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幕間3話-1 過ぎ去った時を想う

 サナが冒険のメンバーに加わってから、俺たちの旅路はさらに賑やかになった。と言うよりは、ユートが前よりも一層うるさく騒ぐようになった。


「ねぇサナ! 銃って重い?」


「割とね」


「重いのにずっと背負ってるんだ! すごい! じゃあサナ、ナイフも持ってるけど、もしかして体術も得意?」


「割とね」


「へぇ! すごいね! 無敵だね!」


 さっきからこうやって、質問を繰り返しては凄いと褒め殺し。最初はたじろいでいたサナも、飽きてきたのか同じ返答しか返していない。いや、返事してやってるだけサナは根気があるみたいだ。ヒメさんまで呆れて黙り込んじまっている。


 ユートは初めて見る武器だからか興奮が未だに冷めないみたいで、目の輝きが(よど)むこともなく話しかけ続けていた。俺から見たら、そんな輝かしいものじゃなさそうだけどな。


「ねぇ」


「……あえ、俺?」


「あんた以外には話しかけてない」


 聴覚を半分シャットアウトしていたところに、突然サナから声をかけられた。ユートの猛攻を避けて俺に話しかけるなんて、どんな神経の持ち主だ。って思ったら、ヒメさんがいい加減に怒ったらしく、ユートがしょぼくれていた。まあ、節度は弁えた方がいい。学べて良かったな。


「何をぼーっとしてんの。人が話しかけてるのに」


「ああ、すまんすまん。何だよ」


「家名なんて言うんだっけ?」


 何を突然と思えば……既に盗賊なのはバレたらしいが、どこの盗賊かまで聞きたいらしい。もう廃れた名前を名乗るのは恥ずかしいものなんだがな。


「ハフマール」


「ほぉん……本当にそうなんだ。虎の威を借る狐かと」


 サナはそう言いながら、俺の頭に巻きついたバンダナを人差し指で触った。借りるには足りないだろ、こんなもん。そういうお前は何者なのかと聞こうとしたら、サナはふいっと顔を背けた。


 町を目指して森を進む。しばらく全員が静かになって、微かに鳥の鳴き声が耳に入った。そういえば、最初の町からは想像もつかない自然だ。祠は人里離れたところにあるから当然かもしれないが、あの町の光景からは想像もつかない。


 なんというか、あそこは何もかもが灰色で生命力を感じなかったからな。あんな所に住んでいたらそりゃ気が滅入る。


「少し休もう。近くに川がある」


「さすがの土地勘」


「あんたでもわかるでしょ。地面が湿ってるから近くに大量の水があるのは察しがつく」


 サナは俺を見ながら、地面を靴裏で擦った。確かに湿っているけど、地面を注視しないと分からないレベルだ。さっきから足音どころか足跡も残さないし、足元への気遣いが常人のものじゃねえ。本当に何者なんだ、こいつ。


「オレお腹すいたぁ」


「じゃあご飯にしよう。川に魚でもいればいいけど」


 項垂(うなだ)れるユートに、サナは足を速めた。サナの言う通り、少し進んだところに川がある。方角までちゃんと分かるものなんだなと感心していると、サナが俺に指さした。


「あんた、魚探し担当」


「他の役割聞かなくてもわかるぞ、それが一番面倒なの!」


 ということで、俺は川に入らされた。まだ暑い季節でもないのに川とか苦行かよ。足冷てぇ……


「サナ様、枯れ木はこのくらいでよろしいでしょうか?」


「大丈夫。あと、様付けはやめて欲しいな」


「そ、そしたら……サナちゃんって呼んでもいいですか? 同じくらいの歳の女の子と話すの、ほとんど初めてで……憧れで……」


「……いいよ。ユーナって可愛いね」


 おいおい、後ろで女子がキャッキャし始めたぞ。俺は川の中で、いるかも分からん魚探してるのに、なんて呑気な。


「火はオレが付けるね。コウ、早く魚持ってきて」


「お前は手伝えよユートぉ! って、今なんか足通った! いるぞ魚ぁ!」


 三人が俺の無様であろう姿を眺めているのに腹立たせながら、先程足元に感じた気配を頼りに魚を掴む。しかしそんなに上手くいくはずもなく、触ることができればいいところ。掴むなんて無理だった。釣竿とか網とかあればなぁ。


 俺が四苦八苦しているうちにユートとヒメさんは飽きたらしく、木の実か何かを探しに森に入っていった。たった一つのサナの視線が背中を鋭く突き刺す。無駄に緊張するからやめて欲しい。


「あ、閃いちゃった」


 そういえばいい手があった。ヒメさんみたいに雷電魔法で魚を気絶させればいい。俺の魔力じゃそれが限界だけど、十分だろ。


「よぉし、ビリビリ大作戦だ! 雷の精霊よ、力を──」


「馬鹿じゃないの!?」


「ぐぇっ」


 雷を呼ぼうと手を高くあげた時、襟が思いっきり引かれて変な声が出た。すぐ後ろには慌てて走ってきたのか、足元を濡らしたサナが立っている。いつもは半分くらいしか見えない紫石英(しせきえい)の瞳が、今は丸っとかっ開かれていた。


「あんたも川の中いるのに雷電魔法なんて使ったら感電して死ぬでしょ!」


「……たしかにぃ」


 サナは短く(なび)く黒髪を整えながら俺に言う。俺は今、確実に顔が赤いだろう。恥ずかしくて湯立ちそうだ。今すぐ川に潜りたい。それにしても、自分が濡れるのも顧みずに俺を助けにくるとは、結構優しいな。


「はぁ、あんたのせいで濡れたんだけど、このマヌケ。ドジも大概にしなさいよ。よく今まで生きてこられたねこのバカ」


 前言撤回。絶対そんなに言わなくていいのに、傷つける気満々な言葉の刃物を振り回す怖い女だこいつ。優しさの欠けらも無い。俺もう泣きそうだよ。


  苦労はあったが、サナに言われた通り川から出て雷電魔法を使ったら、思ったよりも大漁に魚が取れた。サナが持っていた味噌を塗って焼いてくれたんだけど、これがなんとも……


「美味しい! 美味しいですサナちゃん!」


「口にあってよかったよ。粥も食べたかったら作るよ?」


「食べたいです! 絶対美味しいもの!」


 ヒメさんの言う通り。美味かった。ユートなんて一言も発さずに食べる手が止まらねえ。って、魚全部取られそうなんだけど。俺がとった魚なんだけど!


「ユーナが山菜取ってきてくれたから、美味しいの作れるよ」


「うわぁ、いい匂い」


 俺とユートが魚の取り合いをしている間に、サナは慣れた手つきで山菜粥まで作った。俺も料理は最低限できるけど、サナほど繊細には作れない。これは今後の旅路が食豊かになりそうだ。サナの手つきに見入っている間に、椀が差し出された。暖かい湯気が鼻をくすぐる。


「うっまそぉ」


「はいはい、どうぞ食べて」


 スプーンまで貰って口に運ぶと、山菜と米の香りが口いっぱいに広がった。噛み締めると、葉物の甘みと程よい苦味が心を満たす。マジでうめぇ。サナの正体って、狩りも自分でする料理人だったりする?


「美味しいよサナ! 料理上手いんだね」


「まあ、これくらいしか楽しみがないというか」


「え、趣味ってことかよ?」


「少なくとも生業(なりわい)にはならないでしょ、こんなの」


 謙遜(けんそん)するようにサナはお玉を振りながら否定する。界隈(かいわい)によっては需要あると思うけどな……本当に何者なんだろう。正体がまた遠のいちまった。


 食事を終えて、俺たちは歩みを進める。町まであと少しらしい。しかし、サナは意味不明なことを言い出した。


「あんたたちは町の少し離れたところで待っていて。あたしの用事だから」


「ここまで歩かせておいて?」


「方角はこっちだからどうせ来ることになった。入っちゃうとちょっと厄介だから、待っていて」


 サナはそう言うと、俺たちが止めようとする前に、背を向けて町へ入って行った。まだ仲間としての意識がないらしい。


「なんか、寂しいね」


「私たちを守ってくれているんだと思うよ」


「……そうなのかねえ」


 信頼されていないというのは、なんとも悲しいものなんだが。まあ、出会ってまだ一日も経ってないんだ。仕方ないとしか今は言えない。


 そうして、三人でハスビリアの感想でも語りながら待つことになった。一時間は過ぎただろうか、日が傾いてきた頃にサナは戻ってきた。少し、苛立っているように見える。行くよと、一応俺たちに声をかけるも、足を止めることなく歩いていってしまった。


 何をしてきたのかと、俺たちに聞く隙も与えないような動きだ。


「……あの、サナ──」


「ユート、今は話しかけるな」


 ユートがサナの肩に触れる前に、俺はユートの首根っこを引いて止めた。自分でも驚くほど低い声が出る。それが真剣さを伝えるのに良かったのか、ユートは言うことを聞いてくれた。サナの背中を見れば、逞しく見えていたそれが小さく思える。


 そのまま黙っているサナに着いていき、辺りが暗くなる頃に野宿の支度を始めた。町に入って宿で寝たい気持ちもあったが、この国じゃそんなに簡単な話でも無さそうだ。寝床を作るサナの慣れた動きを見ると、そう思わされる。


「……オレ、食べられるもの探してくるね」


「危ないから、私も行きます」


 重い沈黙に耐えられなかったユートが名乗りをあげると、心配したヒメさんも追いかけて行った。俺は気をつけるようにだけ言って見送る。毒キノコを持って帰ってこないようには、散々仕込んだからな。


 しかしその結果、サナと二人きりになった。ちょうどいいタイミングだと思って声をかけようとするも、サナは話しかける隙を与えてくれない。わざと音を大きく鳴らしながら寝床を作っているんだから。


 本当に今は話しかけるなってことなんだろうな。俺は大人なので、そういうことも察しますよっと。


 しばらく二人で支度して、やることが無くなって時間を持て余しそうになった頃に、双子は揃って帰ってきた。両手に木の実やら枯れ木やらを抱えている。


 日も落ちて来たので、急いで火を炊いた方がいいだろう。枯れ木を受け取って、さっさと組み上げるとユートに火をつけてもらおうと視線を流した。言われる前に気づいたユートが俺のすぐ横に近づいて、火をつける時に小声で話しかけてくる。


「何か聞けた?」


「いいや、相当虫の居所が悪いらしい」


「……そっか」


 ユートはこの状況を(かんば)しくないとわかっているらしい。コミュニケーションを取れないというのは、今後の旅路を共にする上で問題になる。


 しかし、それはサナもわかっているはずだ。それでも堂々と拒否してくるなら、待ってやった方がいいんだろう。


 そうして、夜を迎えた。昼間とっておいた下処理済みの魚を焼いて、ユートたちが持って帰ってきた木の実を食べる。そして、早々に寝ることになった。


 サナが見張りを名乗り出るので、途中で交代しようと提案すると断られてしまう。一人の時間が欲しいということなんだろうから、飲み込むしか無かった。サナの様子に不安そうなユートとヒメさんに、寝るように促して俺も床につく。


「……ん、んぅ」


 しかし残念なことに、少し眠れたところで起きてしまった。感覚的には二時間くらいは寝ただろうか。たまにあるんだよな、このまま眠れないこともしばしば。


 パチパチと音を立てながら燃える焚き火を睨みつけて、どんどん冴えていく頭を空っぽにして空を眺める。そういえば、サナの姿がない。


「どこいった、あいつ」


 さすがに黙って消えることはないと思うが、見るからに一匹狼なあいつのことだ。全くないことではない。


 俺に腕を伸ばして寝ているユートをゆっくりと避けて、サナが座っていた場所をよくよく見た。


 足跡をつけないように歩くのも、隠すのも上手いのはわかる。とはいえ、俺もその術をよく知っている側の人間だ。痕跡は追える。


 俺はサーベルを腰に装着して、足跡を隠した痕跡や僅かに残っている動きの後を追って、夜の森を進んだ。


 正直、それだけで危険な行為だ。ここら辺は魔物もいるだろうし、そうでなくても獣はそこら中にいるだろう。そんなのを(かえり)みずに、一人であいつはどこかに行った。いや、大丈夫だという確信があるんだろう。

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