第231話
往路の十倍近い時間をかけて村に戻ったアルディスが見たのは、奇妙な活気に満ちた光景であった。
周辺の森から大量の木材が切り出され、以前まで空き地となっていた場所に次々と家が建てられている。
人口密度が上がっているのは気のせいではない。
実際にアルディスが周囲を魔力で探ってみると明らかに人の数が増えていることに気付く。
「これは一体……」
「とりあえず村長に帰還の挨拶しようよ」
「……そうだな」
ロナに促されて村長の家に向かうと、そこには村長本人とそのとなりに立つ赤茶髪の女――セーラが待っていた。
「すまない村長。ロナから伝えた通り、ふたりほど村に置いてもらいたい子供がいるんだが」
そう切り出したアルディスに村長は苦笑を浮かべると、くだけた口調で承諾の意を口にする。
「ああ、聞いておるよ。まあ今さらひとりやふたり増えたところで大した違いはないからのう」
アルディスたちが村にやって来てから三ヶ月ほどが経っている。
セーラとネーレの関係もあり当初はお客様扱いだったアルディスたちだが、今ではすっかり村の一員である。
アルディスの方も気安く問いかけるほどには溶け込んでいた。
「ありがたい。……それにしても見慣れない顔がずいぶん多いようだが?」
その視線が村外れで簡易な家を建てている男たちへ向く。
「三十人ほど増えたのでな」
「三十人増えた?」
もともと百人ほどしかいなかった村だ。
いきなり三十人もの人間が増えると聞き、アルディスの口が村長の言葉を反復する。
「アルバーンの内戦で行き場を失った人たちが大勢出ているのよ。全ては無理だとしても、少しくらい救われる人がいても罰は当たらないでしょう?」
横からセーラが口を挟んできた。
口ぶりからしてどうやら難民を外から連れてきたのは彼女らしい。
もっとも、魔物が徘徊するカノービス山脈を抜けてくることなど普通の人間にはできない以上、アルディス本人でなければセーラかネーレのどちらかの仕業だろうことは容易に想像がつく。
「なるほど。それで『今さらふたりくらい増えたところで』か?」
ロナから聞いた村長の言葉をアルディスは思い出す。
確かに三十人もの人間が増えるのに比べれば、そこにふたりほど追加したところで大した違いはないだろう。
肝心なことを報告しなかった相棒を非難するように一瞥すると、アルディスは村長に視線を戻し、その心労を察して同情めいた言葉をかけた。
「大変だな。村長も」
「大変なのは確かだがの。御使い様のお慈悲が重々身に染みておる儂らに否はない」
口ではそう答えるものの、村長の顔には疲労の色が濃く見て取れる。
「だが実際問題、一度に三十人も増やして大丈夫なのか? 食料の蓄えとか」
「食料についてはとりあえずネーレが今買い出しに出てるわ。今日中には戻ってくるでしょう」
「住むところは見ての通りじゃよ。村人総出で建ててはおるが、当面は教会で寝泊まりしてもらうしかあるまい」
アルディスの問いかけにセーラと村長がそれぞれ答えを返してきた。
「ただ教会もいっぱいじゃからの。連れてきたふたりはお主の家に泊めてやってくれぬか?」
「それはもちろん構わないが」
一時的に双子の部屋を姉弟に使ってもらい、フィリアとリアナはネーレと同室ということでも問題ない。
どのみちフィリアもリアナも朝になればアルディスのベッドに潜り込んでくるような状況だ。
双子にとって自分の部屋などもともとあってないようなものだろう。
「その子たちがアルディスの連れてきた子よね?」
セーラがアルディスの後ろに控えていたハルとその姉に目を向ける。
アルディスの返事も待たず、セーラはふたりの前に進み出るとハルたちの瞳を覗き込む。
「……うん、大丈夫ね」
何が大丈夫なのかわからないが、どうやらセーラなりにこの村へ迎え入れるための基準を設けているらしい。
「じゃあこのふたりのことはあなたに任せるとして――」
振り返ったセーラがアルディスへ視線を向けた。
「ネーレが戻ってきたら少し話があるんだけど、いい?」
「話?」
「そう、大事な話よ」
微笑みながら肯定するセーラに、アルディスは理由もなく嫌な予感がした。
食料の調達からネーレが戻り、アルディスたちは久しぶりにそろって夕食のテーブルを囲んだ。
テーブルに着いているのは七人。
その中にはアルバーンから連れてきたハルとその姉も含まれていた。
わけもわからないまま遙々カノービス山脈の麓まで連れてこられた姉弟だが、道中ですっかりフィリアやロナとは打ち解けている。
姉の方は自分の立場を十分理解しているのか、夕食の用意をする際も積極的にネーレの手伝いをして何とか居場所を確保しようとしていた。
一方のハルは双子を見るのが初めてなのだろう。
フィリアそっくりのリアナを見て目を丸くし、今もスープをひと口飲むたびに視線を忙しなく動かして目の前の光景に戸惑う様子が見て取れた。
フィリアがハルを甲斐甲斐しく世話し、それをリアナは不思議な物を見るような目で眺めている。
ネーレはアルディスから事情を聞いて以降、この件に関して言及もせず表情も変えずいつも通りの様子。
シャルに至っては一貫して我関せずの態度だった。
何とも言えない空気を漂わせつつ、しかし決して不愉快な雰囲気でもない。
思ったよりも和やかな夕食を終えてネーレとハルの姉が食後のお茶を用意しはじめた頃、赤い瞳の御使い様が家を訪れてきた。
「土地が足りないの」
やって来たセーラはネーレに勧められた椅子へ座るなり、出されたお茶に口もつけずそう言い放つ。
「土地って、この村のか?」
「そうよ」
アルディスの確認に頷くと、セーラはハルの姉が淹れたお茶の香りを楽しむように目を閉じる。
「そりゃまあそうだろうな。もともと結界で守られた範囲しか村は広げられないだろうし、三十人以上も人間が増えれば家を建てるにも畑を広げるにも場所が足りなくなるのは当然だ」
だがそれは今さらの話である。
そんなわかりきったことはセーラとて承知の上でアルバーンから人々を連れてきたはずだ。
わざわざそんな事を口にするセーラの意図がわからず、アルディスは眉間にシワをよせた。
「ということで、村を拡張しようと思うのよ」
「結界を広げるのか?」
結界で村を囲んだのがセーラである以上、それを広げるも狭めるも彼女次第である。
もちろんそれだけの力を持っているというのが前提であるとはいえ、彼女自身が口にしたということは問題なくできるということだろう。
「結界を広げる、だけじゃだめなのよね」
「どういうことだ?」
意味がわからずアルディスがさらに問いかける。
「勝手に広げるわけにはいかない、ってことよ」
その言葉にアルディスは内心首を傾げる。
この村に住む人間がセーラの意向に異を唱えるとも思えない。
もちろんこのような魔境に外部の人間が口を出してくるわけもない。
村が存在するカノービス山脈の麓はどの国にも属するわけでもなく、当然人の権威が及ぶ域外にあるのだから。
「勝手に……? 誰かの許可が必要だとでも?」
「その通りよ。アルディス、あなた『魔獣王』って聞いたことある?」
「魔獣王? ……いや、初耳だな」
セーラの口にした魔獣王という言葉に思い当たる節のなかったアルディスは首を振る。
「名前の響きからすると魔物なのか?」
「魔物とは少し違うわね。平たく言うとカノービス山脈の主みたいなものよ。グラインダーも黄泉蟷螂も魔獣王に比べれば羽虫みたいなものだわ」
「そりゃまた……」
確かにグラインダーも黄泉蟷螂も、アルディスにとっては取るに足らない相手だ。
だが一般的にはどちらも非常に凶悪で危険な魔物として知られている。
かつてグラインダー一体にトリア領軍が手も足も出ず大きな損害を被ったことからもわかる通り、戦いを生業にする傭兵や兵士にとっても侮ることのできない脅威だ。
それを羽虫扱いするとなれば、魔獣王とやらの力がどれほどかうかがえるというものだろう。
「カノービス山脈は彼にとって庭のようなもの。現状を維持するだけならば捨て置いてくれるでしょうけど、こちらが勝手に生存域を広げたりすれば機嫌を損ねてしまうでしょうね」
アルディスはセーラの言葉選びに若干の引っかかりを覚えた。
「だから村の領域を広げたいと、彼のもとへ赴いて交渉をしたいのよ」
「……交渉できるほどの知性があるのか?」
セーラは頷くことでアルディスの言葉を肯定する。
「ということで、アルディスには交渉に同行して欲しいの。もちろん、引き受けてくれるわよね?」
2020/07/18 誤字修正 彼の元へ → 彼のもとへ
2020/07/18 重言修正 被害を被った → 損害を被った
※誤字重言報告ありがとうございます。






