第390話
トリアから北へ向かう街道をアルバーン方面に向けて進む一団の姿があった。
縦に連なるのは食料や真新しい武具、樽に入った油などを満載した大型の荷馬車である。
それを馬が引き、護衛の兵たちが周りを囲むような隊形で進んでいた。
護衛は合計で二十名ほど。
荷馬車の数と積んだ物資の量を考えればいささか人数は少ない。
その様子を峠道にさしかかる木陰で注視しながら、トリア愛国解放団の本隊を率いるデッケンはタイミングを見計らう。
アルバーン戦線へトリアから補給が送られると耳にしたのが、三日ほど前のこと。
補給部隊の護衛に回す戦力が不足しているという内通者からの情報を得て、急遽襲撃を計画したのは支援者であるジュリス・ジンバリルからの「目に見える成果を」という催促が強くなってきていたからだ。
デッケンが率いる本隊の人数は四十七名。
トリア愛国解放団が一度に動員できる最大兵力に近い。
短い期間で計画実行にまでこぎ着けられたのは、デッケンの能力が決して低くはないということを表している。
もちろんジュリスの金銭、物資支援あってのことであり、彼の協力がなければこれほどの兵を養い、組織的に動かすことは無理だろう。
だからこそデッケンは彼に実績をもって証明する必要があった。トリア愛国解放団への支援を続ける価値があると。
「全員配置についたな?」
周囲を見回して準備が整っていることを確認し、デッケンは自分を安心させるように一度だけ小さく頷く。
やがてデッケンたちが潜んでいる近くへとウィステリア王国軍の補給部隊がやってくる。
その先頭が通過し、補給部隊の中ほどが目の前を通り過ぎようとしたところでデッケンは立ち上がって号令を下す。
「放て!」
デッケンの声に応じて、木陰から次々と火矢が補給部隊に向けて放たれる。
「襲撃だ!」
突然の襲撃に慌てる補給部隊の護衛たち。
「敵は混乱しているぞ! 荷は焼いて構わん、かかれ!」
デッケンは先頭に立ち、木陰から躍り出して護衛へと襲いかかる。
その後に同志たちが続き、またたく間に静かな街道は戦場へと姿を変えた。
人数は護衛の二倍以上、奇襲によって先手を取り、しかも相手は補給物資を積んだ荷馬車を守りながらの戦いだ。
勝てぬ道理はない。それをデッケンは疑いもしなかった。
ようやくこれでウィステリア王国へ一矢報いることができる。
そしてジュリスに対しても面目が立つだろう。
久しぶりに手をかけた勝利にデッケンの心が高揚感で満たされる――が、それも短い時間だけのことだった。
「……なんだ?」
唐突な違和感を覚え、デッケンは困惑する。
勝っているはずなのに、勝っている雰囲気を感じられなかった。
「ぐあぁ!」
同志のひとりが敵の魔法攻撃を受けて倒れた。
「魔法!? 魔術師がいたのか!?」
予想もしなかった事態に、デッケンは状況を把握しようと護衛から距離を取る。
「どこだ?」
魔術師の姿を探して見回したデッケンは、おかしな光景に気付いた。
「一台も燃えていないだと……?」
不可解だったのは、火矢を受けたはずの荷馬車がひとつとして燃えていないことだった。
もちろん火矢のすべてが命中するわけではないし、荷の中身次第ではすぐに燃え上がるとも限らない。
だが奇襲の初手として放った火矢の数は一本や二本ではない。
それがひとつとして成果を上げていないというのは考えられないことだった。
デッケンはさらなる困惑に見舞われる。
「は?」
その視線が向けられた先、物資を載せた荷馬車が馬ごと忽然と消え失せたのだ。
「消えただと!?」
見れば先ほどまで連なっていた荷馬車のほとんどが姿を消していた。
「まさか……幻影だったのか!?」
ジュリス・ジンバリルから貸与された、幻影を生み出す希少な魔法の道具。
それと同じ物をウィステリア王国が保有しているという可能性に、デッケンは今の今まで思い至れなかった。
それだけではない。
「こちらが……押されているだと!?」
同時に気付いたのは、戦局までもがデッケンの意図に反する方向へ進んでいたことだ。
「ぐはっ!」
「ぎゃああ!」
ひとり、またひとりと同志が血だまりを作って沈んでいく。
「どういうことだ!?」
答える者のいない疑問は戦いの喧騒にむなしく消えていく。
なぜか護衛の数が増えていた。
数の優位性は消え、攻撃魔法がどこからともなく同志たちに襲いかかる。
「どこから!?」
せめて敵の魔術師を討ち取れば、再び天秤をこちらに傾けられるかもしれない。
だがその相手の姿が一向に見つからないのだ。
指揮官としての知識と経験が『このままでは負ける』とデッケンに訴える。
「くそっ……」
つい先ほどまでの高揚感が嘘のように焦りが浮かび上がってくる。
勝てたはずの戦いに対する未練は残っていても、ここで判断を間違えれば立ち直れないほどの痛手となるだろう。
敵であるウィステリア王国に比べれば、トリア愛国解放団は小さな抵抗組織でしかない。
一敗の重みがあまりにも違いすぎる。
たとえ勝ちを取りこぼしても、全滅だけは避けなければならなかった。
「撤退だ! 散開して撤退!」
忸怩たる思いでデッケンは同志たちに撤退の指示を出す。
「何故だ……何故だ何故だっ!」
自らも追っ手を警戒しながらその場から退きながらも、デッケンは悔しさをぶつけるように繰り返し続けた。






