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第33話 森の家じまい

リリアナが帰ったあと、しばらく沈黙が続いた。


「……引越だな」


師匠がぽつりと言う。


「ちょっと待ってください」


思わず声が出た。


「どういうことか説明を」


師匠がこちらを見る。


「嫌なのか」


真顔だった。

少しだけ、縋るような目つき。


「い、嫌だなんて言ってません。一緒に行きますよ。でも王宮魔法士なんてそんな」


「大丈夫だ」


「何が大丈夫なんですか」


「行けばわかる。心配ない」


「……」


会話にならない。いつものことだ。


私はため息をついて、話題を変えた。


「クレシアって呼びましたよね」


「ああ」


「男装はもうしなくていいってことですか」


「そうだ。もう自分の身を守れる。王都で魔法士になるなら男のフリは不自然だろう」


「そういうことですか。わかりました」


男装姿は割と気に入っていた。

でもクレシアも十八歳。


胸も腰もそれらしくなってきて、前世基準でもなかなかのナイスな感じに成長している。

少年だと言い張るのも難しくなってきたところだった。

いい頃合いかもしれない。


衣装箱の奥から、最初に押しかけた時に着ていた村の服を引っ張り出す。


「とりあえず、これしかないので」


王都へ行くのにこの格好はどうかという気もしたが、他に女性用の服はない。

結局、その服を着て旅立つことになった。


本当に貴重な本や道具だけを荷物袋に詰め込んで、師匠と一緒に外へ出る。


一年と半分くらいか。

去年の春先に押しかけ弟子になってから、この家もずいぶん変わった。


部屋が増えた。

井戸や物干しができた。

庭は稽古場になって広くなり、煙突から煙がのぼった。


今からこの家は解体される。

結界もなくなる。

ただの森の空き地になってしまう。


推しと一緒に過ごした家。

厳しい修行に明け暮れた庭。

一緒に食事したテーブルも、夜に文字を覚えた基礎教本も、みんな土に還る。


「いいか」


師匠が短く聞く。


「はい」


私も短く答える。


師匠は地面に手をかざした。

撫でるような動きに応じて、埋め込まれていた魔法陣が淡く浮かび上がる。


魔力のつながりが一つずつ解かれていく。

解体工事みたいな音がして、砂煙が上がる。


しばらくして、魔法陣は消えた。

家のあった場所は、でこぼこした土だけになっていた。


「終わったんですね」


そう呟いて見渡す。


庭の隅、欅の下にイワヤンとモアイが残っていた。

そうだ。

この子たちは魔法で作られたものじゃない。

元の姿のまま残っている。


近づいて、ざらざらした石の表面を撫でる。


「ありがとね、イワヤン。ありがとね、モアイ」


少しだけ息を吸う。


「私、王宮魔法士になるの。頑張るからね」


立ち上がると、師匠が少し離れたところで待っていた。

私はそこへ向かう。


それから二人で森を出た。

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