4話-2
あたしが一緒に行くと言うと、ユートは青空のように澄んだ瞳に星のような煌めきを浮かばせた。
「やったぁ! ありがとうサナ!」
「ほ、本当にいいのか? マジで面倒だぞ?」
「仕事人に二言は無いよ」
駄賃なんて出ないけどと、呟きながらバンダナの男も引き下がった。金髪の女は戸惑いながらもあたしの手をとる。
「無理のない範囲で大丈夫です。私はユーナと申します! 女性が増えるのは心強いです……!」
そう言いながら、ユーナはニコリと笑った。あたしにはできない可愛げのある顔だ。馬鹿そうな野郎共には勿体ない。よし、この子の為ということにもしておこう。理由は多い方が気が乗る。
「俺はコウ。俺の方が先輩だからな、そこんとこよろしくぅ」
「はい」
「いって! 叩くなバカ! 右手出されたら握手だろうが!」
バンダナの男ことコウもやっと受け入れたのか、簡単に名乗ってきた。易々と触ろうとするなってことを叩き込んでやったわ。
「あ、ごめんサナ。先に話さなきゃいけなかったんだけど、オレとユーナは天使なの」
突然、ユートが空気を変えた。何を言うかと身構えたのに、内容は些末なこと。天使なんて存在しないと思っていた。いたんだな、そんな種族も。
「へぇ、初めて見た。人間と大して変わらないね」
「あっさりしてんな……」
「どうでもいいからね。ハスビリアの人間は天使になんて興味ないよ」
そう、天使なんて興味無い。示す余裕もない。
「悪魔なら見たことあるし、話したこともあるけど」
「悪魔……やはりハスビリアには当たり前のようにいるのですね……」
夜遅くまで起きていると悪魔が攫いに来る。
夜、外に独りで居ると悪魔に喰われる。
知らない男に話しかけられたら逃げろ。それは悪魔だ。
そんなことを小さい頃から繰り返し聞いていた。
実際は、無駄に自信満々で軽薄なだけの人間みたいな奴だったけど、人間とは違ってなかなか殺せなかったのは実感したことだ。
「そっちの方でも出るでしょ? あぁ、兵士や騎士様が守ってくれるのか。ま、ここではそんなの期待できないから気をつけてね」
あたしがそう言うと、三人とも黙り込んでしまった。そんなに怯えられても困るんだけど。
「よく言われてるにしては滅多に会わないし、会ってもどうにかするよ。で、ハスビリアのどこに行きたいの」
「サナー! 頼もしい! かっこいいー!」
余計なこと言ったかも。ユートってやつ、さっきからグイグイ来すぎなんだよね。普通に面倒くさいから相手しないでおく。
「ここから南東の崖の上に祠があると思うのですが、そこになります」
「祠ねぇ……崖は登れないから迂回して町を通過するでもいい? 観光するところはないよ」
ユーナからなんとも曖昧な場所を言われたけど、祠……という呼称が似合いそうな遺跡は見た事がある。確かに崖の上だ。人が寄らなそうな場所だから荒れてるし、危なっかしいところ。支度はしっかりしてから向かった方が損は無い。
「ハスビリアの町なんて想像もつかねえわ。興味ある」
「期待はしない方がいいよ、あと……」
町なんて言うと勘違いされそうだけど、ハスビリアは一部の地域を除いて、治安がとことん悪い。
「持ち物には十分に気を付けてね。あと、すれ違う人とは目を合わせないように」
あたしの忠告に三人は固唾を飲んだ。
崖を迂回する間、三人からここまでの旅路について聞いた。聞いたというか、主にユートがペラペラと話してきた。感想としては、意外と簡単な旅だったのだろうなというもの。楽しいばかりだった様子だけど、このあとはきっと、そうはいかない。
「ここがハスビリアの西の町、スウィゲンだよ。関門はあたしがやるから、黙ってついてきて」
「あー、なんていうか……岩みたいな町だな」
「監獄みたいって言っていいよ」
コウが顔を引き攣らせて言うもんだから、本音を引き出してあげた。実際、監獄だ。
「なんの用での入町だ」
関門の受付は前に立った途端にそう聞いてきた。早く仕事を済ませたいと言いたげだ。
「通過したい」
「一人ミルピアだ、払えるな?」
あたしは四人分の料金を支払って、三人を通過させた。相変わらず、入るだけでこの額はぼったくりだ。
「ルピア……通貨の単位が違うから分からないんだけど、高いのか?」
「テナートやコルアンは、マロだっけ。ユマロと同額だね」
「おいおい、二日は美味い飯で腹いっぱいに過ごせるぞ。入りたく無くなるな」
「出る時はその三倍かかるよ」
あたしが付け加えると、コウは顔を大きく歪ませた。
そう、これが監獄だと言える所以。入るのにも出るのにも、そこそこな額が必要になる。まともに仕事をしている人なら払える額ではあるけど……
「みんな道で寝てる……体調悪いの?」
「そこが家みたいなもんだよ、構わないようにね。あまり見るのもやめておきな」
ボロボロの布切れを身にまとった住人が、町に入った途端に散見される。みんなここに閉じ込められて、逃げることもできない弱者だ。男も女も、年寄りも子どももいる。働くにしても賃金が安い上に、法外な働き方を強いられるんだ。
「こういうところだよ、ハスビリアは」
「お腹すいてるのかなぁ」
あたしが耽っていると、ユートがそう呟きながら、一人の住人に目を向けた。彼女は掌で器を作り、こちらに差し出すようにしている。どこにでもいる物乞いだ。誰も助ける余裕なんてないし、助けたところで集られるだけ。助けたら今度は自分が物乞いしなくてはいけないようになる。
そんな世界だ。あたしは当たり前のようにそんな環境で生きてきた。伸ばした手を握ってくれる人なんて居ない。
「無視して。さて、近くの雑貨屋で薬とか調達す──」
「これどうぞ!」
「ちょっと……!」
あたしの考えなんて露知らずと言わんばかりに、ユートは知らないうちに隣から居なくなっていた。物乞いの女に自分が持っていた食べ物を渡している。
「近くで採れた果物だよ。コウが安全だって言っていたから大丈夫! 甘いんだよ!」
「あ……あ、ありが、ありがとう……」
「ちょっと、馬鹿じゃないの!」
あたしが止めに行こうとすると、コウが肩を掴んできた。まあまあ、なんて呆れた顔で笑っている。
「ユートにそういうことは分からないんだよ。教えても聞きやしねえから、とりあえず諦めろ」
「危険だって言ってるの……!」
「そんなヤワな奴でもないから」
コウは頑なにあたしを制止する。ユーナも危機感を覚えた表情は全くせず、困り顔で笑っているくらいだ。まるで、これまでもそうやってきたかのように。そうやって人を陥れる人間なのかと言うと、それも違う。ユートは純粋に善意で動いた。
この国にいたら知らなかったことだと、あたしはそこで気がついた。赤の他人に手を差し伸べる奴がいること。助けてしまう奴がいること。自分を顧みることもなく、後先のことで悩んだりもしない。
あたしは、誰も助けてくれないんだと思っていた。この世界で頼れるのは自分だけだと、父親にも散々言われた。母親が死んだ時も、弟が死んだ時も、二人に力がないからだと言われていた。そうだと思っていた。
「ばかじゃ、ないの……?」
人を助けることって、そんな簡単にできていいことじゃない。そのはずなのに、ユートは笑顔のままその女と話している。
女の境遇でも聞いているのか、悲しい顔をしたり、笑顔で励ましたりまでした。無責任な言葉なんて何も意味が無いけど、そんなことすらできないのがあたしの知ってる世界の住人だ。
「馬鹿みたいだと言われるのも、仕方ないかもしれませんね」
「実際馬鹿だからな。でも、ユートは何があってもやめないだろうよ」
世間知らずと言ってしまえば切り捨てられるのに、あたしは二人のユートへの信頼で何も言い返せなかった。これを感動というのかもしれない。この世界にも、救いはあるんだって。
でも、ここはあんたたちが歩んできた道とは違う。
「おい、坊主。俺にも分けてくれよ」
「……ん?」
ユートに声をかけた新たな影は、屈強な男の三人組だった。目をつけられたんだ。弱者から搾り取る側の奴らに。言わんこっちゃないわよ。
「お、運いいなユートのやつ」
「なにが」
「あの女の人と同じ境遇のヤツらに集られるよりは、ずっとマシだってこと。ま、見てな」
コウはまたしても意味のわからないことを言う。どう考えても現状の方が問題があるでしょ。あいつらは自分の言う通りにならないやつは、躊躇いなく殺すんだ。
「おじさんたちも困ってるの? そういうようには見えないんだけど」
「あぁ、困っているんだよぉ、助けてくれ」
「ふぅん……何が欲しいの?」
「金だよ、持ってる金を全部渡しな」
そういうと、取り巻きがユートを囲うように移動した。ユートが逃げることも、私たちが助け出すのも面倒な状況だ。見ていられない。早く打開しないと。
「焦るなって、サナはまだユートの実力見てないだろ」
コウがユートから視線を離すことなく、あたしに語りかける。実力……魔物と戦っていたのは見たけど、あんなもんじゃないってこと? ものを斬ることもできない鉄の塊を腰に携えてるやつに、実力なんてないと思うんだけど。
「おじさんたち、悪い人でしょ! オレね、人を見る目には自信があるんだよ」
ユートはそう言いながら、剣を引き抜いた。そこに揺らぎはない。さっきまで優しく伸ばされていた手は、武器を握ったのだ。男たちも警戒して武器に手をかける。なんとも、遅い。
男たちは武器を抜くこともなく、醜い声を上げて崩れ落ちた。勝負が決したのは一瞬のこと。たった一太刀でユートは男たちを薙ぎ払ったのだ。さっきの魔物たちに翻弄されていた姿からは想像もできない。
「え、あいつあんなに強いの?」
「ユートは強いですよ!」
ふんっと鼻を膨らましながら、腕に力こぶを作る動きをしたユーナ。ユーナがやると弱々しいけど、ユートに戦いの心得があったのは理解できた。的確に急所を打つ動体視力は鍛え抜かれたものなのだろう。相当な鍛錬を積んでいるのはよくわかった。
「……何も考えずに、人を助けられるような世界で生きてきたのに」
銃も知らないような世界で生きていたはずなのに、どうして戦闘をする必要があったんだろう。あたしは初めて、他人に興味が湧いた。




