第34話 別れと旅立ち
村に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
見慣れた家々。
土の匂い。
遠くで聞こえる作業の音。
ここを離れて暮らしていた時間は長くないはずなのに、懐かしさが胸に広がる。
家の前に立つと、母さんがすぐに気づいた。
「クレシア……?」
少し驚いた顔。そのあと、すぐに柔らかくなる。
「帰ってきたの?」
私は言葉を探す。
「……王都に行くことになったの」
母さんの動きが止まる。
父さんが家の奥から出てくる。
師匠は私の少し後ろに立っていた。
「王都?」
父さんが低い声で聞く。
「うん、王宮魔法士になるために」
口にした途端、少しだけ現実味が出た。
父さんは何も言わず、師匠を見る。
長い沈黙。
風が家の前を通り過ぎる。
父さんの視線は動かない。
師匠も動かない。
「……クレシアは」
父さんが口を開く。
「大丈夫なんだろうな」
その問いに、師匠はすぐに答えた。
「私は、王宮魔法士団長に戻ることになった。クレシアは優秀な王宮魔法士になれるだろう。心配はいらない」
短い言葉。
でも、はっきりしている。
父さんはゆっくり息を吐いた。
「そうか」
それだけ言って、頷く。
母さんが私の手を握った。
「体に気をつけるのよ」
いつもの声。
でも少しだけ震えている。私は頷く。
「うん」
言葉がそれ以上出てこない。
父さんが私の頭に手を置く。
「……立派になれ」
ぶっきらぼうな言い方。
でもその手は少しだけ長く頭に残った。
私は荷物の中からジャムの瓶を取り出した。
ついこの間とってきて煮詰めたばかりのベリーだ。
「母さん、これ。師匠と一緒に摘んで、私が作ったの。みんなで食べて」
受け取った母さんの目に涙が浮かぶ。
泣かないように荷物を担ぎ直して私は一歩下がる。
「また、会いにくるから」
そう言って師匠の隣に戻り、歩き出す。
村の道を振り返る。
クレシアとして、ここで生まれて育った十六年。
前世の記憶以上に、思い出のある大事な場所。大事な人たち。
「行くぞ」
師匠が言う。
私は頷いた。
村を背にして歩き出す。
森の方へではなく、王都へ続く道へ。
乗合馬車に二人で乗り込む。
師匠は普通に騎乗できるのに、私に合わせて馬車を乗り継いで王都へ向かうことになった。
急ぐ必要はないらしい。
馬車がゆっくりと動き出す。
いつも買い物に来ていた街が、少しずつ遠ざかっていく。
見慣れた屋根。市場の広場。石畳の道。
何度も歩いた景色が、小さくなっていく。
私は流れる景色を見ながら考える。
王都ではどこで暮らすんだろう。
何をするんだろう。
どんな街なんだろう。
そして。
王宮魔法士の試験って、何をすればいいんだろう。
わからないことだらけだ。
ちらりと隣を見る。
師匠は腕を組んで目を閉じている。
寝ているのか、考え事をしているのかよくわからない。
「……あの」
反応はない。
「王宮魔法士の試験って、何をするんですか?」
少ししてから返事が返ってきた。
「行けばわかる」
それさっきも聞いた。
「試験内容とか、準備とか、ないんですか」
「心配ない」
「いや、何が心配ないんですか」
「やれる。たいしたことじゃない」
「そんなわけあります?王宮魔法士ですよ?」
師匠はうっすら目を開けてこちらを見た。
「問題ない」
語彙力不足なのかこの人は。
私はため息をついた。
馬車は街道を進んでいく。
森とは違う、開けた道。
王都へ向かう道だ。少しだけ胸が高鳴る。
不安もあるけど、それ以上に、何かが始まる気がしていた。




