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5話-1 会敵

 黒く、厚い雲が空を包むようにしてゆっくりと動いている。木々はざわめき、道を行く者を急かすように揺れた。


「荒れてきたね、天気」


「落ちんなよ、しっかり歩け」


 崖の縁をなぞるように、四つの人影はゆっくりと道無き道を行く。


 前方で手を取り合いながら進むのは、旭光(きょっこう)のように輝く金髪を冠した双子、ユートとユーナ。それを見守るように、盗賊の末裔であるコウと殺し屋だったサナが続く。


 四人は双子の失われた記憶を取り戻すべく、今なお踏みしめる大陸──ローシネルを回っていた。


「吹き飛ばされちゃうよぉ! ユーナ、ちゃんと握ってね!」


「私は大丈夫だから、前見てユート……!」


 何故、四人の冒険者はこのような危険な道を進んでいるのか。それを説明するには、時を数時間前に戻す必要がある──


「ハスビリアを北上するのは避けた方がいいね」


 そう提言したのはサナだ。彼女はハスビリアと呼ばれる帝国で生まれ育った。地の利もあり、最適な道を知っている彼女が、ハスビリアの南を位置する場所でストップをかけたのだ。


 その提案に対し、コウは先程手に入れた大陸の地図を見ながら眉を(しか)める。


「いや、今南端にいるわけだろ? そしたら、北西に進んでコルアンに戻った方が楽じゃね? それ以外は獣道だし遠回り」


「オレはどんな道でも行くよ!」


「俺は整った道に行きてえの!」


 好き放題に言うコウとユートに、サナは溜息をひとつ吐き出してから話を続けた。呆れた声はすっかり脱力している。


「確かに、ハスビリアの中央都市は比較的安全だし整ってる。この間行ったような辺境の町より綺麗なのは確か」


「なら行こうぜ? ラクしようぜ?」


「私もせっかくなら国の様子を──」


「出られないよ? コルアンに」


 ユーナもコウの隣に立って中央都市への入国を提案するが、サナは強い語気で言い重ねた。警戒心の高い彼女が真剣になるほどに、ハスビリアという国は難儀な場所だ。


「ハスビリアは管理された国なの。中央都市に入ったら、それは強くなる。何処に行くのかとか、何処から入ったのかが監視されるわけ」


「そりゃまた面倒だな……」


「どうしてそんなことしてるの?」


 ユートが首を(かし)げ、問いかける。サナはどう説明しようかと、少し悩んでから面倒くさそうに答えを出した。


「敵が多いから。悪魔とか魔物じゃなくて」


「仲良くすればいいのにね」


「コルアンから来たあんたは、一番言っちゃダメだね。主にコルアンが敵国だもん」


 サナが語り出したのは国家間の政治の話であった。遡ること数百年前、大陸に存在する国がまだコルアンとエリュトロン、ハスビリアの三つだった時代から始まる話である。


「歴史のお勉強からだけど、“人間の敵”が現れた頃、国の間で領土争いがあったの。それがコルアンとハスビリアが主体だったのね」


「お隣同士なのに……」


「隣同士だったからだよ、ユーナ。コルアンは領土が大きいし、悪魔に国を荒らされたハスビリアはとにかく安全な土地が欲しかったの」


 サナが淡々とした調子で語るのは、凄惨(せいさん)な人間たちの戦争の話であった。人ならざるものに追われた者が、自分たちの安全のために他者の土地に踏み入り、強引に奪おうとしたことによる悲しい戦いである。


「コルアンは譲ってくれなかったし、ハスビリアは強行手段とるしで大荒れ。数年前に一旦決着したけど、まだ小突きあってるよ」


「その、それらは悪魔のせいなのでは無いですか? なぜ人が争うことになるのでしょう……助け合うべきだと思うのですが」


「まあね、でもそうできなかったみたい」


「戦争って、案外そんなもんだよな」


 過去の人々の過ちとも言える話を、四人で憂いていると、とにかくと手を叩いたサナが話題を戻した。


「コルアンに行く過程でハスビリアに入っちゃうと、スパイだなんだと思われるわけ」


「めんどくせえことになるのは理解したぜ」


「でも、どうやってコルアンに行くの? ここら辺は山脈だし、来たところを戻るとか?」


 ユートの問いかけにサナは少し考えてから、三人を順々に眺めるとニヤリと少し歪な笑顔を見せた。


「三人とも、この旅でもう体力に自信はついたよね?」


 ──そうして、四人は崖っぷちを歩むことになったのだった。


「サナぁ、こっちの方がめんどくさかったんじゃねえ?」


 すぐ左は断崖、すぐ右は絶壁。歩く道は靴二つ分といったところ。敵対している国を跨ぐ緊張感と、この道を行く切迫感はどちらが大きいのか。サナはこっちの方がマシだと言い張った。


「このまま国境をなぞってコルアンに入るよ」


「オレも知らない場所に出そうだなぁ」


 そんな会話をしていると、道が少しずつ広くなっていく。四人はまともに歩けるようになると、思わず駆け出した。しかし、その先に待っていたのは、更なる困難である。


「……いや、山じゃんまた!」


「これは予想外かも……でも、これを乗り越えれば、コルアンだ」


 サナはポケットから方位磁石を取り出して、方向を確認しながらそう告げた。迂回するには数日かかるような、山脈が立ち塞がったのだ。しかしサナの予測通り、この山の先がコルアン王国である。


「にしても、ユートはコルアンからスタートしたんだよな? なんで戻ることになってんだ」


「それは、説明が少し難しいのですが……」


「知らなかったんだよ、祠の場所。毎回、記憶を思い出した時に頭の中にここだよーって、流れてくる感じなんだ」


「ユートに言わせると、何も分からないね」


 急な斜面の山を登りながら、四人は会話を弾ませた。ユートは懸命に記憶を思い出す感覚や、次の目的地の情報を得る瞬間を説明するが、言語的に表現するには困難な現象である。ユーナも上手く説明できる気がしないと、頬を掻いて気まずそうに笑った。


「それも魔法なんだろうね」


「そういえば、サナは魔法を使えるの?」


「まったく。要らないし」


 サナはひらりと手を振り払って見せる。魔法は奇跡のようなもの。簡単に扱えるものでは無いのだ。それよりは、使い方さえ分かれば心強い銃の方が、サナは好ましいと付け足す。


「そういや、ヒメさんは魔法得意だけどさ、なんで補助道具持ってるんだ?」


「補助道具? このロッドのことですか?」


「昔はそういうの、持ってなかったよね。確かに、今思えば不思議」


 コウが話題を振ると、皆がユーナの両手に握られた大きなロッドに注目した。長く太い木の枝の先に、緑色の水晶のようなものが巻き付けられている。彼女の持つそれは、彼女の身体には余るほどの大きさだった。


「実は……私は魔力が多い上に、魔法を使う時の魔力調整が苦手なのです」


「へえ、ヒメさんにも弱点が」


 驚いた顔をするコウの脇で、ユートは成長したんだねと涙ぐんでいる。事実、ユーナは成長と共に、元から優れていた魔力が更に膨張し、有り余るほどになったのだ。


「はい、本当に弱点です。私はこのロッドを介さなければ、魔力が余計に消費されて倒れてしまいます」


「強い人にこそ、ありがちな制限って感じだね。ユート、あんたの妹かっこいいと思うよ」


「うん! ユーナはかっこいいよ! サナもかっこいいよ!」


「いつまでも言われ慣れないから、的を外してもらおうと思ったのに……」


 ユーナのロッドと魔法について盛り上がったところで、四人は休憩を挟むことにした。太陽の光を遮る雲は、その厚みをさらに盛り上げる。まだ昼間だというのに、辺りは暗くなっていった。これ以上は危険かつ、雨が降ってくることも考えられる。


 そこで四人は、寝床の確保へと行動を移したのだった。そして夜を明かし、雨音に包まれながらの就寝を終え、再び山を登る。それを繰り返して二日後、一行は山を超えることに成功した。


「コウがよく動いてくれて助かった。やればできる子なんだね、意外と」


「意外と、は余計じゃね?」


「ここから祠は……もう少し西だね。オレがお世話になった家に向かう感じかも」


 四人は再び現在地を確認すると、道筋を決めて歩き出す。旅の再開にしては、空模様は暗いまま。


 ユーナはそれを見上げてロッドを握る力を強めた。不吉。彼女が感じたのはそんな空気である。ユートに呼ばれ、慌てて駆け出したユーナの足元には、土で汚れた白い花が頭を垂れていた。

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