1話-2
ということで、今のオレは煌びやかな王城……しかも、玉座の間というところにいる。これから山を越え谷を越えといった大冒険が始まると思っていたのに、野山とは縁遠い場所だ。
さっきまで磨かれていたのか、綺麗に光を反射する大理石の床と、オレの何倍もある高さの天井には金で飾られたシャンデリアが浮いている。壁も金や宝石で装飾されていて、眩しさに目を細めた。
そして、目の前には豪奢な玉座。それに座っているのは、周りのものに見劣りしない威厳のある見た目の男の人。
初めて会うオレにも分かる。この人がこのテナートの王様だ。
「ユート様、まずは我が国の姫巫女をお助けいただき、感謝を申し上げる」
「い、いえ、えっと、身体が勝手に動いただけでございます……です」
王様の低い声でオレの身体には変に力が入った。言葉遣いも、おかしかったよね……? うぅ、敬語はルトから教わらなかったからなぁ。というか、言葉遣いに関しては教わるべきは他の人だったかな。
「あの、オヒメサマに言われたんだけど……ですけど、金の勇者って何の事……ですか?」
そう畏まらなくてもと前置きしてから、王様は一つ息を吐く。そして、手をひらりとあげた。すると、後ろから人が出てきてその上がった手に、筒のようなものが渡される。
「これはおよそ五年前に、我が国に持ち寄られた『ケイジ』です。読み上げてもよろしいですかな?」
ケイジ……神様の言葉とか言われる、啓示のことかな。オレはよく分からないまま首を縦に振った。王様はそれを合図に、筒から一枚の紙を取り出して、両手で丁寧に広げる。そして、軽く咳払いをして、次の言葉を述べた。
「これより述べるは神のお告げ。
信者よ、耳を傾けよ。されば救われん。
天から舞い降りし、金の巫女。
その手が与ふるは、万物を癒す温もり。
降臨せし土地に安寧をもたらすだろう。
されど彼女は欠けている。
無くしたかけらは神の寝床に。
各地を巡りて取り戻すべし。
されど一人では向かわせてはならぬ。
伴うは巫女と同じく金の勇者。
天より降りし金の勇者は
降り立ちし土地に蔓延る闇を
眩い光を照らし続ける。
なればこそ汝らは待たれよ。
金の巫女の天来を。
金の勇者の外来を」
王様はまた一息つくと、今の言葉がこの国に与えられた啓示の内、五番目のものであると続ける。
「神々からの啓示は我々を導いてきました。この啓示は隣国を経由して届いたものですが、啓示を受ける前にユーナ様を迎えておりました」
「金の巫女って、あの子なの!?」
オレは改めてさっきの女の子を見た。先程よりも更に煌びやかな服装になっていて、本格的にお姫様といった感じだ。真っ青な生地に白いフリルが覗いていて、ところどころに散らされた、星の装飾が美しいドレスを身に纏っている。
見惚れていると、お姫様は振り向いて、こっちに微笑んだ。オレとは違って緊張もしていないみたいだ。でも、さっきの話からして、この国の人ではないということかな。
「ユーナ様は啓示の通り、回復魔法の使い手であります。その恩恵により、我々は魔のものに対抗できるようになりました。しかし……」
王様は一度俯くと、お姫様に視線を移した。お姫様もそれに応えるように王様を見上げる。
「彼女の成すべきことは他にあります。彼女にも使命があるのです。それが欠けたもの……すなわち、無くした記憶を戻すことです」
オレはその言葉に驚きを隠せなかった。
記憶を無くしている。
それはオレと同じだ。そのことに不思議な安心感を覚えて、声を漏らしてしまった。
「オレも記憶が無いです。オレはこの旅の中でそれを取り戻そうとしています」
オレの発言に周囲がざわついた。でも、王様だけは静かに目を瞑って、やはりそうかと呟く。
「やはり、あなたは金の勇者様で間違いない。啓示を据え置いても、ユーナ様との共通項が多い。御二人に関係があることは確かです」
王様はそう言うと、改めてオレの目を見た。怯みそうになるほど真剣な目だ。
「金の勇者様、いえ……ユート様。どうかあなたの旅に、我が姫巫女をお連れください」
王様は鋭い眼光を伏せ、オレにそう告げた。
「えと、オレは急展開についていけてない……です。ユーナ……ヒメサマ」
「ユーナで構いませんよ。ユート様」
ぎこちないオレとは正反対で、ユーナ……サマは優雅に紅茶を一口含む。王様からの話を受けて、断れる空気でもないからオレはとりあえず頷いた。その後、話がしたいとユーナサマに言われて、部屋にお邪魔することになった。
そういえば、女の子の部屋にオレ独りで入っていいものなの?
「ユート様。先程は我が王がすみませんでした」
カチャリとティーカップを置いたユーナサマは、突然そんなことを言って俯いた。なんで謝るんだろう? 何を謝られてるのかよく分からないから、オレは黙って続きを聞く。
「私を連れて行くのは無理強いしません。その……啓示なんて宛にならないとも言えるではありませんか」
そう言いながらユーナサマは笑った。
「仮にもテナートの民である私が言うべきではありません……しかし、宛にならないものに、貴方様を巻き込む訳にはいきません」
その笑顔は寂しそうだった。
「私は回復しか能がありませんし、旅の知識もありません。運動も苦手ですし、きっと迷惑をおかけしてしまいます」
その声は震えていた。
ユーナサマも不安なんだ。オレと同じで記憶が無くて、取り戻す手段が曖昧で、元に戻れるのか分からない。元に戻ったとして、それがいい事なのかも分からない。オレと同じなんだ。
「だから、今からでも断って……」
「一緒に来て!」
オレは音を立てて立ち上がり、ユーナサマの前に手を出した。そんな顔はさせたくない。ユーナサマの不安そうな顔を見ると、胸が苦しくなる。キミには笑っていて欲しいんだ。
それに、オレにはユーナサマが必要なんだ。今日で会ったばかりなのに、キミがいないとオレは頑張れない気がする。
そんな思いが溢れて、どう言葉にすればいいのか分からない。分からないから、全部を言うしか無かった。
「オレ……馬鹿だし」
「……?」
「怪我とかよくするし、旅に出たはいいものの、どこ行けばいいか分からないし、馬鹿だし……」
だから、オレにはキミが必要なんだ。そう言おうとしたら、ユーナサマが笑い出した。
「ご、ごめんなさい……! でも、だって、ユート様……真剣なお顔でご自分を馬鹿だって、二回も言うんですもの」
「……そこ、今は突っ込んじゃダメだよ……!」
オレは顔が熱くなるのを感じながら、頭を掻いた。もう、格好つかないなぁ。でも、ユーナサマの心からの笑顔が見れて、胸がじんわりと和らいだのは感じる。
「とにかく、オレにはユーナサマが必要だよ。啓示は確かに信じられないけど、記憶を無くしてるのは事実だよね?」
オレが聞き直すと、ユーナサマはこくりと頷いた。
「だから、オレたちは協力するべきだと思うの! ねぇ、ユーナサマ。オレと一緒に旅をしよう」
そう言って、オレはもう一度手を伸ばす。ユーナサマはまだ不安そうな顔だった。でも、恐る恐る手を伸ばして、オレの掌に重ねる。
柔らかくて小さくて、なぜか安心する手だった。初めて触った気がしなくて、オレは離さないように指先に力を込める。もう離しちゃダメだって、強く握った。
その後、ユーナサマと色んな話をして、オレは自分の部屋に戻った。用意された部屋はこれまた豪華だ。天井が高くて、壁の装飾が煌びやかで、正直落ち着かない。
オレは一先ずベッドに横になった。すごく跳ねるベッドだ。気持ちいい……
「うーん、一緒に行こうとは言ったものの……」
相変わらず、不安ではある。オレも勢いで出てきちゃって準備や旅の知識はあまり無いし、ユーナサマのことを守り切れるかも分からない。
そもそも、啓示の内容は間違っている。金の勇者は降り立った土地を光で照らす……みたいなこと書いてあったけど、オレは逆だ。オレがいたことでたくさん迷惑をかけてしまった。
本当に、一緒に旅をしていいのか分からない、けど……
「でも、もう離したくないんだ」
ユーナサマと握手した手を、天井に向けながら呟いた。もう、離したくない。二度と、離したらダメだ。そんな胸のざわつきを感じる。
「……ま、どうにかなるなる! きっと、きっと大丈夫だよ」
オレは自分にそう言いながら寝返りを打った。
「そういえば、剣は預けたままだなぁ……」
いつも鍛錬に使っていた剣だから、手元にないと少し不安が強くなる。今日は眠れる気がしないや。旅は明日から再開するのに……ちょっと不安で……眠れ…………
「寝坊しました」
「ふふ、よく眠れたようで安心しました」
オレの不安なんて関係ないくらい、昨日は疲れていたから、すっと眠れたよ! オマケに寝坊までしたんだから、もう本当に恥ずかしいよ! ユーナサマは昨日の夜みたいにくすくす笑ってるし!
「よぉし、あとは剣を待っていればいいんだよね?」
「はい! 私も身支度は整えました」
ユーナサマはそう言いながら両手を広げた。昨日出会った時や玉座の間の時とも違う、シンプルな青いワンピースをユーナサマは着ている。
そして、手にはユーナサマの背丈と同じくらいの大きなロッドがあった。先の方には緑色の水晶が嵌っている。
これで魔法を使うのか……かっこいい。詳しく聞きたいけど、それより気になることがあった。
「剣……遅い気がする」
「おかしいですね。寝坊したユート様よりも遅いなんて……」
……今の言い方、ちょっと引っかかるな。オレがムスッとしていると、後ろから息を切らした声が聞こえてきた。振り向くと、騎士が二人がかりでオレの剣を運んでいる。……二人がかりで。
「お待たせ、致しました!」
「ううん、ありがとう! ございます!」
オレは変だなと思いながらも、差し出された剣を手に取った。そんなに手を震わせる必要あるかな……? 確かに重いけど、片手で持てるよ?
「……やはり勇者様は違いますね……そんなに重い剣、持つのがやっとで振ることなんて出来ません」
「……そうかなぁ?」
ルトは片腕でブンブン振ってたよ? オレも振るのは両腕じゃないとちょっと大変けどね。
「では、剣も届きましたし、市場で必要なものを揃えながら出発……」
「お待ちください」
ユーナサマがにこりと笑いながらオレに声を掛けたところで、また後ろから誰かの声がした。




