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7話-1 取り戻したいもの

 ユーナが明日には目覚めると言われたユートとコウ。続けて、コルアン兵士団の一員であるハルキとルトに悪魔について話を聞く。


 女の悪魔は幻想であると言われた彼らは、その正体を探ることも必要とされた。しかし、それよりも優先すべきことがある。


「今後も悪魔と戦うことはあるだろうな。口ぶり的に、元から命を狙われていたんだろ?」


 ハルキはユートに改めて確認した。ユートにとってもはっきりしないことではあるが、彼らの言動からして頷ける。それを受け、ハルキは腕を組んだ。


「なら、また会う可能性は高い。同じ(てつ)を踏まないよう鍛え直さねぇとな。最後の問題ってのは、お前らが悪魔戦に慣れていないこと」


 ハルキが厳しく言う横で、ルトは深く頷いている。ユートもコウも、それに関しては心が決まっていた。


「明日、ユーナ様が目覚めたら特訓しよう。っても、ユーナ様は特訓不参加だな」


「要らねえもんなあ」


 それもあるがと、ハルキは笑いながらコウのボソリと零した呟きに同意する。歴戦の兵士であるハルキも認めるほどの実力を、ユーナは持っているのだった。しかし、彼女が特訓に参加しないのには別の理由がある。


「ユーナさまは、ロッドを作らなきゃだよね」


「ルトの言う通り。だから一時帰国してもらおう。コルアンでも作れるが……ユーナ様専用のものとなれば、テナートの方が用意が早い」


 ユーナにとって、特訓よりも必要なのはロッドだった。そのためユーナとは別行動となる。そう言われて、ユートは落胆を見せたが、落ち込んでいる暇は無かった。


 今後の行動指針が確定したところで、ユートとコウは兵士団を後にする。昼前にはサナとユーナが待つルトの家へと戻った。


「おかえりなさい。ユーナ様、まだお目覚めではないけど……昨日よりも穏やかに眠っているよ」


 迎えたのは、ユートたちのために急遽非番をとったミキだった。脇からおかえりとミトも顔を出す。並んでみると、そっくりな親子だった。


「みきちゃ、みとはおなかすいた」


「はいはい。二人とも、ご飯作るからそれまでサナさんと話してきたら?」


 そう言いながら、ミキは階段を指さす。コウはユートに目を向けると、早く行こうと誘った。


「……明日には起きるんだね。ユーナのことを診てもいない人、信じられないけど」


「気持ちは分かるけど……ま、文句を言うなら明日ヒメさんが起きなかった時にしよう」


 まだ焦燥感で染まっているサナを宥めながら、コウは続きを話すようにユートへ促す。ユートは特訓の必要性を話した。それに対しては、サナも素直に肯定する。


「あたしはともかく、あんたらはこのままだと死ぬ。連携もとれていないし、兵士って一応プロだもんね。学んだ方がいい」


「じゃあ、明日はユーナが起きたら、みんなで一緒に兵士団拠点へ行こう!」


 ユートが拳を突き上げて言った。昨日よりも元気を取り戻したユートに、サナは短く息を吐く。起きたらねと付け加えてから、サナはすぐにユーナの隣へと戻った。


 そうして、一行は昼ご飯を食べてから、ミキやミトと会話を弾ませ、あっという間に夜を迎える。帰宅したルトから、特訓について詳しいことを説明され、ユートは頭が痛くなった。


「……座学って、戦闘に必要?」


「ハルキが直々に、連携について話してくれるってさ。そのあとは各自で特訓。サナちゃんは、カストルって人がいるから、その人とね」


 サナはまたも聞いたことがない名前が出てきて不信感を抱く。しかし、ユートがカストルの能力を褒めると、考えるように黙った。


「で、コウはハルキと。ユートはおれと剣技を磨くよ。だいたい一週間はやるってさ」


「げっ、あの人とやるのかよ、俺」


 憧れの人との特訓。昨日までなら飛び跳ねるように喜んだはずだったが、今のコウは臆する心しか残っていない。それに目を光らせたユートが、丸まるコウの背を叩いた。綺麗な音とコウの悲鳴が部屋に響く。


「いてえよ! お前加減できないんだからさあ!」


「覚悟決めたって言ったんだから、ビビっちゃダメ! 本当に捕まるよ?! ハルキはああいう時、本当にやることしか言わないんだから!」


「それはもうわかる! だから怖いんだってぇ……!」


 涙声で言うコウにサナが情けないと小さく呟くと、たちまち喧嘩が始まる。ルトはその様子をぼんやりと眺めて、仲良いねなんて呑気に言っていた。そうして騒いで、疲れた彼らはそのまま眠りにつく。


 小鳥が会話する鳴き声で目を覚ましたのは、ユーナだった。長いこと寝ていたような、ほんの数分だったような。曖昧な感覚を覚えながら、身体を起こす。


 全く知らない部屋だったが、寝具にも部屋にも、ユートや仲間たちの香りが満ちていた。伸びをしようとした時、左手が握られているのに気づいて視線を落とす。


 そこにはユートが寝息を立てながら寝ていた。ベッドに上体を預けた姿勢に、ユーナは眉を下げて微笑む。


「……身体痛くなっちゃうよ?」


 ユーナはそう彼を起こそうとして、酷く声が掠れたので驚いた。やはり、長いこと眠っていたようだ。いつから寝ているのかは思い出せない。


 何があったのか、ゆっくりと思い起こすと、掴んだ現実に涙が出てきた。


「……ユート、無事でよかった……!」


 明瞭に残っている記憶を探るより先に、幻ではないユートの無事を確認して、安堵(あんど)が伝い落ちる。


 ユートは一時、命が危ういほど冷たくなっていた。それが、ユーナの中ではっきりとしていた最後の記憶だ。


 だから、今は穏やかに寝息を立てているユートに、ユートの手の温もりに、ユートを助けられた事実を教えられた。彼女にとって、それがどれだけ嬉しいか。


 溢れ出る涙がユートの手に落ちて、彼も目を覚ます。


「……ユーナ! 起きたー!!」


 そう叫ぶと、泣いているユーナをユートは全力で抱き締めた。それを皮切りに、ユーナは声を上げて泣く。あの時は抑え込んでいたユートを失うかもしれない恐怖が、今更とめどなく湧いてきた。


 騒ぎを聞きつけた他の仲間たちが部屋を勢いよく開ける。扉の向こうには、小さな子どものようにわんわん泣いているユーナを見えた。


 コウとサナは目覚めたユーナに駆け寄り、その肩を抱く。冒険者はようやく全員揃って再会を果たした。


 四人が朝支度をしながら会話を弾ませていると、ミトがたのしそうと微笑みながら言う。笑顔が無くなっていたサナも、たまに小さく笑うようになるくらいには調子が戻った。冒険を共にしていた頃の四人の姿だ。


 四人はその足を揃えて、コルアン兵士団の拠点へと向かう。


「相っ変わらず腰いてえー、もう馬車乗りたくないわ。特訓中は兵士団に泊まり込みとか、してくれるかなぁ」


「部屋はいっぱいあるから、ハルキに頼めば泊まれると思うよ。何か起きた時には騒がしいから、寝れないと思うけどね!」


 飛び降りたユートは、弱々しく腰をさするコウに喝を入れながら教えた。見事に痛いところに入った衝撃に、コウはそのまま崩れるようにして倒れる。


 それをユーナの下車を手伝っていたサナが、冷たい目で見ながら馬鹿と罵った。そんな二人に、ユーナは苦笑いを浮かべる。


 すっかり調子が戻った四人に馬車の御者(ぎょしゃ)までもが笑っていた。


「よぉ! 思ったより早かったなユート」


 街に響くほど通る声に、四人は振り返る。馬車から降りてきた四人を迎えたのは、ハルキを筆頭にした兵士五人だった。ユートが彼らに駆けていくと、順繰りに可愛がられている。


「ハルキ様! 久方ぶりにございます!」


 それに続いて走り出したのはユーナだった。ハルキも小走りで迎える……と思えば、(なめ)らかに彼女の目の前で(ひざまづ)く。空色の長丈のジャケットが、ユーナの前に舞った。


「ご無沙汰しております、ユーナ様。お目覚めになられて安心いたしました」


「ふふ、ご心配をおかけしました」


 管楽器のように響いていたハルキの声は、弦楽器の奏でる音に一変する。表情もシルクのように和らいだ。極めつけには、慣れた動きでユーナの手の甲に口付けている。


 さながら、その姿は一流の騎士であった。ユートとコウは、そんなハルキに目を白黒と点滅させる。


「……別人?」


「声が全くちげえじゃん。誰だあの人」


「昨日からよろしくやってるハルキ様だ。お前ら相手にかしこまるわけがねぇだろうよ」


 二人の気が引いた声に、ハルキは舌を出して煽った。しかし、ユーナに名前を呼ばれれば即座にキリッと顔を整える。二つの人格を持っていると言われても仕方がなかった。


「隣国の姫君だからね。私たちはあそこまでできないけど……」


「だからみんなユーナ様って呼んでるのか。ヒメさん相手だから、違和感無さすぎてツッコミ損ねた」


 ミキの補足にコウは顎をさする。そんな周りのことなど気にも留めないかのように、当の二人は会話を弾ませた。


「最近はあまり顔を出してくださらなかったですよね。お会いしたかったのに」


「何を言いますか。私の代わりに、会いたいと願っていた者が訪れたでしょう。再会できてよかったですね」


「もう……そうですね。でも寂しかったのには、変わりないですよ」


 世界が切り取られたかのように、二人の空間だけ煌びやかに輝いて見える。コウやサナは眩しいと言わんばかりに目を細めた。しかし、気にもしていないユートが、ハルキへ今日の本題を持ち出す。


「まずはユーナ様を送り出そう。ミキとダイニィ、案内頼んだ」


 名を呼ばれて手を挙げたのは、既に馴染みとなったミキと焦げ茶色の短髪が幼く見える男の兵士だった。


「ダイニィでっす! ユーナサマ、初めましてだよね? お迎えが来てるから中に行こ!」


「ユーナと申します。ダイニィ様、お迎えとは?」


「昨日、早馬をテナートへ送ったんです。そしたらすぐに迎えに行くと、カイルが」


 ユーナが懐かしさすら覚えるようになったその名前を繰り返すと、パッと顔を明るくする。それはユーナに長く付き添った、近衛騎士の名だ。涙ながら旅に送り出された……いや、最後まで縋りつかれたのは、もう記憶に古く思える。


「応接間で待ってもらっています。ユーナ様は彼と、うちの兵士も同行させていただいて、ロッドを作りにテナートへ戻ってください」


「はい、聞き及んでおりましたので、そのように……でも」


 ユーナはミキの話に承諾するも、もじもじと何か言いたげにした。ミキとダイニィが聞く姿勢をとると、ユーナは寂しそうに眉を顰めて言う。振り向くと、その瞳には仲間たちの姿が写った。


「私も、みんなと特訓……したかったです」


「……あら」


「ヒメさん、それダメ。めっちゃかわ──」


 しゅんと俯くユーナに、コウが息を吐く。その上に、サナが拳骨を落として舌を噛ませた。コウはしゃがみこんで頭を抱える。サナはそれを見もせずに、はらりと手を払ってユーナに目線を移した。


「ユーナには必要ないと思う」


「そんなことないですよ、サナちゃん。私は連携とか取れないですもん」


 ユーナはぷくっと頬を膨らませながら、サナの意見に反論する。仲間外れにされたようで、すっかりと不満が募っていた。


 困った様子のミキとダイニィだったが、どうにか説得して、ユーナはテナートへと出立を決める。


「……さて、ユートと小悪党二人組。お前らはお勉強の時間だ!」


 ユーナの小さな背中を見届けてから、ハルキは声を張って始まりの合図を出した。小悪党と呼ばれた二人は不服そうな顔をしている。対して、ユートは元気に返事をした。


  しかし、その先にはユートにとって退屈な時間が待つ。

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