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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十二章 新旧相容れず

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第393話

 作戦に失敗し、デッケンがウィステリア王国軍に捕らえられたと聞いたジュリス・ジンバリルは慌ててドーレット司祭のもとへ駆け込んだ。


「ドーレット司祭、デッケンが捕らえられたというのは本当ですか!?」


「落ち着きなさい」


 狼狽ろうばいをあらわにするジュリスを優しい声で落ち着かせると、ドーレットは沈痛な面持ちで答える。


「デッケン卿が作戦中に敵の手によって捕縛されたのは事実です」


「そんな……!」


 ジュリスが愕然とした表情を見せる。

 別にデッケンに対して親愛や強い仲間意識があるからではない。


(あの男が自滅するのは勝手だが……)


 ただジュリスが憂慮ゆうりょしているのは、彼の口から自分やドーレット司祭の存在と関与が語られる可能性である。


(教会の後ろ盾があるドーレット司祭はともかく、今の私は店も持たない小商会の会長に過ぎない)


 かつてレイティンで大店おおだなの会長として権勢を誇っていた頃とは違う。

 今のジュリスにあるのは実家を追い出されるときに持ち出したいくつかの道具、再建したばかりの小さな商会、そして商会の規模のわりには多少豊富な資金だけだ。


 しかし魔術師であった父親の蒐集品しゅうしゅうひんがいくら魔術の込められた有用なものであっても、それは万能のものではない。

 非常に珍しく、また不可思議な力を持っているとはいえ、数も効果も限られている。


 資金とて同様だ。個人として持つには多いかもしれないが、トリア愛国解放団の活動に多額の出資をした結果、レイティンを逃げ出した頃と比べれば半減している。


(もし……もしもあの男の口から私の名前が出たら? 王国の敵として手配されるようなことになったら?)


「私はどうすれば……」


 ジュリスは起こりえる暗い未来に愕然がくぜんとする。


(いっそのことこの国を出て逃げるか?)


 逃亡という選択肢が脳裏に浮かんだとき、ジュリスは目の前の司祭へすがることを選んだ。


「ド、ドーレット司祭! 神皇国しんのうこくの……神皇国への取り次ぎをお願いします! このままでは私は……!」


 必死の訴えを見せるジュリスに、ドーレットは悩ましげな表情を浮かべる。


「無論、これまでの協力にむくいたい気持ちはあるのですが……。さすがに何の成果も上がっていない状態ではそれも難しく……」


「そんなっ!」


 ジュリスがドーレットの長衣へすがりついて訴える。


「これまでも多大な私財を提供してきたではありませんか! 希少な道具も惜しまず使って支援してきたではありませんか!」


(さんざん私に協力させておいて、今さら見捨てるつもりか!?)


 だがドーレットの反応はつれないものだった。


「しかしそれも今回の件で台無しです。王国はトリア愛国解放団の全容を解明するためにデッケン卿へ厳しい態度でのぞむでしょう。我々の存在が明らかになるのも時間の問題です」


「それは……」


「ですから」


 言葉を継げないでいるジュリスへ、ドーレットは慈愛のこもった声で恐ろしいことを言い出した。


「デッケン卿には現世から穏やかに出立しゅったつしていただきましょう」


「……は?」


(出立? どこに? 捕まっているのにどうやって?)


 なにを言われたかわからず、ジュリスはまぬけな顔をさらす。


「デッケン卿が我々の存在をもらしてしまう前に天上へ旅立てば、さしあたって彼の口から情報が漏れる危険は避けられるでしょう」


(何を言っているんだ……司祭は……)


「そ、それは……あの男を殺す、という意味で……?」


「殺すなどとは物騒な物言いですね。彼には安らかな眠りについてもらうだけです――ただし永遠に」


(それは殺すのと何が違うというんだ!?)


 出かかった言葉をジュリスは飲み込む。


「この使命をあなたが見事果たしたならば、それを大きな功績として神皇国へしかと伝えましょう。神皇国も功あらばあなたを見捨てはしません」


「え……私、が……?」


 いつの間にかデッケン暗殺の役目を負わされたらしいジュリスは、それだけを口にするのが精一杯だった。


「そうです。もちろん補佐役を数人つけましょう。お父上からゆずり受けたという道具も、その助けになるのではありませんか?」


 にこやかに言葉を続けるドーレットの声に、ジュリスは妙な恐ろしさを感じてつい目をそらしてしまう。


(だがこれを断ったら……きっと私は……)


 拒否すればその時点でドーレットはジュリスを切り捨てるだろう。

 ドーレットと違い後ろ盾を持たないジュリスは行くあてもなく逃亡するしかなく、捕縛されれば間違いなく重犯罪者としての扱いを受ける。


(身ひとつで逃げ出すだけなら……いや、しかしそれではこれまでの投資がすべて無駄に……)


 ジュリスはトリア愛国解放団に肩入れしすぎたのだ。

 費やした資金と労力――諦めるにはあまりにも注いだものが多すぎることにジュリスは今になって気付く。


 もはやジュリスには他の選択肢が無かった。

 いや、デッケンが失敗したその瞬間からこうなることは決まっていたのかもしれない。


「それは……本当に女神様の御心みこころに添うことなのですよね?」


 もはやドーレットの要求を受け入れるしかないジュリスがそう訊ねたのは、特に何かを意図してのことではなかった。


 ただ、女神に仕える聖職者がジュリスに向けて暗殺を教唆きょうさするような言葉を口にした。

 そこに生じた気持ち悪さと理不尽さを、なんらかの形で吐き出したくなったからだ。


「もちろんです。現世のしがらみを断ち切ることは、デッケン卿にとっても幸せなことですから」


 その言葉を聞いて、ジュリスは背筋に冷たいものを感じた。


 これまでもドーレットの説教が従来の教義とは微妙に異なると理解していた。

 だがその違い、そのズレ、その違和感が明確な形となってジュリスに危険性を訴えたのは初めてだ。


 ドーレットの言う『柵』とは何なのか。

 デッケンの暗殺を『柵を断ち切る』と表現したドーレットに、ジュリスはひとり戦慄した。


(司祭が普段から口にしていた『柵』とは……そういうことなのか……)


 しかしだからといってジュリスに拒否は許されないのだろう。

 もしも拒否すれば……おそらく柵を断ち切られるのはジュリス本人である可能性が高かった。


「…………わかりました。その役目、私が見事果たして見せましょう」


 しばしの沈黙を挟んで、ジュリスは観念したように声をしぼりだした。







 準備を整えてジュリスがトリア城へ潜入したのはそれから二日後のことである。

 ジュリスとて本来ならもっと綿密な計画と徹底した準備を終えてから実行に移したいのはやまやまだったが、時間が経てば経つほどデッケンの口から情報が漏れてしまう可能性が高い。


 ドーレットから協力者としてつけられた人数はふたり。

 ひとりは少々ふくよかな体型の若い女、もうひとりは長身で細身の男だった。


「私が下働きにふんして城内の案内と補助を担い、この男がジュリス様の脱出を助けます」


 面通しの際、ふくよかな女がそう言った。


「下働きに扮するとは言うが……大丈夫なのか?」


「問題ありません。実際、私は半年前から城内で働いていますし、この男も出入りの商人として実績を積んでおります。昨日今日になって城へ入ったわけではありません」


「……前々から入り込んでいたということか」


 どうやら神皇国の手はトリア城の中へもしっかりと届いているようだった。

 納得と同時にそら恐ろしい気持ちを抱きながら、それでもジュリスは役目を果たすべく城へと潜入する。


 潜入自体は簡単だった。

 父親の蒐集品には相手の認識を阻害そがいする品があり、それを使うことで難なくジュリスは協力者の男に同行して城へ入り込む。

 門番の兵士は協力者の男しか目に入っていないような反応を見せ、そのとなりに堂々と立っているジュリスへは全く気が付いていない様子だった。


「では俺はジュリス様の脱出に備えてここで待機しています」


「わかった」


 ジュリスは商人に扮した細身の男と別れ、認識阻害の効果を頼みに建物の中へ足を踏み入れると、あらかじめ決めておいた場所へ向かう。


「ジュリス様、こちらです」


「待たせた」


 そこでジュリスを待っていたのは、下働きとして城に潜入しているふくよかな女だった。


「認識阻害の効果が限定的なものでようございました」


「まったくだ。誰彼だれかれ構わず効果があったら合流するのも一苦労だったかもしれない」


「確か……もともとの顔見知りには効果がない、でしたよね?」


「ああ、初対面の人間にしか効果はない。中途半端な効果だが、この城にいる顔見知りはお前たちふたりとデッケンくらいのものだからな」


 ふたりは並んで城内を堂々と歩き出す。

 途中ですれ違う人間がいても、認識阻害の効果によって協力者の女ひとりが歩いているようにしか見えないだろう。

 女もそれをわかっているようで、顔も視線も前を向いた状態でジュリスに向けて小声で話しかける。


「デッケン卿は地下牢へ入れられております。さすがに私も地下牢まで同行することはできませんので、ご案内できるのは階段の近くまでです」


「十分だ。別に地下牢が迷宮のようになっているわけではないだろう?」


「そのはずです」


 しばらく城内の回廊を女の案内で歩く。


「あちらです」


 ゆっくりと足を止めた女の視線をジュリスが追うと、その先には地下へ続くらしい階段の横で警備をする兵士たちの姿が見えた。


「私はここまでが限度ですので」


「問題ない。扉がないのならどうとでもなる」


「ご成功を願っております」


 女の見送りを背に受けて、ジュリスはそっと階段へと近付いていく。


 警備の兵士はふたり。


(気付いてくれるなよ)


 認識阻害はしっかりと効果を発揮し、ジュリスの存在に気付いた様子もない。

 退屈そうな態度がありありとわかる兵士たちの横をすり抜け、音を立てないよう慎重に階段を下りていく。


 三十段ほど下りた先で階段が終わり、鉄格子の並ぶ地下牢へとたどり着いた。


(デッケンは…………いた。一番奥の牢だな)


 ここも見張りはふたり。

 彼らは階段近くの椅子に座っているが、幸いなことにデッケンの入っている牢からは離れていた。


 ジュリスは細心の注意を払ってデッケンの入っている牢まで近付く。

 音は立てていないはずだが、それでも違和感を覚えたらしいデッケンが視線を牢の外へ向けてきた。


「おま――!」


 デッケンの目がジュリスの姿を捉えた瞬間、驚く彼の口から声がもれかけた。


(声を出すんじゃない!)


 慌ててジュリスは静かにするよう身振りで伝える。


 咄嗟とっさに口をつぐんだデッケンを横目に、ジェリスは見張りへ目を向けた。

 声に気付いた見張りがこちらを一瞥いちべつしたが、問題なしと判断したのだろう。

 わざわざ立ち上がって確認に来るほどではないと思われたようだった。


怠惰たいだな見張りで助かった)


 ホッと胸をなでおろしたジュリスがデッケンに手招きをする。

 鉄格子のそばまでやってきたデッケンへ、かろうじて聞こえる小さな声でジュリスは話しかける。


「認識阻害の道具を使っていますので、あの見張りたちに私の存在は無いものと感じられるはずです。声は聞こえてしまいますから返事は小声で。道具の効果も私自身にしかおよびませんので、デッケン卿も不自然な動きはなさいませんように」


(これ以上、声を上げられたらたまらん)


 そう伝えるとデッケンはわずかにあごを引いて頷く。


「この後、デッケン卿救出のため城内で協力者が騒ぎを起こします。騒ぎに乗じて脱出しますのでそのおつもりで」


(もっとも、騒ぎを起こすのは私が脱出した後だがな)


「逃げるにしても丸腰というのは不安だな。何か武器になるようなものはないか?」


(デッケンの方から要求してくるならちょうどいい)


「ではこれを」


 ジュリスは見張りの目がこちらに向いていないことを確認すると、一本の短剣を懐から取りだして手渡す。


 実はこれもジュリスが実家から持ち出した蒐集品のひとつだった。

 柄の中が空洞になっており、そこへ弾性のある白い半固体が詰められている。

 白い半固体は短剣と対になる道具で遠隔から着火が可能で、火がついた瞬間に周囲一帯を巻き込んで大爆発を起こす。


 この狭い牢の中ではその破壊力から逃れることはまず不可能だろう。

 見た目はただの短剣だが、それがあやめるのはウィステリア王国の人間ではなくデッケン自身というわけである。


(蒐集品をひとつ失うのは残念だが、しょせんは使い捨ての品。栄達のためならばこれくらいの損失は仕方ない)


 刃渡り二十センチほどしかない短剣を見て、デッケンが不満そうに顔を歪めた。


心許こころもとないな……」


「大きなものでは隠せないでしょうから」


「む……そうだな」


「騒ぎを起こすのにあわせて協力者がやってまいります。それまで短剣は懐に隠しておいてください」


 何も知らないデッケンは頷いて短剣を懐に入れる。


(さすがにあれが至近で爆発すれば助かる道はないはず)


「では私は脱出の準備に取りかかります。協力者が来るまでは早まらないよう、お気をつけください」


「わかった」


「それではまた後ほど」


(ま、あの世で会うのは数十年後だと思うが)


 必要なことを言い残し、ジュリスはすみやかに地下牢を出た。


 役目を果たし終えた彼はようやく肩の荷が下りた気持ちになる。

 以後はもうジュリスの手を離れたと言っていい。


 彼が関与するのはデッケンにあの短剣をした道具を手渡すまでである。

 もともとデッケンを救出するつもりなどなく、それゆえ騒ぎを起こす必要もない。

 ジュリスはこのまま誰にも気付かれず脱出するだけでいいのだ。


(デッケンは気の毒だが、私も自分の未来がかかっているからな。そもそも敵に生きて捕らえられた本人が悪いんだ)


 往路で協力者の女に案内された道を逆にたどり、すれ違う人間から認識されないままジュリスは城外へ向かう。


 だがその途中、想定外の人物をジュリスは目にする。


 それは見たところ十代後半の若い女だった。

 背中まで流れる長いアリスブルーの髪、白を基調とした衣服をまとうその顔を見てジュリスの足が止まる。


(あの顔は……)

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