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幕間3-2

 それにしても、何故居なくなったのか。用を足しに行ったとかなら笑えるんだが、逃げ出したのなら腹立たしい。


 勝手に機嫌損ねて、勝手に嫌になるなんて、ガキみたいだからな。もし逃げたんだったら、早く捕まえて叱りつけてやる。


 そうやって、地面だけではなく目の前を塞ぐ木の枝にも注意を向けて歩いていると、地面が湿ってきたことに気がついた。遠くの方を眺めると、湖が見える。


「一人で落ち着くには最適な場所……って訳か」


 俺は少し近づいて、岩場に隠れるとサナの姿を探した。湖は月明かりを反射して、まるで光っているかのようだ。幻想的ってやつだろう。


 そんな景色の中で、水面を見つめているサナの横顔が見えた。サナはここを知っていたんだろうな。そうじゃなきゃ、生き物が集まりやすい水場には近づかない。静まっているから、ここは不思議なことに何も集まらないのだろう。


 折角の静かな時間だから、逃がさないよう監視だけに努めて大人しくしておこう。


 そう思って、少し体勢を変えたら、岩場が思っていたよりも湿っていて、足が滑った。


「いでっ」


 思いっきり転んで声まであげる。当たり前だが、サナはすぐに気づいた。しかし、逃げるのではなく、俺の方へと歩いてくる。


「つけてくるなんて、さすがの育ちの悪さだね」


「そういうお前も見張りをサボるなんて、どんな教育受けているんだか」


 憎まれ口に言い返すと、サナは小さく笑った。紫石英の瞳は、湖が反射する月明かりで輝く。こいつがこんな風に笑ったのは初めて見た。


「それはごめん。お詫びに何かしてあげる」


 俺に手を差し伸べながらサナは言う。その言い方は、俺に(ゆだ)ねるみたいで(しゃく)なもんだった。吐き出したいなら自分から言えっての。


「……じゃあ話をしようぜ」


 俺がサナの望み通りに答えてやると、サナは少し目を開いて固まってから、そんなことかと俺の腕を引いた。


「何について話したいの」


「まずは見張りをサボったことに対する言い訳を聞いてやるよ」


 湖を眺めながら、二人で並んで座る。水面に月が見えた。覗き込むと鏡のように俺の姿が映り込む。波紋もほとんど浮かばない綺麗な鏡だ。本当に静かな夜。サナが呼吸する音まで聞こえてくるくらいだ。


「見張りをサボったのは、必要ないから」


「なんて強気な言い訳だ。理由はこの静けさにあるんだろうけど」


「よくわかったね。ここら辺には、人も魔物も動物も寄ってこないの」


 サナが言うには、数十年前までは動物がこの湖を生命の源として住んでいたそうだ。


 それが狩人として人間たちが荒らし、その人間たちが暮らそうとする時に、祟りのように魔物が湧いたらしい。追いやられた人間たちはこの場所を諦め、魔物も獲物がいない場所には留まらないのか、誰もいなくなった。


 だから、見張りなどなくてもそもそも脅威はないと、サナがここ一年で判断したお気に入りの場所ということだ。


「落ち着くの、この湖。何も無くて、綺麗な鏡みたいで……自分しか居ないから」


 サナは水面に指先を触れさせ、綺麗な鏡を歪ませた。そうして音を立てながら、しばらく水遊びをしている。意外とガキっぽいことするんだな。


「でも、それは眠っているユートやヒメさんを放っておくには根拠が足りねえな」


「そうだね、あたしの他にも目をつけてる奴はいるかも。でも、あんたなら人が近づこうものなら起きたでしょ。耳は良さそうだもん」


「俺に頼りきりかよ……じゃ、詫びはまだ求めさせてもらおう」


 サナが悪びれる様子もなく正直に言うもんだから、俺も気を使うのはやめた。ここまで来たら、俺に迷惑かけようとした分の報酬を貰うことにする。


「さっき、町で何があったか聞かせてくれ」


「大したことじゃないよ。でも、そうだね……ユートとユーナには言わないでくれる?」


 サナは水に浸していた指先を空で払うと、俺に目を合わせて言ってきた。大したことじゃないけど、二人には秘密にしたい。と言うよりは、二人には聞かせたくない内容だけど、俺なら大丈夫だと思っている。そんなことを言いたそうな顔だ。


 俺は言いふらす意義もなさそうなので、黙って了承する。


「……あたし、あんたと同じような世界の人間なの。あんたよりも酷いかも」


「人でも殺して稼いでたのか」


「……ご名答」


 何となく、予想していたけど、そうじゃないといいなと思っていたことを先制して言ってみた。悲しいかな、正解してしまう。


 妙に高い警戒心と、自分の痕跡を残したがらないところ。深く人に関わりすぎないようにする距離感と……根拠になりそうなことは今まで色々とあった。少し前の俺が意識していたことばかりだ。


「平たく言えば、殺し屋だった。それも家業みたいなもので、小さい頃からそうなるために育てられてきた」


 サナは無感情な声で俺に教えた。俺が気になって仕方がなかった正体だったが、あっさりと知れると特に何も思えなかった。


 予想していたからではなくて、教えてくれたことが重要で、その内容は最初からどうでもよかったからだ。


 でも、サナにそんな俺の心情が伝わるわけもなく、少し黙る時間を作った。俺の反応を見ているみたいだから、特に表情を変えずに続きを促す。


「さっき、町ではそれを終わらせてきた。よく仲介になってたやつに、もう足を洗うって話して、預けていた報酬金を全部貰ってきた」


 サナは自分の腕を握りしめながら言う。そこが不機嫌になった原因らしい。まあ、俺から突っ込んだりはしない。


「ほぉ、いま金持ちなんだな」


「くすね取れると思わないでね」


「そりゃ勿論。俺はもうそういうことはしねえからな」


 それにしては顔がニヤついていると指摘された。そういう顔なんだ。いちいち気にしないで欲しいものだぜ。だが俺とは違って、サナの顔からは笑顔が抜け落ちた。


「終わらせて、きたけどさ……」


「なんか言われたか」


 言いづらそうにするもんだから切り込むと、サナは口を結んで頷く。まあ、子どもの頃から仕込まれてるんだ。他の生き方を推奨されるわけはない……ってところか。


「お前が殺しを辞められるわけが無い。人を助けるなんて(もっ)ての(ほか)だ。どうせすぐに戻ってくる……ってさ。ほんと、ムカつく」


 サナは自分が言われたんであろう言葉を繰り返した。俺の予想通りの言葉の数々だったが、サナも言われるのはわかっていたみたいな言い方だった。ムカつくという言葉にも、そこまで感情は乗っていない。


 つまり、ムカつくべきなのに、腑に落ちてしまった自分がいた……と、感情の無さにはそんな理由が宿っていそうだ。


 それでも、俺は悔しかったんだろうなと思う。だって、怒った顔をしている。言われて当然なんだから大丈夫って言いたいなら、町から出てきた時だってもう少し落ち着いていたはずだ。


「小さい頃からそれしか教えて貰えなかった。母さんと弟が……父さんの因縁で殺された時からは特にそう」


「……まじかよ」


「父さんは、いつかあることだと思った。助けられなかったのは当然だ。殺すことしか俺はできないからって……あたしに言ってきたよ」


 俺が驚嘆(きょうたん)を零すと、サナは父親の言葉も繰り返した。それも無感情だ。まるで、長いこと自分にも言い聞かせてきたように、慣れた口調で言い訳を繰り返す。


「あたしも、助けられなかったから。自分の身を守ることしかできなかった……だから、あたしも殺ししかできないのかな」


 サナの語尾は尋ねるようだった。でも俺に答えて欲しいわけではないだろう。自分の中で答えを見つけたいという気持ちがあるはずだ。だが、話を聞いてしまった以上は何か返したい。


 サナが黙ってしまったので、俺も考え込むと……かっこいい答えなんて思いつかなかった。だから、俺も身の上話を語る。


「俺もジジイによく言われた。お前にはハフマールの末裔としての義務がある。盗み以外にできることは無い……みたいな」


 一度だけ、自分のあり方に疑問を抱いて、憧れの話をしてしまったことがある。その時、ジジイは俺を殴りやがった。そんなのは()だと言って。


「仲間たちや家族の無念を晴らすためだけに、お前は生きろ。人助けをしたいなんて……ふざけるなって。夢を語ったら(ことごと)く否定されたよ」


 俺が笑いながら昔話をすると、サナは呆然とした顔をして俺を見た。何を笑っているんだと、思っているらしい。


「辛くなかったの?」


「うーん……全く! その時から俺は、ハフマールは腐ってるって思ってたからな。腐ったジジイの言葉なんて響かなかった」


 俺が歯を見せて笑うと、サナは少し目を細めた。眩しい時にする顔だ。そして、少し笑う。俺の言葉を飲み込むように、こくんと小さく頷いた。いい反応だ。


「それも、そうだね。聞き入れることじゃないのかも」


「おうよ、理解されないのは当然だからな。その道が正しいと思い込んでいる悪党には」


 俺が(いさぎよ)く過去を切り捨てると、サナも肩が軽くなったのか背筋が伸びた。励ましも慰めも言えないと思ったが、案外良かったらしい。


「悪党をやめたい者同士、仲良く足掻こうよ……コウ」


「……お、おう! よろしくな、サナ」


 初めてまともに呼ばれた名前にびっくりして、差し出された手を上手く握り返せなかった。スカッと音が鳴るように、サナの手を空振りする。


 決まりの悪さは早急にどうにかならんかなと、俺が苦い顔をするとサナが声を出して笑った。少し不器用な笑い方で面白かったのは、らしいとは思う。二人で一緒に笑うと、静かだった水面に小さな波が立った。


 二人でしばらく話し込んで、夜空は僅かに白んでいく。俺が欠伸(あくび)をし始めた頃に、サナがようやく立ち上がって、ユートとユーナが寝ているテントまで一緒に戻った。勿論、二人とも無事だ。


「もうすぐ夜明けだけど、あたしたちも寝る?」


「まじで見張りする気ねえじゃんか……ま、大丈夫だろ。寝ようぜ」


 そうしてそれぞれの布団に潜ると、すぐに眠りにつけた。次に気がついた頃にはユートに揺すられて、夢も見ずに目を覚ます。


「コウ起きてよー。オレだけ起きちゃって暇。サナも寝ちゃってるし……」


「うっせえ……」


「ユーナも全然起きないし、みんな寝るの好きだね?」


 寝癖をぴょこぴょこ動かしながら快活に話をするユートだった。こいつ、多分まだ起きてから数分も経ってないだろうに、よくハキハキと話せるよな。いつも最初に起きて大声で起こしてくるし、寝起きいいんだろうな。


 俺は悪い方なのでまだ寝ていたいが、寝返りしたらユートが背中をポカポカと殴ってきた。普通に痛い。辞めさせるためにも起きることにする。


「二人は寝かせておいてやろうぜ」


「そしたら朝ごはん用意しよう! コウは食べられるものを探す係ね」


「また面倒な役だよ……」


 ユートの眩しい笑顔に目を細めて、静かな夜の終わりを実感した。


 あの湖の雰囲気、好きだったんだけどな。まあ、またあんな時間を過ごせるだろう。これからの旅路は、きっとまだまだ長く続くはずだから。

ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます!

『勇者と姫は自分探しの旅に出た』はここで一段落。次回からは視点をナレーター的存在に変えて、登場人物もドッと増やして話が動いていきます。


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