1話-1 神の啓示
旭光のように輝く金糸の髪、青空を宿すように澄んだ瞳。
その空が零れそうになるほど、互いに大きく目を見開いた。
初めて目にしたはずのその顔に、オレは何故か懐かしいと感じたんだ。
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神々の繕う物語 第一章
勇者と姫は自分探しの旅に出た
第一話 神の啓示
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青々と茂った木々が、無限に広がる空に手を伸ばす。風がそれらを踊らせて、葉の隙間から抜け零れた光が道を飾った。
オレはそれを避けるようにして歩いてみる。初めて通る道なのに、その光があるからなんだか安心した。まるでオレの旅路を応援してくれてるみたいだ。
しばらくそうして森の中を歩き続けていると、鼻の中をくすぐる美味しそうな香りに顔を上げさせられる。
「わぁ……! ここがテナート!」
オレは目の前に開かれたその光景に感動して、思わず声を漏らした。少し遠くの低いところに広がるその景色は、オレが見てきたものよりも鮮やかだ。
色を統一した屋根が綺麗に並ぶ街で、そのすぐ横にどこまでも広がる果樹園がある。日に照らされてキラキラ輝くそれは、確かオレンジという果物。舌の奥の方を少しだけ締め付ける爽やかな酸っぱさと、心が満たされるような甘さをよく覚えている。
また食べてみたいと願っても、オレが居たところではなかなか手に入らなかった。それがここでは食べ切れないほど実っている。
新しい世界に飛び込んだ。そんなワクワクがオレの足を少し速く動かした。
でも、この旅には不安も感じている。なぜなら、この旅はオレの中から失われたもの……七歳よりも前の記憶を取り戻す旅だから。
オレの最初の記憶は暗い暗い森の中。月明かりも差し込まない闇の中だった。
身体の色んなところが意味もわからず痛くて、でもじっとしているには恐ろしくて。行くべき場所も分からず、震える足で歩いていたのをよく覚えている。
頭の中にあるのは自分の名前だけで、そこが何処なのか分からないし、誰の名前を呼べば助けて貰えるのかも分からなかった。
ただ吹き付ける冷たい風と、それに煽られてオレを嘲笑うように揺れる草々に孤独を突き刺された。
だから、そこから淡い光を見つけて、走っていった先で手を差し伸べてくれた人がいた時には、涙が溢れて抑えが効かなかった。
それから五年が経った。手を差し伸べてくれた人……ルトに剣や魔法を教わりながらオレは生活していた。
でも、そのままでいるわけにはいかないと、オレは昨日の朝早くに、鍛錬で使い慣れていた剣を持ってルトの家を出たんだ。
記憶が無いから、オレの知らないことがこの世界には多い。その不安もあるけど、記憶を取り戻すことで、忘れていた方が良い事実を知ってしまうかもしれない。その怖さがオレにとっては強かった。
正直、ルトたちとの暮らしは不自由がなかったし、迷惑は沢山かけたけど、オレにとっては楽しい生活だったんだ。
それを手放してまで、記憶を取り戻すのが重要なのかはまだよく分からない。
「……やめやめ! そんなこと考えたって、何にもならないよ!」
オレは顔を叩いて、考えてもどうにもならないそれを吹き飛ばした。オレはそんなに頭良くないし、考えたところで何も起きない。
それに、旅に出てみろって言ってくれた人は信じられるんだから、きっと悪いことは起きないよ。一度覚悟を決めて、一歩を踏み出してしまったんだ。後悔するのは格好悪い。
オレはもう一度覚悟を決めて、いつの間にか止まっていた足を再びテナートへと向かわせた。街は見えるけど、まだ遠い。オレは緩やかになった山道をゆっくりと降りていった。
その途中で、後ろから馬の嘶きが聞こえてくる。オレはその音に振り返って馬車が近づいてきてることを確認した。
道の真ん中を歩いていたら迷惑だよね。馬車が通れるように、オレは道の端まで駆ける。そのまま馬車が通り過ぎるまで、オレは立ち止まって見守った。
その時、馬が引く車の窓がきらりと光る。輝いた何かを見てオレは目を細めた。見えたのは女の子の横顔。でも、ただの女の子ではなかった。影になっている馬車の中でも、その子は輝いている。
輝いていたのは、髪の毛だった。太陽の光のように眩しく光るような髪の毛。そして、女の子は俺の視線に気づいてこちらを見る。
その瞳は頭の上に広がっている空のように澄んだ青い瞳だった。
──懐かしい。
心の奥でそんな感情が湧き上がって、それが理解できなくて首を傾げた。
懐かしいなんて、おかしい。オレはあの子を初めて見るはず。
まさか、失くしてしまった記憶の中に、あの子がいるとか……? そんな偶然はさすがに無いか。
オレはしばらく馬車を眺めて立ち尽くした。女の子も少しだけ身を乗り出してオレを見ていた気がする。自分でも正体が分からない感情を探ってみたけど、モヤモヤとしたものが募るばかりだった。
その時、森の方から物音がする。木々が割れ折れていく悲鳴と、何かの吠える声。それが何か気づく前に、その姿は現れた。
「魔物……!」
突き出した牙と伸びた鼻、鋭い眼光。それは馬車よりも一回り大きい身体を持つオークだった。
オークはそのまま真っ直ぐ突進し、馬車を横転させる。辺りに大きな衝撃音が響いた。御者は勢いで飛ばされて、道の真ん中で苦しそうにしている。
そして、馬車の中からは、あの女の子が頭を抱えながら顔を出した。女の子の目の前にはオークの顔がある。
あまりにもタイミングが悪い。そのまま食べられてしまうかもしれない。
そんなのはダメだ。オレが守らなきゃ。
オレはその瞬間、掌をそのオークに向けた。広げた手に意識を集中させる。
「炎の精霊、あいつを燃やせ!」
オレはそうしていつも助けてくれる精霊に呼びかけた。その声に応じて掌に熱が集まって、赤い炎が現れる。オレはさらにオークを見据えて、その炎を前方に押し出した。
押し出された炎は一直線に的を燃え盛らせる。オークは雄叫びをあげた。そして、ギラリと視線をこちらに向ける。
よし、それでいいよ。こっちに来い!
オークは攻撃してきたオレに身体を向き直して、地面を揺らしながら走ってくる。オレは腰に携えた剣に手を伸ばした。すると、馬車から女の子が、慌てた顔でがばっと身を乗り出す。
「危ない! 逃げて!」
そして、綺麗な声を裏返して、オレにそう警告してくれた。なんだろう、やっぱり心が暖かくなるな。声までどこか懐かしい。オレが知らない過去に、こうやってオレを心配して、声を掛けてくれた人がいた気がする。
でも、心配なんてする必要は無いよ。
「……大丈夫。オレ、強くなったから……!」
じわりと温まった胸を抑えてから、オレは顔を上げた。そして、剣を抜き出す。抜き出した剣はその勢いで、低くオレの手に音を響かせた。この重い感覚、すごく好きだ。
半狂乱で走ってくるオークの急所をしっかりと捉えて、剣を担ぐ。そして、向かってくるのを少し避けながら、思いっきり剣を振った。
ゴンッと鈍い音を立てて、オークの身体は横に逸れる。そして、ドスンという音がオレの後ろで風を作った。マントが翻っちゃったから、手で払ってから深呼吸……いやぁ、ドキドキしちゃった。やっぱり一人で戦うの、まだ怖いや。
オレが目を伏せて深呼吸を何度か繰り返していると、前から誰かが近づいてくる気配がする。顔を上げると、あの女の子が目の前まで来ていた。顔を赤くして、息も切らしている。
「あ……あの!」
女の子は一度、グッと拳を握ってから、オレの手に触れた。顔がグイッと近づいてきて、オレは思わず仰け反る。
か、顔が可愛い……目が大きくて、頬が柔らかそうだ……けど、やっぱり見覚えがある。懐かしいとかいうレベルじゃない。
こうして近くで見ると……毎日見てる気がする。それこそ、鏡を見る時に。いや、オレの顔が可愛いって言いたいんじゃないよ!
「あの、貴方様はもしかして……」
そして女の子は少し不安を見せながら、それでも目をしっかりと開きながらオレに聞いてきた。もしかして、この子もオレと同じことを考えて──
「ユウシャ様ですか?!」
……え? ……ユウシャ?
ユウシャってなんのこと?
戸惑うオレなんて気にしないかのように、女の子は興奮した顔でさらに近づいてきた。近いよ! 近い! 鼻が当たるくらい近い!
「輝かしき炎の操り手であり、勇敢で、剣の腕も素晴らしいとみました! そして、その金色の髪! 金のユウシャ様ですよね?!」
「待って、待って待って! 何それ?! オレの名前はユート! ユウシャじゃないよ!」
ユウシャって、あれのこと? 本とかに出てくる勇者のこと?
すごい能力を持っていて、強大な悪を倒す……みたいなものだったよね。オレがそれなわけないよ。自分の記憶を探しているだけで、言い伝えられるような偉業を作るつもりは無い。
「ユート……」
女の子がオレの名前をゆっくりと噛み締めるように呟くと、後ろから召使いと見られる人が駆け寄ってきた。興奮気味だった女の子を宥めるように声を掛けている。そして、その女の子のことを「姫巫女様」と呼んだ。
「粗相を失礼いたしました……私はテナート共和国で姫の位を冠しております。ユーナ・テナートと申します」
そういうと、女の子は丈の長いスカートを指先で摘むと、花が風に揺れるように綺麗なお辞儀をした。
え、オヒメサマ……? さっきから、勇者だの姫だのと、まるでおとぎ話の世界に入ったみたいだ。まあ、この子は只者じゃないとは思っていた。
馬車から出てきてくれたからその姿の全てが見えるようになったけど、庶民が着るようなブラウスやロングスカートではない。見ただけで手に取るようにわかる、質がいいカジュアルドレスだったから。
「ユート様、ご自身が勇者であること、それは納得のいかないことだと思います。ですから、まずは我が王城へお越しください」
お礼もしたいとその子は言って、また可憐な花のように笑って見せた。




