ!」
その場を立ち去ろうと、シャーロットは踵を返す。離れていく彼女に、ユートは手を伸ばし、確かにその手を握った。
マメで硬くなった暖かい手。昔から変わらない温もり。ユートは彼女が昔のままのシャーロットそのものだと、改めて確信がついた。
しかし、かける言葉は見つからない。シャーロットも動揺したのか、手を振りほどかずに止まっていた。
なにか言うなら、今しかない。ユートは混ざり合う思いを、絞り出すように声に出した。
「待っていて、オレがきっと助けるから……!」
まだシャーロットに何が起きているのかは分からない。自分の意思でそこにいるのかもしれないし、何かの力が働いているのかもしれない。
それでも、ユートはシャーロットという家族を信じた。シャーロットが自ら、自分たちに刃を向けるわけがない。そう信じたのだ。
シャーロットは何を言っているのかと、ユートを怪訝な目で睨むと、黙って走り去ってしまった。
再会の時は嵐のように過ぎ去る。ユートは彼女の手に触れた右手を固く握りしめた。温もりが僅かに手中に残っている。
「ユート! シャーロット姉様は……」
「まだわからない事ばっかりだ……けど、絶対にそうだよ」
駆け寄ったユーナに、ユートは真剣な目を向けた。揺らぎない真っ直ぐな青空の瞳は、全てを見通すように澄み通る。
「あれは悪魔なんかじゃない。オレたちの家族……シャーロットだ」
ユートの重い意思が籠った言葉に、ユーナも口を固く結んだ。
二人が失ったものは記憶だけでは無い。大切な家族と生き別れていたのだ。
「……えと、つまり……記憶を取り戻したところで終わらないってワケか?」
「あんたにしては随分と飲み込みが速いね」
傍らで話を盗み聞いていたコウがそういうと、サナはそのためにはどうすればいいのかと問うた。ユートは少し考えてから、一度コルアン兵士団へと戻ることに決める。
空を見上げれば、厚く覆っていた雲が散り始め、陽の光が線となり漏れていた。




