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3話-3

 腰に携えていたサーベルを手癖でクルクルと回しながら、ただ二人が戻ってくるのを待つ。それから数分経った頃、祠の方から足音が聞こえた。


「おう! 遅かった……な……?」


 並んだ金髪が影から出てきた時、駆け寄った俺は異変に気づいた。明らかに視線が下に向き、押し黙っているかのような表情だ。恐怖……いや、罪悪感ってことか。そんな感情が二人の顔から滲み出ている。


「…………どうした?」


 聞いたところで、答えられたところで、何を言えばいいかは決まってない。それでも、俺は聞かなきゃいけないと使命感に駆られた。


 なにより、そんな苦しそうな顔をしないで欲しい。さっきまでの楽しい空気が戻ってくるなら、二人に踏み入らなきゃならない。そう思った。


「……まだ言いたくない」


 それを拒否したのはユートだった。昼間の何も考えてなさそうな、眩しいほどの笑顔は全く無くなっている。敵意すら感じる厳しい顔だ。


 ユートは少し時間をくれと、ユーナの手を引いて俺と距離をとった。二人が離れた分、身体を縛る縄でも引かれたかのように胸が苦しくなった。


「なんだ、この感覚……」


 首絞められた時とか、殺伐とした緊張感とはまた違う息苦しさだ。そういや俺、他人と深く関わったり、助けようとするの初めてなんだ。


 盗賊の人間関係なんて上辺のもの。切り離す前提の繋がりを深く保つ意味なんてないし、利害関係の相手を大切にすることもない。


 仲間という仲間も、一族がみんな捕まった今は居ないから、二人が初めてだったんだ。その二人から拒絶されて、ショックでも受けてるのか、俺は。


「まだ正式に認められた訳でもないのに、馬鹿みたいだな……」


 二人との旅路が楽しくて、たった数時間だったのに世界が変わったみたいだった。


 危なっかしくて放っておけないし、これからもすげえものを魅せてくれると期待していた。それがもう終わるかもしれないと思うと、胸の痛みが増す。


「似合わないこと、しなきゃよかったな」


 こんな苦しい思いをするなら、人助けなんてしなきゃよかった。そう吐き捨てた時、俯いた先に二人の足が見えた。


「コウ……ごめん、待たせて」


 弱々しく言うユートの顔は先程の敵意は無く……しかし、不安そうだった。泣きそうなのか、眉間に力が入っている。


「落ち着いて、聞いていただきたいです。そのあとで、今後も旅を共にしてくださるかを考えてください」


 対して、ヒメさんは割と落ち着いていた。それでも、武器であるロッドを持つ拳には力が入っている。何かあれば、攻撃するという意思だ。


 何の話をされるかは検討もつかない。だが、二人とも覚悟を決めて俺の前に戻ってきてくれた。それは俺でも察しがついた。


 ああ、俺は本当に馬鹿だ。なんで後悔なんてしたんだ。かっこいいやつは……あの日、目にした俺の理想は、自分の選択を後悔なんてしないはずだ。


「聞くぜ。二人で決めてくれたんだろ、俺に話して選ばせてくれることを」


 俺は敢えて、笑顔で返す。不安を取り除くには明るく振る舞った方がいい。頼れる仲間にならなきゃ、二人に同行を断られるからな。そういう条件だ。


 上手く笑えてるかは知らないけど、二人とも安心したように息を吐いたから大丈夫なんだろう。


「コウは“天使”って知ってる?」


 ユートが切り出したのは、人間とは異なる種族である存在のことだった。


 天使……人間と似た見た目ではあるけど、魔力や思想が全く違っているやつらだ。天界という此処(ここ)とは違う大地で生活をしていて、ほとんどその姿を見せることは無い。


 だが……俺がほんのガキの頃だったか、天使によって“人死が出た”ことは、ある程度の教養があるやつなら必ず耳にした話だろう。


 つまり、人間にとっての敵の一種だ。生きる環境も違って、相容れない存在という言い方がいいだろう。


「知ってるけど、それがどうし……」


 聞き返そうとして、喉から声が出てこなくなった。


 反射的に、まずいと思った。


 それを安易に聞いてはいけないと感じ取った。鳥肌が立つのを感じる。


 しかし、俺の問いが半端に終わったにも関わらず、ユートは応えた。


「オレたち、その天使なんだ。さっきまでオレたちも、知らなかった事なんだけど……」


 そういうと、ユートは俺から目を逸らした。ヒメさんはずっとこちらを見ない。


 まさか、そんなことが有り得るのか……? そんな疑問が生じた瞬間、根拠になることが思い起こされた。


 見たこともない太陽の光のように輝く金髪、この世のものとは思えないほど澄んだ青空のような瞳、そしてヒメさんの人間とは思えない魔力とそれが実現する奇跡(まほう)の能力。


 俺が魅了されたそれが、天使であるとする一番の証拠だった。


 天使ってのは、神に近い存在と言われている。


 魔法は精霊の力を借りると言われる下級魔法もあるが、大元は神の力と言われてきた。つまり、神に近い天使たちは、その魔法を人間よりも使いこなせるらしい。


 俺としては御伽噺(おとぎばなし)でしかないから、真に受けるには馬鹿馬鹿しいが、人間よりも優れた点があるのは事実だ。


「国を救った姫が……その力が……天使由来のものだったって、わけね……」


 つい、頭の中でまとめていたことを口から漏らしてしまった。ヒメさんは明らかに動揺を見せる。まあ、反応としては真っ当だ。彼女にとっては、自分たちよりも下の存在に力を見せつけて、崇拝を得ていた……と、(ことごと)く悪いように言えばそうなるわけだ。


 恐ろしい話だ。人類の脅威が国の中枢にいたんだから。


 でも、不思議なことに恐怖よりも、それがどうした? と、至って冷静な感情が腹の底に落ち着いている。


 天使が人を殺した話はあくまでも噂話で、俺は見た訳じゃない。人間よりも優れていて、脅威になるって話も、俺にとっては定かなものじゃない。


 むしろ、今日一日共にして、頼りになるとしか思わなかった。かっこいいと思った。


 俺の力が活きるなら、助けになりたいとも思った。


 脅威とは、少しも感じなかったんだ。


「……騙してしまって申し訳ありませんでした。怖い思いをさせてしまったなら、ここでお別れしましょう」


 俺が思考を巡らせているうちに何を思ったのか、ヒメさんは深々と頭を下げた。ここまで何も知らずに着いてきた俺への詫びと、テナート国民への謝罪だろう。


 それを受けて、俺はますます冷静になった。自分たちの正体を思い出してもなお、この姿勢だ……この子の何が怖いんだ?


 表情が影に落ちたように沈んでいる二人に、俺は何を言えばいいだろうか。


 そんなこと気にしなくていい、なんて言葉で片付けたら、下手な気遣いになる。


 それ以前に、俺はそういう気遣いをするようには教育を受けていない。上手く丸められるほど、頭も足りていない。そういう時はどうすればいいか……


「……思ってることをはっきり言う。傷つけるかもしれないけど、それが本音だから言わせてくれ」


 俺がそういうと、二人は俺の顔を見た。やっとまともに目が見えた。綺麗だった青空は雨が降りそうなくらい曇ってる。


 さて、俺も言ったからには覚悟を決めた。こういう時こそ、全て“正直に”言うべきだ。


 深く考えるな。恐れるな。俺は息を吸い込んで、二人の肩に手を乗せた。


「どうでもいい……ほんっと、どぉでもいい!」


「「えっ」」


 俺が声を荒らげて言うと、空気が凍りついたように動きを止めた。


 二人は、絶句している。


 ショックを受けているというか、ドン引いている。何言ってんだこいつはこの状況で、と俺に失望すらしていそうだ。


 言い方を間違えたわ。だがしかし、訂正するつもりは無い。


「俺にとっては今日会ってから、一緒にここまで来た二人が全てだ! 力だけで何も考えずに駆け抜ける馬鹿と、可愛い顔してるのにとんでもない魔法をみせてくれるヒメさん!」


「オレの名前は馬鹿じゃないよ!」


「そこは本当にどうでもいい! 今は聞け!」


 話を遮ってくるユートに、俺は手のひら向けて静止した。そんなユートは顔が真っ赤になってやがる。頬膨らませてるのはかわいこぶりっこかコノヤロウ、さっきまでの暗い目はどうしたよ。


「そもそも、ここまであんたらだって知らなかったんだろ? 天使だってこと。だから騙したうちには入らん!」


 なんでも言ってやると心に決めてからは、本当に言葉の制御が効かなくなった。俺はここで言う必要もないことまで吐き散らす。


「騙すってのはな、自分は全部知った上で、何も知らないカモを手のひらで転がすこと言うんだよ! それに関しては俺の方がやってる!」


 ど素人が! と最後に罵ってみせると、ヒメさんの表情が変わった。何かを察したのか、やっぱりそうかと嫌悪を表に出す。可愛い顔で(さげす)まれるとさすがに傷つくが、まだ言いたいこと言い切ってないから負けるわけにはいかない。


「簡単に頭下げる天使サマを誰が怖がるんだ! どうでもいいね! すっごくどうでもいい! だから俺は、まだまだ着いていく気だぞ!」


「貴方へ話すために、悩んだ相手に配慮は無いのですか!」


 酷いです! と言いながらユートと同じ顔をするヒメさんだったが、そのうち二人とも吹き出した。目をアーチ状に細めて、口を抑えて震えている。どうやら、成功したみたいだな。


「配慮して欲しかったか?」


「……ううん。ありがとうコウ、正直に言ってくれて」


 ユートがにっと歯を見せると、ヒメさんも続いて微笑んだ。暗い顔より笑っている方が似合うやつらだ。俺も緊張してたのか、それを見て一気に力が抜けた。


「それで? 旅について行っていいかどうかは二人が決めていいんだぜ」


 良物件だと思うけどな、と付き足して俺は尋ねる。不採用なら大人しく帰るだけだが……顔を見合せた二人の表情からして、今後この二人の面倒を見ることの大変さを、覚悟した方が良さそうだ。


「今後ともよろしくお願いいたします、コウ様」


「よろしく、コウ!」


 二人は同時に手を差し出す。さて、長くなりそうな人助けは続行だ。存分に、楽しませてもらおう。

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