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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十二章 新旧相容れず

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第394話

 役目を果たしたジュリスが、城外へ向かう途中で目にした若い女。

 その整いすぎた顔を見たとき、ジュリスは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。


(似すぎている……)


 彼が記憶の奥から引きずり出したのは、かつてレイティンで会った女の姿である。


 かれこれ十年ほど前。ジュリスが『魔惹香まじゃくこう』と呼ばれる蒐集品しゅうしゅうひんを用いた企みに失敗した際のことだ。

 その魔惹香のツボから出てきた魔物にジュリス自身が襲われそうになったところで、突然現れて魔物を倒し、何も言い残さず沈黙のまま立ち去っていった黒衣の女がいた。


 その女の顔と今ジュリスが目にしている女の顔が同じだった。


(髪や瞳の色は違うが……もしかしてあの女の血縁か?)


 ジュリスにとっては思い出したくもない悪夢である。

 商会を、地位を、名声を失うことになった過去の失敗が古傷のように甦った。


 レイティンを逃げ出した当初は、いつ自分が騒乱罪で手配されるかわからず眠れぬ夜が続いたが、さすがに十年もてばその恐怖も薄れている。

 あのとき表れた黒衣の女はジュリスを告発するわけでもなく、結局その後のジンバリル商会も罪を問われることはなかったらしい。

 逃げ出したのは浅はかな考えだったのかもしれないが、その後すぐに商会が破綻したため帰るに帰れなかったというのが実際のところだ。


 問題は今ジュリスが使っている認識阻害が()()()()()()()()()()()ということだろう。


(もしあの女に認識阻害が効かなかったら……)


 万が一にも見破られるようなことがあれば、今のジュリスは不審者以外の何者でもない。


(いや、あれから十年経っているんだ。いくら顔がそっくりだからといって同一人物のわけがない)


 ジュリスは自分の中でそう結論付ける。


 それでも万全を期して物影に隠れ、白い女が遠ざかっていくのを辛抱強く見守った。

 この行為自体が失敗だったと、ジュリスはすぐに悔やむこととなる。


 幸い白い女はジュリスの方へ近付いてくることなく姿を消した。

 しばらく物陰に身を潜めていたジュリスだが、その姿が見えていればきっと相当に怪しい存在として他者の目に映るだろう。


(認識阻害が効いているからできることだが)


 そう。それは認識阻害あってこそ問題とならない行動だった。

 では認識阻害が効かない相手の目にはどう映るのか?


 ジュリスは小さな危険の可能性を回避するために、明らかな危険と遭遇してしまったのだ。


「アンタそんなところで何してるんだにぃ?」


 突然声をかけられたジュリスは二重の意味で驚いた。

 ひとつは単純に意表を突かれた驚き。

 そしてもうひとつは、認識阻害されているはずのジュリスを()()()()()()()()()がいたことだ。


「なっ……」


 慌てて声の方を振り向くと、そこにジュリスの見知った顔があった。


「お……お前は……」


(マリーダ・リッテか!? 何故こんなところに!?)


 ジュリスの目に映ったのは彼がレイティンにいた頃、商売敵だった人物である。

 若くしてリッテ商会という大店おおだなのひとつを切り盛りしていた女商会長マリーダ。

 十年ぶりとはいえ見間違うはずもない相手だった。


 なによりジュリスが見えているらしき反応こそ、目の前の女がマリーダ本人である証拠だった。

 認識阻害は顔見知りには効かないのだから。


 驚愕の表情を見せるジュリスに、マリーダは最初不審な目を向け、やがてそれが警戒の目に変わっていく。


「アンタ……何でこんなところにいるのかにぃ?」


 その表情と言葉でジュリスは正体がばれたことを悟る。


「ジュリス・ジンバリル。十年ぶりくらいかにぃ? その様子だと、正規の手順で登城したわけじゃなさそうだにぃ」


「ちっ!」


 ジュリスは身をひるがえして駆け出す。


「侵入者だにぃ! 捕まえて!」


「え、どこにですか!?」


 マリーダが護衛らしきふたりの兵士に指示を出すが、そのふたりにはジュリスの姿は見えない。


「いいから追うにぃ! アンタは侵入者発見を報告に行って!」


「は、はい!」


「了解しました!」


 マリーダが兵士をひとり連れてジュリスを追いかけてくる。


(くそ、こんなところであの女に会うなんて!)


「待てーい!」


 後ろを振り返ればなおもしつこくマリーダは追ってきていた。


(まずいぞこれは……! とにかくあの女の気をそらして振り切らないと)


 ジュリスは逃げながら懐に手を入れ、親指ほどの小さな箱を取り出す。


(本当は城の外に出たあとで起爆するつもりだったが……)


 ジュリスが箱に付いた突起を引っぱりながらねじったその瞬間、城内に轟音が響きわたる。デッケンに渡した短剣が爆発したのだ。


(あばよ、デッケン)


 地震のような震動が床を揺らした。


「な、なんだにぃ!?」


 突然のことにマリーダが足を止める。


(今のうちだ)


 混乱するマリーダを振り切って、ジュリスはなんとかその場から逃げ去った。


(さすがの破壊力だな。あれだけの揺れだ、地下牢ごと瓦礫がれきに埋まっただろう。デッケンは……形も残ってないはずだ)


 ジンバリル商会時代にも、ジュリスは表沙汰にできないような手を何度も使ったことがある。

 商売敵を陥れ、死に追いやったことも一度や二度ではない。

 だがさすがに自らの手で直接人を殺したのは初めてだった。


(私の未来を切り開くためには必要な犠牲だったんだ)


 自らを奮い立たせるように正当化しながら、ジュリスは予定されていた協力者との合流地点へ急ぐ。


 城内は右も左も大わらわの様子だった。

 何が起こったのかわからずうろたえる者、我が身優先で逃げだそうとしている者、先頭に立って事態の収拾に努める者……。

 そんな人々を横目にジュリスは細身の男が待つ場所までたどり着いた。


「少し問題が発生した。すぐに脱出するぞ」


 開口一番ジュリスがそう指示を出しながら、脱出に使う予定の馬車へ近付いていく。

 協力者の男は慌てた様子も見せず、ジュリスの横を歩きながら確認の言葉を口にした。


「標的は?」


「あの爆発だ。生きてはいないだろう」


「そうですか」


「とにかく急ぐぞ。今は混乱しているが、時間が経つほど危険になる」


「しかし、この騒ぎではすでに出入り口は封鎖されているのでは? 当初の計画では私が商人を装い、ジュリス様には馬車の隠し戸へ身を潜ませていただく予定でしたが……。さすがにこのタイミングで簡単に通してもらえるとは思えません」


「だったらどうしろというんだ!?」


「こうするんですよ」


 細身の男はそう答えるなり、予備動作もなくジュリスの脇腹へナイフを突き立てた。


「は……?」


 脇腹に熱を感じたジュリスが視線を下げ、そこに赤く染まった自分の体を見た。


(刺された? 何故俺が?)


「な、にを……お前……!」


 自分が刺されたことにようやく気が付いたジュリスが激昂するより早く、細身の男が再び凶器を振るう。

 脇腹から抜き取られたナイフが、血を滴らせながら今度はジュリスの首を横に掻ききった。


「ぐ……ふぁ……」


 喉から血を吹き出しながらジュリスが倒れる。


「ジュリス様にはすべての罪を被っていただきます。もちろんデッケン卿の暗殺も」


(ふざ……けるな……)


 遠ざかる意識の中でジュリスは罵倒するが、それが意味のある音として放たれることはなかった。








 外部からはわからないようその存在を隠された礼拝堂で、ドーレットは部下から報告を受けていた。


「それではデッケン卿もジュリス殿も無事(しがらみ)から解放されたのですね?」


「はい、司祭様。デッケン卿は亡骸ごと地下牢の瓦礫に埋まっております」


「ジュリス様の方は私自身がその最期をしかと見届けました」


 ドーレットの確認にふくよかな女と細身の男がそれぞれ答える。


「ふむ……後片付けはこれで全部済みましたね。ご苦労でした、下がっていいですよ」


 ドーレットはふたりを下がらせると、礼拝堂でひとりになり、女神像に向かって跪いて祈りを捧げる。


「女神様……またふたり、罪深き迷い子が柵を振り払って旅立つことができました。彼らに女神様の加護と祝福があらんことを」


 しばらく礼拝堂を静寂が支配する。


「しかし……」


 祈りの姿勢でドーレットはひとりつぶやく。


「なかなかどうして、一度の失敗が尾を引くものですね」


 教会の愚かな教えを内心蔑みながら、ドーレットが雌伏すること三十年を過ぎていた。

 いつの間にか司祭の立場になり、発言力と権限を得てからは女神のために様々な働きをしてきたという自負が彼にはある。


 あるときは聖女候補と名高いシスターを堕とすため、悪い噂の絶えない男ばかりの護衛をつけて送り出そうとした。

 司祭の権限をもってすれば、正式な護衛依頼書を偽造することも簡単である。

 しかし何かを感じ取ったのか、シスターが不安を訴えた。


 仕方なくシスターに荷物持ちをひとりだけなら追加しても良いと許可を出したのだが、その際に同行した荷物持ちが今では『千剣の魔術師』と呼ばれる高名な傭兵である。

 結果としてシスターは何事もなく帰還してしまう。


 余計な事をした千剣の魔術師を排除しようと、ドーレットは自分よりも年若い福耳の神父を利用したところこれも失敗に終わる。

 福耳神父が抱いていた感情を利用し、じわりじわりと毒を染み込ませるように千剣の魔術師への疑念を植え付けたが、最終的には不本意な結果をもたらしただけだ。


 福耳神父が教会の上層部に働きかけ、千剣の魔術師を異端認定したところまではまだ良かった。

 しかし暴走した福耳神父が僧兵を率いて討伐に向かうもあえなく失敗。千剣の魔術師を取り逃すことになる。


 その取り逃した相手が、今やウィステリア王国建国の功労者として名声を得ている始末だ。

 千剣の魔術師が属するウィステリア王国はいつの間にか勢力を拡大し、女神を奉じる神皇国にとって最大の障害となりつつあった。


「まさかここまでやっかいな存在になるとは思いもしませんでした」


 今回トリア愛国解放団の蜂起をことごとく潰し、デッケンを捕らえたのも彼の直属部隊だという。

 もっと早くに潰しておくべきだったと、今さら言っても仕方がないことが口をついて出そうになる。


「とはいえあまり欲張るのも良くありませんね。千剣の魔術師へ直接手を出すのは控えるべきでしょう」


 ドーレットは千剣の魔術師への干渉を非効率と判断し、標的を変更することにした。


「まずは末端から……少しずつ手をつけていくとしますか」

2026/05/05 誤字修正 大あらわ → 大わらわ

※誤字報告ありがとうございます。

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