第389話
「一体どこから資金が流れているのでしょうね」
トリア城内の会議室でカイルが眉間にしわを寄せる。
ここのところ国内で活発に動いている抵抗組織に、ウィステリア王国の首脳部も頭を悩ませていた。
「商人たちの情報網からは何かつかめてないのか?」
「残念ながら特には」
アルディスの確認にカイルは首を振る。
「我々に非協力的な商人もまだまだ多いのです。建国したばかりの我が国を彼らが見極めるのにも時間が必要でしょう」
敵対的な者は軒並み国外へと移っていったが、残った商人たちもすべてが協力的とは限らない。
むしろ様子見をする、消極的中立という立ち位置の人間が一番多いだろう。
彼らがウィステリア王国に対して好意的になるか、それとも敵対的になるかは今後の行い次第といえる。
「他国からの支援が入っているのではありませんか?」
上座のミネルヴァが考えを口にすると、カイルは真摯な表情で向き直る。
「無論その線も調べております。ただなにぶん我が国は暗部の人材に乏しく、成果が上がっているとは言い難いところです」
「それは仕方ありません。組織を一から作っている最中ですからね。公爵家の影が健在であれば彼らを中核として構築するところでしたが……」
ミネルヴァの生家ニレステリア公爵家も、ナグラス王家の流れを汲む大貴族であることから独自の暗部を組織していたらしい。
しかしミネルヴァがウィステリア王国の女王として即位し、表舞台に出てから今日に至るまでまったく音沙汰がないことを考えれば、おそらく王都グランと公爵領陥落時に壊滅してしまったか、あるいは組織的な活動ができなくなるほどの状態にあるのだろう。
そうでなければとっくにウィステリア王国やミネルヴァ個人への接触があったはずだ。
現在カイルが中心となり王国として暗部の編成も急ピッチで進められているが、彼自身は文官のとりまとめをする宰相のような立ち位置になっているため、なかなかそちらへ手が回らないのが実情だった。
「他国からの支援となると最も怪しいのは神皇国とアルバーン王国、その次がサンロジェル君主国あたりか?」
「トリア王国の残党や、我々とは別の道を歩む旧ナグラス王国の生き残りという可能性もあります。さすがにカルヴスや都市国家連合の手が入っているとは思いたくないですが……、可能性もゼロではありません」
アルディスが挙げた三カ国に続いてカイルが可能性を口にする。
「いくらなんでもトリアの残党や旧ナグラスの連中にそれだけの資金力があるとは思えないが」
疑問を呈するアルディスに対してカイルは首を振る。
「個別にはそれだけの力がなくとも、それぞれが共通の目的を持って手を組めば侮ることはできません。最終的に目指すところが異なっていても、ウィステリア王国打倒という目先の目的一点のみに限って手を組むことは十分あり得ます」
「まあそれも一理あるか……」
「とはいえ現状は抵抗組織の裏事情を探るよりも、目前の脅威を取りはらうのが優先です。軍の主力がアルバーン遠征で出払っている今、活発化した抵抗運動を残った戦力だけで押さえ込む必要があります」
むしろ軍の主力が不在だからこそ抵抗運動が活発化しているのだろうが、どのみち残存兵力だけで治安の維持をせざるを得ないことに変わりはない。
「問題はただでさえ少ない戦力を差し向けた先で、痕跡も残さず霞のように突然消え去るという反乱軍の存在です。それも特定の地域ではなく複数の場所で確認されているようで、同様の報告は複数の部隊から上がってきています」
それについてはアルディスも幾度となく耳にしていた。
もちろん実際に敵の戦力と交戦状態に入り、鎮圧に成功したケースはいくつもある。
その一方でカイルの話す通り肩すかしのような例も発生していた。
一度や二度ならただの誤報と済ませられるが、さすがにそれが頻発すれば問題視せざるを得ない。
アルディス自身はまだ直接目にしていないが、先日などは蜂起した民衆の群れが鎮圧部隊の到着と同時に忽然と姿を消したという、集団幻覚もかくやといった事態まで発生している。
兵たちの中には困惑と驚愕を通り越して、「亡国の怨霊だ」「祟りだ」と迷信じみた恐怖を抱く者すら出はじめているという。
しかしアルディスの到達した結論はまったく異なっていた。
「多く見せかけているだけで、案外実際の数は多くないのかもな」
「どういうことですか、師匠?」
ぽつりとこぼしたアルディスの言葉にミネルヴァが反応した。
気の置けない者だけの場ということもあり師匠呼びである。
「実際に見てみないと断言はできないが、跡形なく突然消え去るというなら人為的に発生させた幻影のようなものと考えた方がしっくりくる。単純に数が少ないのをごまかしたいというのもあるだろうが、陽動として使うのも有効だろう。少数の部隊が幻影を使ってこちらの兵力を引きつけている間に、手薄となった別の場所で本格的な攻撃を仕掛けるという手も取れる」
「私たちを撹乱するためだけの陽動部隊ということでしょうか?」
「こちらを疲弊させるという目的も兼ねて、な」
アルディスはミネルヴァの問いかけに頷くとそのまま説明を続ける。
「その突然消えるという敵とこちらの討伐隊が会敵したタイミングに前後して、他の場所で襲撃を受けていたりはしないか? もしあるならそっちが敵の本隊なんだろう。敵の動員能力もそこらへんから推定できるかもしれない」
アルディスの説明にカイルが目の色を変える。
「記録と照らし合わせてみます」
すぐさま過去の交戦記録から情報を洗い直すと宣言したカイルに、アルディスは少しだけ申し訳なさを感じた。
結果として、多忙な彼の仕事をさらに増やしてしまったからだ。
「敵の手札が幻影を使った撹乱だとして、問題はそれにどう対処するかですね。そもそもどうやって幻影を生み出しているのでしょうか?」
ミネルヴァの問題提起にカイルが便乗して問いかける。
「アルディス卿が幻影という推論に至るということは、魔法で再現可能だと考えておられるからでは?」
「そういった魔法の存在は聞いたことがないが、できるかできないかで言えば『できる』だろうな。俺は試したことがないけど……ネーレやうちの双子が時々遊びでやっていたのは確かだぞ」
アルディスの答えを受けて「実際に見てみたい」とミネルヴァとカイルが望んだため、呼び出されたリアナが会議室へやって来る。
「幻影……ですか? それはまあ、できますけど」
「ちょっとやってみてくれ」
アルディスに頼まれたリアナが自分の髪色を真っ黒に変化させる。
「こんな感じです。黒髪に見えていると思いますが、そう見せかけているだけで実態は何も変わっていません」
「ほう……」
「すごい」
カイルとミネルヴァの口から感嘆の声がもれた。
「人間の姿を新たに作り出すことはできるか?」
「こうですか?」
アルディスから追加された要求に応えて、リアナはフィリアの立ち姿を自分のとなりに作り出す。
「これは……使いようによっては恐ろしいですね」
まるで生きているかのように見えるフィリアの姿に、悪い意味での活用方法を思いついたカイルが顔を曇らせる。
「そこまで警戒する必要はないと思いますよ。言うほど自由自在に使えるわけじゃないですから」
「どういうことですか?」
「外部条件に左右されすぎるんです。屋外なら太陽の向きとか周辺の遮蔽物、室内なら光源の数や角度のように様々な要因に制約を受けますから。今作った幻影も、こうやってほら」
カイルへ答えながらリアナは新たに魔術で光源を作り出した。
途端にフィリアの幻影が薄暗く変化し、となりに立つリアナとの対比で違和感が目立つようになる。
「光源がひとつ増えただけですぐ作り物とわかってしまいます」
「なるほど。それらしく見せるには状況に応じて常に幻影へ手を加え続けなきゃならないのか。それだけ複雑な計算が必要になるし、常時展開するなら相当意識をこれに傾け続けないといけないな……」
アルディスがリアナの代わりにその難しさを言語化する。
さらに言うならば、前後左右どこから見ても違和感の無い幻影を維持しようと思えば、その難易度は累乗的に増していく。自然な幻影を全周囲へ見せ続けるのは相当骨が折れるだろう。
それくらいなら化粧などを駆使して、物理的に変装した方がよほど手軽かつ現実的に違いない。
「師匠ほどの実力者でもですか?」
「遠目にそれっぽく見せるだけならそこまで詳細に再現しなくても問題ないだろうが、それでも簡単と言うには無理のある魔術だな。大量の魔力も必要になるし、使える人間は限られそうだ」
現状でこれを使えるのがネーレと双子の三人。
おそらくアルディスとロナは問題なく習得できるだろうし、今は隠れ里でぬくぬくと暮らしているルプスも習得できそうだった。
ミネルヴァの場合は魔力量が不足していることもあって、髪色や顔の雰囲気を変化させるのが精一杯かもしれない。
「しかし幻影を魔法で作り出すことが可能であるとは知れたわけです。そうなると気になるのは、アルディス卿やリアナ嬢クラスの魔術師が抵抗組織にいる可能性が出てきたことですね」
「それはどうだろうな」
カイルの懸念をアルディスは一蹴する。
アルディスの知る限り幻影を作り出す『この世界の魔法』は存在しない。
よって今回の件も、この世界で魔法を学んだ魔術師の仕業ではないと考えられる。
可能性があるとすればアルディスと同じように魔法――『魔力の法則』を理解し、魔術を繰り出す人間の存在だ。
しかしもしそんな人材が敵方にいるとしたら、今度はその行動に違和感が生じる。
「幻影を作り出せるほどの実力を持っているなら、その力で討伐隊を蹂躙すれば良い話だ。だが実際には討伐隊が姿を見せるなり、敵は幻影を消して逃げることに徹底している」
もちろん敵の目的が延々と嫌がらせを行うことなら、戦う実力がありながらも姿を隠し続けている理由になるかもしれないが……。
それよりもアルディスが疑っているのは、術を使いこなす人間ではなく道具の存在だった。
「むしろそういう力が込められた呪具、あるいは魔術の込められた道具を敵が活用している可能性は考えられないか?」
この世にはアルディスにも理解できない物が確かにある。
「呪具、ですか……?」
ミネルヴァが顔を曇らせた。
それも仕方ないだろう。
まだ彼女が公爵令嬢だった頃、アルディスの育ったあちらの世界へムーアと共に飛ばされた事件の原因となったのが出所の怪しい呪具だった。
あれから月日は流れているとはいえ、ミネルヴァにとって良くも悪くも忘れられない記憶であることに違いはない。
結局あの呪具もどこから流れてきたのかわからずじまいである上、本来の効果が誤解されていたように得体の知れない物であることは確かだった。
ならば同じような物が他にないとも限らないだろう。
「あんなわけのわからない効果を持った呪具が実在していた以上、今さらそれが他にもあったと言われたところで驚きはしない」
「確かに師匠がおっしゃる通り、あの呪具の効果に比べれば幻影を生み出す呪具の方がよほどまし……というか現実味がありますね」
異世界へ人間を飛ばすという非常識な呪具の存在を知っているミネルヴァは、幻影を生み出す呪具の方がまだ理解可能だと控えめな表現で言及した。
「呪具だろうと魔術師だろうと、どちらにしても敵がそんな力を手にしているということでは、我が国にとってまったく嬉しくない事実ですよ」
カイルの口から自然とため息がこぼれ出た。
そんな彼に向けて、アルディスは軽い口調で言い放つ。
「まあ、魔術師だろうと呪具だろうと関係ない。相手をおびき寄せて狩ってしまえばこちらの勝ちだ。正体が人物なのか道具なのかはわからないが、少なくともすぐに替わりがきくようなものじゃないだろう」
「何か案があるのですか?」
カイルの問いにアルディスは人当たりの良い詐欺師の顔で答える。
「なあに、あちらさんのやり方を少し拝借してお返しするだけさ」






