6-2
そのままの流れで、三人は家事を手伝うことになる。暇を持て余すことなく、時間はミキの帰宅まで進んだ。
「初めまして。ミキです」
ユートとの再会を喜びながら、ミキは事情を聞かされる。その後に、コウとサナに丁寧に挨拶をした。対して二人は、その姿に呆然としている。ユートもミキも、その反応に首を傾げた。
「あ、いや……医者って言うから、もっとこう……」
「イメージと違うかも」
「あらら、どう思われていたんでしょう?」
ミキは上品に口元を手で覆いながら笑う。背中まで伸びた茶色の髪がそれに合わせてさらりと揺れた。
小柄で童顔な彼女は、権威あるイメージが湧く医者とは、少しずれた印象かもしれない。しかし、彼女のキャリアはユートが既に二人には説明していた。コルアン兵士団で医療部隊の隊長を務める程には、医療に精通している上に冷静さと判断力を持った人物なのだ。
ミキは大きな琥珀の瞳を丸くさせると、話している場合じゃないと二階で眠るユーナの元へ駆けて行った。ユーナの様子を見ていたルトが、入れ替わりで降りてくる。
「まだ起きないね。ミキちゃんが今診てくれているけど、三人も様子見てきたら?」
ミキとの対面で安堵するどころか、診断が気になって落ち着かない三人だった。それを見て、ルトは気を回して背を押す。三人は黙ったまま目配せすると、階段に足を掛けた。
静かに、しかし素早くユーナが眠る部屋の前に向かう。扉を僅かに開いて、三人は並んで覗き込んだ。そこには深い眠りについたままのユーナと、その身体を真剣な顔で診ているミキがいる。
部屋の中には緊張が張り詰めていた。三人は喉を鳴らして息を飲む。サナは無意識に、両手を組んで強く握り締めていた。
「……三人とも、簡単だけど診察は終わったから入っていいよ」
いつの間に気配を察知していたのか、ミキは一息つくと扉から覗く三人を振り返って言った。
三人がそれに身を跳ねさせると、コウがその勢いで前に転び出し、ユートもサナも巻き込んで倒れる。痛いだの重いだのと騒いでいると、ミキが口元を隠しながら小さく笑った。
「うんうん、あまり心配し過ぎるとユーナ様が可哀想ですよ。先に言うと、脳死状態でもなければ、臓器の機能不全も見受けられません」
ミキが安心させようと診察結果を語る。語られた内容に、良かったと三人は溜息まじりに声を零した。まるで示し合わせたかのような息の合い方に、ミキはまた微笑む。しかし、真剣な顔に戻して話を続けた。
「身体の損傷は酷くありません。ならば、なぜ起きないのか……それは魔力が関係していると思われます」
「やっぱり、ロッドがないのにオレに魔法を使ったから……」
ユートが表情を曇らせると、ミキがこらと言いながら、小さな拳をこつんとユートの頭に乗せる。
「自責の念に囚われてはいけません! それこそ、彼女を傷つけることになるんだよ?」
「うん、わかったよ……それで、ユーナは今どういう状態なの?」
ユートが立ち直りきれないままでも前を向き直すと、ミキはにこりと笑ってから説明した。
「魔力が枯渇していて、今は回復するために眠っているのだと思います! ごめんね、魔法関連のことはまだ勉強中で、詳しくないの」
ミキは自信なさげに眉をハの字にしながら苦笑する。三人はその言葉に再び不安が湧いた。
「回復って、どれくらい時間かかるわけ?」
「それは、わかりません……何日で起きると断定するのは難しいです。サナさんは魔法使ったことありますか?」
「ないよ。ないから聞いているんだけど」
焦りが隠しきれていないサナは、ミキを睨みつける。ミキもそれを仕方ないと受け止めつつ、あまり確証のあることが言えないと返した。
「魔法、魔力……それらはまだ人間には不可解なことが多いものです」
「歴史上では千年以上前から存在しているのにな、なんでだろうな?」
「それは……奇跡の力ですから」
コウの疑問に、ミキは人差し指を立てて、曖昧に返事をする。だが、的を射ていた。
魔法は人間も扱うことができるが、大元は神々の力と言われている。人智を超えた力であるために、調べようとしても分からないことは多いのだ。
「でも、私より詳しい人なら、もっと分かるかもしれません」
「もしかして、ハルキ?」
「さすがユート、そうだよ」
ユートが出した名は、彼にとってもう一人の保護者であり家族。そして、ミキはその人が自分の上司であり、博識で有名であることを語った。
「彼なら私よりもわかることがあるはずです。それに、ユーナ様とはよく会っていましたし、何か知っているかも?」
「……たまーに、ユートやヒメさんからも聞いていた名前だけど、凄そうなやつだよな」
コウが感心したように言うと、ユートは顔に皺を寄せてこっそりと耳打ちする。
「実際会ったら、この人が? って思うくらいにはガサツだけどね、ハルキって」
「ほうほう、ユートの目にはそう映るんだねぇ」
盗み聞いたミキは自分の顎を撫で、興味深そうにニヤけた。ユートはよく分からないと首を傾げるも、ミキの助言で決意したように胸を張る。
「やること決まったね! 明日はハルキに会いに行こう。悪魔のことも聞きたいし」
「おぉ! 俺も会ってみてえから、着いていくわ。サナはどうする?」
拳を突き上げるコウが振り向くと、サナは険しい表情をしていた。彼女はまだ二人のように明るくなれるほど、切り替えができていない。唇を噛み締めて、ユーナの寝顔を眺めていた。
「あたしは、ユーナの傍にいる」
「……そうしてくれ。起きた時に独りだと、ヒメさんも困惑するだろうからな」
コウもこれ以上は励ますのも難しいと、サナの好きなようにしてもらうことを選ぶ。ミキは三人が今後について決められたのを見ると、明日のためにも食事と睡眠をとるべきとリビングへ向かわせた。
しかし、サナはユーナを見守っていたいと、その場に留まることを願う。縮こまるサナの肩を、ミキは優しく摩った。
「そしたら、晩御飯とお布団をここに持ってきますね。ご飯はユーナ様の分も用意しておきます」
「……うん」
気分を沈ませたままのサナを残し、他の三人は部屋を後にする。
静かな夜を越え、窓辺から朝日が差し込んだ。ユートとコウが床に並んで寝ているところを、ルトが揺すり起こす。
「ほら、二人とも朝。おれも今日は出動日だから、一緒に行くよ」
「ゔぅん……からだ痛い」
「ユートの寝相って、ほんと悪いよな……身体痛いのは寝ている間に殴られる俺の方」
うだうだと言いながら起き上がる二人にルトは微笑んだ。思ったよりも元気を取り戻したと、親心で安心を覚える。
「ッて、街に出るのに二時間も馬車乗るのかよ!」
朝支度を終え、急かされるままに馬車に乗り、コウは兵士団の拠点がある街──クラティクトに到着した。数時間ぶりの太陽を浴びながら、コウは腰を摩って、苦い顔をする。ユートは馬車から飛び降りると、両手を掲げた。
「久しぶりだー! やっぱりコルアンの街は良いよね!」
「ユート、はしゃがないで。拠点の目の前だから」
コルアンは十二の地区に分かれて管理されており、クラティクトは王都がある第一地区の兵士団本拠点有街である。
「拠点があるから、この街は城下町と同じくらいには賑やか。ユートがはしゃぎたくなる気持ちはわかる」
「へぇ、テナートの街も結構綺麗だけど、なんだか華やかだな。田舎って感じじゃねえよ」
コウはサナから散々言われた悪口を思い出しながら、独り言を零していた。ユートはそれに笑いながら、コウの手を引いて兵士団拠点へと向かう。
コウはそこでようやく思い出した。この場所は、コウが憧れるコルアンの兵士が住む場所なのだ。緊張からか、身体中から汗が滲むのを感じた。
「じゃあ、ハルキ呼んでくるからここで待ってて」
「えー、中で待つのつまんない! 庭に行ってもいい?」
故郷に帰ってきた実感が強まったユートは、わがままを言う子供のように態度が変わる。ルトも久しぶりに連れて来たので浮かれたのか、許可して二人に背を向けた。ユートに連れられ、コウは庭に歩み出す。
「こ、コルアンの兵士って、めっちゃ強いんだよな?」
「よく分からないけど、オレが勝てない人ばっかりだよ」
ハスビリアの憲兵は大したこと無かったと、二人で言いながら陽の差し込む庭のベンチに座って待った。少し離れたところからは、訓練をしている兵士の号令が聞こえてくる。
コウはその中で、周りをキョロキョロ見ていた。
「……誰か探してる?」
「おう。前に話したと思うんだけど、俺の憧れの兵士がここにいるかもしれないんだ」
コウの真剣な顔に、ユートは笑う。コウはなぜ笑われたのかが分からずに、分かりやすく不快そうな顔をした。ユートはそれを、丁寧に説明する。
「兵士団は十二個あるんだよ? コウが見たって兵士がここにいるのって、なかなかあることじゃないよ?」
「え、マジか。くっそお、もしかしたら会えるかもって思ったのに」
「コウも、オレに言う割にはバカだねー」
辛辣なユートにコウがぎゃいぎゃいと怒りを示すと、二人に足音が近づいた。
先にそちらへ目を向けたユートが、目を見開いて笑顔になったと思えば、勢いよく立ち上がって駆け出す。
「ハルキ! 久しぶりー!」
それにつられてコウもそちらに目をやると、太陽の光に煌めく深みのある金色の髪が見えた。
それはまるで、豊かな稲穂のような金色である。
その髪の毛に、コウは見覚えがあった。
「よぉ、ユート! ちょっと背伸びたろ?」
「……あ、あんたは……」
駆けて来たユートを受け止めながら、ハルキと呼ばれた兵士はニッカリと笑って声を響かせる。
コウはよろつきながら立ち上がると、二人にゆっくり近づいた。
彼の夢のきっかけ、憧れが目の前にいる。




