6-3
コウに気づいたハルキは目を向けると、不思議そうにその姿を眺めた。
「俺、コウって言います。あの、あんたにずっと、ずっと会いたかったんだ……!」
「……はっ、このハルキ様のファンってところかぁ?」
コウの様子にまさかとユートは目を見開く。しかし、当の憧れの人は吐き捨てるように笑うと、コウの熱意を揶揄した。
しかし、コウは興奮が収まらない様子で、深呼吸を繰り返している。
「……えっと、紹介するねハルキ。コウって、オレの仲間」
「こいつが? ……へぇ」
ハルキは鮮やかな翠緑の光を持つ翡翠の瞳を細めると、明らかな敵意を表に出した。コウはそれに気付くこともなく、何から話そうかと指を動かしている。
「俺はあんたに憧れているんだ、四年前のあの日から……あんたは俺の事、知らないだろうけど」
コウは気恥しそうに、自分の夢やそれを追う起点となった彼のことを話した。ハルキは終始、静かに聞いている。
かと思えば、コウが話終わると豪快に笑った。ユートの耳にはその体に響く笑い方が、先日の悪魔の笑い方と似ている音に聴こえる。
「知ってるぞ、よぉくな。ハフマールの残党」
「…………へ?」
ハルキは隠すこともない嫌悪と悪意の笑顔で、コウの身分を言い当てた。そして、人差し指をコウが着けているバンダナに突き立てる。
「んなもん着けて憧れとか言うなよ、鼠風情が。あん時はガキと老人だったから、見逃したんだよな。よく覚えてるさ」
「……っ」
コウは憧れから向けられた軽蔑の刃に息ができなくなった。しかし、ハルキは畳み掛けるように話し続ける。
「で? 俺みてぇになりたいとか言うんじゃねぇだろうな。お前、盗賊やっているんだろ。そんなやつが、兵士に憧れなんてどんな冗談だ」
コウは胸が締め付けられる錯覚に、息ができなくなった。それを見て、ハルキはコウの肩を力強く持つと、彼の耳元ではっきりと言った。
「どうせ下心でここまで来たんだろ。身の丈に合わねぇ憧れなんざさっさと捨てて、失せろ小悪党」
ハルキがトドメを刺すように言うと、庭から柔らかな温もりが消える。コウは背筋が凍るのを感じた。
それは、ハルキから言われたことに絶望を覚えたからではない。二人の隣で黙って話を聞いていたユートから、怒りが、鳥肌が立つほど強く湧き出した。
ユートは低い声でハルキの名を呼ぶと、青空のような瞳を光らせ睨みつける。ハルキもその目に、剥き出していた歯をしまった。
「今すぐ、撤回して。オレの仲間を傷つけることは、ハルキだろうと許さない……‼」
二人ともが、ユートの激怒を初めて見る。冷えた空気に、吐く息が凍るようだった。だが、コウはそれに背中を押されたように、ハルキを睨みつける。
ユートが自分のために、怒りを抱いてくれているのが、力となった。
「下心なんて、とっくに忘れた。俺は……ちゃんと覚悟決めてここまで来たんだ」
笑顔すらも消えていたハルキに、コウは力強く反論する。それを受けても、ハルキは怯む素振りも見せずに黙っていたが、ポンとコウの肩を叩いた。
「悪かったな。撤回する。今のは大人気なかった」
謝るハルキの顔は、先程までの敵意が吹き飛んだように柔らかく笑う。しかし、コウの肩に置いた手を離さなかった。
「……だが、口先だけの覚悟じゃ信用しねぇ。自分の力で示していけ。もし何かしでかしたら、今度は逃がさねぇからな」
ハルキは最後に真剣な眼差しで警告する。コウがそれに頷くと、ハルキはニヤリと笑ってユートに頭を下げた。
「すまん、ユート。止めてくれてありがとう」
「ふんっ! 分かればいいよ。次やったら、オレも本気出すから」
「そりゃ怖ぇわ」
腕を組んで鼻を膨らませるユートに、ハルキはけらっと笑う。そして、一息つくと本題に入った。
「ルトから話は聞いたが……あいつの伝言じゃよう分からん。とにかく、一番の問題はユーナ様のお身体か」
「そう。ハルキは何か分かりそう?」
「分かりそうも何も……単純に魔力の過剰消費が原因の昏睡状態だ。命に別状はない。明日にはお目覚めになるだろうよ」
あっさりと回答したハルキは、無茶させやがってとユートの頭に手刀を落とす。ユートは痛がりながらも、明日には起きるという言葉に目を輝かせた。
「ユーナ様は特異体質なんだ。魔力の質も量も水準が高い上に、それが神に好かれてる……って、例えればわかりやすい」
ハルキはユートとコウを交互に見ながら説明する。しかし、あまりに雲を掴むような話に、二人は顰め面をした。ハルキは頭を掻きながら補足の説明を入れる。
「要は、ロッドという盾がないと、神に好きなだけ魔力をとられるんだよ。他の人間よりも何倍も多く、一度に魔力が失われるんだ」
「今眠ってるのは、その魔力を回復するためなんだよね?」
頷きながらユートが納得の意を示すと、質問を重ねた。しかし、その問いにはハルキも考え直す素振りを見せる。
「それもあるが、失った魔力はとうに戻っているはず。それでもまだ眠っているのは、身体が立ち直れていないからだな」
それについては意識や、脳、神経系統の問題だとハルキは推測した。それは深刻な問題に聞こえる。それでも、明日には意識が戻るとハルキは断定した。
「人格変わったり……また記憶失ったりしねえよな?」
「ねぇだろう、そんなことは……というより、少なくとも今までは一度もなかった」
ハルキはまるでこういった事が過去にもあったかのような話し方をする。ユートがそれに気づいて、ハルキとユーナの関係について思い出した。
そういえば、ここまでユーナの体調のことが分かるのも、そういう事である。
「ハルキって、ユーナと会ったことあるんだよね」
「あるぞ」
「……あのさ、話逸れるけど……オレとユーナが双子なの、知ってた?」
「ははっ、すまんなぁ隠していて! とうの昔に知っていたぜ」
ついでにユートが天使なのも王族なのも、何もかも知っているなんてハルキは言い出した。ユートは呆れたように頭を抱える。しかし、いつもの事だとユートは手を払った。全部答えを知っているのに、ハルキは黙っていることが多い。
「それに関してはいいや。前にもユーナが倒れたこと、さっきの言い方的にあるんだね?」
「いや、今回みたく昏睡させたことは無い。仮でも王女にそんな無茶させるかよ」
ただし、手前までは目の当たりにしたことがあると、ハルキは当時のことを語った。それはユートが知らないユーナの事情だ。別れた後の空白で生じた、彼女の苦悶であった。
「弱点って、話は聞いたけど。弱点どころか危険すぎる欠陥だな」
「無茶させなきゃいいだけだ。さて……ルトも来た事だし、もう一つの問題について話そう」
ハルキはそういうと、後ろから近づいてきたルトに一瞥向ける。そして、ユートとユーナが対峙した悪魔を話題に出した。聞き手の二人は、その緊張感に息を飲む。
「まず、悪魔に女という性別は存在しない」
「……え?」
ハルキが切り出したのは、ユートが見た現実を否定するものだった。
ユートは確かに、長い銀髪を持つ赤い瞳の女を見ている。しかし、悪魔に女が存在しないのは事実だ。
「悪魔ってのは、魔族の一種。魔族には悪魔の他に、吸血鬼、鬼人と呼ばれる種がある」
そこから始まったのは人間が観測している魔族の歴史の話であった。
魔族は魔界と呼ばれる場所に生息している人間によく似た見た目の亜人である。進化の過程で、悪魔は生物学的性別の男だけになり、吸血鬼は女だけ。そして鬼人は齢十二歳で時が止まった不老不死の種族だと言われていた。
「悪魔に女が生まれることは、人間が知っている範囲だと有り得ない。つまり、ユートが会ったっていう女は、悪魔では無いはずだ」
「……え? で、でも悪魔の特徴と合っていたよ?」
「具体的にはなんだ? 言ってみろ」
「血みたいに、赤い目……」
ユートが反論すると、ハルキは首を傾ける。どうやら、特徴というには足りないようだ。
「悪魔の赤い目は確かにそうだが、暗色の髪に驚異的な身体能力と、闇魔法と呼ばれる未知の力がある」
「おれもユートの話を聞いてて、おかしいなって思ったんだ。その子は悪魔っぽいところと、そうじゃないところがぐちゃっとしてるよね」
ルトが両手でぐちゃりと混ぜ合わせるような動きをしてみせた。彼の言う通り、身体能力はそれらしいが、特に見た目で異なる部分がある。
「じゃあ、あの子は一体、誰なの……?」
「それは……ここで話しても仕方がないことだ」
ハルキはお手上げと肩を竦めると、次の問題へと話題を切り替えた。
双子が出会った彼女の正体は分からないまま、ユートはどこか引っかかるものを覚える。その支えを取り除くにはどうすればいいのか。それはユートが気づいていないだけで、今までしてきたことと繋がっている。それを理解した時、彼の目的は大きく揺れ動くのだった。
いつもご高覧ありがとうございます。
新キャラが一気に出てきていて混乱しているかもしれませんが!
6話登場のルト、ミキ、ハルキは2章以降での主人公です。ぜひ覚えてあげてください!
とはいえ、まだまだ冒険者組の活躍が続きますので、ほぉーん。こんなヤツらがいるのな、程度の認識で大丈夫です( ˙ω˙)و
次回もお楽しみいただければ幸いです!




