幕間2話-2
荷物運びの時は、同行したおばあさんの体調を気遣いながら、退屈させないように話していたし、オレたちよりも重いものを黙って持っていた。
店番の時は、来るお客さんたちに冗談を言いながら買い物を楽しませていたし、間違えないように何度も確認しながら仕事をしていた。
あまり人に会うことも、仕事をしたことも無いオレでも分かる。こんなに一生懸命になれる人に悪い人はいない。ユーナもきっと分かっているけど、疑う気持ちが無くならないんだろうな。
「どうすればもっと仲良くなれるかな……」
「ん? なんか言ったか、ユート」
「げっ! ……なんでもないよ!」
モヤモヤと考えていたら口から出ていたみたいだ。コウとユーナに仲良くなって欲しいなんて、本人に言っても意味が無い。オレがどうにか頑張らなきゃ。
「なんか考え事してるみたいだけど、次は猫探しだぞ。依頼書がなんとも曖昧だから、依頼主に会いに行って話を聞いてみようぜ」
「毛の色は黒、目の色はお金の色。赤いリボンをつけていて、ニャーと呼ぶと出てくる。大きさは林檎が五つ。確かに、分かりにくいです」
「ヒメさん、もう一回ここ読んで。ニャーのところ」
コウがニヤニヤしながら紙を示すと、ユーナが怒りますよとロッドを握りしめた。コウの気持ちが少し分かるから、オレがヒヤッとしている。ニャーって言ってるユーナ、可愛かった。さすがオレの妹。
なんて、ふざけながら歩いていると、ニャーという声が聞こえた。ユーナがもう一度読み上げてくれた……わけではなく。
「……黒猫だ。赤いリボンに、金みたいな……金色の瞳の!」
「林檎五個分ですか、あの子は」
「いやそれは知らん」
オレたちの前に現れたのは依頼書の内容に合った黒い猫だった。もう一度、ニャーと鳴くのは「正解」だと言っているみたい。
「ユート、お前は正面から行け。俺があいつの後ろに回ったら合図する」
「わかった!」
小声で指示をくれるコウに小声で返事をする。コウの眼は鋭い光が入っていて、真剣だった。
「ヒメさんは左に回って。路地に入られるとめんどくさいから、防ぐ係な」
「わかりました」
三人でそろぉりそろりと猫を囲むと、コウが合図をくれた。
オレが猫を捕まえようと飛び込むと、ヒョイと避けられる。オレの手から逃れた猫は路地に向かって走り出すも、ユーナが居て進めずにその場に飛び上がる。そこをコウが一瞬にして捕まえた。
「こらこら、暴れんなって。よぉしよしよし」
猫はコウの考えていた通りの動きだった。ニャーニャーとコウの腕の中で抵抗するも、コウは慣れた様子でなだめて頭や顎を撫でている。そのうち、けたたましい鳴き声から落ち着いたゴロゴロという声に変わっていった。
「す、すご──」
「すごいですコウ!」
オレがコウを褒めようとしたら、ユーナが被せて声を出した。びっくりしてユーナを見ると、しまったと言わんばかりに口を手で隠している。オレと一緒でユーナに驚いていたコウは、緑玉の瞳をまん丸と見せて固まった。
「あの、素晴らしいと思います……猫さまの動きを予測した作戦立案と、猫さまを乱暴にすることなく宥めるその手腕が……」
一度口から出たものは仕方が無いと言うように、ユーナはこと細やかにコウを褒める。それまでの厳しい態度から出てくる言葉とは、想像もつかなかった。コウは固まったままだったけど、だんだん顔が赤くなっていく。
「な、な、なな、なんだよ急に!!」
そして、真っ赤な顔で叫んだ。猫を投げ出すことはないけど、大事に抱えながら暴れている。それをにこやかに見ていたユーナは、少し長めに息を吐いた。なんだか、空気に緊張が戻ってきている。
「率直な疑問をすみませんが、盗賊をしている中でどうして、そのような丁寧さを身につけられたのですか?」
「盗賊なの明言しないでくれよ。一応は隠してるんだから!」
優しくなったのかと思ったら、スンと真顔に戻ったユーナがびっくりすることを言い始めた。コウって、盗賊なんだ? 知らなかったよ。
「隠しているにしてはその頭のバンダナ、目立っています。橙色の布に深緑のライン……大盗賊ハフマール一族の象徴ですね」
「……なんだ、最初から分かっていたのか」
「テナート共和国の姫ですから。警戒しましたが、危険視はしていませんよ。ハフマール一族は我々テナートが、既に捕らえましたから」
「ごめん、オレは二人が何言ってるのか、一つも分からないんだけど」
ハフマール……捕まえた……何一つ知らない話が出てきて頭がぐるぐるする。
コウのユーナを見る目も、今までより冷たいものになっていた。仲良くなれそうだと思ったら、一瞬にしてこんな空気になるなんて。オレは黙り込んだ二人を交互に見ながら、ゴクリと唾を飲む。
「……さっきの質問の答えだけど、俺は一族の中では出来損ないだって言われてたんだ」
しばらく流れた沈黙に耐えられないと、コウは昔のことを話し始めた。出来損ない……オレにとっては色んなことを知っていて、運動もできて、すごい人なのに。それには似合わない呼び方だ。
「一族の暴力と逃げ足を活かした強奪は向いてなかった。だから、やり方を変えた。信頼を得て、頭を使って欲しいものを得るってな」
そう語るコウの瞳は曇っている。コウの口から出てくる物語は褒められるものじゃない。暴力ではなくて騙すことを選んだとしても、人を傷つけているのには変わりがないから。
でも、オレはそれだけじゃない気がした。そうじゃなきゃ、おかしい。
「それだけですか?」
「それだけって……そうしなきゃ生きていけないんだ、それだけでも十分な理由だと思──」
「それ、嘘ですね。騙す術を身につけたにしては、わかりやすい嘘です」
声を震わせてコウが答えると、ユーナは笑いながら言い返した。馬鹿にしたような笑い方ではなくて、優しく暖かく、包み込むような笑み。オレもつられて頬が緩んだ。
「それにしては丁寧だよね。おばあさんに対しても、店の仕事も、その猫にも」
「バレていないと思っていそうなので教えてあげますが、少し躊躇いがちなのも優しさの証拠です」
オレが横から割入ると、ユーナもにこにこしながら続けた。コウは眉を寄せながら、黙っている。
「私が聞きたいのはそこです。盗賊には似つかわしくない他者への丁寧さ、思いやり……それらを身につけたきっかけを知りたいのです」
ユーナはコウに歩みを進めた。そういえば、ユーナはこれまでコウと距離を置いていた。三人で並ぶ時はオレを挟んでいたし、ずっと数歩間を空けてコウと話していた。それが、少し手を伸ばせば触れる距離にまで近づいている。
「……ヒメさんは俺が嫌いで、興味もないんだと思った」
「ふふふっ、まだ好きではありませんよ。でも、興味はあります」
ユーナが顔を近づけて言うと、コウは少し顔を逸らしてから、ちょっと傷ついたと口をすぼめる。さっきまでの楽しいコウに戻ってきているみたいだ。
「大した理由は無いぜ、憧れてるだけだ。兵士に……かっこよくて、強くて、優しくて……人を助けられる兵士に」
コウが話し始めたのは夢の話だった。過去ではなく、将来なりたいものの話。
「ハフマールが終わった日、俺はジジイと逃げた。それは捕まった親父たちを、いつか助けるためだ」
そういうとコウは、強く拳を握る。緑玉の瞳に、強い光が差し込んだ。
「でも俺は、ハフマールを終わらせた兵士の背中に、憧れちまった」
コウは目を輝かせて教えてくれる。家族と離れ離れになって悲しい思い出のはずなのに、まるで忘れられないくらい綺麗なものを見た時の思い出を話している顔だ。
「二人が言ってくれたことが単なる技なのは本当。まだ空っぽで見よう見まね。相手を見下していることもあるし、面倒だなとも思う」
コウは苦いものを食べたような顔で笑う。でも、すぐに真面目な顔で自分の手に視線を落とした。
「まだ俺は嘘や下心まみれで汚い奴なんだ。でも……いつか心から人の幸せを願って、そのために動けるような人間になりたい」
コウはオレたちに、夢を聞かせてくれた。夢を語るのには強い勇気がいる。掴めなかったら馬鹿にされるかもしれない、失望されるかもしれない。
そんな不安があるのに、オレたちには聞かせてくれた。それはきっと、オレたちのことを信じてくれているからだ。
その気持ちをユーナと二人で受け止めて、オレたちは顔を合わせて頷く。そして、コウの手を握った。
「なら、この猫さまを確実に、依頼主の元へ届けてあげなくてはいけませんね」
「早くしなきゃ寂しがってるよ! 助けてあげなきゃね」
二人でコウの腕を引くと、コウは落ち着いた声でちゃんと行くよと呟いて、引かれるがまま着いてくる。初めて聞く声、初めて見る顔だ。やっと安心できたのか、少しの緊張もない緩んだ表情に、オレもやっと息を吐けた。
「おねえちゃんたち、ありがとう! ほら、ニャーちゃんもありがとして」
依頼書に書いてある場所には、五歳くらいの女の子がいた。促されるまま猫はこちらを見て、ニャーと鳴いている。
「こ、こんなに小さな子が依頼していたんだね……」
「ギルドの依頼書は代筆だし、報酬さえあれば誰でも依頼できるからな。とはいえ……」
コウは言い淀んだ。多分、オレと考えていることが同じ。リボンをつけているが、女の子が飼っている訳では無いみたいだよね。
「失礼を承知でお聞きしますが、その子とはどういうご関係なのでしょうか?」
女の子に目線を合わせて、ユーナが尋ねた。女の子は首を傾げてしばらく黙ると、ニッコリと笑う。
「そこでおひるねしてたの、みつけたんだよ! いっしょにみるくをのんで、なかよしになったのに、きゅうにいなくなっちゃったから……」
「俺たち野良猫を探させられてたのかよ」
コウのポカンとした呟きにオレたちは笑う。女の子には猫を自由にしてあげた方がいいことを教えて、しっかりと報酬も貰ってから別れた。コウは馬鹿馬鹿しいと言いながらも、楽しそうにしている。
「これからこんなことばっかりだろうな」
「ええ、きっと。これからもずっと楽しいです」
コウが乾いた笑いと一緒に吐き出すと、ユーナがそう返した。それにコウは頷く。きっと楽しい事ばかりだ、この冒険は。オレはすっかり赤くなった空を見上げてそんなことを思った。




