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5-2

 空の(はる)か遠くで、(とどろ)くような音が響く。数日経っても暗いままなのは、コルアン王国の気候には珍しかった。しかし、四人は気にすることなく会話を弾ませながら、目的地へと辿り着く。


 意味を解せぬ紋様が、豪奢(ごうしゃ)とも奇妙とも言える小さな建物。誰が何のために作ったのか、はたまた双子のためだけのものなのか。四人には知ることができない。


「なんだか、恐ろしいように思えるね……」


「前回は明るい真昼間の、森が晴れたところだったからな。可愛げあったのに」


 コウとサナは緊張で身体を強ばらせる双子を宥めるために、気の抜けた様子で会話を交わした。その手にまんまと乗った双子は金髪を震わせながら、小さく笑う。


「可愛くはなかったよ」


(おごそ)かです。前回も、今回も」


「えー、明るければ癒し系だと思うんだけどな」


 そんな普段通りの仲睦まじい言葉を何度か投げ合って、覚悟ができたユートがよしと、声を出しながら気合いを入れる。


「そろそろ行こうか、ユーナ」


「次は何を思い出すのでしょうか」


 楽しみと付け加えてから、見送る二人にユーナは手を振った。いつも通り、これまでと同じように、入れば記憶を蘇らせて戻ってくる。そしてまた、次の場所を目指す旅が続く、と。四人のうち誰も、その認識から外れた者はいなかった。


 きっと、何事もない。全員がそう信じ込んでいた。


 彼らには、明確な敵の存在がいるというのに。


 まだそれを思い出すには、記憶のパーツが足りなかった。



 双子が祠に入ると、これまでとは異様な雰囲気が立ち込めている。


「……真っ暗だ」


 そう呟いたのはユートだった。それまでの祠の中は暗くても、どこか遠くに光を感じる。そのような影であった。しかし、二人の前に広がったのは紛れも無い闇。空間を黒で塗りつぶしたかのような、光の一筋も侵入を許さないと言いたげな、重い黒。


 双子は息が詰まるのを感じた。苦しさと共に、力が入らないという不思議な感覚。目眩(めまい)がしそうなほどの緊迫感が襲う。


「……ユート、何かよくない感じがする」


「うん……怖いね」


 咄嗟(とっさ)に伸ばされたユーナの手を、しっかりと握ったユートは額に汗を滲ませた。奥に待っているのは今までのように記憶なのか。二人にはまだ分からない。


「……大丈夫、ユーナ。オレが一緒だよ」


 少しして、落ち着いたユートが息を吐いてからそう告げた。手を握り直して、震えを止める。それが背中を押して、ユーナも頷いた。二人とも手を離さぬように、一歩一歩その暗闇の奥へと進んでいく。


 どこまでも暗闇が続いていた。前回までは溢れんばかりの光が迎え入れていたであろう場所に歩み行っても、視界は暗いまま。そして、異常はもう一つ。二人はそれを察知して、同時に足を止めた。


 無言なままで互いの顔を見る。暗闇に目が慣れて、その表情はお互いに(うかが)えた。二人は声を出さない。しかし、考えていることが互いに一致することを感じた。


 この祠には“誰かがいる”と。


 その瞬間、女の高笑いが祠の中に響いた。それは嘲笑だった。聞くだけで分かるほどの悪意が、双子を突き刺してきたのだ。


 それに反応するようにユートは手を離し、武器を構える。笑い声はドーム状の祠の中を反響し、主の居場所を錯乱させた。


「よくもまあ入ってきたよ、マヌケ」


「こら、初対面でマヌケは失礼だ」


 ピタリと笑い声が止むと、正面方向から声が響く。女の声と男の声。そこには二人の誰か(・・)がいた。


「……誰?」


「初めまして、天使ちゃん。俺たちは“悪魔”だよ」


 双子がその名乗りに息を詰まらせる。


 サナの口から度々出ていた、悪魔。それが二人の前に現れたというのだ。悪魔を名乗った男が小さく何かを呟くと、祠の中の灯篭に火が灯った。


 弱い光に照らされて、目線の先に待つ二人組の姿が朧気(おぼろげ)に浮き上がる。片方は黒い髪を無造作に切ったような男で、見て取れる(よわい)はユートたちとあまり変わらないように見える。


 もう一方は、長い銀髪が輝く女で、つり目を歪ませた不敵な笑みは大人びた表情に見えた。


「あれが、悪魔……?」


「人と見姿(みすがた)はほとんど変わらない……でも気配が人のものじゃないよ、ユート。気をつけて」


 ユーナは警告すると、ロッドを握り直して構える。ユートも剣を抜き出した。響いた金属の共鳴音に悪魔は笑う。


「やる気満々だ」


「いいねぇ! 戦うのだぁいすき」


 呆れた様子の男に反して、女の悪魔はタガが外れたように笑っていた。男の細められた目にも、女の見開かれた目にも、真っ赤に光る瞳が浮かび上がる。


 血のように暗く、しかし炎の光のように輝く深紅の瞳。それはユートもユーナも、悪魔の特徴であるとして共通の認識を持っていた。


「サナが言ってたよね。悪魔は真っ赤な瞳だって」


「うん。彼らが名乗った悪魔というのは、本当のようです」


 これまでにないほど、差し迫った状況。天使と悪魔は敵対しているという話も、二人は記憶の中やコウの話から聞いていた。今ここで対面したのには、喜ばしくない理由があるに違いない。


「何の用? どうしてここにいるの?」


「そんなにカッカしないの、天使ちゃん。まずは話をしよう」


 穏便(おんびん)に済ませようとしているのか、意図が計り知れない男の笑顔に、ユートたちの緊張は増す。相手の出方を伺いながら、二人はいつでも戦えるように目配せをした。


「天使ちゃんたち、もう結構な記憶を思い出してるよね? 困るから、もうやめて欲しいの」


「貴方にどのような関係があるのですか」


「そりゃあ、言わないけど。やめてくれれば痛い目に遭わないよ。俺は割と優しい悪魔だからさぁ、聞いて欲しいな」


 中身のない要求。見下した態度。あまりにも横柄(おうへい)で聞く耳を持つことの方が難しい。穏やかな双子もこれには怒りを覚えた。


 今までの自分たちの苦労、仲間と重ねてきた努力や思いを、全て足蹴(あしげ)にするような言葉だ。双子は示し合わせることもなく、声を揃えた。


「「お断り!」」


「じゃあ戦いだ! いいよねアズ!」


「もう、血気盛んだねシャロ。最初からこうなる予定ではあったけど」


 拒否された二人はあっさりと殺意を表に出す。それだけで攻撃されたと勘違いするほどの洗練された気配だったが、ユートもユーナも怯む隙などなく、臨戦態勢をとった。


雷の精霊(サンドラ)様! 力をお貸しくださ──」


「させるかよ!」


 ユーナがロッドを掲げると、女の悪魔がその(ふところ)まで迫った。まるで、たったの一歩でそこまで詰めたのかと思うほどの速さ。ユーナは息を吐く間も与えられなかった。そのまま女の悪魔は、ユーナが握るロッドに手をかける。


破壊神(はかいしん)よ、砂塵(さじん)(ごと)く破壊しろ」


「えっ……!」


 女の悪魔が唱えたのは呪文。破壊魔法の詠唱だった。その奇跡の力によって、ユーナの手に握られていたロッドは砂のように砕け散る。


 あまりに一瞬の出来事に動けなくなったユーナを、女の悪魔が畳み掛けるように蹴り飛ばした。祠の壁に鈍い音が響く。


「ユーナ!!」


「心配してる場合?」


 敵を目前にしているにもかかわらず、振り返ったユートに男の悪魔が斬りかかった。影もなかったはずの長剣に驚く間もない。すんでのところでユートは防ぐが、攻撃の手は一切の静止がなく、防戦一方を強いられた。


 早く反撃をして、形勢を変えなければユーナを助けに行けない。コツコツと、ゆったりとした足音がユーナに迫るのを感じる度、ユートは焦燥感で満たされてしまう。


 しかし、敵はそのような状態で勝てるほど甘い相手ではなかった。


「ッう!」


「はい、チェックメイト」


 ユートが攻撃を仕掛けようと手を(ひるがえ)す。その隙を悪魔は突き上げた。剣と剣が交わり、小さく光を放つ。


 直後、ユートの剣が天に突き上げられた。無防備に(あらわ)となった急所。それを悪魔が見逃すはずもなく、ユートの身体の真ん中に剣先が突きつけられた。


 皮を断ち、肉を掻き分け貫く音が、重くユートの身体にこだまする。


「ッあ……」


 それを容赦なく引き抜かれたところから、熱い血が溢れ出た。吐き気を(もよお)すほどの激痛にユートの意識は明滅する。


 紛れもなく、致命傷だった。呼吸をする度に痛みが強くなり、とめどなく赤黒い血が身体を濡らし、地面を染めあげていく。


 ユートが初めて目の前にした、死の恐怖だった。浅い呼吸しかできずに、せめてもの抵抗として敵を睨みつけるも、満足そうに笑った顔だけが見える。


「帰るよシャロ、片方殺れば十分だ。記憶は戻せなくなる」


「えー、つまんないの」


 短く会話をして、突如として現れた敵はゆっくりと出口に進んで行った。彼らが居なくなった合図のように、祠は元の輝きを取り戻し、光で空間を包み込む。



「……っは、あ」


 ユーナは壁に突き飛ばされてから、気絶していた。しかし、腹の辺りに鋭い痛みを感じて跳ね起きる。蹴られた疼痛(とうつう)に重なって、まるで引き裂かれたかのような燃える痛みに涙が滲んだ。


「血は……出てない。これ、もしかして……」


 その痛みが自分のものではないと気づいた瞬間、顔を上げたユーナの目には最悪の光景が飛び込んでくる。

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