表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

4話-2

 あたしが一緒に行くと言うと、ユートは青空のように澄んだ瞳に星のような(きら)めきを浮かばせた。


「やったぁ! ありがとうサナ!」


「ほ、本当にいいのか? マジで面倒だぞ?」


「仕事人に二言は無いよ」


 駄賃なんて出ないけどと、呟きながらバンダナの男も引き下がった。金髪の女は戸惑いながらもあたしの手をとる。


「無理のない範囲で大丈夫です。私はユーナと申します! 女性が増えるのは心強いです……!」


 そう言いながら、ユーナはニコリと笑った。あたしにはできない可愛げのある顔だ。馬鹿そうな野郎共には勿体ない。よし、この子の為ということにもしておこう。理由は多い方が気が乗る。


「俺はコウ。俺の方が先輩だからな、そこんとこよろしくぅ」


「はい」


「いって! 叩くなバカ! 右手出されたら握手だろうが!」


 バンダナの男ことコウもやっと受け入れたのか、簡単に名乗ってきた。易々と触ろうとするなってことを叩き込んでやったわ。


「あ、ごめんサナ。先に話さなきゃいけなかったんだけど、オレとユーナは天使なの」


 突然、ユートが空気を変えた。何を言うかと身構えたのに、内容は些末(さまつ)なこと。天使なんて存在しないと思っていた。いたんだな、そんな種族も。


「へぇ、初めて見た。人間と大して変わらないね」


「あっさりしてんな……」


「どうでもいいからね。ハスビリアの人間は天使になんて興味ないよ」


 そう、天使なんて興味無い。示す余裕もない。


「悪魔なら見たことあるし、話したこともあるけど」


「悪魔……やはりハスビリアには当たり前のようにいるのですね……」


 夜遅くまで起きていると悪魔が攫いに来る。


 夜、外に独りで居ると悪魔に喰われる。


 知らない男に話しかけられたら逃げろ。それは悪魔だ。


 そんなことを小さい頃から繰り返し聞いていた。


 実際は、無駄に自信満々で軽薄なだけの人間みたいな奴だったけど、人間とは違ってなかなか殺せなかったのは実感したことだ。


「そっちの方でも出るでしょ? あぁ、兵士や騎士様が守ってくれるのか。ま、ここではそんなの期待できないから気をつけてね」


 あたしがそう言うと、三人とも黙り込んでしまった。そんなに怯えられても困るんだけど。


「よく言われてるにしては滅多に会わないし、会ってもどうにかするよ。で、ハスビリアのどこに行きたいの」


「サナー! 頼もしい! かっこいいー!」


 余計なこと言ったかも。ユートってやつ、さっきからグイグイ来すぎなんだよね。普通に面倒くさいから相手しないでおく。


「ここから南東の崖の上に祠があると思うのですが、そこになります」


「祠ねぇ……崖は登れないから迂回(うかい)して町を通過するでもいい? 観光するところはないよ」


 ユーナからなんとも曖昧な場所を言われたけど、祠……という呼称が似合いそうな遺跡は見た事がある。確かに崖の上だ。人が寄らなそうな場所だから荒れてるし、危なっかしいところ。支度はしっかりしてから向かった方が損は無い。


「ハスビリアの町なんて想像もつかねえわ。興味ある」


「期待はしない方がいいよ、あと……」


 町なんて言うと勘違いされそうだけど、ハスビリアは一部の地域を除いて、治安がとことん悪い。


「持ち物には十分に気を付けてね。あと、すれ違う人とは目を合わせないように」


 あたしの忠告に三人は固唾(かたず)を飲んだ。


 崖を迂回する間、三人からここまでの旅路について聞いた。聞いたというか、主にユートがペラペラと話してきた。感想としては、意外と簡単な旅だったのだろうなというもの。楽しいばかりだった様子だけど、このあとはきっと、そうはいかない。


「ここがハスビリアの西の町、スウィゲンだよ。関門はあたしがやるから、黙ってついてきて」


「あー、なんていうか……岩みたいな町だな」


監獄(かんごく)みたいって言っていいよ」


 コウが顔を引き()らせて言うもんだから、本音を引き出してあげた。実際、監獄だ。


「なんの用での入町(にゅうちょう)だ」


 関門の受付は前に立った途端にそう聞いてきた。早く仕事を済ませたいと言いたげだ。


「通過したい」


「一人()ルピアだ、払えるな?」


 あたしは四人分の料金を支払って、三人を通過させた。相変わらず、入るだけでこの額はぼったくりだ。


「ルピア……通貨の単位が違うから分からないんだけど、高いのか?」


「テナートやコルアンは、マロだっけ。()マロと同額だね」


「おいおい、二日は美味い飯で腹いっぱいに過ごせるぞ。入りたく無くなるな」


「出る時はその三倍かかるよ」


 あたしが付け加えると、コウは顔を大きく歪ませた。


 そう、これが監獄だと言える所以。入るのにも出るのにも、そこそこな額が必要になる。まともに仕事をしている人なら払える額ではあるけど……


「みんな道で寝てる……体調悪いの?」


「そこが家みたいなもんだよ、構わないようにね。あまり見るのもやめておきな」


 ボロボロの布切れを身にまとった住人(・・)が、町に入った途端に散見(さんけん)される。みんなここに閉じ込められて、逃げることもできない弱者だ。男も女も、年寄りも子どももいる。働くにしても賃金が安い上に、法外な働き方を強いられるんだ。


「こういうところだよ、ハスビリアは」


「お腹すいてるのかなぁ」


 あたしが(ふけ)っていると、ユートがそう呟きながら、一人の住人に目を向けた。彼女は掌で器を作り、こちらに差し出すようにしている。どこにでもいる物乞(ものご)いだ。誰も助ける余裕なんてないし、助けたところで(たか)られるだけ。助けたら今度は自分が物乞いしなくてはいけないようになる。


 そんな世界だ。あたしは当たり前のようにそんな環境で生きてきた。伸ばした手を握ってくれる人なんて居ない。


「無視して。さて、近くの雑貨屋で薬とか調達す──」


「これどうぞ!」


「ちょっと……!」


 あたしの考えなんて露知らずと言わんばかりに、ユートは知らないうちに隣から居なくなっていた。物乞いの女に自分が持っていた食べ物を渡している。


「近くで採れた果物だよ。コウが安全だって言っていたから大丈夫! 甘いんだよ!」


「あ……あ、ありが、ありがとう……」


「ちょっと、馬鹿じゃないの!」


 あたしが止めに行こうとすると、コウが肩を掴んできた。まあまあ、なんて呆れた顔で笑っている。


「ユートにそういうことは分からないんだよ。教えても聞きやしねえから、とりあえず諦めろ」


「危険だって言ってるの……!」


「そんなヤワな奴でもないから」


 コウは頑なにあたしを制止する。ユーナも危機感を覚えた表情は全くせず、困り顔で笑っているくらいだ。まるで、これまでもそうやってきたかのように。そうやって人を(おとしい)れる人間なのかと言うと、それも違う。ユートは純粋に善意で動いた。


 この国にいたら知らなかったことだと、あたしはそこで気がついた。赤の他人に手を差し伸べる奴がいること。助けてしまう奴がいること。自分を顧みることもなく、後先のことで悩んだりもしない。


 あたしは、誰も助けてくれないんだと思っていた。この世界で頼れるのは自分だけだと、父親にも散々言われた。母親が死んだ時も、弟が死んだ時も、二人に力がないからだと言われていた。そうだと思っていた。


「ばかじゃ、ないの……?」


 人を助けることって、そんな簡単にできていいことじゃない。そのはずなのに、ユートは笑顔のままその女と話している。


 女の境遇でも聞いているのか、悲しい顔をしたり、笑顔で励ましたりまでした。無責任な言葉なんて何も意味が無いけど、そんなことすらできないのがあたしの知ってる世界の住人だ。


「馬鹿みたいだと言われるのも、仕方ないかもしれませんね」


「実際馬鹿だからな。でも、ユートは何があってもやめないだろうよ」


 世間知らずと言ってしまえば切り捨てられるのに、あたしは二人のユートへの信頼で何も言い返せなかった。これを感動というのかもしれない。この世界にも、救いはあるんだって。


 でも、ここはあんたたちが歩んできた道とは違う。


「おい、坊主。俺にも分けてくれよ」


「……ん?」


 ユートに声をかけた新たな影は、屈強な男の三人組だった。目をつけられたんだ。弱者から搾り取る側の奴らに。言わんこっちゃないわよ。


「お、運いいなユートのやつ」


「なにが」


「あの女の人と同じ境遇のヤツらに集られるよりは、ずっとマシだってこと。ま、見てな」


 コウはまたしても意味のわからないことを言う。どう考えても現状の方が問題があるでしょ。あいつらは自分の言う通りにならないやつは、躊躇(ためら)いなく殺すんだ。


「おじさんたちも困ってるの? そういうようには見えないんだけど」


「あぁ、困っているんだよぉ、助けてくれ」


「ふぅん……何が欲しいの?」


「金だよ、持ってる金を全部渡しな」


 そういうと、取り巻きがユートを囲うように移動した。ユートが逃げることも、私たちが助け出すのも面倒な状況だ。見ていられない。早く打開しないと。


「焦るなって、サナはまだユートの実力見てないだろ」


 コウがユートから視線を離すことなく、あたしに語りかける。実力……魔物と戦っていたのは見たけど、あんなもんじゃないってこと? ものを斬ることもできない鉄の塊を腰に携えてるやつに、実力なんてないと思うんだけど。


「おじさんたち、悪い人でしょ! オレね、人を見る目には自信があるんだよ」


 ユートはそう言いながら、剣を引き抜いた。そこに揺らぎはない。さっきまで優しく伸ばされていた手は、武器を握ったのだ。男たちも警戒して武器に手をかける。なんとも、遅い。


 男たちは武器を抜くこともなく、(みにく)い声を上げて崩れ落ちた。勝負が決したのは一瞬のこと。たった一太刀でユートは男たちを()ぎ払ったのだ。さっきの魔物たちに翻弄(ほんろう)されていた姿からは想像もできない。


「え、あいつあんなに強いの?」


「ユートは強いですよ!」


 ふんっと鼻を膨らましながら、腕に力こぶを作る動きをしたユーナ。ユーナがやると弱々しいけど、ユートに戦いの心得があったのは理解できた。的確に急所を打つ動体視力は鍛え抜かれたものなのだろう。相当な鍛錬を積んでいるのはよくわかった。


「……何も考えずに、人を助けられるような世界で生きてきたのに」


 銃も知らないような世界で生きていたはずなのに、どうして戦闘をする必要があったんだろう。あたしは初めて、他人に興味が湧いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ