第47話 研究部門配属と時間魔法
三人揃っての新人研修が終わり、私はなぜか研究部門の配属になった。
同期のセシルとトーマスは行政。
セシルは「最初から研究って珍しいとは思うけど、クレシアなら納得だな。なんせ無詠唱魔法陣だからね」と言っていた。
トーマスも「魔力の質がちょっと普通と違う感じがする」と。トーマスは魔力の大きさとか流れとかに敏感みたいだ。
研究棟は行政や軍属とは違って、独立した建物になっている。
石造りの立派な三階建てで、大きな蔵のような資料庫が付属している。
立派だけど、働いている魔法士は少ない。
研究棟に入った初日に、指導してくれる先輩魔法士と研究部門の部長に挨拶をした。
研究部長は魔法士試験の試験官だった木槌のヒゲじいさんだった。
アルベルトという名前らしい。
白いお髭のアルベルト部長ね。
了解、覚えた。
「クレシアです。よろしくお願いします」
「うむ。魔力量も性質もなかなか変わった新人、というのでうちで預かることになった。先輩魔法士に教わって、上位属性をまずは習得するように」
「はい、わかりました!」
上位属性というと『闇・時間・雷』の三つだ。
森の修行では次は時間魔法から、っていうところまでで終わってしまった。
続きをやれるのは嬉しい。
「では、エミール。クレシアをよく導いてやってほしい」
「はい、部長。わかりました」
「もし困ったことがあったらすぐに報告するようにな。…………久々の新人所属じゃからの」
「進捗報告はこまめにするようにします」
直接指導してくれる先輩、仕事での私のすぐ上の上司に当たるのはエミール先輩という温厚そうな男性だった。
声も穏やかで動きも優雅だ。
落ち着いたフツメン。
お仕事の先輩として理想的だと思う。ししょ……団長みたいに綺麗だと見惚れて手が止まっちゃうからね。
アルベルト研究部長はそのまま出て行った。
「ようこそ、研究部門へ、クレシア。僕はエミール。研究部門5年目になる。いろいろやってきたけど、今は複合魔法陣の研究を主にやっている。君が無詠唱術者だとは聞いている。ぜひ話を聞きたいと思っているんだけど、それよりもまずは君の上位属性魔法を最優先でと団長から指示が来ているようだから、そっちから進めよう」
……団長から指示。
私の修行のことを考えて、配置してくれたんだ。
嬉しい。
でもそれって職権濫用とかにならないのかな。大丈夫かな。
「初日だから、まずは研究棟を案内するよ。ついてきて」
三階建ての建物の、一階は広い土間になっていて、攻撃魔法や結界実験なんかがしやすそうな作りだった。
二階は教室のような場所がいくつか。会議したり講義したりするような感じ。
三階が小さな研究室がいくつも並んでいた。
研究が進むとこのフロアに個室がもらえるらしい。
そこから移動して今度は資料庫。
蔵みたいな大きい建物だ。
窓はないけど空気穴は空いていて、換気はできるようになっている。
エミール先輩が入口の水晶玉のような石に手を当てると、光魔法でパパパッと全体に明かりがついた。
全ての壁の棚が天井まで続いていて、無数の書籍や魔道具らしい小物が積み上がっている。
中央にはエレベーターのような移動床の仕掛けがあるようで、それに乗って目的の棚まで移動するようだ。
圧巻。
ワクワクする。
魔法図書館のイメージってやっぱりこういうのだよね〜!
「すごいですね」
「数だけはね。資料の整理をする魔法士が足りてないんだ。みんな自分の研究ばっかり夢中になっちゃうから。僕も時間を見つけては整理しようと頑張ってるだけど、この数だから」
エミール先輩いい人だ。
一緒に資料整理手伝いたい気持ちになる。
森で散らかった本を毎日のように本棚に整えていた時間を思い出す。
一通り案内が終わり最初の部屋に戻ったところで、エミール先輩が説明を始めた。
「クレシア。君については基本の五属性は問題なくて、上位属性では時間と闇に適性があると聞いている」
「はい、時間魔法を学ぶ予定でしたが、まだ実際には何も」
エミール先輩が頷く。
「知ってるかもしれないけど、改めて時間魔法でできることと理論を説明するよ」
教室の一番前の席に私は座って、エミール先輩が黒板を使って説明してくれる。
森での修行では理論より体で覚えろって感じだったけど、先輩の教え方はわかりやすくて理解がしやすかった。
時間魔法は一定空間にかける魔法で、その空間内の時間の流れを早めたり遅くしたりできる。
時間を止めることはできないけど、極限まで遅くしたりできる。
でも、魔法が解けるときにその歪みが一気に戻る。
帳尻が合うように自然に戻るということだ。
これはえっと、つまり、スロー再生したら、その分早送りもして、通常再生と終わりが一緒になるようにしなきゃダメってことだ。
「ここまで、理解は大丈夫かな?」
「はい!とってもわかりやすいです」
「時間魔法は難しい。でも使いこなせば恐ろしい武器にも人を救う希望にもなるんだよ」
確かにいろいろ使えそうな気はするけど、ちょっと思いつかない。
それが顔に出ていたのかエミール先輩は具体例を出してくれた。
「例えばね、小さな石を高いところから落とすとする。石に時間魔法をかけて時の流れをゆっくりにする。極限までね。手を離したらじわじわ落ち始める。そして、その下に標的がきた瞬間に魔法を解く。するとその瞬間に石が本来あるべき場所へ一気に移動する」
……それは……ほぼ銃弾だ。
確かに、武器になる。背筋がゾッとじた。
「あとは、魔法がかかっている空間には外部から干渉できない。これが惜しいところだ」
「干渉できない?」
「そう、時間魔法で空間が歪んでいる、と言えばわかりやすいかな。その空間だけが別世界なんだ。例えば……大怪我をしている人の出血を止めたくても、時間魔法でゆっくりにしている間に治療をする、といったことができない。魔法を解いて時間を正常に戻してからじゃないと手当もできないんだよね」
それは、考えれば確かにそうなるけど、使い所がすごく限られるのではなかろうか。
「じゃあ、人を救う希望になる使い方ってどんなものがあるんですか」
「そうだね、直接干渉はできないけど、見ることはできる」
黒板を使ってエミール先輩は図を書く。
「例えば、目で追えないぐらいの素早い動きをゆっくり見ることができる。何かの技術を学ぶときや分析するときにはとても役に立つよ」
ああ、動画のスロー再生で動きを確認するやつだ。
確かに。
でも後で早送りが待ってるんだよね。
「早めるにしても遅くするにしても、その後の反動をきちんと理解してやらないと事故になる」
「……難しいですね。思っていたより使い所が限られている気がしました」
「うん、いい理解。だから、小さい空間に少しずつ時間の歪みを作って、どんな影響が出るかを感覚で覚えていくのがいいと思うよ」
エミール先輩はそう言うと一冊の魔導書を渡してくれた。
「これが時間魔法の基礎訓練用教本。しばらくはこれに沿って練習していこう」
そう言って先輩はいくつかの補助魔法具と使って居場所の指定をして、一番基本の時間魔法の実演をしてくれた。さっきの『石落とし』の簡単なやつだ。
油粘土より少し硬い感じの粘土のボールにスローをかけて、机に粘土板みたいな板を置く。
手を離すと粘土玉は空中に浮いている。
ぱっと見普通に魔力で浮かせているように見えるけど、ジリジリ下がってきている。
エミール先輩が指でちょいとつまむように空間を引っ張ると粘土玉が消えて机の上に少し歪んだ形で現れた。
「玉は、……潰れないんですね」
「加速したわけじゃないんだよ。玉の立場から見れば周りが歪んだように見えるだろうね」
「ああ……なるほど」
これは、攻撃として使うのは結構難しい。
雷バーン!とかの方がよっぽどわかりやすいな。
「今のは一気に魔法を解いたけど、帳尻合わせを徐々にやることもできる。その辺は訓練次第だね。クレシアならきっと使いこなせるようになるよ。頑張ろうね」
「はい!」
先輩……優しい。
教え方も丁寧だし、質問にもしっかり答えてくれて、本当にいい人。
こういうの、久しぶり。
『やれ』『続けろ』『まだだ』しか言わない人と比べたら圧倒的に安心感がある。
学びやすい、…………のにちょっとなぜか物足りない気がするのはなぜ……?
これは、まさかのMっ気というやつだろうか。
そういう性癖はちょっと嫌だ。
誰か違うと言って欲しい。
先輩がやっていた時間魔法の基礎に、その日一日私は集中して取り組んだ。




