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3話-2

 それからの旅路は、なんというか、そうだな。楽しいといえば楽しかった。騒がしい……いや、忙しいとかハラハラしたって方が、より正確ではある。


「この木の実、美味しそう! 綺麗な青色だよ!」


「それ毒!!」


 ユートが直感的に口に入れようとするのを慌てて止めたことは何度もあった。なんでも路銀がなくて飯食えてないらしい。ヒメサマもいる旅なのに、なんの支援もないのかよ……と思ったら、行く先々で助けて貰った恩にと配りすぎたらしい。阿呆だった。ユートはただの阿呆だった。


「動物でも仕留めて飯食うしかないな」


「テナートの生き物に手をかけるのですか……?」


 かと言って、俺が飯の提案をすると、ヒメサマがなんとも切なげな視線を疑念と混ぜて向けてきた。信頼を得なければならないところでヒメサマの不愉快ゲージを貯める訳にはいかない。何より、子犬みたいなウルウルした目で止められると、さすがの俺も気落ちする。


 そんなこんなで腹を満たすのにも苦労し、好奇心で突っ走るユートの制御に汗を流し、ヒメサマの顔色を窺い続けて息をつく余裕もなかった。先が思いやられると、不採用もありなのではないかと思わされる大変さだった。


 でも、それが楽しいと思えるだけ、俺は良い奴なのかもしれない。


 まあ、楽しいだけで済むような生半可な旅では無い。俺たちは国境を目前にした山道でその足を止めることになった。


「こりゃあ、崖崩れでも起きたんだろうな」


「困りました……」


 目の前には大きな岩が立ち塞がる。谷の真ん中で道は一本しかないってのに、谷間を綺麗に埋めるような大岩だ。


「戻って迂回(うかい)するか?」


 俺が二人に提案するも、振り返った顔はだいぶ疲れていた。ここまでの道のり、荒れていたからな。国境近くだから仕方ない。


「戻ったところで、町までの道中で日が暮れてしまいます」


 ヒメサマは長いこと悩んだあとで、堅実な意見をくれた。それに、戻る途中で消費する体力と、消耗した上での野宿では危険性は高い。ユートは剣を持っているあたり、腕が効くんだろうが……


「あんな山道を戻るなんてイヤだぁ! こんな岩、オレがどけるもん!」


 とか叫びながら、壁にも等しい大岩をグイグイ押している。勿論、大岩はビクともしない。だめだ、もう限界だアイツは。


 無駄に疲れるからと、俺がユートを岩から引き剥がした。首根っこ掴まれて引き摺られる様は親に怒られて落ち込んだ犬か何かみたいだ。そんなユートがぼそりと呟く。


「オレにもっと魔法が使えたらなぁ」


「魔法?」


「そうだよ、雷電魔法とか破壊魔法……とか? オレは火炎魔法くらいしか使えないからさ」


 ユートが更に落胆しながら語ると、俺はふと思い出した。魔法といえば、あの子だろ。


「ヒメサマって、魔法得意だったよな」


「はい、人並みには。しかし、攻撃魔法の類は扱ったことがありません」


 ヒメサマは謙虚に首を振った。俺も聞いていたのは回復魔法の使い手ということ。とはいえ、回復魔法ってのは上級魔法の分類だ。ユートが言った雷電魔法はそれよりも簡単とされる下級魔法。つまり、上級魔法を扱えるような人の、下級魔法の火力には期待できるはず。


「やってみましょうや、雷電魔法!」


 雷電魔法なら俺も教えられるし、比較的誰でも扱い易い。この状況を打ち砕くにはなんでも試してみる価値はある。俺が拳を突き出して提案すると、ユートも賛同して盛り上げた。


「ユーナの魔法はすごいもんね! きっと、精霊魔法もいけるよ!」


「精霊魔法? なんだその呼び方、古臭っ」


「古……くさ……? とにかく試してみよう!」


 そんなこんなで、ヒメサマの意見を聞くことも無く俺たちは教えに入った。


「雷電魔法は比較的誰でも使える下級魔法だ。下級魔法には炎に水、草、風、氷、地と……まあ色々あるし、適性とかあるみたいだけど、雷電魔法はあんま関係ないらしい」


「オレは使えないけど、双子とはいえユーナは違うと思うよ!」


 限られた魔法しか使えないというのもなかなか珍しいが、全く無い例ではない。魔法の才能がないと言われるやつにはよくあること。いや、俺もその一人だからって、ユートに親近感とかはないし!


「神々に祈るのとは異なる感覚ですよね……精霊様は、呼びかければ応じてくれるものなのでしょうか?」


 ヒメサマはこれまた頓珍漢(とんちんかん)なことを言う。そんな古典的な考え持って生きてきたのかよ。まあ、詠唱に意味を持たせるなら否定する理由もない。


「そう! 物は試しだヒメサマ、早速イメージを膨らませてみよう」


 魔法は、自分の頭の中で思い描いたイメージが体現すると、成功と言われる。そこから言えることは、イメージすることが上手くいかないと成功どころの話ではないんだ。まずは魔法を使って何をしたいのか、言語化してヒメサマには思い描いてもらう。


「雷電魔法は下級魔法の中でも攻撃力が高いんだ。落雷で木が割れることもあるの、知ってる?」


「山火事の原因になることもありますよね、なにより人にも危害があるもの……怖いものだと認識しています」


 そう語るヒメサマは少し緊張気味だった。前髪で影った瞳は暗い中で小さく揺れる。権威あるヒメサマが目の前で怖がってるのは、なんか、ちょっと可愛いなとか思ったり。俺も呑気なもんだわ。


「そう、その怖い雷を怖いイメージのまま、あの岩に落とすことを想像してみるんだよ。バーンって、岩がぶっ壊れるサマをさ!」


 俺はその様子を、大きく腕を広げて表現してみる。ヒメサマはそれをまじまじと見ながら、頭を働かせているようだった。しばらくして、やってみますと決意表明をする。


「ユーナ! 頑張って!」


「うん! ……雷の精霊(サンドラ)様、お助けください。あの大岩に一閃の落雷を……!」


 ヒメサマがそう唱えると、ふわりと彼女の周りに風が吹き上がった。辺りが暗くなって、ヒメサマだけがほのかに光って見える。


 そんな錯覚の後、空から一筋の青白い光が降り注いだ。それが岩に向かって真っ直ぐ伸びたかと思ったところで、俺の視界は真っ白に染まる。


「おわっ」


 眩しさに目を絞ると、轟音(ごうおん)が鳴り響いた。耳が壊れるんじゃないかと思うほどの高い音と、心臓が止まりそうなくらいに身体に響いてくる低い振動。そして、大きく揺れる地面と頬を掠めた痺れを感じた。


「ま……まじか……」


 俺も雷電魔法を使える。とは言っても、その威力といえば触ったものを感電させるくらいだ。自分の数倍もある大きな岩を破壊できるような力は無い。そんなことを実現してしまえるような魔力(・・)は無いんだ。それが普通の人間。特別な訓練を積まない限り、ほとんどのやつはその程度だろう。


 だから、俺は驚いた。見たこともない派手な魔法を見たからじゃない。勿論、雷の(とどろき)に驚いた訳でもない。


「ユーナ……凄い……! 凄いよ‼ 岩が真っ二つだ!」


「ああ、本当に……姫が持つ必要がある力じゃねえわ……」


 テナートに迎えられたという姫巫女が魔法の才に富んでいる。


 そういう噂は、テナート国民として常識のように知っていた。どんなに大きな傷でも、まるで時を戻したかのように元通りにする回復魔法の使い手だと。癒しの女神……その化身だなんて、そう聞いていた。


「何言ってんだ。そんなヒメサマには、似つかないだろ」


 顔が引き攣って、変な笑顔になっているのを自覚する。金色の長い髪の毛がふわりと靡いて、日が落ち始めて赤くなった空気を切り裂いた。


「成功……ですかね」


 へへっと、はにかんでみせるその顔に、俺の心臓が大きく跳ねた。体温が上がって、視界が無駄に眩しく輝く。


 あの日に似た感覚だった。今も目に焼き付いて忘れられない、青いジャケットが風に煽られたあの背中。それに魅了された時みたいに、胸の当たりが(うるさ)い。


「……親しみと尊敬を込めて、これからはヒメさんって呼ばせてくれ。ああ、姫様なんて、あんたには似合わねえ」


「……はい……?」


 下心で協力し始めたが、考えを変えた方が良さそうだ。


「よーし! 道も開けたことだし、旅を続けますか!」


 俺はこれ以上顔を見られないように、先頭に走って二人を煽った。きっと変なにやけ顔になっている。顔も赤いだろ。なんだか興奮が収まらないから、少し駆け足になる。


 面白いじゃんか。可愛いのに、凄い力を持つ姫との旅なんてさ。ちょっと遊んで暮らせるくらいの報酬より、ヒメさんとついでのユートの旅を見守る方がきっと価値がある。俺はその時に確信した。



 その数時間後、俺たちは目的地の祠とやらに辿り着いた。二人は俺に待っていて欲しいと言うと、いつ誰が何を思って作ったかも分からない、変な建物に入っていった。古い神の信仰物なのかね。大きな未知の生き物にも見えるその祠に、飲み込まれていくような二人を見て、少し怖くなった。


「……割とかかるんだな」


 しばらく経っても、二人は戻ってこなかった。ユートが言うには、中でパーッと光って、ほわほわほわぁっと何かを思い出すらしい。何も分からん説明だった。


 とにかく、時間はかからないと聞いている。それにしては、だいぶ待ったような気がした。俺にとっては、退屈を通り越して不安になってくるほど、時間が経っている。


 木に寄りかかって、暗くなってきた空を見上げた。不思議と魔物の気配は全く無い。それどころか、獣や虫も居ないだろう。祠に除けるための何かがあるからなのか、静かな時間だった。

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