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第5話:要塞化計画と鋼鉄の箱庭

 和歌山市内のビジネスホテルを発ったのは、朝の六時を少し回った頃だった。

 チェックアウトカウンターで精算を済ませながら、長谷部雄介はスーツの内ポケットからスマートフォンを引き出し、昨夜のうちに叩き込んだメモを一度だけ確認した。

 ——田辺市龍神村方面。旧「みどりの丘オートキャンプ場」跡地。約2万2千坪。売値1200万円。所有者:地元農業法人(休眠状態)。仲介:中塚不動産。

 それだけ読んで、画面を消した。

 フロントの若い女性スタッフが「またのお越しをお待ちしております」と声をかけてきた。長谷部は短く頷いた。次にこの街を訪れる時、彼女がどこにいるかは分からない。それでも顔を覚えておく。前世でそれをやめてから、余計なものを引きずらなくて済むようになった——などという考え方が、今でも染み付いている自分を、長谷部は少しだけ厭った。

 駐車場に停めたレンタカーのエンジンをかけ、ナビに目的地を入力する。推定所要時間、一時間四十分。山間部に分け入るルートだ。

 走り出した車の窓の外、和歌山の朝は穏やかだった。通勤の車が信号に並び、コンビニの前では白衣の老人が缶コーヒーを手に立っている。空は快晴で、紀伊山地の稜線がうっすらと青みを帯びていた。

 あと九十三日で、この景色は消える。

 長谷部は制限速度ぴったりで走りながら、感慨の欠片も持たずにその事実を咀嚼した。


 国道から県道へ折れ、さらに細い山道へと車を進めるにつれて、人の気配は急速に薄れていった。すれ違う車は十分に一台あるかどうか。路肩には雑草が伸び放題で、山の斜面では孟宗竹が杉林を浸食しかけている。限界集落特有の、静かな荒廃の匂い。

 三十分ほど走ったところで、ナビが「目的地付近です」と告げた。

 舗装が途切れた砂利道の入り口に、錆びた看板が倒れかけていた。『みどりの丘オートキャンプ場——営業終了のお知らせ』。日付は六年前だ。長谷部は車を降り、看板の横を抜けて砂利道を歩いた。

 両側を杉林に挟まれた緩い上り坂を二百メートルほど進むと、視界が開けた。

 その瞬間、長谷部の胸の奥で、計算ではない何かが静かに脈打った。

 広大な平坦地が広がっていた。かつてキャンプサイトとして整備されたらしい区画の名残が、雑草の海の中にうっすらと見て取れる。水平に均された地面。腐食した木製のテーブルと椅子が点在している。奥には朽ちかけた管理棟らしき建物。そして——一番重要なのは——敷地を縦断するように、澄んだ細流が流れていることだった。

 地図で確認していた通りだ。水源は山の湧き水を引いた沢で、水量は安定している。周囲を急斜面の山に囲まれ、アクセス路は今来た一本道のみ。遠くからでは平坦地の存在すら分からない。

 完璧だった。

 長谷部はゆっくりと敷地の中央まで歩き、一周して斜面の角度と死角を確認した。前世で叩き込まれた防衛陣地の評価基準が、自動的に頭の中で動き始める。

 北側の斜面——傾斜約三十度、登攀困難。東側——沢の源流方向、谷が深く自然の障壁となる。南側——唯一の侵入路、ここに多重ゲートと監視塔を設ける。西側——緩斜面だが密林、人間の大部隊は通れない。

 コンクリート防壁で南側を固め、監視カメラと動体センサーを張り巡らせれば、百人規模の武装集団でも容易には突破できない。Level 3の変異種への対処は別途考える必要があるが、それは後の話だ。

 いい。

 長谷部は内心でそれだけ呟き、スマートフォンを取り出した。仲介業者の番号を呼び出す。


 「中塚不動産」の担当者、中塚勝己は五十代の小太りな男で、長谷部が電話で「本日中に現地確認と条件交渉を行いたい」と告げた時、明らかに戸惑った声を出した。

 「あの、本日中というのは……弊社は本日、他にもご案内が」

 「手付金の話をしましょう」と長谷部は遮った。「金額によっては本日中に仮契約まで進められます。午後一時に現地でお会いできますか」

 三秒の沈黙。

 「……承知いたしました」

 予想通りだった。

 長谷部は車に戻り、シートを倒してメモ帳を膝に置いた。午後一時まで三時間ある。その間にやることは三つ。一つ目、法人登記の依頼先の確認。二つ目、建設業者のリストアップ。三つ目、手付金の準備——これが一番の問題だ。

 現在の手持ち現金、残高三百七十八万円。

 法人登記の費用は司法書士報酬込みで四十五万円前後と見ていた。登録免許税と定款認証の実費を含めればもう少し膨らむかもしれない。土地の手付金は売値の一割が相場だから百二十万円。合計で百六十五万円が一気に飛ぶ。残りは二百万円強。そこから当面の生活費と調査費と人件費を出さなければならない。

 三十五日間、これでやり繰りする。

 フィッシャーからの送金完了予定は四十日以内。すでに十日が経過している。あと三十日。三十日のうちに工事の前金が発生する。前金だけで数百万単位になる。

 長谷部はメモ帳に数字を書き込みながら、頭の中でキャッシュフローの試算を回した。工事の前金を後ろ倒しにできるか。業者の選定次第だ。地場の中小建設業者なら、交渉の余地がある。大手ゼネコンは論外。

 ——「信頼と実績より、金と守秘義務を優先できる相手」。

 前世で培った基準だった。組織に縛られず、なおかつ行政への報告義務より顧客への忠誠を優先できる業者。地方の小規模施工会社には、そういう人間が一定数いる。バブル期に工事の手を広げすぎて銀行に絞られ、今は食えない仕事も引き受けるような。

 スマートフォンで地元建設業者を調べ始める。田辺市、建設業、外構工事、施設改修。検索結果を上から精査していく。ウェブサイトの作りが古く、代表者の顔写真が載っており、施工実績に山間部の農業施設や林道工事が含まれている業者——「株式会社丸谷工務店」。代表、丸谷誠一。設立二十七年。従業員十二名。

 候補だ。

 長谷部はメモに書き留め、次の業者を調べた。


 午後一時ちょうど、砂利道の入り口に軽自動車が止まり、中塚勝己が降りてきた。

 白い半袖シャツに書類を挟んだバインダーを抱えている。斜面の砂利に足を取られながら近づいてくる中塚の顔には、炎天下で呼び出された微妙な疲労と、しかし金の匂いを察知した商売人特有の前のめりが混在していた。

 「長谷部様でいらっしゃいますか。本日はわざわざ遠方から……」

 「雄介です」と長谷部は短く言い、握手の手を先に出した。「早速ですが、一緒に敷地を回りながら確認させてください」

 中塚は少し面食らったようだったが、すぐに営業モードの笑顔を整えた。「もちろんでございます。全部で七区画に分かれておりまして、もとは六十区画のキャンプサイトを……」

 「水源の確認をしたい。沢の上流側から案内してもらえますか」

 「は……水源、ですか」

 「ええ」

 中塚が首を傾けながら案内し始めた。

 長谷部は説明の大半を聞き流しつつ、歩きながら自分の視点で情報を拾い続けた。地面の硬さ、水はけの状態、日照時間の推測、樹木の密度と伐採コスト。管理棟の基礎はまだしっかりしている。水道管の配管は更新が必要だが、撤去より活用した方が早い。沢の取水口は上流から三十メートル地点が理想的で、そこから重力給水の配管を引けば動力ポンプへの依存を減らせる。

 「売主の農業法人との交渉余地について教えてください」と長谷部は沢の脇に立ちながら言った。「値引きではなく、引き渡し時期と支払い条件の柔軟性の話です」

 中塚がバインダーを開く。「売主様は早期の現金化を希望されておりまして……」

 「引き渡し後六十日以内の全額現金払い、手付金は本日中に。その条件で一千万円まで下げてもらえますか」

 一千万円。二百万円の値引きだ。

 中塚の眉が動いた。「それは……弊社としては売主様にお伺いを立てなければ……」

 「もちろんです」長谷部はそこで初めてわずかに表情を緩めた。「本日中に確認いただければ、手付金の振り込みは今日の夕方に手配します。売主さんが六十日以内に一千万円の現金を得られるなら、悪い話ではないはずです」

 中塚は額の汗を拭い、スマートフォンを取り出した。「少々お時間をいただけますでしょうか」

 「どうぞ」

 長谷部は沢から視線を上流へ向けた。水が岩の間を白く流れていく。どこかで鳥が鳴いている。

 九十二日後、この沢の水は人間の命をつなぐ。

 その確信を、長谷部は無感動に、しかし確かに持ちながら、中塚の交渉が終わるのを待った。


 中塚の電話は十二分かかった。

 その間、長谷部は敷地の南端まで歩き、侵入路となる砂利道の入り口から管理棟までの距離を目測した。約二百八十メートル。緩やかな上り勾配。両側の杉林は車両の横展開を阻む。理想的な一本道だ。ここに鉄骨ゲートを二段構えで設置し、外側ゲートと内側ゲートの間に十五メートルの「殺戮ゾーン」を作る。狙撃位置は——

 「長谷部様」

 中塚が戻ってきた。顔つきが変わっていた。商売人の前のめりが、今度は隠しきれない形で滲み出ている。

 「売主様より、ご条件をお受けするとのご返答をいただきました」

 「ありがとうございます」

 「一千万円、六十日以内の現金払い。手付金は本日中のお振り込みで仮契約という形で進めさせていただきます。手付金の額はいかほどをお考えで」

 「百万円。今夜中に振り込みます」

 中塚がバインダーにメモを走らせながら頷く。「かしこまりました。では仮契約書の準備を……あの、長谷部様、失礼ながら、この土地をどのようなご用途で」

 「施設の整備です」と長谷部は即答した。「会社の研修施設兼、緊急時の物資集積拠点。詳細は追ってお伝えします」

 中塚はそれ以上聞かなかった。聞けない空気を、長谷部は意図的に作っていた。


 中塚と別れたのは午後二時半だった。

 車に戻り、長谷部はシートに深く背を預けて三十秒間、目を閉じた。

 第一関門、突破。

 感慨はない。次の行動リストが頭の中で自動的に展開される。本日中にやること——百万円の振り込み手続き、丸谷工務店への連絡、法人登記の司法書士への依頼。今週中にやること——工事仕様の草案作成、建設資材の調達ルート確認、フィッシャーへの進捗報告。

 長谷部はスマートフォンを取り出し、午前中にリストアップした「株式会社丸谷工務店」の番号を呼び出した。呼び出し音が三回鳴り、野太い声が出た。

 「はい、丸谷工務店です」

 「長谷部と申します。御社の代表、丸谷誠一さんにご連絡いただけますか。外構工事と施設改修について、今週中にご相談したい案件がございます」

 「私が丸谷ですが」

 少し間があった。直接出た。長谷部は声のトーンから年齢を推定した。六十前後、地に足のついた声だ。

 「失礼しました。本日、田辺市の山間部にある旧キャンプ場跡地を取得する運びとなりました。施設の整備と外構の強化工事をお願いしたいのですが、今週、現地を一度見ていただけますか」

 「整備、というのはどの程度の規模で」

 「防壁の設置、管理棟の全面改修、電力設備の増強、給排水の更新。段階的に進めますが、最初のフェーズだけで数千万規模になると思います」

 二秒の沈黙。

 「……今週木曜日、いかがでしょうか」

 「木曜日の午前中でお願いします。詳細は追って図面の草案をお送りします」

 電話を切り、長谷部は次の番号を呼び出した。田辺市内の司法書士事務所だ。


 司法書士の丸山哲郎は四十代の痩せた男で、長谷部が電話口で「法人の最速登記を依頼したい、定款の目的に輸入商社とコンサルティングと医療資材の輸入を含めてほしい」と告げると、少し間を置いてから「対応可能です」と答えた。

 「最速でどのくらいかかりますか」

 「書類が揃えば、申請から登記完了まで通常一週間から十日。定款の電子認証を使えば公証役場の日程を短縮できます」

 「電子認証でお願いします。報酬は相場の一・五倍を前払いで。その代わり、他の案件より優先していただきたい」

 また間があった。

 「……では明日、ご来所いただけますか。必要書類の確認と定款の草案作成を進めます」

 「明日の午前十時でお願いします」

 電話を終えて、長谷部は時刻を確認した。午後三時十分。残りのタスクをこなすには時間が足りなくなってきた。銀行の窓口が閉まる前に振り込みを済ませる必要がある。

 車を発進させながら、長谷部は頭の中で工事の優先順位を組み直した。

 まず最初に着手すべきは外壁ではなく、内側の「生存基盤」だ。どれほど強固な壁を作っても、中の人間が三日で脱水死するなら意味がない。水道、電力、食料貯蔵、そして——空調。

 空調が最重要だ。

 瘴気は空気感染する。高性能フィルターを備えた陽圧空調システムがなければ、壁の中は単なる墓場になる。前世では、それを理解するのが遅れたコミュニティが複数全滅した。密閉した建物の中で、換気のたびに瘴気が流入し、気づいた時には全員が感染していた。

 問題は調達だ。

 医療施設用の高性能HEPAフィルターシステムは、通常ルートでは入手が困難だ。産業用の空気清浄設備なら建設業者を通じて手配できるが、瘴気を完全に遮断できる性能のものを、パンデミック前の世界で発注するには——それなりの「理由」が要る。

 そのための「株式会社アークブリッジ」だ。

 医療資材の輸入商社という名目であれば、業務用の高性能空調ユニットの大量発注に理由がつく。フィッシャーの人脈を使えば、海外メーカーからの直接調達ルートも開ける。

 組み立てながら走る。すべてを同時進行させながら、一つずつ確実に固める。

 それが長谷部雄介の戦い方だった。


 田辺市内の銀行支店に滑り込んだのは、窓口終了十五分前だった。

 振り込み手続きを終え、中塚に完了の連絡を入れると、折り返しで仮契約書のPDFが届いた。内容を確認する。問題ない。

 駐車場に止めた車の中で、長谷部はようやく一度、シートから窓の外へ視線を向けた。夕方の田辺市の商店街。シャッターの閉まった古い商店の前を、自転車に乗った中学生が通り過ぎていく。どこかの店から焼き魚の匂いが漂ってくる。

 九十二日。

 この町が今のまま存在していられる時間。

 長谷部は窓から目を離し、メモ帳を開いた。感傷は一秒で切り上げる。これは前世から変わっていない。変える必要もない。

 工事仕様の草案を頭の中で整理しながら、ペンを走らせる。

【第一フェーズ優先工事リスト】

 一、南側アクセス路——鉄骨二重ゲートの設置。コンクリート杭による車止め。外側ゲートから内側ゲートまでの区間を照明と有刺鉄線で封鎖。

 二、外周フェンス——高さ三メートルの亜鉛メッキ鋼板フェンス。上部に忍び返しと通電式有刺鉄線。全周を対象とするが、東側の沢沿いは自然地形を活用して工事量を削減。

 三、管理棟の改修——外壁を鉄板で補強。窓を防弾ガラスか鋼板シャッターで封鎖可能な構造へ。屋上を監視プラットフォームとして整備。

 四、給排水——沢の取水口から管理棟まで重力給水配管。濾過装置の設置。大容量の貯水タンクを地下に埋設。

 五、電力——太陽光パネルと蓄電池の組み合わせ。ディーゼル発電機をバックアップとして二基。パンデミック後、燃料の調達が困難になるため、主電力は再生可能エネルギーに寄せる。

 六、空調——これだけは建設業者経由ではなく、アークブリッジ名義でメーカー直発注。HEPAフィルター搭載の陽圧換気システム。全室を独立した気圧管理ゾーンに分割。

 書きながら、長谷部はコストを概算した。第一フェーズだけで五千万から七千万。フィッシャーからの送金が届く前に工事を始めれば、前払い分は現在の手持ちから出せない。

 となれば工事の開始は送金確認後——つまり残り三十日を切ったタイミングになる。そこから突貫工事でどこまで仕上げられるか。パンデミック当日までに最低限の防壁と空調を完成させることが絶対条件だ。

 丸谷工務店の担当者が「数千万規模」と聞いて食らいついてきたのは予想通りだった。地方の中小建設業者は仕事に飢えている。特急料金を積んで、工期を無理やり詰めることはできる。

 問題は守秘だ。

 なぜ山の中に要塞めいた施設を作るのか。工事に関わる人間が増えれば増えるほど、情報は漏れる。前世では、秘密にしていたはずの拠点情報が半グレの耳に入り、略奪を招いたケースを三件見ている。

 長谷部はペンを止め、少し考えた。

 ——「会社の研修施設兼、緊急時の物資集積拠点」。中塚に告げた理由付けを、そのまま使う。昨今の自然災害対策として、企業が山間部にBCP(事業継続計画)用の設備を構える事例は実際に増えている。防壁やゲートも、「施設の防犯対策と熊対策」で通せる。

 空調についてだけは——「医療資材の保管施設のため、厳密な空気管理が必要」という名目が使える。アークブリッジの事業目的の中に医療資材輸入を入れるのは、まさにこのためだ。

 つまり、全てのピースは繋がっている。

 ダミー会社は工事の理由付けのためだけでなく、物資調達のルートのためだけでもなく——この計画全体を「普通の事業活動」に見せかけるための構造そのものとして機能する。

 長谷部はメモ帳を閉じた。


 夜、田辺市内のルートインのシングルルームに戻り、長谷部は風呂も入らずにノートパソコンを開いた。

 フィッシャーへの暗号メッセージを作成する。内容は二点。一つ、日本での法人登記が本日着手された。事業目的に医療資材輸入を含めること、および貿易実務上の名目として「輸入商社」が機能すること。二つ、海外の産業用空調メーカーとの取引ルートについて、人脈の照会を依頼する。具体的にはHEPA H14規格以上のフィルターを搭載した陽圧換気ユニット、百台規模の調達可能性を確認してほしい。

 送信し、ラップトップを閉じる。

 部屋の電気を消した。カーテンの隙間から街灯の光が薄く差し込んでいる。天井を見上げながら、長谷部は今日の進捗を棚卸しした。

 土地——確保。司法書士——明日の面談で着手。建設業者——木曜日に現地確認。法人設立——来週中に完了見込み。フィッシャーへの空調調達依頼——送信済み。

 残り九十二日。

 金が来るまで、あと三十日。

 その三十日で法人を作り、建設業者を抑え、工事の詳細仕様を固め、資材を発注し、前世の部下たちの所在を再確認し、震源地への遠征計画を具体化する。

 やることは山積みだ。

 睡魔が来る前に、長谷部は目を閉じた。前世では、眠れない夜が続いた時期があった。部下の顔が浮かんで、眠るたびに彼らの死に様を見た。今はそれがない——正確には、夢を見ないように自分を訓練した。

 ただし、橘征司の顔だけは消えない。

 闇の中でその顔を思い浮かべながら、長谷部は静かに「まだ早い」と自分に言い聞かせた。今は牙を隠す時だ。爪を研ぐ時だ。殺すのは、全ての準備が整ってからでいい。

 復讐は最も冷めた皿で食う。

 意識が落ちる直前、長谷部は翌朝の起床時刻を五時に設定した。軍人の習慣が、今夜も二度寝を許さない。

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